携帯型機器のバックアップ電源を利用するリアルタイム・クロック回路、その動作時間を最大化するには?

携帯型機器のバックアップ電源を利用するリアルタイム・クロック回路、その動作時間を最大化するには?

著者の連絡先情報

要約

アナログ・デバイセズは、リアルタイム・クロック(RTC:Real-time Clock)の機能を実現するIC製品ファミリを提供しています。そうした製品の多くは、トリクル充電用の回路(トリクル・チャージャ)を内蔵しています。トリクル・チャージャは、補助用のバッテリやスーパーキャパシタといった蓄電デバイスの充電に使われます。それらの蓄電デバイスは、バックアップ電源として使用されます。つまり、メインのバッテリが切れた場合には、それら充電済みの蓄電デバイスから供給される電力を使用することによって、RTC ICの動作を維持します。どのくらいの期間維持できるかは、蓄電デバイスに蓄えられたエネルギー量などの要因によって決まります。本稿では、そうした蓄電デバイスの容量に基づいてバックアップ時間を計算する方法を紹介します。説明を簡素化するために、以下では補助用の蓄電デバイスとしてスーパーキャパシタを例にとることにします。ただ、補助用のバッテリを使用する場合も基本的な考え方は同じです。

はじめに

日常生活で使用されるバッテリ駆動の機器の数は、日に日に増しています。そうした機器を提供するメーカーは、バッテリの寿命を延伸する方法を常に模索しています。それらの機器の使用者が、バッテリ残量の低下によって感じる不安を最小限に抑えなければならないからです。その種の不安は、恐怖症として位置づけられることがあるほど無視できない存在になっています。例えば、携帯電話機を使用できない状態に対する不安は「Nomophobia(No Mobile Phone Phobia)」と呼ばれています。この不安は、主に携帯電話機のバッテリ切れによって引き起こされます。また、最近では、この言葉はバッテリ駆動のあらゆる機器を対象として使われるようになってきました。例えば、ランニングの最中にフィットネス用の腕時計型デバイスのバッテリ残量が少なくなったとしたら、どのように感じるでしょうか。目的地に到着する前にバッテリが切れてしまったら、距離やペース、心拍数のデータを把握することができません。更には、トレイルランニング中に携帯電話機が圏外となり、サテライト・メッセンジャのバッテリも少なくなるといったことが起こり得ます。

図1. Nomophobiaの影響。バッテリ残量の低下は、ユーザのストレスを高める原因になりかねません。

図1. Nomophobiaの影響。バッテリ残量の低下は、ユーザのストレスを高める原因になりかねません。

バッテリの寿命を延ばすためには、バッテリから供給される電流の消費量を最小限に抑える必要があります。そのために、機器のメーカーは消費電力の少ない最新のICを選択しています。アナログ・デバイセズの場合、自己消費電流を最小限に抑えることに注目してnanoPower Technologyを適用した製品を提供しています。特に、スタンバイ・モードまたはアクティブ・モードにおける消費電流を1μA未満に抑えたものをnanoPower製品と呼んでいます。その例としては、電圧レギュレータ、オペアンプ、スーパバイザ、マイクロコントローラなどがあります。nanoPower製品を採用してシステムを構築すれば、バッテリの寿命を最大限に延ばすことができます。言い換えれば、バッテリ残量の低下による不安を最小限に抑えることが可能になります。RTC ICについても、nanoPower製品を採用することで、同じ効果が得られます。

RTC ICは、電子回路において時間の経過を追跡するために使用されます。システムの中には、正確な時刻を維持することが非常に重要なものがあります。その場合、システムに過酷なストレスがかかったときや、機器本体の電源がオフになったときでも、正確な時刻を維持しなければなりません。そのような状況下でも、RTC ICは堅牢性に優れる機能を提供する必要があります。また、そうした問題が発生した場合、RTC ICはスーパーキャパシタから電力の供給を受けることになるでしょう。RTC ICに関する設計を行う場合にも、消費電力は検討すべき重要な事柄となります。システムにおいて、メインのバッテリが切れた後もRTC ICに電力を供給し続けることで、時刻の情報や重要なデータを維持することが可能になります。

トリクル・チャージャの実例

多くのRTC ICは、スーパーキャパシタを充電するためのトリクル・チャージャを搭載しています。先述したように、メインのバッテリからの給電が途絶えた場合には、トリクル・チャージャによって充電済みのスーパーキャパシタからRTC ICに対して電力が供給されます。つまり、スーパーキャパシタはバックアップ電源の役割を果たします。RTC ICの動作を維持できる期間は、スーパーキャパシタに蓄えられた電荷量によって決まります。

図2. MAX31341B/Cが内蔵するトリクル・チャージャ回路

MAX31341B/C」は、パワー・マネージメント機能を備える低消費電力のRTC ICです。図2に両ICが内蔵するトリクル・チャージャの概要を示しました。その制御には、Pwr_mgmt_reg (0x56)レジスタのD_MODE[1:0]ビット、Trickle_reg (0x57)レジスタのD_TRICKLE[3:0]ビットを使用します。それらにより、トリクル・チャージャをイネーブルにします。また、抵抗値の設定などを行って充電用のパスの詳細を決定します。なお、他のRTC ICでは、充電用のパスやレジスタの構成が異なる場合があります。必ず適切なデータシートを参照してください。

以下では、メインのバッテリからの給電が止まった際、スーパーキャパシタによってRTC ICが動作を維持できる時間の計算方法を示します。そのためには、データシートに記載されている情報を参照する必要があります。表1に示したのが必要なデータの例です。ご覧のように、最小タイムキーピング電圧は1.0Vとなっています。これは、RTC ICが内蔵する発振回路が適切に機能し、時を刻み続けるために必要な電圧です。一方、タイムキーピング電流は動作電圧が3.6Vの場合で最大390nAとなっています。この電流値は電源電圧を下げると減少します。

表1. MAX31341B/Cのデータシート(一部抜粋)
パラメータ 記号 条件 最小値 代表値 最大値 単位
DC特性
動作電源電圧 VCC フル動作(注2) 1.6 3.6 V
最小タイムキーピング電圧 VCCTMIN (注2、注3) 1.0 V
タイムキーピング電流:CLKINはグラウンドまたはVCC ICCT VCC = +1.6V(注3) 180 330 nA
VCC = +3.0V 210 370
VCC = +3.6V 220 290

スーパーキャパシタの充電電流

それでは、具体的な計算の例を示すことにしましょう。

ここでは、システムの電源である3.0VがMAX31341B/CのVCCに印加されているとします。その条件下でトリクル・チャージャをイネーブルの状態に設定するとしましょう。充電用のパスではショットキー・ダイオードと共に3kΩの抵抗を使用します。その状態でパスをオンにすると想定します。この場合、充電電流の最大値は次式によって計算できます。

IMAX = (VCC– VD – VSD - VBAT)/R

ここで、各変数の意味は以下のとおりです。

VD :ダイオードの電圧降下
VSD :ショットキー・ダイオードの電圧降下
VBAT :スーパーキャパシタの電圧
R :充電パスで使用する抵抗の値

スーパーキャパシタが充電されるにつれ、その電圧は高くなります。一方、充電用のパスの電圧は低下します。それに伴って充電用の電流も減少します。

充電電流の最大値は、上の式を使って次のように計算します。まず、この例ではダイオードと並列に接続されたスイッチは閉じているとします。すると、VDは0Vとなります。また、スーパーキャパシタは完全に放電していると考えます。そのため、VBATも0Vです。ショットキー・ダイオードの電圧降下VSDは0.2Vであると仮定しましょう。このような条件から、以下の計算が成り立ちます。

IMAX = (VCC – VD – VSD-VBAT)/R
= (3.0V – 0.2V – 0V)/R
˜ (3.0V – 0.2V)/3kΩ
˜ 0.93mA

充電電流の最大値は、選択したスーパーキャパシタに依存します。実際には、スーパーキャパシタの充電に必要な最大電流に基づいて、充電用のパスで使用するダイオードと抵抗として最適なものを選択することになります。

バックアップ時間の計算

では、このRTC ICはスーパーキャパシタからの給電によってどの程度の時間動作を継続することが可能なのでしょうか。ここでは、容量が0.2Fのスーパーキャパシタを使用する例を考えます。その場合の放電時間は次式で与えられます。

T = -ln(VBACKUPMIN/VBACKUPMAX)[(VBACKUPMAX/IBACKUPMAX) × C]

MAX31341B/Cのデータシート(表1)を見ると、発振回路の最小動作電圧と最大バックアップ電流IBACKUPMAXの値がわかります。この例では、VBACKUPMAXは3.0V、IBACKUPMAXは370nAです。つまり、0.2Fのスーパーキャパシタは3.0Vまで充電されます。発振回路の最小動作電圧が1.0Vであることから、バックアップ時間は次式のように計算することができます。

T = -ln(VBACKUPMIN/VBACKUPMAX)[(VBACKUPMAX/IBACKUPMAX) × C]
T = -ln(1.0/3.0)[(3.0/370x10-9) × 0.2]
T = 1781533〔秒〕または494.9〔時間〕 

上の計算例から、タイムキーピング電流が最小のRTC ICを選択することで、最長の動作時間が得られることがわかります。

図3. MAX31341B/Cの標準的なアプリケーション回路。トリクル・チャージャの回路にスーパーキャパシタを接続しています。

図3. MAX31341B/Cの標準的なアプリケーション回路。トリクル・チャージャの回路にスーパーキャパシタを接続しています。

標準的なRTC ICの場合、消費電流は600nA程度でしょう。それでも、技術的にはnanoPower製品の一種だと見なされるはずです。しかし、そうした製品を使用した場合、上記の動作時間は494時間から305時間まで短縮されてしまいます。図3に、MAX31341B/Cの標準的なアプリケーション回路図を示しました。この例では、トリクル・チャージャの回路にスーパーキャパシタを接続しています。

まとめ

バッテリ駆動の機器は非常に便利なものです。したがって、その種の機器に対する依存性も高まります。その代償として、機器の使用中にバッテリが切れてしまうのではないかという不安が高まることになります。このNomophobiaを和らげるためには、RTC ICとしてMAX31341B/CをはじめとするnanoPower製品を選択すべきです。MAX31341B/Cでは、市販のRTC ICの中でもタイムキーピング電流が最も少ないレベルに抑えられています。

参考資料:

  1. MAX31341Bの製品ページ
  2. MAX31341Cの製品ページ
  3. Design Considerations for Maxim Real-Time Clocks(リアルタイム・クロック回路を設計する際に考慮すべき事柄)
  4. Battery Life Calculator for RTC(RTC向けのバッテリ寿命計算ツール)