要約
このアプリケーションノートでは、携帯電話のPCB設計においてオーディオ機能に影響するいくつかの要因を取り上げます。この記事では、携帯電話用として問題のあるPCBと優れた設計のPCBの例を提示します。また、オーディオ機能を改善する設計上の検討事項に重点を置いて、この2つのレイアウトの違いを説明します。
はじめに
携帯電話は、PCBレイアウトエンジニアに究極の課題を投げかけています。各サブシステムは要件が競合していますが、今日の携帯電話には、ポータブル機器に見られるほぼすべてのサブシステムが含まれています。設計の優れたPCBを作成するには、PCBに接続された各デバイスの性能を最大限に引き出すと同時に、さまざまなサブシステムが互いに干渉することを防ぐ必要があります。各サブシステムは要件が競合しているため、必然的にある程度の妥協が生まれます。最終的に、携帯電話のオーディオ機能は増えつつありますが、多くの場合、PCB設計時にオーディオ回路への配慮はほとんど見られません。
部品配置
どのようなPCB設計においても、第一のステップは、部品をどこに配置するかを決定することです。この作業は「フロアプラン」と呼ばれます。慎重に部品配置を設計すれば、信号のルーティングやグランド分割が容易になります。また、このような部品配置は、ノイズピックアップと必要なボード面積を最小限に抑えます。
携帯電話はディジタル回路とアナログ回路を混合して内蔵しており、高感度のアナログ回路にディジタル部分からのノイズが干渉するのを防止するため、これらの回路は分離しておく必要があります。PCBをディジタル領域とアナログ領域に分割すると、この分離作業が簡単になります。
通常、携帯電話のRFセクションはアナログとみなされます。ただし、多くの携帯電話設計では、RFセクションからオーディオ回路内へのカップリングノイズが可聴ノイズに復調されるという共通した問題があります。これを防ぐ方法は、RFとオーディオの各セクションをできるだけ分離することです。
PCBをアナログ、ディジタル、およびRFセクションに分割した後は、アナログセクション内の部品配置を決定する必要があります。部品は、オーディオ信号が移動する距離が最小となるように配置します。オーディオアンプは、ヘッドフォンジャックとスピーカのできるだけ近くに設置します。このように配置することで、D級スピーカアンプからのEMI放射と低振幅ヘッドフォン信号のノイズ感受性を最小限に抑えることができます。また、アナログオーディオを供給するデバイスをできるだけアンプの近くに配置することで、アンプ入力上でのノイズピックアップが最小限になります。すべての入力信号トレースはRF信号のアンテナとして機能しますが、トレースを短くすると、通常対象となる周波数でのアンテナ効果を低減することができるようになります。
部品配置の例
図1は、好ましくないオーディオ部品配置の例です。最も深刻な問題は、オーディオアンプがオーディオソースから相当離れて配置されているということです。トレースがノイズを発するディジタル回路の近くを通過する確率が高くなるため、この距離はノイズカップリングの機会を増やすことになります。長いトレースは、効果的なRFアンテナにもなり得ます。GSM技術を使用する携帯電話では、このようなアンテナはGSMの伝送信号をピックアップし、オーディオアンプにその信号を供給する可能性があります。ほとんどすべてのアンプは、217Hzのエンベロープをある程度まで復調し、出力上に不要なノイズを生成します。ワーストケースでは、このプロセスによって、所望のオーディオ信号を完全に飲み込むようなノイズが出力上に生じます。入力トレースの長さを最小限に抑えることで、信号がアンプに到達することがなくなります。
図1の部品配置には、また別の問題があります、アンプがスピーカとヘッドフォンジャックの近くに配置されていないということです。スピーカアンプがD級である場合、スピーカトレースが長いと、アンプからのEMI放射が増大します。この放射によって、デバイスが政府によって義務付けられたテストに合格することができなくなる可能性があります。ヘッドフォンとスピーカ出力の長いトレースはともに、トレース抵抗を増大し、結果として負荷に供給される電力が減少します。
最後に、配置がばらばらに広がっているため、部品を接続しているトレースが、携帯電話内の他のサブシステムの近くにルーティングされています。この距離によって、トレースのルーティングだけではなく、電話の他の部品の配置もいっそう困難になります。
図2は、図1と同じ部品を使用しながら、スペースをより効果的に使用し、トレース長を最小限に抑えるように配置し直したものです。すべてのオーディオ回路がヘッドフォンジャックとスピーカの近くになるように良好に分割されていることがわかります。オーディオの入力と出力のトレースははるかに短くなり、オーディオ以外の回路はPCBの別の部分に移動されています。この設計によって、システムノイズ全体が低減し、RF干渉の影響を受けにくくなり、レイアウトが簡素化されます。
信号のルーティング
オーディオ出力上のノイズと歪みについて考えると、通常、信号のルーティングはわずかな影響しかありません。それにもかかわらず、性能の損失を確実に防ぐためのいくつかのステップがあります。
一般的に、スピーカアンプはメインシステム電圧から電力がじかに供給され、比較的大きな電流を必要とします。トレース内の抵抗は電圧降下をもたらし、この電圧降下がアンプの電源電圧を減らし、システム内の電力を消費します。また、トレース抵抗は、消費電流の通常の変動を電圧変動に変換します。性能を最大限に引き出すには、すべてのアンプ電源について幅広の短いトレースを使用します。
差動信号方式には、可能な限り利用が推奨される利点があります。差動入力は、正負の信号ラインに共通するいずれの信号も除去することによってノイズ耐性を実現しています。差動アンプの効果を確保するためには、考慮すべきいくつかの事項があります。特に、差動信号ペアの長さとインピーダンスが同じであることが重要です。信号ペアは、互いにできるだけ近くにルーティングし、同じノイズをピックアップするようにします。アンプの差動入力は、システム内のディジタル回路からのノイズを低減するのに特に有効です。
接地
接地は、システムによってデバイスの潜在能力が得られるかどうかを決定付ける、唯一かつ最も重要な役割を果たします。接地が貧弱なシステムでは、歪み、ノイズ、クロストーク、およびRF感受性が大きくなる可能性が高くなります。システム接地に多くの時間を割くことに疑問を抱く人もいますが、接地方式を慎重に設計することで、多くの問題が生じることを回避することができます。
どのようなシステムにおいても、グランドが果たすべき目的は2つあります。1つ目は、デバイスに流れるすべての電流のためのリターン経路です。2つ目は、ディジタルとアナログの両方の回路のリファレンス電圧です。すべてのグランドポイントの電圧が等しい場合、接地は単純な作業となりますが、実際にはこれはあり得ません。すべてのワイヤおよびトレースには有限の抵抗があります。これは、電流がグランドを通過するたびに、対応する電圧降下が発生することを意味します。ワイヤのループがあると必ず、インダクタも生成されます。これは、電流がバッテリから負荷に流れたり、バッテリに戻ったりするたびに、電流経路にある程度のインダクタンスが生じることを意味します。インダクタンスは、高周波数における接地インピーダンスを増大します。
特定のアプリケーション向けに最適な接地系を設計することは単純な作業ではありませんが、すべてのシステムに適用可能ないくつかの一般的なガイドラインが存在します。
- ディジタル回路には連続グランドプレーンを設ける
グランドプレーン内のディジタル電流は、元の信号と同じ経路をたどる傾向にあります。この経路は、電流の最小ループエリアを形成し、この結果アンテナ効果とインダクタンスを最小限に抑えます。すべてのディジタル信号トレースが、必ず対応するグランド経路を持つための最良の方法は、信号層に直接隣接した層の上に連続グランドプレーンを設けることです。この層は、ディジタル信号トレースと同じエリアを覆い、その連続性への妨害を可能な限り少なくします。グランドプレーン(ビアを含む)内のすべての妨害によって、理想よりも大きなループでグランド電流が流れるため、放射やノイズが増大します。 - グランド電流を分離してお
ディジタル回路とアナログ回路のグランド電流は、ディジタル電流がアナログ回路にノイズを加えることを防止するため、分離する必要があります。これを行うための最適な方法は、正しい部品配置を行うことです。すべてのアナログ回路とディジタル回路をPCB上で別々の部分に配置すると、当然グランド電流は絶縁されます。これを良好に行うには、PCBのすべての層上でアナログセクションにはアナログ回路のみ含まれるようにします。 - アナログ回路にスターグランド手法を使用する
スターグランドは、正式なグランドポイントとしてPCB上で単独のポイントを使用します。このポイントが唯一グランド電位にあるものとみなすことができます。携帯電話では、バッテリのグランド端子が、スターポイントの論理的な選択肢になります。電流がグランドプレーンに流れて消えるのではなく、すべてのグランド電流がグランドポイントに戻ると考えてください。
オーディオパワーアンプは、比較的大きな電流を消費する傾向があるため、アンプ自身とシステム内の他のグランド基準面の両方に悪影響を及ぼす可能性があります。この問題を防止するには、ブリッジアンプの電源グランドとヘッドフォンジャックのグランドリターンに、専用のリターン経路を用意します。このアイソレーションによって、グランドプレーンの他の部分の電圧に影響を与えることなく、これらの電流は - バイパスコンデンサの効率を最大限に引き出す
ほとんどすべてのデバイスは、瞬間電流を出力するためのバイパスコンデンサを必要とします。コンデンサとデバイスの電源ピンの間のインダクタンスを最小限に抑えるため、これらのコンデンサをできるだけ、バイパスする電源ピンの近くに設置します。インダクタンスはバイパスコンデンサの効率を低減します。同様に、コンデンサの高周波インピーダンスを最小限に抑えるため、コンデンサによってグランドへの低インピーダンス接続を実現する必要があります。トレースを通してルーティングするのではなく、コンデンサのグランド側をじかにグランドプレーンに接続します。 - すべての未使用PCBエリアをグランドで満たす
2片の銅が近づくと必ず、その間に小さい静電結合が起こります。信号トレースの近くをグランドで満たすことによって、信号ライン内の不要な高周波エネルギを、静電結合を通じてグランドに短絡することができます。
接地の例
図3は、優れた接地系の例を示しています。まず、下部にディジタルセクションが、上部にアナログセクションがくるようにPCBが配置されていることに注目してください。区画の境界を越える唯一の信号はI2C制御信号で、この信号は、信号トレースをたどる直接のリターン経路を持ちます。このレイアウトによって、ディジタル信号がボードのディジタルセクションにとどまること、およびディジタルグランド電流がグランドプレーン内の分割によってブロックされないことが保証されます。また、大部分のグランドプレーンに妨害がないことにも注目してください。妨害のあるディジタルセクションであっても、妨害が十分に離れているので電流が自由に流れることが可能です。
この例では、スターポイントはPCBの左上にあります。グランドプレーンのアナログ部分にある裂け目によって、D級およびチャージポンプ電流が、一般的なアナロググランドプレーンと干渉することなくスターポイントに戻ることを可能にしています。また、ヘッドフォンジャックが、ヘッドフォンのグランド電流をスターポイントに戻すための専用トレースを備えていることにも注目してください。
結論
設計の優れたPCBを作成するには時間がかかり、課題もありますが、費やした時間に見合うだけの価値があります。その結果として、ノイズと歪みが少なく、RF信号耐性の高いシステムが得られます。また、PCBのEMI性能が向上し、必要とするシールドも低減される場合があります。
PCBを慎重に設計しなかった場合、最終的に、製品テストにおいて予防可能な問題が見つかります。レイアウトを完成した後にこれらの問題を修正することは極めて困難であり、ほとんどの場合、修復に多大な時間を要します。たいてい、修正には追加の部品が必要となり、システム全体のコストが上昇し、複雑性が増大します。
このアプリケーションノートの概略版が2007年7月16日発行の「EE Times」(CMP Publications)誌に掲載されています。