はじめに
アプリケーションの開発では、低ノイズ、高帯域幅、高精度、無限大の入力インピーダンス、(ほぼ)0Ωの出力インピーダンスといった多くの要求を満たすオペアンプが求められます。現在のところそのような万能のオペアンプは、単体ICでは存在していませんが、2つのアンプを組み合わせた複合アンプとすることにより、複数の必要な仕様を実現できます。本稿では、高精度と高電流を同時に実現する複合アンプ回路について、構造や利点などを解説します。
高速・高精度・高電流を実現する複合アンプとはなにか
高精度と高出力電流という、相反する性能を持つ単一アンプは、現在ありません。これらの特性を持つ二つのアンプを単純に直列接続しても、必要な性能を得られるわけではありません。例えばオフセットは、二つのアンプの誤差が加算されて、かえって精度が劣化します。これを解決する方法が、ここで紹介する複合アンプ(コンポジット・アンプ)です。
複合アンプは、単純な直列接続回路ではなく、それぞれのアンプにフィードバック・ループを組み込んでいます。AMP2はAMP1のフィードバック・ループの中に組み込まれており、AMP2自身もフィードバック・ループを持っています。
この回路では、AMP1に高精度アンプを、AMP2に高電流出力アンプを用いることで、各アンプの良いところを引き出し、弱点を補い合う高性能なオペアンプを作り出せます。
次に、複合アンプのゲイン設定をどうすればいいか解説します。
図2のように、複合アンプは外からは1つのオペアンプのように見えます。このオペアンプの信号のトータル・ゲインは、非反転増幅回路によって1+R1/R2となります。AMP2のゲインはR3、R4の定数により設定しますが、AMP1の実効ゲインと相殺されるため、トータルのゲインや出力のレベルに影響は与えません。つまり、この複合アンプのゲインは、R1とR2のみに依存して決まります。
複合アンプの利点とその使いどころ
ここからは、複合アンプがもたらす主な利点について説明します。特に、帯域幅、DC精度、ノイズ、歪み(ひずみ)に注目して話を進めます。
帯域幅
一つ目の利点は、帯域幅が拡張されることです。
100MHzのユニティ帯域を持つOPアンプを使って考えます。ユニティ・ゲインの複合アンプでは、単体アンプに比べ約27%帯域が広がります。また、各アンプがゲインを持っている場合は、帯域の拡張効果がより顕著になります。例えばトータル・ゲイン10倍を、AMP1、AMP2が等分に受け持つとき、つまりAMP1とAMP2のゲインがそれぞれ3.16倍になる場合に、帯域が最も広くなります。この条件では、ゲイン10倍のアンプを1つ使うときと比べると、帯域が10MHzから40MHzに300%向上します。
この現象がなぜ起きるかについても解説しておきましょう。トータル・ゲイン100倍のアンプを複合アンプで作った場合のことを考えます。(図4)
それぞれのアンプにゲイン10倍を配分すると、そのクローズド特性は、 ボード線図上ではAMP1、AMP2共に図5の20dB(青色)のラインにプロットされます。複合アンプのトータル・ゲインはAMP1のゲイン×AMP2のゲイン(dBでは足し算)で計算されるため、図の赤色のラインとなり、単体の40dBアンプに比べ10倍の帯域が得られるのです。
DC精度
2つ目の利点は、AMP2にDC精度の低い高出力アンプを使用しても、AMP1のフィードバック・ループによって補正され、高いDC精度が保てることです。
AMP2はAMP1のフィードバック・ループに含まれるため、出力の誤差信号はβ倍されて反転入力に帰還されます。ここで、βの値はクローズドループ・ゲイン分の1となり、AMP2のDCオフセットはA1のフィードバック信号により制御されます。
現実には誤差が0になるとは言えないものの、DC精度を大幅に向上させることができます。AMP1のDCオフセットはそのまま残りますが、AMP1に高精度アンプを用いればAMP2のDC誤差を補正し、要求を満たす性能を実現することは難しくないはずです。
ノイズ、歪み
AMP2で発生するノイズや歪みについても、適切に設定するとDCオフセットと同様にAMP1のフィードバック・ループによる補正効果があります。
図7のトータル・ゲイン2倍の複合アンプで、AMP2から発生した歪み成分がどのように伝わるか考えてみましょう。AMP2のゲインは4倍なので、AMP1の実効ゲインは0.5倍です。AMP2で発生した歪みは4倍されて出力され、フィードバック回路によって0.5倍されてAMP1の反転入力に戻ります。すると、実効ゲイン0.5倍のAMP1によって信号がゲイン-1倍で反転するため、ちょうどAMP2で発生する歪み信号の逆位相となり、歪み成分をキャンセルできます。これは歪みだけでなく、AMP2で発生するノイズ成分に関しても、同じ効果が期待できます。
帯域幅アップ、低ノイズ、高精度を維持する複合アンプの動作特性
注意すべきポイント(評価方法と併せて)
このように、複合アンプは高精度、高電流出力、高帯域を実現するうえでさまざまな利点がありますが、アンプの選定によっては動作の不安定化のリスクが高くなります。
・ループの安定性
AMP1の動作速度帯域がAMP2より速い場合、帰還ループの動作が不安定になり、発振あるいは出力不安定という現象を引き起こします。
例えば、AMP1にADA4897、AMP2にADA4870というアンプを使った場合、AMP2の帯域はユニティ・ゲインの場合でAMP1の3分の1程度となります。高速(高い周波数)になると、AMP2がAMP1の動作に追いつけなくなって位相遅れが大きくなるため、不安定な出力波形となります。
この問題を解決するには、AMP1のフィードバック・ループにコンデンサを挿入し、帯域を制限する方法が有効です。
実際に、AMP1の帯域を制限するため、補正回路を入れた例を示します。ここでは、AMP1のフィードバック・ループに180pFのコンデンサを追加し、AMP2の帰還抵抗の定数を変更しています。さらに、RC位相補償回路をAMP1、AMP2それぞれのフィードバック回路に挿入しています。これらの対策により複合アンプの出力信号は安定化され、適切な信号増幅が行われているのが分かります。
・クローズドループ・ゲインのピーキング
初段アンプの帯域が2段目より広いと、高帯域でピーキングが発生し不安定化のリスクが大きくなります。
例えば、AMP1の帯域が500MHz、AMP2の帯域が100MHzのオペアンプを選んだ場合、複合アンプのオープンループ特性は2段に折れ曲がるような形になります。(図10 上の点線)すると、2段目の角でAMP1と全体のクローズドループ・ゲイン特性にピークが生じます。
このような問題が発生する場合は、AMP2のゲインを下げ(帯域を広げ)、AMP1のゲインを上げること(帯域を下げ)でAMP1とAMP2の帯域を同等にすることができれば効果的です。AMP1とAMP2の帯域のバランスが取れれば、トータルのゲインも素直にロールオフし、安定して動作します。それが不可能な場合は、やはりAMP1の動作帯域を下げ、バランスを取ります。
・帯域とスルーレート
100mV以上の大きな振幅を持つ信号においては、スルーレートが信号増幅の正確性において重要です。
図12は、ゼロクロスでスルーレートより高い傾きの大振幅信号が入力された際に生じる問題を可視化したものです。信号がこれより高い周波数になると出力は信号に追いつけず、三角波のように歪んできます。ゼロクロスでの切片の傾きが、スルーレートと同じくなる周波数が、限界です。もちろんこの限界周波数は、信号振幅により変わります。
高速・広帯域アンプでは帯域とスルーレートが共に大きい場合が大半です。しかし、二つの特性の間に定量的な相関はないため、データシートの確認が十分必要です。
複合アンプの応用回路例
図は、DAコンバーターの出力を増幅させる回路です。図12では、DAコンバーターから±3.3Vが出力され、アンプ回路により±20Vに増幅します。高精度、高分解能の DAコンバーターであるため、出力アンプには高精度、低ノイズが必要とされます。
このように、高出力、高帯域、高精度という相反する性能が求められますが、単体のオペアンプでは性能上対応できないため、図のように、複合アンプを使うのが解決策の一つとなります。
今回の例では、ADA4897という高速・低ノイズアンプと ADA4870という高電流出力アンプを用います。ADA4897は入力バイアス電流こそ11μAとやや大きめですが、電流性ノイズが2.8pA/√Hz、電圧性の17V/√Hzと大変低ノイズのアンプです。またADA4870は1Aの出力電流定格を持ち、±20V出力が可能です。
これら2つのオペアンプを使って複合アンプにすると、ADA4870を単体で使用した場合と比べて、性能は大きく向上します。単体アンプ(AD4870)との比較を示します。
動作特性 | ADA4870単体, Gain = 3 | ADA4897 + ADA4870 , コンポジット・アンプ Gain = 3 |
小信号帯域幅 | 44 MHz | 61 MHz |
Vos 出力オフセット | 28.3 mV | ー0.7 mV |
広帯域ノイズ | 57.4 nv/√Hz | 4.5 nV/√Hz |
トータルノイズ (0.1Hz~100MHz) | 439 µVrms | 399 µVrms |
1/f コーナー周波数 | 40 Hz | 20 Hz |
HD2 (1MHz, 8Vp-p, 25Ω 負荷) | ー71 dBc | ー107 dBc |
HD3 (1MHz, 8Vp-p, 25Ω 負荷) | ー75 dBc | ー85 dBc |
表1.コンポジット・アンプの実測特性比較
図13:ADA4870単体と、ADA4897+ADA4870の複合アンプそれぞれでゲイン3倍の増幅回路を組んだ場合の性能比較表
同じゲイン3倍のアンプ回路でも、性能に大きな差があることが分かります。特に歪みやノイズが良く改善されています。オフセットは、ほぼ1/40に減少しました。このように複合アンプは使い方により、大きなメリットを生み出します。
Q&A
位相補償の係数はどのように決定すればよいか
複合アンプの性能は、AMP1、AMP2の性能と回路の定数によって変わるため、位相補償の定数を一概に示すことはできません。アンプのデータシートには必ずボード線図や、周波数による出力インピーダンスの変化などが載っているため、そのデータに基づいて設計する必要があります。
また、実際の回路では計算結果と合わない場合が多いため、実際には補償回路を入れて安定動作する係数を探す必要があります。最近ではSPICEモデルなどのシミュレーションを活用すれば設計の時間が短縮できます。なお、シミュレーションにおける精度を高めるため、SPICEのデータなどは最新のものを使うことが重要です。
複合アンプをワンパッケージにした製品はないのか
現状ではほとんどありません。モノリシックICは1つの半導体プロセスや設計ルールに基づいて作られるため、2つの全く異なる性質を持つアンプを1つのICにするということも大変難しいという背景があります。
オープンループとクローズド・ループで複合アンプを評価する理由は?
複合アンプは1つのオペアンプとして扱えます。そのため、設計者は全体のクローズドループ・ゲイン特性について設計を行います。ただし、複合アンプは2つのアンプで成り立つため、全体のオープンループ特性はAMP1のオープンループ・ゲインとAMP2のクローズループ・ゲインの掛け算(dB足し算)により決まります。オープンループ特性からクローズドループ特性を考察するため、この特性が必要です。
複合アンプでアンプ自身の温度特性(オフセット電圧等)が異なる場合は、どのように複合されるか
温度特性によるDC精度の変化については、AMP2においてはノイズや歪みと同様にフィードバックによる補正が働くため、AMP1の温度特性が支配項となります。AMP1が90%程度、トータルの特性を左右するため、要件に合った精度の良いオペアンプを選定することが重要です。
反転増幅回路でも外側のフィードバックが支配的でかつゲインを等分した場合に最も帯域が広がるか
回路構成は複雑になるものの、反転増幅回路でも同様の原理で複合アンプによる効果が得られます。複合アンプでは、単体のアンプよりもアンプ1つ1つのゲインが下がるため、その分帯域は広くなります。
まとめ
複合アンプは、2つのオペアンプをフィードバック・ループに組み込むことで、理想的な性能のオペアンプとして動作させる手法です。高精度のアンプと高出力アンプを組み合わせれば、それぞれの弱点を補い合うことで高精度と高出力を兼ね備えたオペアンプが作り出せます。
動作の安定性を保つためには、アンプごとの帯域のバランスやスルーレートなどに注意する必要はありますが、単体のオペアンプでは実現できない厳しい要件で非常に有用です。安定性の設計に関しては、計算のみでは最適な設計が難しいため、SPICEなどの電子回路シミュレーションツールを駆使して設計の時間短縮を行うと良いでしょう。