要約
低出力アプリケーションでは、常にD級アンプがAB級アンプより優れた効率を提供してきました。しかしこの固有の優位性が、より高いコスト、低いオーディオ性能、そして出力フィルタが必要であるという、伝統的なD級の欠点よりも重視されることはほとんどありませんでした。しかし、最近のD級テクノロジの進歩によって、D級のコストとオーディオ性能がAB級と並ぶ水準まで改善されました。さらに、一部の新しいD級の出力変調方式は、多くのアプリケーションにおいてEMI対策の負担を軽減します。
はじめに
D級増幅の最新技術はこの数年で急速に進歩しており、特にチャネル当り50W以下を必要とする低出力のアプリケーションでそれが顕著です。D級の出力段は常にオンまたはオフであり、中間的なバイアス段階が不要であるため、これらの低出力アプリケーションでは、伝統的なAB級アンプに対して効率の面でD級に固有の優位性がありました。しかし歴史的に見ると、この効率面の優位性が広く設計者の興味をひいたことは一度もありませんでした。D級には、より高い部品コスト、(AB級に比べて)貧弱なオーディオ性能、そして出力フィルタの必要性という、よく知られた欠点があったためです。
ここ数年、2つの大きな要素によってこの設計のトレンドが逆転し、幅広いアプリケーションにおいてD級の魅力の方が大きくなってきました。
第1に、市場のニーズがあります。急速に成長している2つの最終製品市場が、それぞれ異なる形でD級増幅の恩恵を受けています。携帯電話とLCDフラットパネルディスプレイです。携帯電話の場合、スピーカフォンとPTT (Push-to-Talk)のどちらのモードでも、D級のより高い効率が威力を発揮し、より長いバッテリ動作時間が実現します。LCDフラットパネルディスプレイの増加に伴って、「低温動作」電子機器の必要性が生じました。高い動作温度下では、ディスプレイのカラーコントラストが悪化するためです。D級の高い効率は、駆動電子機器での消費電力が少ないことを意味し、LCDフラットパネルディスプレイがより低温で動作して画質が向上します。
D級の使用に影響を与えている第2の要因は、テクノロジそれ自体です。市場ニーズに押されて現在いくつかのメーカが、コスト面でよりAB級に近づきオーディオ性能も同水準の、改良型D級テクノロジを提供しています。さらに、新しいD級出力変調方式の中には、多くのアプリケーションでEMI対策の負担を軽減してくれるものもあります。
最新のD級の設計の中には、旧世代のPWM方式アーキテクチャから派生していながら、低出力システムでフィルタレス動作を実現する洗練された変調方式を取り入れたものもあります。効率についての主張はベンチで検証することができますが、一部の設計者は、これらの新しい手法に基づく製品にはEMC/RFI互換性の問題が大量に存在するのではないかという疑念を持っています。実際には、効果的なプリント基板レイアウトと短いスピーカケーブル長によって、該当するFCCまたはCE規格に十分合格可能な低い放射EMIを保証することができます。
アプリケーションの課題
一部のアプリケーションでは、物理的なレイアウトのせいで長いスピーカケーブルが必要になる場合があり、スピーカケーブルがアンテナの役割を果たすため、より厳格なRF放射の制御が必要になります。要するに、スピーカケーブルが長いほど、アンテナとして有効に機能する周波数が低くなります。一方、他のアプリケーションでは、たとえば自動車の規格に合格するためや、低い周波数域における他の回路への干渉を避けるために、EMI放射をCE/FCCの基準よりさらに低く抑える必要があります。そうしたまったく異なる要件を持つこれらのアプリケーションは、歴史的に克服が困難でした。
前述したアプリケーションのジレンマの顕著な例として、フラットパネルTVがあります。普通は装置の外縁にスピーカを配置するため、スピーカケーブルが長くなるのを避けるのは困難です。アナログビデオ信号が存在する場合、単にFCCまたはCEのRF放射に適合するだけでは不十分かも知れません(これらの制限は30MHz以上で規定されています)。ビデオ信号の干渉効果を避けるためには、スイッチング基本周波数の抑制が必要になる可能性があります。旧式のPWMアンプで有効に動作する伝統的なLCフィルタを使う必要がある場合は、それらを分析して、最新のアンプによって生じる高周波スイッチング過渡の抑制にも効果があることを確認すべきです。
PWMベースのD級アンプ
伝統的なD級アンプは、普通はパルス幅変調(PWM)の原理に基づくものでした。これらのアンプの出力は、シングルエンドまたはBTL (bridge-tied load)のいずれかに構成可能です。図1に、BTL、PWMベースのD級アンプの典型的な出力波形を示します。高速なスイッチング時間とレールトゥレールに近い振幅によって、このタイプのアンプは非常に高い効率を実現します。しかし、まさにそれらのパラメータによって示される広い出力スペクトルは、高周波数のRF放射と干渉につながる恐れがあります。そのためこの設計アプローチには、望ましくないRF効果を抑制するための出力フィルタが含まれるのが一般的です。
図1. 伝統的なパルス幅変調(PWM)方式の波形。
図1が示すように、反転出力デバイスと非反転出力デバイスの波形のマッチングが良好であれば、鏡像になっている波形によってスピーカまたはケーブルにコモンモード(CM)信号はほとんど生じません(下のグラフ)。50%のデューティサイクルが、ゼロ入力信号(アイドル)を表すことに注意してください。そのため、波形に含まれる(高速なスイッチングに起因する)高周波成分を減衰させ、スピーカに送るべき低周波数は温存するような差動型のローパスフィルタを設計することが可能です。
新しい変調手法
D級アンプの伸びに興味を示したいくつかのメーカが、Hブリッジの半分ずつをそれぞれ独立して制御する新しい変調方式を最近になって導入しました。これらの変調方式は、2つの重要な優位性を提供します。
- 非常に低いオーディオ信号およびアイドル時には、負荷に対する差動スイッチングが事実上まったく存在しません。これによって静止電流消費が改善され、伝統的なPWM設計よりも少なくなります。
- 最小パルスのCMスイッチングは、ターンオン/ターンオフ過渡のレベルを低くするのに役立ちます。BTLのそれぞれの「足」における(フィルタ通過後の)DCアイドルレベルは、GNDに近くなります。したがって、フィルタ部品や浮遊容量に起因する(アンプのイネーブル/ディセーブル時にクリック/ポップノイズが生じる原因となる)不整合は最少化されます。
図2. マキシムのMAX9704ステレオD級アンプの変調方式。
これらのD級アンプの出力フィルタに求められる要件は、従来の差動型で相補的なPWM出力を備えたアンプの場合とは異なるものになります。PWMと比較して、MAX9704の変調方式には高レベルのCM信号が含まれており、出力フィルタはそれを考慮に入れた設計になっている必要があります。この後の例が示すように、伝統的な差動フィルタトポロジでは良い結果が得られないと思われます。
図3aは、理想値で実装した伝統的なLC、PWM、D級の出力フィルタを示しています。単純化のため、スピーカ負荷は純粋な8Ωの抵抗の形で表し、インダクタのDC抵抗は無視することができるものとしています。簡単なSPICEシミュレーションで問題点を明らかにすることができます。図3bは、図3aのフィルタを差動入力信号で駆動したときの応答を示しています。各出力ノード(FILT1、FILT2)を、GNDを基準としてプロットしてあります。ここで選択した値は、30kHzから上の2次スロープと良好に制御された過渡を示します。グループ遅延はオーディオ帯域全体にわたって約4μsで一定しています。
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図3. 伝統的な差動モードパッシブLCフィルタ(a)の応答は、差動入力信号(b)とコモンモード信号(c)とで異なる。
図3cは、同じフィルタをCM信号で駆動した出力を示しています。先ほどと同様、それぞれの出力をGNDに対してプロットしています。結果(Y軸の座標が異なることに注意!)には激しいピークがあり、明らかにダンプがまったく不十分です。この結果は、フィルタがCM信号からどう見えるかを考えれば容易に理解することができます(図4)。シミュレーションでは理想的に整合されたインダクタとコンデンサが使用されるため、抵抗性負荷にかかる差動信号はゼロであり、以後LC部品に対するダンプ効果はありません。L1とC1 (およびL2とC3)の相互作用によって、ピークのある応答が生まれます。時間軸で見ると(図には示されていません)、この条件は激しいオーバシュートとリンギングを示します。また、CMによる駆動ではC2の寄与がゼロになることにも注意してください。すなわち、フィルタのカットオフ周波数(または、この場合より正確に言うと共振周波数)が差動の場合より高くなります。
図4. 図3aの伝統的LCフィルタは、コモンモード信号からはこのように見える。
この時点で、なぜそれが問題なのか疑問に思われるかも知れません。出力スペクトル中でその周波数におけるコモンモードエネルギーがゼロの場合は、恐らく問題ないでしょう。しかし、ピークの生じる周波数がD級スイッチング周波数と一致する場合は、スピーカおよびケーブルに大きな電圧出力の偏位が発生する可能性があります。さらに、MAX9704をスペクトラム拡散変調(SSM)動作モードで使用している場合、オーディオ帯域より上にかなりのノイズエネルギーを生じることで、ダンプ不足のフィルタを暴走させる可能性があります。スペクトラム拡散モードはピン選択可能なオプションであり、スイッチング期間をサイクル単位でランダムに変化させることによって、高周波スイッチングエネルギーを「白色化」し、振幅を小さくするものです。このスペクトラム拡散アプローチには、フィルタレス設計においてEMI規制の遵守を容易にする効果もあります。
ダンプ不足のCMの応答に対して考えられる解決策
このCMの問題に対する解決策の1つは、図3aの基本構造を維持しながら、共振の激しいコモンモードを抑制するためのダンプ要素を追加するというものです。図5aに、各出力ノードからGNDに2組の直列RC要素を追加した様子を示します。効率が重要ではないアプリケーションの場合は、単にGNDへの抵抗を追加するだけでも構いませんが、コンデンサC4およびC5にはR1とR2における過度の電力損失を最小化する効果があります。
C4とC5の値には、トレードオフが伴います。R1とR2がピーク発生を抑制するのに十分な大きさが必要であると同時に、高いオーディオ周波数(通常は最高20kHz)における損失を最小化するのに十分な小ささでなければなりません。このトレードオフは、CMのカットオフ周波数が差動モードの周波数よりも大幅に高ければ容易になります。この条件は、C1とC3に対するC2の比率を増大することによって実現することができます。CMのカットオフ周波数を高くすることで、C4とC5を小さく、R1とR2を大きくすることができ、それによってR1とR2におけるオーディオ周波数の電力損失を最小限にすることができます。CMのカットオフ周波数を高くしすぎると、ケーブル上により多くのCMが生じてしまいます。そのため、差動とCM -3dBの2点間の比率について、妥当な制限値を決定する必要があります。このフィルタについては、その比率として1:5を採用しています。
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図5. 伝統的なLCフィルタの各出力にRC回路を追加することで(a)、差動信号(b)とCM信号(c)に対する応答が改善される。
図5bは、図5aのフィルタを差動で駆動した場合、図5cはCMで駆動した場合の応答を示しています。図5cに示すより高いCMのカットオフ(差動の場合の28kHzに対して、およそ110KHzで-3dB)によって、緩やかであるが十分に制御されたピークになっていることに注意してください。このカットオフは最も高いオーディオ信号よりも十分に高いため(そしてD級スイッチング周波数の基本波より低いため)、ほとんど影響はないはずです。
スイッチング周波数が低い(200kHz~300kHz)一部のアプリケーションは、図5cに示した方法ではうまく動作しません。それらの製品については、他の手法やトポロジを採用する必要があると思われます。MAX9704ステレオD級アンプ(図6)は、940kHzの固定周波数モード(Fixed Frequency Mode:FFM)動作に設定したとき(FS1 = ロー、FS2 = ハイ)、最良の結果が得られます。MAX9704のFFMは、個々のアプリケーションに応じて、スイッチング期間を固定値(3つの値の中からピン選択可能)に設定します。
図6. MAX9704ステレオD級パワーアンプの標準動作回路。
図7と図8は、図5のフィルタをMAX9704で駆動したときの、時間軸の性能を示しています。どちらの場合も、8Ωの抵抗性負荷を使用しました。図7は、FILT1とFILT2の各ノードを重ね合わせたもの(上の波形)と、その結果生じる差動1kHzの出力波形(下の波形)を示しています。上のグラフのノイズは、フィルタ通過後の出力スイッチングの残留ノイズです(電源電圧は15V)。図8は、図7のグラフ上の細部を示しています。リップル(大部分は940kHzのスイッチング周波数によるもの)がCMとして両方のチャネル上に現れていることに注意してください。また、高調波が存在しないことにも注意してください。これは、EMI周波数が効果的に抑制されていることを示します(放射EMIの測定は、通常は30MHz以上から開始されます)。
図7. 図5aの回路をMAX9704で駆動するとFILT1とFILT2の波形(上の波形に重ねて表示)が生成され、それらを組み合わせると差動出力になる(下の波形)。
図8. 上のグラフは図5aの出力における残留リップル電圧を示しており、最大のリップル成分はスイッチング周波数の基本波です(この例では940kHz)。その周波数から上では、フィルタの2次スロープによってそれ以上の高調波が激しく抑制されています。リップルはほぼすべてCMです(下の波形)。
補足
この記事におけるフィルタの設計は、すべて8Ωの抵抗性負荷を想定しています。ボイスコイルのインダクタンスによって、ほとんどのワイドレンジムービングコイル型スピーカは20kHz以上でインピーダンスが増大します。この特性によって効率的なフィルタレス動作が可能になりますが、EMI出力フィルタの追加に合わせてコンポーネント値の最適化を行う場合、インピーダンスの増大を考慮に入れる必要があります。
D級アンプの性能に対する評価と特性判定を行う際に、オーディオ設計者が部品選択と評価のために研究室でフィルタを使用する必要が生じます。たとえ最終製品がフィルタなしでEMCテストに合格することができても、アンプの特性が問題になる場合があります。従来型オーディオアンプのTHD+Nや振幅応答の測定を目的としたオーディオアナライザの多くは、フィルタレスD級アンプで駆動すると誤った結果を出します。図5の回路は(8Ωの抵抗で正しく負荷をかけた場合)テストベンチでも有効ですが、33μHのインダクタによって生じる非直線性のために、THDの測定に限界が生じる可能性があることに注意してください。エアコアの部品を使用すると最良の結果を得ることができますが、その大きさのため実際の製品での使用は制限されます。
類似の記事がElectronic Design誌2006年2月16日版に掲載されています