要約
バッテリの残量表示は、二次電池の中に残っている電荷の量と、(特定の動作条件下で)あとどのくらいそのバッテリが電力を供給し続けることができるかを判断します。このアプリケーションノートでは、リチウムイオンバッテリの中に残っている電荷の測定に当たって生じる問題と、それらの問題に対応可能な残量表示を実装するための各種の手法について検討します。
同様の記事が、Battery Power Products and Technology誌の2006年9月号に掲載されています。
はじめに
携帯電話の登場以来、充電式バッテリおよびそれと組み合わせる残量表示は、決して欠くことのできない我々の情報/通信社会の一部分になってきました。今やそれらは、自動車の燃料計が過去100年間そうであったのと同程度に、我々にとって重要な存在です。しかし、自動車のドライバーが燃料計の不正確さを許容しないのに対して、携帯電話のユーザは、極めて不正確な、低分解能のインジケータで我慢するのが当然のようになっています。ここでは、充電レベルの正確な測定を阻む様々な障害について検討し、バッテリ駆動アプリケーションの設計に当たって正確な残量計算を実装するにはどうすればよいか説明します。
リチウムイオンバッテリ
リチウムイオンバッテリは、開発過程において数多くの技術的問題が解決され、1997年前後からようやく大量生産されるようになったばかりです。容積と質量に対して最も高いエネルギー密度を提供するため(図1)、リチウムイオンバッテリは携帯電話から電気自動車まで幅広いシステムで使用されています。
リチウム電池は、充電レベルを判定する上で重要になる固有の特性も備えています。バッテリの過充電、過放電、および逆接続を防止するため、リチウムバッテリパックには各種の安全機構を内蔵する必要があります。リチウムは極めて反応性が高く、爆発の危険性があるため、リチウムバッテリを高温に晒すことは許されません。
Li-ionバッテリの負極はグラファイト化合物でできており、正極には格子構造の崩壊を最小限に抑える形で金属酸化物にリチウムを加えたものが使用されます。このプロセスを、インターカレーション(層間挿入)と呼びます。リチウムは水に強く反応するため、リチウムバッテリは有機リチウム塩の非液体電解質を使って作られます。リチウムバッテリの充電時には正極でリチウム原子がイオン化され、電解質を通って負極に移動します。
バッテリ容量
バッテリの最も重要な特性は(電圧を別とすれば)その容量(C)であり、mAh (ミリアンペア時)で表され、バッテリが放出することができる電荷の最大量として定義されます。容量は、特定の条件の組み合わせについてメーカーの仕様値が示されていますが、バッテリの製造後、常に変化し続けます。
図2が示すように、容量はバッテリの温度に比例します。上の曲線は、定電流定電圧充電法を使って、様々な温度でLi-ionバッテリを充電した結果を示したものです。高い温度では、-20℃の場合より約20%多く充電可能であることが分かります。
図2の下2本の曲線が示すように、温度がそれにも増して大きな影響を及ぼすのが、バッテリの放電時に利用することができる電荷量です。このグラフは、完全充電されたバッテリを2つの異なる電流で2.5Vのカットオフ点まで放電した様子を示しています。どちらの曲線も、放電電流に加えて温度に強く依存していることが分かります。ある温度と放電率におけるリチウム電池の容量は、上下の曲線の差で与えられます。このようにリチウム電池の容量は、低温または大きな放電電流またはその両方によって大幅に減少します。大電流と低温下での放電を行った後、バッテリ内にはまだ相当量の電荷が残っており、その後さらに同じ温度のもとで、小電流でそれを放電させることが可能です。
自己放電
バッテリは、余計な化学反応や電解質に含まれる不純物によって、その電荷を失います。一般的なバッテリ種別について、室温での標準的な自己放電率を表1に示します。
Chemistry | Self-Discharge/Month |
Lead-acid | 4% to 6% |
NiCd | 15% to 30% |
NiMH | 30% |
Lithium | 2% to 3% |
化学反応は熱によって促進されるため、自己放電は温度に大きく依存します(図3)。漏れ電流に並列抵抗を使用して、各バッテリ種別について自己放電をモデル化することができます。
経時劣化
バッテリの容量は、充放電サイクルの数が増すにつれて低下します(図4)。この低下は、サービスライフという用語で定量化されます。サービスライフは、バッテリ容量が初期値の80%まで低下する前にバッテリが提供可能な充放電サイクルの数として定義されます。標準的なリチウムバッテリのサービスライフは、充放電サイクル300回~500回の範囲です。
リチウムバッテリには時間に伴う劣化も存在し、使用の有無に関わらず、バッテリが工場を出る瞬間から容量が減少し始めます。この作用によって、完全に充電されたLi-ionバッテリの場合、25℃では1年間に容量の20%、40℃では35%を失う可能性があります。部分的に充電されたバッテリでは、経時劣化のプロセスがより緩やかになります。充電残量40%のバッテリの場合、25℃における1年間の減少は容量の約4%です。
放電曲線
バッテリの放電特性曲線が、特定の条件についてデータシートに明記されています。バッテリの電圧に影響する要素の1つに、負荷電流があります(図5)。残念ながら、単純なソース抵抗を使って負荷電流をモデル中でシミュレートすることはできません。その抵抗は、バッテリの製造後の経過時間や充電レベルなど、他のパラメータに依存するためです。
リチウム二次電池は、一次電池に比べると比較的平坦な放電曲線を示します。利用可能な電圧が比較的一定しているため、この挙動はシステム開発者にとって好ましいものです。しかし、放電が緩やかであることによって、バッテリの電圧がバッテリの充電残量に直結しなくなります。
充電レベルの正確な測定
バッテリ中の利用可能な電荷を判定する方法として望ましいのは、単純なモニタリングによるものです。それらの方式はわずかなエネルギーしか消費せず、(理論上は)バッテリ電圧から充電レベルを推定することができるはずです。しかし、そうした電圧のみによる手法から得られる結果は、信頼性の低いものになる可能性があります。電圧と利用可能な電荷の間には、明確な相関関係が存在しないためです(図5)。バッテリ電圧は温度にも依存する上、負荷電流が減少した後には、動的な緩和作用によって熱電圧がゆっくり増大する可能性があります。よって、純粋に電圧ベースのモニタリングで25%を上回る精度の充電レベルを求めるのは困難です。
一般に充電状態(state of charge:SOC)と呼ばれる相対的な充電レベルは、バッテリの充電容量に対する充電残量の比率として定義されます。そこで、「クーロンカウント」と呼ばれる方法を使って、電荷の流れの測定と監視を行う必要があります。実際のクーロンカウント処理は、電池に流れ込む電流と電池から流れ出す電流を積算することによって実現します。高分解能のADCを使ってこれらの電流を測定するには、負極と直列に小さな抵抗を接続するのが一般的です。
残量表示の学習機能
バッテリのSOCと前述の各パラメータとの関数関係を分析的に説明することはできないため、電池の容量と充電量を経験的に決定する必要があります。温度、充電サイクル数、電流、製造後期間など、実際の動作条件に基づくバッテリ容量の(十分に正確な)計算に利用できるような、包括的な分析的モデルは存在しません。理論上のモデルは、特定の「ローカルな」条件にのみ当てはまるものです。相対的な充電レベルを判定するには、それらをローカルに適用し、全体的に較正することになります。
バッテリ使用中に十分な精度を実現するためには、残量表示の「学習」と呼ばれるプロセスを通して、モデルのパラメータを絶えず較正し続ける必要があります。このアプローチは、クーロンカウントとの組み合わせで、数パーセント以内の精度を持つ残量表示を実現します。
残量表示の選択
最近のICは、すべての種類の二次電池、セル構成、およびアプリケーションについて、SOCを判定することができます。わずかな電源電流(アクティブモードで約60µA、スリープモードで1µA)にも関わらず、それらのICは高度な正確性を達成しています。残量表示ICは、3つの種類に分類されます(表2)。多くのアプリケーションにはリチウムベースのバッテリが望ましいため、ここに示した例はLi-ionおよびLiポリマバッテリに基づいています。
Part | Type of Fuel-Gauge IC | Type of Fuel-Gauge IC | Function in Host System |
DS2762 | Coulomb counter | Measurement | Algorithm + display |
DS2780 | Fuel gauge | Measurement + algorithm | Display |
MAX1781 | Programmable fuel gauge | Measurement + flexible algorithm | Display |
バッテリモニタとも呼ばれるクーロンカウンタは、電荷、温度、電圧、負荷サイクル、および時間を含む、前述したバッテリのパラメータの測定、計数、および変換を行うICです。クーロンカウンタは測定した変数の処理を行わないため、インテリジェント型デバイスではありません。そうしたデバイスの1例であるDS2762には、電流を測定するための極めて正確な25mΩの抵抗が最初から内蔵されています。温度、バッテリ電圧、および電流の監視を行い、すべての測定値をバッテリパック内またはホストシステム内に存在するマイクロコントローラから読み取ることができるように、1-Wire®バスを備えています。また、Li二次電池にとって最も重要な、必須の安全回路も提供します。結果として、柔軟性が高くコスト効率に優れたシステムが実現しますが、それには相当量の知識と開発工数が必要になります(ただし、そのコストはICベンダが提供するソフトウェア、モデル、およびサポートによって補償されます)。
クーロンカウンタに代わるアプローチの1つを提供するのが、残量表示です。これらのオールインワンデバイスは、学習アルゴリズムを用いた残量計算ルーチンを実行し、それに必要なすべての計測を自力で行います。残量表示は、スマートバッテリと呼ばれる、インテリジェント型の自律的なバッテリに搭載されるのが一般的です。統合型の残量表示によって開発工数が大幅に減少するため、このアプローチは短いタイムトゥマーケットを必要とするアプリケーションに最適です。そうした残量表示の1つであるDS2780では、1-Wireバスを使用したホストによるSOCの読取りが可能になっています。
もう1つの選択肢は、プログラマブル残量表示によって提供されます。これには、大幅な柔軟性を実現するマイクロコントローラが内蔵されています。たとえばMAX1781には、RISCコア、EEPROM、およびRAMが内蔵されています。このデバイスを使用することによって、各種のバッテリモデル、残量計算ルーチン、および測定法を、必要に応じて開発者が実装することができます。内蔵のLEDドライバが、シンプルではあるが正確なSOC表示をサポートします。
まとめ
充電式バッテリセルの残量計算は、セル容量に影響する数多くのパラメータが相互に依存関係にあるため、複雑な作業になります。したがって、単純な測定手法では、重要性の低いアプリケーションにのみ適する不正確な結果しか得られません。しかし、既製品の残量表示ICを利用することによって、極めて正確で信頼性の高い残量表示を実装することができます。