10BASE-T1L MAC-PHYにより、低消費電力プロセッサのイーサネット接続を簡素化する

10BASE-T1L MAC-PHYにより、低消費電力プロセッサのイーサネット接続を簡素化する

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Maurice O'Brien

Maurice O'Brien

Volker Goller

Volker Goller

はじめに

本稿のテーマは、10BASE-T1L MAC-PHY(MACとPHYの統合IC)です。これを使用して、低消費電力のフィールド・デバイスやエッジ・デバイスをイーサネット接続する方法について解説します。また、10BASE-T1L MAC-PHYと10BASE-T1L PHY(PHY機能だけを備えるIC)の使い分け方を明らかにします。イーサネット接続された製造施設や建築物の設備については、将来的に求められる要件が存在します。10BASE-T1L MAC-PHY/PHYを採用すれば、そうした要件も容易に満たすことができます。これについても詳しく説明します。

背景

Ethernet-APLなどのシングルペア・イーサネット(SPE:Single Pair Ethernet)規格は、10BASE-T1Lをベースとしています。10BASE-T1Lは、イーサネットをベースとするネットワークにより多くのデバイスを接続したいというニーズに応えるものです。実際、同技術のユースケースは、プロセス・オートメーション、ファクトリ・オートメーション、ビル・オートメーションといったアプリケーションに拡大し続けています。より多くのデバイスが接続されれば、より豊富なデータセットをより高レベルの管理システムで利用できるようになります。それによって、生産性を大幅に高めたり、運用コストやエネルギー消費量を削減したりすることが可能になります。フィールドやエッジにイーサネットを適用することで目指す未来は、あらゆるセンサーやアクチュエータが接続されたコンバージドIT/OTネットワークを実現することです。ただ、センサーやアクチュエータの中には、消費電力やスペースの面で制約があるものが存在します。そのため、目標の達成に向けては、システム・エンジニアリング上の課題に対処しなければなりません。多くの場合、センサーやアクチュエータを使用するアプリケーションでは、プロセッサ(マイクロコントローラ)が併用されることになります。現在、その種のプロセッサの市場は大きな成長を遂げています。そうした用途に向けたプロセッサとしては、大容量のメモリに対応可能な低消費電力/超低消費電力の製品が必要になります。しかし、そうしたプロセッサ製品のほとんどは、イーサネットに対応するMAC(Medium Access Control)機能を内蔵していません。つまり、MII(Media-independent Interface)、RMII(Reduced Media-independent Interface)、RGMII(Reduced Gigabit Media-independent Interface)といったメディアに非依存の(イーサネット対応の)インターフェースをサポートしていないのです。したがって、それらのプロセッサは従来のPHY(Physical Layer)デバイスに接続することができません。

10BASE-T1L MAC-PHYを使用する理由

市場には、消費電力の少ないデバイスを、より多く、より長い距離でイーサネットに接続したいというニーズがありました。それに応えるものとして、10BASE-T1L MAC-PHYは登場しました。これは、10BASE-T1L PHYにMACの機能を統合したものです。10BASE-T1L MAC-PHYを使う場合、プロセッサに対するイーサネット接続はSPI(Serial Peripheral Interface)を介して行われます。つまり、フィールド・デバイスやエッジ・デバイスにおいて、MAC機能を内蔵していないプロセッサを使用することができます。言い換えれば、超低消費電力の多種多様なプロセッサを利用できるということです。プロセッサの選択肢が増えると、フィールド・デバイス/エッジ・デバイスにおいてアーキテクチャの柔軟性が高まります。プロセス業界においては、10BASE-T1L MAC-PHYを採用することによって、Ethernet-APLに対応するアプリケーションを構築することができます。アプリケーションにおいてパーティショニングを最適化することで、ゾーン0の本質安全防爆仕様に即した低消費電力のフィールド・デバイスを実現することが可能になります。また、インテリジェント・ビルのアプリケーションでは、10BASE-T1L MAC-PHYを使用することで、消費電力の少ないより多くのデバイスをイーサネット・ベースのネットワークに接続することができます。具体的なアプリケーションの例としては、HVAC(暖房、換気、空調)システム、防火システム、入退室管理システム、IPカメラ、エレベータ・システム、状態監視システムなどが挙げられます。

高度なパケット・フィルタリング

10BASE-T1L PHYにMAC機能を統合することで、イーサネットをベースとするネットワーク上のトラフィックを最適化する新たな機能を実現することができます。高度なパケット・フィルタリング機能を備える10BASE-T1L MAC-PHYを使用すれば、ブロードキャストとマルチキャストのトラフィックを処理するためのオーバヘッドを大幅に削減することが可能になります。これは、その作業からプロセッサを解放できるということを意味します。鍵を握るのは、宛先MACアドレスによるフィルタリングです。10BASE-T1L MAC-PHYは、単一のMACアドレスではなく、ユニキャスト/マルチキャストのMACアドレスを最大16個使用したフィルタリングをサポートします。また、2個のMACアドレスに対するアドレス・マスキングもサポートしています。そのため、デバイスのアドレスだけでなく、LLDP(Link Layer Discovery Protocol)といった広く利用されているマルチキャスト・アドレスのフィルタリングも行え、自由度が非常に高まります。より優先度の高いキューを追加できるようになっているので、一部のメッセージに対して優先順位を付けることができます。それにより、遅延と堅牢性についての改善を図ることが可能です。フレームの優先度は、MACのフィルタリング・テーブルによって識別します。例えば、ブロードキャスト・メッセージを優先度の低いキューに入れ、ユニキャストを優先度の高いキューに入れることで、ブロードキャスト・ストームやトラフィックの急増によってレシーバーが過負荷になるのを防ぐことができます。10BASE-T1L MAC-PHYが備えるフィルタリング機能を活用することで、ネットワークの負荷に対して堅牢なデバイスを実現することが可能になります。フレームの統計情報をMACによって収集すれば、ネットワークのトラフィックの監視やリンクの質の監視に役立てられます(図1)。

図1. 10BASE-T1L MAC-PHYの役割。高度なパケット・フィルタリングにより、デバイスの消費電力と複雑さを大幅に低減することができます。

図1. 10BASE-T1L MAC-PHYの役割。高度なパケット・フィルタリングにより、デバイスの消費電力と複雑さを大幅に低減することができます。

また、10BASE-T1L MAC-PHYのMACはIEEE 1588もサポートしています。そのため、プロセス・オートメーションに必要なIEEE 802.1ASの時刻同期に対応できます。10BASE-T1L MAC-PHYは、同期カウンタ、受信メッセージのタイムスタンプ処理、送信メッセージのタイムスタンプの取得に対応しています。したがって、時刻同期を実行するために10BASE-T1L MAC-PHY以外のハードウェアを用意する必要はありません。また、このことから、ソフトウェア設計の複雑さが大幅に緩和されます。MACを使えば、同期カウンタにタイミングを適合させた出力波形を生成することができます。それを利用すれば、アプリケーション・レベルの外部動作に対して同期をとることが可能です。10BASE-T1L MAC-PHYのSPIは、Open Allianceの10BASE-T1x MAC-PHY Serial Interfaceをサポートしています。Open Alliance SPIは、10BASE-T1L MAC-PHYで使用するために特別に設計された非常に効率の高い新たなプロトコルです。

MAC-PHYとPHYの使い分け

10BASE-T1L MAC-PHYと10BASE-T1L PHYは、いずれも様々なユースケースに対して大きなメリットをもたらします。消費電力を重視するアプリケーションでは、10BASE-T1L MAC-PHYを使うことで、システムの消費電力を抑えることができます。これは、10BASE-T1L MAC-PHYの柔軟性の高さによるものです。つまり、MACを内蔵していない超低消費電力のプロセッサをホスト・プロセッサとして使用できるということです。既存のデバイスをアップグレードしてイーサネット接続を追加する場合、10BASE-T1L MAC-PHYを使うとよいでしょう。そうすれば、既存のプロセッサを再利用し、SPIポートを介してイーサネット接続を追加する手段が得られます。言い換えれば、MACを内蔵するより大規模なプロセッサに変更する必要はありません。

高性能のアプリケーションでは、フィールド・デバイスやエッジ・デバイスで高性能のプロセッサを使用しなければならないケースがあります。高性能のプロセッサであれば、もともとMACを内蔵しているかもしれません。もしそうであれば、MII/RMII/RGMIIに対応するMACインターフェースを備えた10BASE-T1L PHYを採用するとよいでしょう。そうすれば、迅速に開発を進めることができます。その場合、MACインターフェース用の既存のドライバを再利用してイーサネット接続を追加します(図2)。

図2. 10BASE-T1Lによる接続に使用するMAC-PHYとPHYの比較

図2. 10BASE-T1Lによる接続に使用するMAC-PHYとPHYの比較

イーサネット接続を利用する将来のプロセス設備の柔軟性を高める

アナログ・デバイセズは、10BASE-T1L PHYである「ADIN1100」と10BASE-T1L MAC-PHYである「ADIN1110」を提供しています。MAC-PHYとPHYの両方を利用できることから、機器設計者にとっては柔軟性が高まったことになります。つまり、イーサネットに接続される将来の製造設備の要件を満たすのが容易になるということです。例えば、超低消費電力のデバイスと高性能のデバイスを、イーサネットをベースとする同じネットワークに配備することができます。その際には、危険区域のユースケースに求められる最大電力の厳しい制限にシステムを適合させることが可能です。10BASE-T1Lに対応するパワー・スイッチとフィールド・スイッチは、堅牢性が高く消費電力の少ない10BASE-T1L PHYを産業用イーサネット・スイッチと共に使用します。そして、危険区域のユースケースなどでは、シングルツイスト・ペア(TP)ケーブルを介して、電力とデータの両方を供給する幹線/支線型のネットワーク・トポロジを構築します。

フィールド・デバイスの接続については、様々なデバイスのイーサネット接続を実現するために、10BASE-T1L MAC-PHYと10BASE-T1L PHYの両方を使用します。流量計などのような消費電力の多いフィールド・デバイスでは、MACを内蔵する高性能プロセッサと10BASE-T1L PHYを使用します。温度センサーなど、消費電力の少ないフィールド・デバイスでは、MACを内蔵していない超低消費電力のプロセッサを採用していることがあるでしょう。その場合には10BASE-T1L MAC-PHYを採用し、SPIを介してプロセッサに対するイーサネット接続を実現します(図3)。

図3. 幹線/支線型のネットワーク・トポロジ。プロセス・オートメーション向けの構成であり、10BASE-T1L MAC-PHYと10BASE-T1L PHYを併用しています。

図3. 幹線/支線型のネットワーク・トポロジ。プロセス・オートメーション向けの構成であり、10BASE-T1L MAC-PHYと10BASE-T1L PHYを併用しています。

MAC-PHYとPHYの比較

10BASE-T1L MAC-PHYであるADIN1110を使用する場合、わずか42mWの消費電力でSPIを介してホスト・プロセッサにイーサネット接続することができます。ADIN1110は、25MHzのクロック周波数で全二重のSPI通信に対応するOpen Allianceの10BASE-T1x MAC-PHY Serial Interfaceをサポートしています。一方、10BASE-T1L PHYであるADIN1100を使えば、わずか39mWの消費電力で、MII/RMII/RGMIIのMACインターフェースを介してホスト・プロセッサにイーサネット接続することが可能です。表1に、ADIN1100とADIN1110の特徴をまとめました。両製品は、10BASE-T1Lの中核機能をベースとしています。例えば、PAM 3変調(7.5MBdのシンボル・レート、4B3Tの符号化方式)による全二重、DC平衡、ポイントtoポイントの通信機能などです。また、10BASE-T1Lは2つの振幅モードをサポートしています。1つは、ケーブルが最長1000mでピークtoピークの振幅が2.4Vのモードです。もう1つは、ケーブルがそれよりも短くピークtoピークの振幅が1.0Vのモードです。ピークtoピークの振幅が1.0Vのモードを備えているということは、この新たなPHY技術は防爆システム環境でも使用できるということを意味しています。つまり、最大エネルギーに関する厳しい制限を満たせるということです。

表1. ADIN1100とADIN1110の比較
品番/カテゴリ ADIN1100 ADIN1110
10BASE-T1L PHY 10BASE-T1L MAC-PHY
インターフェース MII、RMII、RGMII SPI
MAC機能 なし あり
本質安全のサポート あり あり
消費電力 39 mW 42 mW
自動ネゴシエーション機能 あり あり
FIFO なし 20kB(受信側)/8kB(送信側)
MACフィルタ(16エントリ) なし あり
トラフィックの優先順位付け なし あり
IEEE 1588のタイムスタンプのサポート なし あり
温度範囲 -40°C~105°C -40°C~105°C
パッケージ 40ピンLFCSP 40ピンLFCSP

まとめ

10BASE-T1Lは、通信速度が10Mb/秒のイーサネット向け物理層の規格です。2本のワイヤによる最長1kmの電力供給技術(Engineered Power/PoDL/SPoE)と組み合わせることで、イーサネット接続に対応する新たな種類のデバイスを実現することができます。そうすれば、コンバージドIT/OTイーサネット・ネットワークを介して、よりアクセスしやすく、より価値の高い知見を生成することが可能になります。そうした新たな知見を利用すれば、プロセス・オートメーションやファクトリ・オートメーションのアプリケーションにおいて、生産性の向上とエネルギー消費量の削減を達成できます。また、ビル・オートメーションのアプリケーションでは、それらの新たな知見によって、エネルギー効率、安全性、快適性を高めることが可能になります。10BASE-T1L MAC-PHYは、低消費電力のデバイスの利用を促進する新たな技術です。

アナログ・デバイセズは、産業用イーサネット向けのソリューションとしてADI Chronousを提供しています。ADI Chronousの詳細や、それによって産業用イーサネットへの移行を加速する方法については、analog.com/jp/chronousをご覧ください。