マルチチャンネル・フェーズド・アレイ・サブシステムのキャリブレーション実装技術
要約
本稿では、ミックスド・シグナル・フロント・エンドに基づく16送信チャンネルと16受信チャンネルのXバンド・フェーズド・アレイ・サブシステムの特性評価に使用する2つの位相キャリブレーション手法の実用的な実施方法と比較評価方法を説明します。受動キャリブレーション・ボードは、送信から受信への自己完結型ループバックを実現して、外部計測器を使用することなくチャンネルごとの位相オフセットを確定的に取り出すことを可能にします。第一の手法であるヌル・パワー・アプローチは、スイープ位相測定を通じて相対的な位相アライメントを決定し、ノイズに強いベースライン・ソリューションを提供します。もう1つの手法は、タイム・インターリーブ・パルス波形と相互相関処理を使用して、送受信時の位相誤差を高い精度で迅速に予測します。試験結果は、相互相関ベースの手法が理論値に近いコヒーレント結合性能を発揮し、送信チャンネルと受信チャンネルの両方をコヒーレントに合計できる場合は、約23dBの送信結合ゲインと12dBのS/N比向上を実現することを示しています。これらの結果は、この手法がチャンネル数の多いデジタル・ビームフォーミング・サブシステムに適した、スケーラブルで効率的なキャリブレーション・フレームワークであることを実証するものです。
はじめに
フェーズド・アレイ・アンテナ・システムの理論的性能を実現するには、正確な振幅と位相のキャリブレーションが不可欠です。適切なキャリブレーションを行えば、各アンテナ素子に対して正確に位相と振幅の重み付けをすることができます。これにより、必要な信号はその品質が改善されるような形で結合されますが(コヒーレントな結合)、ノイズは素子間で無相関となり、結合の効率が低下します(非コヒーレントな結合)。その結果はS/N比(SNR)の改善と、周波数、温度、動作条件の変化に左右されない一定したアンテナ・パターン性能です。
本稿では特に、ADXBAND16EBZリファレンス・デザイン1の性能判定と特性評価に使われる、2つの位相アライメント手法に焦点を当てます。分析には連続波(CW)の波形が使われており、AD9084の強化型デジタル信号処理(DSP)ブロックを利用しています。このシステムは、位相の確定性を確保するためにマルチチップ同期機能も利用していますが、この同期プロセスの詳細についてはここでは触れません。
本稿で説明する2つの手法
16個ずつの送信チャンネルと受信チャンネルすべてをコヒーレントに動作させるには、サブシステム・プラットフォームのキャリブレーションが不可欠です。チャンネルの時間、位相、振幅がアラインしている場合、このシステムは、約24dB(20 ×log10(16))の予想コヒーレント結合ゲインを実現します。ここでは、2つの異なるキャリブレーション・アプローチ、つまりヌル・パワー法と相互相関法について考えます。前者は伝統的なアプローチで信頼性に優れています。また、後者はこれに代わる最新の手法で、迅速に結果を得ることができ、主に特性評価に使われます。いずれの場合も、パワー・コンバイナ/スプリッタおよびスイッチ回路で構成される受動キャリブレーション・ボードを利用して、送信から受信への自己完結型ループバックを実現します(図1)。以下のセクションでは、技術的に正確な形で両方の方法を詳細に示し、これらのシステムが、最終的な送信と受信の位相オフセットをどのように取り出すのかを説明します。
ヌル・パワー・キャリブレーション
ヌル・パワー法は、固定位相のリファレンスに対する1つのチャンネルの位相を回転させることと、2つの結合チャンネルの合成振幅を観測することに基づく方法です。それぞれの位相ステップに対応するピーク振幅を記録して、図2に示すように、2つチャンネルを結合した最小値(ヌル)に対応する位相オフセットに180ºが加えられます。更に、選択したリファレンス・チャンネルを基準に信号が改善されるような形でそのチャンネルをアラインできるよう、この位相オフセットが対応チャンネルの数値制御発振器(NCO)の位相シフタに適用されます。この手順全体を、対象となるすべてのチャンネルと周波数ごとに繰り返す必要があります。
このアプローチは、スイープ測定というその特性上、かなりの時間を必要としますが、ノイズの多い環境や予測不能な環境で非常に高い信頼性を発揮します。この方法は正弦波形を利用し、タイミング・アライメントや相関ベースの測定に依存しません。主な欠点は実行時間がかかることと、得られる情報が位相オフセットだけなので情報が限られることです。追加的な最適化を行えば、この方法によるスイープ時間を短縮することができます。位相ステップを固定するのではなく、粗いステップ・サイズから開始してヌル位置の大体の範囲を見極め、その後に、より細かい位相ステップ・サイズを使って対応ヌルの正確なオフセットを求めることができます。
相互相関キャリブレーション
相互相関法は、高い精度で迅速に位相をアラインすることができるので、標準的なキャリブレーション手順として利用されています。この方法は、キャリブレーション・ボードをどちらかの結合ループバック・モードに設定することから開始します。メインの調整とチャンネルごとの調整を含むすべての送信および受信NCOの位相は、あらゆる測定位相誤差がハードウェア・シグナル・チェーンだけに起因したものとなるように、ゼロに設定されます。
更に、時分割多重アクセス(TDMA)に似た時分割方式で1つのパルスを各D/Aコンバータ(DAC)チャンネルに割り当てて、パルス状のベースバンド波形が生成されます。これらのパルスはタイム・インターリーブ方式で別々のタイム・スロットに配置され、すべてのチャンネルが結合されると、オーバーラップのない16個のパルスを含むフレームを生成します。この波形が動作RF周波数で送信されて、相関ベースのアライメントのリファレンスとして使われます。
TX_CH<0>に対応するパルスには7シーケンスのバーカー・コードが1つあり、TX_CH<0>のパルス・エンベロープ内の各正弦波周期には位相シフトの固有シーケンスが1つあります。これは、相関応答のS/N比が高いという特性によって、他のチャンネルと比較されるリファレンス・チャンネルを区別する助けとなります。チャンネル1~15は、すべて5シーケンスのバーカー・コードと、固有の位相シフト・シーケンスを持っています。TX_CH<0>とTX_CH<1>の比較を図4に示します。
キャリブレーション・プロセスは、各DACがそれぞれのタイム・インターリーブ波形を送信し、すべてのA/Dコンバータ(ADC)が結合波形の10個のデータ・フレームをキャプチャすることから始まります。各データ・フレームは他のフレームを基準とする相対的なサンプル数によりシフトされますが、16個のADCそれぞれのデータ・キャプチャは任意の時点で行われるので、そのサンプル数は決まっていません。サンプルのミスアライメントの修正は、任意のデータ・フレームをリファレンスとして選択し、残りすべてのデータ・フレームに対して自己相関を実行することによって行います。次いで、適切な数のサンプルによってサンプル・シフトを行い、自己相関サンプル遅延の結果に基づいてアライメントを行います。アライメントが完了すると、データ・フレームがコヒーレントに合計されるので図5に示すようにS/N比が改善され、正確なポスト処理を行うことができます。
次のステップは、コヒーレントに合計したデータ(図4)と送信されたタイム・インターリープ・パルス列のオリジナル波形(図3)とを相互相関させることです。結果として得られる相互相関行列は、すべてのADCとDACに対して決めたリファレンスに対する位相オフセットを決定する助けとなります。リファレンス・チャンネルTX_CH<0>はタイム・インターリーブ・パルス内の位置確認を助け、残りのチャンネルの相対的位相オフセットを決定するために使用できます。16ADCデータ・フレームにおけるTX_CH<0>のピーク相関応答の複素角の相対差はADC NCOの位相オフセットを決定し、1つのADCデータ・フレーム内でTX_CH<0>と比較したTX_CH<15...1>のピーク相関の複素角の相対差はDAC NCOの位相オフセットを決定します。どちらの場合も、これらの位相オフセットは、AD9084のデバイス・ドライバに適合させるために–180º~+180ºの範囲で位相ラッピングされます。
最終的なキャリブレーション結果
キャリブレーションが完了して、得られた位相オフセットを適用したら、その後の次のステップは位相アライメント手順の有効性を確認することです。完全にコヒーレントな16素子アレイの場合は信号電力が20log10 (16)増加し、無相関ノイズは10log10 (16)増加すると予想されます。図6aは、1つのADCチャンネルによってデジタル化された単一送信CW波形の振幅と、複素数値で表したデータ・フレームのFFTを示しています。図6bは、16個の送信CW波形すべてを結合して、1つのADCフレームのFFTからピーク振幅を測定した場合の結果です。予想通り、コヒーレント結合によってピーク信号振幅が図6aより約23dB増加しています。最後に、図6cは16個の送信波形と16個の受信チャンネルすべてをコヒーレントに合計した場合に得られるFFTを表しています。このケースでは、ビット数増加の影響によってピーク振幅が平均予想レベルに達する一方で、無相関ノイズの結合は非コヒーレントなので、結果としてS/N比が約12dB改善されています。
まとめ
本稿では、16 × 16マルチチャンネル・フェーズド・アレイ・サブシステムでコヒーレントな位相アライメントを実現するための、2つの実用的なキャリブレーション方法を示しました。ヌル・パワー法は時間がかかりますが、タイミングや相関に関する高精度の測定基準に依存することなく、チャンネル間位相オフセットを決定する手段を非常に高い信頼性で提供してくれるので、ノイズが多い環境や測定が不確実な環境に適しています。これに対し相互相関法は、タイム・インターリーブ・パルス波形、バーカー・コードによるチャンネル識別、複数キャプチャのコヒーレント合計を利用することによってS/N比と予測安定性を改善する、迅速かつ極めて高精度のキャリブレーションア・アプローチを提供します。
測定結果は、相関ベースのキャリブレーションが理論値に近いコヒーレント結合性能を発揮することを裏付けており、完全にアラインされた16素子のアレイにおける信号電力のスケーリングは予想通りで、受信チャンネルにおけるノイズ結合は非コヒーレントです。複数の周波数にわたり効率的にキャリブレーションを行うことができるので、温度および周波数に依存するシステムの特性評価に適した、高分解能の位相補正テーブルを作成できます。
現行の実装は狭帯域CW励起に焦点を当てたものですが、この方法は、AD9084の内蔵有限インパルス応答フィルタリング機能とデジタル信号処理機能を利用することによって、自然に広帯域キャリブレーションに拡張できます。今後は広帯域励起と周波数依存キャリブレーションについて検討を進め、大規模ビームフォーミング・システムにおける瞬時帯域幅性能を更に強化していく予定です。
参考資料
- Siddhartha Das.「 デジタル・ビームフォーミング向けのリファレンス設計「Quad-Apollo MxFE」、Xバンド/16T16Rのダイレクト・サンプリングに対応」アナログ・デバイセズ、2026年1月
- Michael Jones, Travis Collins, Charles Frick.「DAC/ADCとDSPの統合ICにより、広帯域マルチチャンネル・システムの性能を改善する」アナログ・デバイセズ、2021年5月