要約
本稿では、LTspice®を使用して、アプリケーション回路におけるオペアンプのノイズの影響を検証する方法を紹介します。その手法を活用すれば、ノイズに敏感なアプリケーションにとって最適なオペアンプ製品を選択する作業を迅速に進めることができます。また、各製品のノイズ性能がシステムの性能に及ぼす影響について把握することが可能になります。
本稿では、まず標準的なICを対象とし、LTspiceが備えるノイズ解析機能の使い方を紹介します。続いて、オペアンプを含む信号パスを対象として、ノイズの解析を実施する方法を示します。ここで注意すべきことは、ノイズを低減することを重視すると、消費電力とコストが増大するケースが多いということです。LTspiceの機能を利用すれば、設計上の要件を満たしつつ、消費電力が最も少なく、費用対効果が最も高いソリューションを選択することができます。
多くのアプリケーションでは、トランスデューサ(小信号が対象)、オペアンプ、フィルタ、データ・アクイジション用のA/Dコンバータ(ADC)を含む信号パスを設計する必要があります。その際の課題の1つは、A/D変換をはじめとする処理を行う前に、信号が通過する様々なコンポーネント/ブロックがどれだけトータルのノイズに寄与するのかを明らかにすることです。この作業を容易に行えるようにするためには、フロント・エンドでほとんどの増幅処理を実施するようにシステムを設計すべきです。ノイズを最も小さく抑えられるようにフロント・エンドを設計すれば、他の回路に対する影響を最小化し、最大限のS/N比を実現することが可能になります。
しかし、どのようなアプリケーションにおいても、上記のような設計を行えるとは限りません。そうした状況下で、ノイズのレベルを最小限に抑え、優れたシグナル・インテグリティを実現しなければならない場合にはどうすればよいのでしょうか。
標準的なコンポーネントのノイズ解析
LTspiceは、ノイズの影響に関する検討や最適化に役立つツールとしても知られています。シミュレーションの実行後に特定のデバイス(抵抗やトランジスタ)をクリックすれば、ノイズ解析機能を利用することができます。そのデバイスの出力ノイズの寄与分を、ノイズ密度の曲線として直ちに表示することが可能なのです。
図1に、シミュレーション結果の例を示しました。画面の右側には、オペアンプ回路の出力ノイズと他の抵抗によるノイズの寄与分が並べてプロットされています。そのため、回路全体としての出力ノイズに対する各抵抗の相対的な影響を簡単に確認することができます。また、いずれかのノイズ密度曲線を積分し、周波数範囲全体に対する影響を表示することも可能です。この例の場合、最もノイズの寄与分の大きい抵抗はR3です。そのフラットバンドのノイズは100nV/√Hzです。
LTspiceは、抵抗とトランジスタを対象としたモデル化とノイズの寄与分の記録という面では、非常に強力なシミュレーション・ツールです。しかし、それ以外のコンポーネントやビルディング・ブロックについて考慮したい場合には、代替となるソリューションが必要になるかもしれません。例えば、回路図やシミュレーション・ファイルの中には、暗号化されたマクロモデルを使用するオペアンプなどが含まれていることがあるでしょう。そのようなデバイスを対象とする場合、別のソリューションが必要になるかもしれないということです。
以下では、上記の内容と、オペアンプのノイズの解析方法について詳しく解説します。そのためには、まずLTspice上に理想的なオペアンプを追加する方法を把握する必要があります。図2に示したのは、LTspiceの教育用ライブラリに組み込まれている「UniversalOpAmp.asc」というファイルです。画面上には、簡素化されたオペアンプのモデル(以下、UniversalOpAmp)が図示されていることがわかります。このUniversalOpAmpには、段階的に複雑さが増す5つのバージョンが用意されています。画面の右側にプロットされているのが、それぞれのバージョンのシミュレーション結果です。UniversalOpAmpは便利なマクロモデルであり、任意の設計に取り込むことができます。また、各パラメータの影響を明らかにするために、容易に操作/編集することが可能です。
オペアンプのノイズ解析機能を利用する方法
UniversalOpAmpを利用すれば、そのオペアンプがトータルのノイズに与える影響をシミュレーションすることができます。LTspice上で同モデルを使用すれば、電圧ノイズ、電流ノイズ、各ノイズ源のコーナー周波数を簡単に変更することが可能です。それにより、出力ノイズ/入力ノイズにどのような影響が及ぶのかを確認することができます。このような情報を得ることにより、設計上許容できるノイズの量を正確に把握し、用途に対して最適な製品を選択することが可能になります。
図3は、上記の方法を説明するためのものです。図1の回路のオペアンプをUniversalOpAmpに変更してあります。ここでは、電流ノイズInを可変パラメータとして設定しています。また、電圧ノイズEnが無視できるものになるように0.1nV/√Hzという小さな値を設定しています。その上で、.step param関数を使用することにより、電流ノイズを変化させた結果をシミュレーションで簡単に確認できるようにしています。この例では、電流ノイズの値をリストとして列挙しています。それに従い、同パラメータの値が0.1pA/√Hz、1pA/√Hz、2pA/√Hz、5pA/√Hz、10pA/√Hzの順に変更されます。
この手法は、オペアンプのノイズ特性を1次近似していることには注意してください。例えば、FET入力のオペアンプでよく見られるように、周波数が高くなるに連れてノイズが増大するといった振る舞いは、UniversalOpAmpには反映されていません。したがって、そうした特性については、実際のデバイスのシミュレーションを行う際、または実験室で評価を行う際に個別に考慮する必要があります。なお、上記の電流ノイズについては、「FET入力のオペアンプの電流ノイズ」という記事を参照してください。
一般に、トランスインピーダンス・アンプ(TIA)などでは、ノイズ性能が非常に重要な意味を持ちます。TIAを使用するアプリケーションでは、TIAのノイズと外付けコンポーネントによって追加される成分(例えば、フォトダイオードやアバランシェ・フォトダイオードによる入力容量)の間には強い相互作用が生じます。そのため、そうした外付けコンポーネントを含めて評価を行わなければ正確な結果は得られません。この点には注意する必要があります。外付けコンポーネントを考慮しなければ、シミュレーション結果と実測結果はかけ離れたものになるでしょう。
表1は、電流ノイズに関するシミュレーションの結果をまとめたものです。このようにすれば、最も支配的な熱ノイズ(抵抗R3の100nV/√Hz)を基準とし、各ケース(電流ノイズの値が異なる)でオペアンプによって追加されるノイズを比較することができます。例えば、ケース1(0.1pA/√Hz)において追加されるノイズは以下のようにして計算することができます。
ケース番号 | 入力電流ノイズ〔pA/√Hz〕 | 出力ノイズ〔nV/√Hz〕 | 追加されるノイズ〔dB〕 |
1 | 0.1 | 117 | 1.4 |
2 | 1 | 140 | 2.9 |
3 | 2 | 192 | 5.7 |
4 | 5 | 398 | 12.0 |
5 | 10 | 771 | 17.7 |
電圧ノイズについても、同様のシミュレーションを行うことができます。その際には、電流ノイズを無視できるレベルの値に設定します。表2は、そのようにして得られたシミュレーション結果についてまとめたものです。
ケース番号 | 入力電圧ノイズ〔nV/√Hz〕 | 出力ノイズ〔nV/√Hz〕 | 追加されるノイズ〔dB〕 |
5 | 1 | 117 | 1.4 |
6 | 2 | 119 | 1.5 |
7 | 5 | 130 | 2.3 |
8 | 7 | 141 | 3 |
9 | 10 | 162 | 4.2 |
表1、表2から次のような結論を得ることができます。例えば、追加されるノイズを3dB以下に抑えるには、入力電流ノイズを1pA/√Hz未満、入力電圧ノイズを7nV/√Hz未満にする必要があるといった具合です。この条件は、「AD8055」のようなオペアンプ製品であれば満たすことができます。AD8055の入力電流ノイズは1pA/√Hz、入力電圧ノイズは6nV/√Hzです。これを基にシミュレーションを実行すると、広帯域ノイズは144nV/√Hzとなります。つまり、表1、表2から予測されるノイズに近い結果が得られます。
まとめ
本稿では、LTspiceで利用可能なツール/機能の例としてUniversalOpAmpを紹介しました。このモデルを使用すれば、アプリケーション回路上のオペアンプの電圧ノイズ/電流ノイズを変化させた結果、追加されるノイズの値を予測することができます。このような情報を取得することで、回路内の他の支配的なノイズ源との比較を実施することが可能になります。その結果、ノイズの要件を満たしつつ、消費電力とコストを最小限に抑えられるオペアンプ製品を適切に選択することができます。
※初出典 2023年 TECH+(マイナビニュース)