新たなアーキテクチャを備える計装アンプ、ゲインのプログラム機能を高い柔軟性で実現可能

新たなアーキテクチャを備える計装アンプ、ゲインのプログラム機能を高い柔軟性で実現可能

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Hooman Hashemi

Hooman Hashemi

はじめに

トランスデューサ向けのインターフェースとしては、計装アンプ(IA:Instrumentation Amplifier)が広く使用されています。なかでも、可変ゲインの計装アンプは非常に便利なものだと言えます。そうしたプログラマブル・ゲイン機能を備えたIAは、PGIA(Programmable Gain IA)と呼ばれます。あるいは、ソフトウェア・プログラマブル・ゲイン・アンプ(SPGA:Software Programmable Gain Amplifier)と呼ばれることもあります。システム設計を行う際には、多様なセンサーや環境に回路を適応させなければなりません。固定ゲインのIAを使用する場合、不十分なS/N比しか得られないことがあります。適切に対処することができなければ、おそらくシステムの精度は損なわれてしまうでしょう。そのため、高い柔軟性が得られるPGIAに対するニーズが高まっています。ただ、PGIAを設計するのはそれほど容易なことではありません。アナログ・デバイセズは「プログラマブル・ゲイン機能を備える計装アンプ――用途に適した実装方法を選択する」という記事を公開しています。この記事では、設計上の落とし穴に注目し、それに対応するためのソリューションを紹介しています。実際、高い精度と安定性を備えるPGIAを様々な形で利用することにより、設計上の問題を解消できるケースは少なくありません。そこで、本稿では、最新の計装アンプを使用して高精度のPGIAを設計する方法を紹介します。特に、IAに外付けする抵抗の値を速やかに決定するための手順を詳しく説明します。また、そのようにして構築した回路例の評価結果なども紹介します。

IAの新たなアーキテクチャ

図1に、IAの典型的なアーキテクチャを示しました。

図1. IAの典型的なアーキテクチャ

図1. IAの典型的なアーキテクチャ

図1に、IAの典型的なアーキテクチャを示しました。この場合、ゲインは外付け抵抗RGの値によって設定します。このような製品を使ってPGIAを設計する場合に必要なのは、RGの値を切り替えられるようにすることだけです。通常、それにはアナログ・スイッチやマルチプレクサが使われます。但し、アナログ・スイッチは理想とは異なる振る舞いを示します。スイッチのオン抵抗や容量、電圧を印加した際の抵抗値の変動などが発生するからです。

図2に示したのは、図1のアーキテクチャを改良したものです。このアーキテクチャは「LT6372-1」に採用されています。その特徴は、RGピンが±RG,Sと±RG,Fに分割されている点にあります。パッケージの外部からチップ内部のノードにアクセスできるようになっている点に注目してください。

図2. 改良を施したIAのアーキテクチャ。外部ピンから、一部の内部ノードにアクセスすることができます。

図2. 改良を施したIAのアーキテクチャ。外部ピンから、一部の内部ノードにアクセスすることができます。

このアーキテクチャであれば、スイッチの抵抗成分による誤差を最小限に抑えつつ、ゲインを複数の異なる値に切り替えられるようにすることができます。つまり、PGIAを実現することが可能になります。

繰り返しになりますが、PGIAでは、使用する抵抗を切り替えることによってゲインの値を変更します。但し、この手法には、以下に示すような重大な欠点があります。

  • スイッチにはオン抵抗 RON が存在すること、またその値にはばらつきがあることから、大きなゲイン誤差が発生します。
  • 高いゲインを実現するために必要なレベルまで RON の値を下げるのは不可能であるかもしれません。
  • RON の非直線性が原因で信号が歪みます。入力信号によって流れる電流により、RON の値が電圧の関数として変動するからです。

LT6372-1には、外部ピンとして±RG,Fピンと±RG,Sピンが用意されています。それらを利用して図3のようにPGIAを構成すれば、上記の問題を緩和することができます。図3の回路では、R5~R8によってホイートストン・ブリッジを構成しています。同ブリッジからの信号は、4種のゲインによって増幅されます。ゲインの値は、SW1によって切り替えます。このように、LT6372ファミリを使えば、外部ピンを利用してRF/RGの比を変えることでゲインの値を変更することができます。つまり、PGIAの設計が可能になるということです。

図3. 4種のゲインを設定できるPGIA。LT6372-1を使用して構成しており、ブリッジ回路用のインターフェースとして機能します。

図3. 4種のゲインを設定できるPGIA。LT6372-1を使用して構成しており、ブリッジ回路用のインターフェースとして機能します。

また、アナログ・スイッチU1、U2のRONは、反転端子、帰還抵抗と直列に存在することになります。そのため、ゲイン誤差の発生を最小限に抑えられます。この構成の場合、RONの値はIAが内蔵する12.1kΩの帰還抵抗と比べると非常に小さいと言えます。したがって、ゲイン誤差とドリフトに対する影響はほとんどありません。同様に、スイッチの非直線性の問題についても、電圧による値の変動の影響はほとんど生じず、歪みは最小限に抑えられます。また、このIAの入力段には、電流帰還アンプ(CFA:Current Feedback Amplifier)のアーキテクチャが適用されています。そのため、一般的な電圧帰還型アーキテクチャを採用したIAと比べて、帯域幅や速度のばらつきを抑えることができます1。これらの理由から、低コストの外付けアナログ・スイッチを使用した場合でも正確なゲインが得られる高精度のPGIAを設計することが可能です。

1 CFAの場合、クローズドループにおける帯域幅はRFの値に反比例します。それに対し、従来の電圧帰還型アーキテクチャの場合、帯域幅はゲイン(RF/RG)に反比例します。

図4は、図3の回路を簡略化して示したものです。抵抗ラダーのタップにより、どのようにして所望の回路を実現するのかをわかりやすく示すために用意しました。この回路では、8個のアナログ・スイッチを使用し、同時に2つの抵抗を短絡させることによってゲインを設定します。この図は、U1、U2によって4種のゲインのうち1つが選択されている状態を表しています。具体的には、-RG,Sピンと+RG,SピンがRF3とRF4の間に接続されています。

図4. LT6372-1を使って構成したPGIAのブロック図。ゲイン設定用のスイッチなどは省略して簡略化を図っています。

図4. LT6372-1を使って構成したPGIAのブロック図。ゲイン設定用のスイッチなどは省略して簡略化を図っています。

外付け抵抗値の算出方法

先ほどの図3は、必要なスイッチを含むPGIAの完全な回路図です。この回路では、任意の大きなゲインを設定できます。現状は4種のゲインに対応していますが、スイッチを追加することにより、より多くのゲインを扱えるようになります。先述したように、±RG,Fピンと±RG,Sピンにアクセスできることから、大きなゲインに対応するためにRFの値を高めたり、小さいゲインに対応するためにRGの値を下げたりすることで、広範な用途に対応できます。ゲインの算出方法は次のようになります。まず、IAは12.1kΩに調整された抵抗を内蔵しています。帰還抵抗については、その12.1kΩの抵抗に、各入力アンプのRG,S端子とRG,F端子の間に存在する直列抵抗の値を加えたものだと考えることができます。一方、ゲイン設定用の抵抗の値は、+RG,Sと-RG,Sの間に存在するすべての抵抗の値の総和になります。まとめると、以下のようになります。

RF:12.1kΩ と、各入力アンプの RG,F から RG,S までの間に存在する直列抵抗の和

RG:+RG,S と -RG,S の間の抵抗の総和

この構成により、1V/Vから最大1000V/Vまでのゲインを実現できます。例えば、U1、U2のS3ピンとD3ピンを短絡した場合、RF、RG、ゲインの値は以下のようになります。

RF = 12.1kΩ + 11kΩ + 1.1kΩ = 24.1kΩ

RG = 73.2Ω + 97.6Ω + 73.2Ω = 244Ω

G = 1+ 2RF/RG = 1 + 2 × 24.1kΩ/244Ω = 199V/V

上述したように、RFとRGは相互に依存しています。また、各ステップに対応した抵抗値を求めなければならないので、反復的な計算が必要になります。表1に、代表的なゲインに対する抵抗値をまとめました。もちろん、表1に示したのとは異なるゲインの組み合わせに対応することも可能です。

表1. 抵抗値とゲインの組み合わせの関係
参照番号 RF2〔kΩ〕 RF3〔kΩ〕 RF4〔kΩ〕 RG G1 G2 G3 G4
1 6 4.5 1.1 0.756 2 4 16 64
2 10.9 1.1 0.0726 0.097 2 20 200 500
3 8.6 6.1 4.3 20.8 1.4(3dB) 2(6dB) 2.8(9dB) 4(12dB)

抵抗値を決定するための手順

図3の回路の場合、ゲインを設定するための抵抗の値はどのようにして求めればよいでしょうか。ここでは、表1の参照番号2の組み合わせ(ゲインが2、20、200、500V/V)を例にとることにします。帰還抵抗とゲインを設定するための抵抗は相互に作用します。したがって、算出に使用する式は、現在の項が前の項に依存する級数になります。ゲインを設定するための各抵抗の値は、以下の式1によって算出することができます。

数式1

ここで、各変数/定数の意味は以下のとおりです。

RF1:12.1kΩ(LT6372-1が内蔵する抵抗)

M:ゲインの種類(この例では4)

Gi:ゲインの値(この例では、G1~G4はそれぞれ2、20、200、500)

i:RFi + 1を求めるための1から(M - 1)までの値

また、RTの値は以下の式で求められます。

数式2

式1を使えば、あらゆるゲインに対して必要な帰還抵抗の値を求めることができます。ダミーの変数jは、直前の帰還抵抗の累積和を保持するカウンタの役割を担います。

  • 計算を実行する前に、図4のような回路図を作成しておくとよいでしょう。回路では、(2×M) - 1個の抵抗を使用することになります。ここでMはゲインの種類です。ここで取り上げている例ではM = 4なので、7個の抵抗が必要になります。式1により、i = 1からi = (M - 1)までの値を求めます。

ここで、各ゲインの値は、G1 = 2、G2 = 20、G3 = 200、G4 = 500です(単位はV/V)。

式2を使うと、RTは以下のように求まります。

数式3

続いて、式1を使用し、i = 1からi = (M-1)までの計算を繰り返します(以下参照)。

数式4

次に、以下の式によって中央の抵抗RGの値を求めます。

数式5

以上で、表1に示した4つの抵抗値を求めることができました。

性能の評価結果

図5、図6に、実際にPGIAを構成して性能を評価した結果を示します。

図5. PGIAの周波数応答。LT6372-1を使って構成したPGIAの性能を測定した結果です。大振幅の信号を用いた場合の結果を正規化して示しています。

図5. PGIAの周波数応答。LT6372-1を使って構成したPGIAの性能を測定した結果です。大振幅の信号を用いた場合の結果を正規化して示しています。

図6. PGIAのCMRRとゲインの関係。LT6372-1を使って構成したPGIAの性能を測定した結果です。

図6. PGIAのCMRRとゲインの関係。LT6372-1を使って構成したPGIAの性能を測定した結果です。

ここで、図7に示した周波数応答をご覧ください。この例では、アナログ・スイッチとして「ADG444」を使用しています。その容量によって、ゲインの値が最も小さい場合(G1 = 2V/V)に、小振幅の信号を入力した際、かなり大きなピーキングが発生しています。このようなゲイン設定の場合、LT6372-1の帯域幅がスイッチのpFレベルの容量によって大きな影響を受けるからです。この問題は、容量の小さいアナログ・スイッチを使用すれば回避できます。例えば、容量が5pFの「ADG611/ADG612/ADG613」などを選択すればよいでしょう。あるいは、PGIAのゲインの設定値が小さくなりすぎないように制限をかけることでも対処は可能です。

図7. PGIAの周波数応答。LT6372-1を使って構成したPGIAの性能を測定した結果です。ゲインは2V/Vに設定し、小振幅の信号を入力した場合の結果を正規化して示しました。ゲインが小さい場合にはピーキングが発生することがわかります。

まとめ

本稿では、IAの最新製品であるLT6372ファミリを例にとり、外部ピンを活用してゲインを切り替えられるようにする方法を紹介しました。また、各抵抗値の算出方法や、構築済みのPGIAの評価結果も示しました。LT6372-1は、高精度のDC性能を備えると共に、優れた直線性を示します。そのため、PGIAのようなアプリケーションに非常に適しています。