シンプル機能と複雑な特性を持つ、アナログ・スイッチの基礎
理想的なスイッチ素子を求めて
機械的な接点を使わずに、半導体回路を用いて電気信号のオン(開)とオフ(閉)を制御する素子がアナログ・スイッチです。
アナログ・スイッチは、単純なSPST(単極・単投)やDPDT(双極・双投)構成はもちろん、マルチプレクサや多チャンネルのクロスポイントなどのより複雑な回路も構成することができます。機械的スイッチと同じように双方向タイプもありますが、入力または出力にバッファを持つスイッチ素子は基本的に単方向タイプです。
アナログ・スイッチは、オペアンプなどの素子とは違って、オンのときもオフのときも存在が消えていることが理想です。しかし現実には、抵抗成分、容量成分、ノイズ、電流リークなどがゼロではないため、完全な導通や完全な遮断にはならず、なんらかの特性を持った素子として見えてしまいます。そのため、回路が求める仕様要件に応じて、もっとも適するスイッチ素子を選択しなければなりません。
アナログ・デバイセズでは、2020年10月時点で、CMOSスイッチ/マルチプレクサとして327品種、RFスイッチ/マルチプレクサとして82品種、そのほか34品種の、計433品種を提供しています。これほど種類が多いのは、裏を返せば、理想の特性を備えたスイッチ素子が今もなお実現できていないことを意味します。
AC特性に影響を与えるオン抵抗や寄生容量
アナログ・スイッチが持つ非理想因子が回路の特性に与える影響を考察してみます。2チャンネル構成のSPSTスイッチのさまざまな寄生成分を考慮した等価回路を図2に示します。スイッチの周囲には、オン抵抗RON、寄生容量CDS、および、サブストレート容量CSとCDが存在します。また、P-chダイオードを経由したVDDからのリーク電流と、N-chダイオードを経由したグランドへのリーク電流が流れます。さらに、チャンネル間には容量結合CSSとCDDが存在しているため、ACのクロストークも発生します。
これらの非理想因子の多くはアナログ・スイッチを構成する半導体に起因するため、電圧、電流、温度、プロセスばらつきなどにより変化します。
寄生成分の影響をAC的に見ると、オン抵抗RON、スイッチオンの出力容量CD、出力負荷容量CLOAD、負荷抵抗RLOADで構成されるRC回路によって、オンからオフ、およびオフからオンのときに、信号が安定するまでにある程度の時間が必要です(セトリングタイム)。
仮にアナログ・スイッチをA/Dコンバータの前段にマルチプレクサとして配置したとき、マルチプレクサを切り替えた直後はセトリングタイムを考慮してA/Dコンバータを作動させなければなりません。
また、RF領域を対象にしたアナログ・スイッチの場合は、Sパラメータを用いてスイッチの損失(S21項)を考慮する必要があります。損失が大きいと矩形波入力に対するセトリング時間が長くなってしまいます。
なお、RF向けのアナログ・スイッチには、内部に終端抵抗を内蔵していない反射型と、内蔵している無反射型(吸収型)とがあります。反射型は挿入損失特性に優れ、無反射型はアイソレーション特性に優れます。アナログ・デバイセズでは、誘電体分離(DI)プロセスを採用した、シリコンおよびゲルマニウムの高速なRFスイッチ製品を展開しています。
入力段の過電圧定格やESD保護にも注意
アナログ・スイッチは、システム的に入力に外部からの信号が直接与えられることも多いため、十分な過電圧保護およびラッチアップ耐性が必要です。ラッチアップとは、PMOSとNMOSおよびP-chサブストレートによって形成される寄生トランジスタが、過電圧の印加などによってサイリスタのようにオンとなって、電源からグランドに対して低インピーダンスのパスが形成される現象です。(実際はCMOSアナログ・スイッチだけではなくあらゆる集積素子に発生する可能性があります。)
構造的にラッチアップを防止するひとつの方法が、PMOSとNMOSを酸化物絶縁層で絶縁し、寄生トランジスタを原理的に発生させないDI構造です。
もうひとつの課題である過電圧に対しては、ダイオードなどの保護回路を内蔵する方法が一般的ですが、さらに入力信号に保護素子を別途設けるなど、システム的な検討も必要です。
過電圧と並んで注意が必要なのがESD(静電気放電)です。たとえば人がカーペットの上を歩くだけで1kV、ポリエチレンの袋を扱うだけで同じく1kV程度の静電気が発生するとされています。JEDECとIECではそれぞれ試験規格を定めていますが、アナログ・デバイセズを含む半導体ベンダーのほとんどは、JEDECでの試験データをデータシートに記載しています。
保護性能に優れたアナログ・スイッチの一例がSPSTを4回路内蔵したアナログ・デバイセズのADG5412Fです。入力ピンの電圧定格最大±55V、人体モデルのESD定格5.5kVなどの仕様を備えています。
高周波性能に優れるMEMSスイッチ
近年、MEMS技術を応用したMEMSスイッチが登場しています。コンタクトとなる微小なカンチレバーを静電気によって動かすもので、DCからGHz領域まで対応できるのが特徴です。
アナログ・デバイセズのADGM1304は、4チャンネルのカンチレバー素子とドライバ素子とをモジュールとして封止したMEMSスイッチで、-3dB帯域幅は11GHz以上と優れています。
カンチレバーのギャップ(空隙)はわずか0.3µmと狭く、挿入損失は2.5GHzで0.26dBとわずかです。オフ時のアイソレーション性能は2.5GHzで24dBですが、カンチレバーのギャップは容量成分と等価なため、ADGM1304に限らず周波数が高くなるほど低下する点に注意してください。
以上、アナログ・スイッチの概要を説明しました。通常、入力マルチプレクサ、ゲイン切り替え、位相補正切り替えなどを実現するスイッチ回路はICやLSIに集積化されているため、アナログ・スイッチの存在を意識することはありません。
そうしたICやLSIの内蔵機能だけではシステムとして足りない場合に、個別のアナログ・スイッチが必要になります。ただし、理想的なアナログ・スイッチは存在しません。たとえば、オン抵抗の低い素子は、寄生容量や漏れ電流が大きいなどの課題があります。
さまざまな特性を備えたアナログ・スイッチまたはMEMSスイッチの中から、システムの要件にもっとも適切と思われる品種を選定し、高付加価値なシステムを開発していただければと思います。
著者について
長年にわたりアナログ電子回路技術を解説する記事執筆やセミナー講師を多数務める。 主な書籍は、「世界の定番OPアンプで作る実用アナログ回路集」、「OPアンプ大全(翻訳)」(ともにCQ出版株式会社)。 その他、日経エレクトロニ...
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