生体インピーダンス分光法の進化、革新的なポータブル装置の実現が可能に

生体インピーダンス分光法の進化、革新的なポータブル装置の実現が可能に

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Fulvio Bagarelli

Fulvio Bagarelli

概要

経皮的に薬を投与し、薬物送達(drug delivery)の有効性や薬物動態(pharmacokinetics)の様子をモニタリングするにはどうすればよいのでしょうか。医師や医学分野の研究者にはこのようなニーズがあります。この要求を満たすために活用されるのが生体インピーダンス分光法(Bioimpedance Spectroscopy)です。本稿では、この技術の基本原理、人の皮膚組織の特性、ポータブルな監視装置の実装に使用可能な各種の技術について解説します。

生体インピーダンス分光法とは何か?

インピーダンス分光法は、一般的な媒体の電気的特性を評価するために使用されます。この測定手法を用いれば、周波数に応じてインピーダンス(交流電流に対する抵抗)が変化する様子を把握することができます。他の手法では測定が困難な物質についても、迅速かつ高い費用対効果でその特性を評価することが可能です。インピーダンスの測定は、電圧と電流という測定可能な2つの量の比に基づいて行います。インピーダンスを測定する際には、電気的信号を印加してシステムに摂動を与える必要があります。具体的な方法には次の2つの選択肢があります。1つは、AC励起電圧を使用し、その応答として得られるAC電流を測定する方法です。もう1つは、AC励起電流を使用して、その応答となるAC電圧を測定するというものです。印加した電圧/電流が小信号である場合、システムは線形だと見なすことができます。得られる応答信号には周波数のシフトは生じません。これは、すべての交流量は線形な関係にあり、それらの振幅(大きさ)と位相だけで表現できるということを意味します。つまり、周波数領域の複素数を使うことで信号について適切に表現することが可能だということです。

物理システムの中には、そのインピーダンスのパターンを把握することによって特性を評価できるものがあります。その場合に使われる測定方法は、一般に電気化学インピーダンス分光法(EIS:Electrochemical Impedance Spectroscopy)と呼ばれます。EISは、様々なユース・ケースに適用されます。その例としては、電気化学セル(バッテリ)の測定、気体/液体のセンシング、生体組織の分析などが挙げられます。これらのうち、生体組織の分析に用いられるのが生体インピーダンス分光法です。この測定方法では、外部から印加した電流に対する生体(またはその一部分)の応答を取得します。

ここ10年の間に、生体インピーダンス分光法は、既存のいくつかのアプリケーションでも使われるようになりました。人体組成分析、水分量の測定、皮膚電気反応(GSR:Galvanic Skin Response)、皮膚電気活動(EDA:Electrodermal Activity)などのアプリケーションです。それだけでなく、生体インピーダンスの概念を薬力学に応用した革新的な技術も登場しています。

そうした最新技術に関連する有望な研究分野としては、薬物送達の分析が挙げられます。また、薬力学の分野には、生体インピーダンス分光法の注目すべき用途があります。それは、経皮投与後の薬物のバイオアベイラビリティ(生物学的利用能)を非侵襲的かつリアルタイムでモニタリングするというものです1

TMDとは何か?

本稿では、傷のない皮膚から薬剤の混合物を投与して薬剤を送達する方法について考えます。この方法を経皮薬物送達(TMD:Transdermal Medicine Delivery)と呼びます。TMDは、他の薬物送達経路を使用する方法と比べて多くの長所を備えています。その例としては、非侵襲的である、痛みがない、全身性であるといったことが挙げられます。言い換えれば、針の穿刺や局部麻酔を必要とするより侵襲的な生検に関連するすべての問題を回避できるということです。TMDでは、健康な皮膚の表面の広い部分だけに陰圧をかけます。それにより、表皮と真皮の接合部を破壊し、間質液と血清で徐々に満たされる水疱を形成します。薬剤は、皮膚の最外層である角質層を通過して表皮の様々な層に浸透します。そして、中間層に蓄積されることなく内部組織に到達します。薬剤が真皮層に到達すると、体内への吸収が始まります。この吸収は、血管を介した真皮の微小循環によって行われます。局所的に行われるTMDには、全身を経路とする投与方法と比べていくつかの優位性があります。まず、全身を経路とする薬物送達のプロファイルと比べると、TMDのプロファイルはより均一で滑らかです。そのため、薬剤の濃度のピークを回避することが可能になり、有害な副作用が生じるリスクが軽減されます。また、TMDでは、薬剤の作用を送達部位に集中させることができます。言い換えれば、全身に取り込まれる薬剤の量を最小限に抑えられるということです。

TMDでは、皮膚への薬理化合物の浸透を可能にし、対象とする部分全体に送達することを促進する必要があります。そのためには、様々な物理的な原理が活用されます。例えば、化学的な促進剤、拡散、吸収、熱エネルギー、振動エネルギー(超音波)、静電気力(エレクトロフォレシス)、電界(イオントフォレシス)、高周波エネルギーなどです。生体組織に物質を送達する方法の例としては、超音波導入(ソノフォレシス)も挙げられます。この方法では、超音波を使用して、局所的に投与した治療薬を角質層から表皮と真皮に送達します。他の方法としては、イオントフォレシスやエレクトロポレーション(電気穿孔法)が挙げられます。これらの方法では、それぞれ低い電圧と高い電圧を使用します。それにより、細胞膜に穴を開けるパルス電界を生成することで薬剤が皮膚を透過できるようにします。

上に列挙したいずれかの方法であれば、生体組織を損傷することなく様々な薬剤を送達することができます。これらの方法の中には、日常の臨床応用で標準的に使用されているものもあります。その用途の例としては、ホルモン療法、避妊、オピオイド鎮痛のためのパッチ、超音波送達システムなどが挙げられます。一方、臨床検査研究の分野でだけ有効性が実証されているものもあります。現在、医学の研究分野では、ワクチンの接種を目的としたシンプルでニードルフリー(針を使わない)のシステムの開発に注目が集まっています。これについては、従来にも増して過剰な期待が集まっているとも言えます。

インピーダンスの測定は、送達された薬剤の量を非侵襲的に検出するために使われます。そのため、非侵襲的なTMDと組み合わせるものとしては理想的です。針などを使用する侵襲的な分析手法を必要とする従来の方法とは対照的なものだと言えるでしょう。

生体インピーダンス分析とTMDの組み合わせを実現すれば、医学分野の研究者にとって研究上の戦略の幅が広がることになります。例えば、糖尿病の患者に対してインシュリンを投与した後の状態をモニタリングするといったことが可能になります。

EISの測定に関与するインピーダンス

人体を対象とした電気的な測定の結果を適切に解釈するには、どうすればよいのでしょうか。そのためには、関連する様々な部分の電気的なモデリングを実施しなければなりません。各モデルの非常に基本的な要素に至るまでスケールダウンし、生体組織の抵抗成分について定義する必要があるということです。1次的な近似の段階では、生体組織は、細胞が密に詰まった層状の電解質だと見なすことができます。その特性は、イオンの伝導度と誘電緩和現象によって評価することが可能です。なぜなら、体内の電気伝導の仕組みには、電荷のキャリアとしてイオンが関与しているからです。これまでに行われた評価の結果、人体にDC信号を印加すると、細胞外液(ECF:Extracellular Fluid)に電流が流れることがわかっています(図1)。電流のスペクトルに高周波成分が多く含まれている場合、その電流はECFと細胞内液(ICF:Intracellular Fluid)の両方を流れます。

図1. 人体の組織における電気伝導
図1. 人体の組織における電気伝導

したがって、1次的な近似の段階では、人体の挙動をエミュレートする電子回路(モデル)は図2のように表現できます。このモデルは、コンデンサ(細胞膜容量)、それと直列の抵抗 Ri(細胞内抵抗)、それらと並列に接続された抵抗 Re(細胞外抵抗)から成ります2。人体のインピーダンスの値は、低い周波数(約1kHz)では10kΩ~1MΩ、高い周波数(約1MHz)では100Ω~1kΩとなります。

図2. 生体組織の等価モデル。細胞のスケールでモデル化しています。
図2. 生体組織の等価モデル。細胞のスケールでモデル化しています。

基本的な生体組織から生体の巨視的な構造までスケールアップすると、インピーダンスのスペクトルにおいて注目すべき部分が変化することがあります。したがって、EISによる測定に用いる励起周波数は、医学的な用途と調査の対象となる身体の部位に応じて変更されます。

人の皮膚は、主に表皮、真皮、皮下組織の3つの層によって構成されています。それらのうち、表皮は角質層を介して外部の環境にさらされる層です。各層に対しては、等価な電気的モデルが考案されています。それぞれのインピーダンスは、層間の特定の変化を反映します。人の皮膚のモデリングは、非常に難易度の高い複雑な作業になります。人それぞれ極めて大きな違いが現れることに加え、同じ人でも時間などの要因(年齢、水分量、季節など)によって変化が生じるからです。そのため、皮膚のインピーダンスのモデルとしては、様々な研究者によって様々なものが提案されてきました。皮膚の階層構造を考慮して設計されていて、RC積層モデルに分類される一般的なモデルは3つあります。それぞれのモデルは、Montague、Tregear3、Lykkenと呼ばれています(図3)。これらのうち、Montagueとして提案された3素子のモデルが最も広く使用されています。同モデルは、シンプルかつ直感的に理解でき、容易にシミュレーションを実施できるからです。

図3. 人の皮膚を表す3つのRC積層モデル。(a)はTregear、(b)はLykken、(c)はMontagueのモデルを表しています。
図3. 人の皮膚を表す3つのRC積層モデル。(a)はTregear、(b)はLykken、(c)はMontagueのモデルを表しています。

 

図4. 簡略化したMontagueモデルが示す特性。インピーダンスと電気的パラメータの変化に対する依存性を表しています。
図4. 簡略化したMontagueモデルが示す特性。インピーダンスと電気的パラメータの変化に対する依存性を表しています。

 

実際、シミュレーションの際にも直感的に扱うことができ、集中定数による解析が可能であることから、同モデルは人気を得ています。標準的には、RSC = 104÷106〔Ωcm2〕、RS = 100÷200〔Ωcm2〕、CSC = 1÷50〔nF/cm2〕といった値になります(図4)。

TMDにインピーダンス分析を適用する場合には、1つ重要なポイントになる事柄があります。それは、生体の構成要素に物質を注入すると、送達された導電性物質の量の関数として組織のインピーダンスが変化するというものです。インピーダンスの変化(より正確に言えば時間的/空間的な変化)は、重要なパラメータとなります。その値を測定したら、送達された薬剤の量との相関をとります。それにより、薬剤を注入して経皮送達を行った後、水分が適切に組織に浸透したか否かを評価する必要があります。

図5. TMD/生体インピーダンス測定の対象になる皮膚の各層(断面図)
図5. TMD/生体インピーダンス測定の対象になる皮膚の各層(断面図)

生体インピーダンス分析は非侵襲的な測定手法です。それに使用する2つの金属電極は、アナログ・フロント・エンド(AFE)の電気回路と患者の皮膚を接続する電気トランスジューサとして機能します(図5)。金属と非金属の接点となる電極は、AFEと人体の電気的モデルを接続する電気回路全体の重要な構成要素です。電荷のキャリア(電極中の電子と体内のイオン)の間では相互作用が生じます。その作用は、センサーの性能に大きな影響を及ぼす可能性があります。そのため、あらゆる種類の用途において、個別の配慮が必要になります。ここで、イオン溶液とそれに接触する金属の間の相互作用について考えてみましょう。これについては、金属の表面に近い場所では溶液中のイオンの濃度に局所的な変化が生じます。この現象は、電極の下の領域で電荷の中性的な状態に変化を引き起こします。そのため、金属の周辺における電解質の電位は、溶液におけるその他の部分の電位とは異なる値になります。その結果、金属と電解質の大半との間に半電池電位(EHC:Half-cell Potential)として知られる電位差が生じます(表1)。そして、注入した電流のDC成分により、電極の分極が発生します。

表1. 様々な電極とそれに対応するEHC
金属の種類、生じる反応 EHC〔V〕
Al → Al3+ + 3e- –1.706
Ni → Ni2+ 2e- –0.230
H2 → 2H+ + 2e- 0.000 (定義による)
Ag + Cl- → AgCl + e- +0.223
Ag → Ag+ + e- +0.799
Au → Au+ + e- +1.680

この望ましくない現象が加わると、電極の性能が低下する可能性があります。このような事柄について考慮が必要になることから、電極についても適切な電気的モデルを定義しなければならないことがわかります。乾式電極は、3つの素子が直列に接続された回路として表すことができます(図6)。この回路は、EHCをエミュレートする1つのDC電源、金属と非金属(人体)の間の接触をモデル化するRC並列回路(RD¦¦CD)、電極の金属の抵抗をモデル化する抵抗RSから成ります。

図6. 一般的な乾式電極の等価回路
図6. 一般的な乾式電極の等価回路

電極の種類が異なれば、その電気的モデルも異なるものになります4。例えば、湿式電極については、ジェルの導電性によるインピーダンスを表すRC並列回路を追加しなければなりません(図7)。このパラメータは、重要なものになる可能性があります。なぜなら、ジェルは患者の皮膚に徐々に浸透するからです。そうすると、時間の経過に応じてインピーダンスが徐々に低下し、測定結果にドリフトが生じます。一方、絶縁型電極(純粋なAC測定の場合)であれば、このことは問題にはなりません。その場合、EHCは電極と皮膚の間の容量性ギャップをモデル化する容量(CGAP)で置き換えられます。絶縁型電極のバリエーションとしては、非接触型電極が挙げられます。これは、電極の表面に綿の層を追加したものです。この電極については、RC並列回路を追加することで表現できます。

図7. 様々な電極の等価回路
図7. 様々な電極の等価回路

必要なのは、電極の適切なモデルと生体組織の電気的モデルを組み合わせることです。AFEと接続する全体の回路は、図8のように表すことができます。

図8. 湿式電極と人の皮膚の等価回路
図8. 湿式電極と人の皮膚の等価回路

TMDに適用するEIS用の回路

モデル化によって得られた等価回路を使用すれば、複素インピーダンスのスペクトルが得られます。その測定を行うためには、精度の高いEIS対応のシステムを構築しなければなりません。その種の電子システムは、数年前までは実験室で用いられるような中型かつ高機能の機器で構成されていました。それが現在では、メータ・オン・チップ(meter-on-chip)の小型ソリューションとして構築できるようになりました。詳細は後述しますが、アナログ・デバイセズの場合、EIS用の製品として「AD5940」や「MAX30009」を提供しています。これらのICを使用すれば、生体インピーダンスに対応するEISシステムをポータブル装置のレベルで実現できます。そのような小型の装置により、患者の皮膚の下に存在する生体組織のインピーダンスをスペクトルとして取得することが可能になります。その結果として、TMDの前後に皮膚を通して運ばれた薬剤の量の評価を実施できます。

EIS用のシステムを使用すれば、周波数軸の全体にわたり、インピーダンスの大きさと位相の評価が行えます。ただ、この分野の研究の成果として、最も重要なパラメータは大きさであることが明らかになっています4。というのも、薬剤の量の関数において高い線形性/単調性が得られない場合、位相はその影響を受けることになるからです。一方、送達された薬剤の量は、送達前後のインピーダンスの変化に対して線形の関係を示します。通常、その関係は、適切なキャリブレーションを事前に実施することによって得られるようになります。

生体組織の導電性は、皮膚の厚さや角質層の水分量などの特性によって大きく変化します。そのため、生体インピーダンス分析の結果において再現性を得るのは容易ではありません。同じ患者を対象とする場合でも、TMDの処置を実施するたびに、検査の対象となる組織の特性を事前に評価することが非常に重要です。また、湿式電極では、時間の経過に伴うジェルの浸透によってドリフトが生じます。それに起因する誤差を防ぐためにも、事前の特性評価が重要になります。先述したように、電解質のジェルに含まれる高濃度のイオンは、組織の導電性に大きな影響を及ぼします。そのため、測定には短期的な不安定性が生じます。これを防止するには、インピーダンス自体の継続的なモニタリングが必要になります。

生体インピーダンス分光法に対応可能なAFEソリューション

アナログ・デバイセズは、TMDに対応するポータブル装置をターゲットとした複数のソリューションを提供しています。それにより、生体インピーダンス分光法に対応する測定を実施できます。通常、生体インピーダンスの測定には、電圧励起または電流励起が使用されます。前者の方法では、テストの対象となる組織に可変電圧を印加して電流の値を測定します。逆に、後者の方法では電流を印加して電圧を測定します。前者の方法は、AD5940を使用することで簡単に実装できます。一方、後者の方法を採用するシステムは、MAX30009をベースとして設計することが可能です。

AD5940は、高精度かつ低消費電力のAFEです(図9)。EIS用のポータブル装置をターゲットとして設計されています。主な構成要素は、2つの励起用のループと1つの共通測定チャンネルです。2つの励起用ループには、それぞれ分解能が12ビットのD/Aコンバータ(DAC)が使われています。1つはDCから200Hzまで、もう1つは最高200kHzまでの励起信号を生成します。各DACは、ポテンシオスタットの非反転入力とトランスインピーダンス・アンプ(TIA)の非反転入力を制御するデュアル出力の励起用バッファを備えています。TIAの役割は、電流を電圧に変換することです。それにより電流の値を測定します。また、デジタル波形発生器により、正弦波、台形波、方形波を生成することができます。励起電圧と得られた電流(TIAによって電圧に変換)は、アナログ入力チャンネルに接続されたマルチプレクサ(mux)を介して測定することが可能です。このmuxは、分解能が16ビット、サンプリング・レートが800kSPSの逐次比較型(SAR:Successive Approximation Register)A/Dコンバータ(ADC)に接続されています。このADCからのデータ・ストリームは、様々な方法で後処理されます。それらの処理には、プログラマブルな内蔵デジタル・フィルタ(sinc2、sinc3)、50Hz/60Hzの電源周波数の除去機能、最小値/最大値/平均値/分散を自動的に計算するためのプログラマブルな統計機能などが使用されます。特に重要な要素としては、組み込み型のDSP用アクセラレータが挙げられます。これは、複素インピーダンスを離散型フーリエ変換(DFT)によって処理するためのエンジンとして用いられます。その処理によって、測定したインピーダンスの実数成分と虚数成分の両方の結果が得られます。それにより、ホストとして機能するマイクロコントローラの処理負荷を軽減することが可能になります。

図9. AD5940をベースとする生体インピーダンスの測定用システム。電圧励起に対応しています。
図9. AD5940をベースとする生体インピーダンスの測定用システム。電圧励起に対応しています。

一方、MAX30009は、生体インピーダンス分析/分光法(BioZ)に対応する完全な統合型データ・アクイジション・システムです。特に、医療分野で用いられるポータブル装置やウェアラブル機器を対象として設計されています。図10に、同ICをベースとするBioZシステムの構成を示しました。ご覧のように、送信(Tx)チャンネル、受信(Rx)チャンネル、入出力用のマルチプレクサが主な構成要素です。AD5940を使用するシステムとは異なり、MAX30009の送信チャンネルは、スティミュラス電流を生成する独立した回路によって皮膚に電流を直接注入します。電流の注入に使用する電極については、バイポーラ(2電極)またはテトラポーラ(4電極)の構成に対応できます。スティミュラス用の送信チャンネルは、プログラムが可能な正弦波電流の発生器(同ICが内蔵)によって駆動されます。それにより、広範な周波数(16Hz~806kHz)と電流量(16nArms、最大1.28mArms)に対応するAC電流を皮膚に注入することができます。このような機能を備えていることから、MAX30009は皮膚インピーダンスの測定に限らず、様々なアプリケーションに適用することが可能です。例えば、心拍出量や1回拍出量をモニタリングするインピーダンス・カルジオグラフィ(ICG:Impedance Cardiography)、インピーダンス・プレスチモグラフィ(IPG:Impedance Plethysmography)、自動体外式除細動器(AED:Automated External Defibrillator)における生体インピーダンス測定などに使用できます。

図10. MAX30009を使用したBioZシステム。電流励起を使用して生体インピーダンスを測定します。
図10. MAX30009を使用したBioZシステム。電流励起を使用して生体インピーダンスを測定します。

受信チャンネルは、入力インピーダンスが高い、同相モード除去比(CMRR)が高い、ノイズが小さいという特徴を備えています。そのため、対象とする電圧を高い精度で測定できます。先述したように、AD5940はDFT用のハードウェア・アクセラレータを内蔵しています。それにより、ADCの出力デジタル・データを処理してインピーダンスの実数部と虚数部を算出します。それに対し、MAX30009はI/Q復調器を内蔵しています。それらは、受信したアナログ信号をI/Q成分(スティミュラス信号に対する同相成分と直交位相成分)に分割します。このような構成により、0.1%の精度で抵抗とリアクタンスの値を測定する機能が実現されています。得られた2つの信号は、プログラマブル・ゲイン・アンプ、様々な種類のローパス・フィルタ/ハイパス・フィルタに引き渡されます。その後、分解能が20ビットの2つのシグマ・デルタ型ADC(ΣΔ ADC)によってデジタル・データに変換されます。また、高度な診断機能とキャリブレーション機能により、リード線の接続が適切であるか否かを確認することも可能です。それ以外にも様々な自己テストを実施できます。更に、ソフト・パワーアップのシーケンシング機能も提供されています。

これを使用すれば、電極に大きなトランジェントが注入されるのを防止することが可能です。

まとめ

患者に投与された薬剤の量をモニタリングできるようにするのは非常に重要なことです。その重要性は、診断医学の用途、治療の用途のどちらにおいても変わりはありません。TMDは、特定の薬剤の投与を対象とする非常に低コストで侵襲性の低い技術です。そのため、治療用の広範な化合物を対象として使用されています。電気化学分光法という技術をベースにしており、投薬の前後に、皮膚を介して送達された薬剤の量を測定することができます。これにより、薬剤のバイオアベイラビリティと薬力学の両方に向けたモニタリングが可能になります。現在の市場には、アナログ・デバイセズのAD5940やMAX30009といった新世代のメータ・オン・チップ製品が提供されています。それらを活用すれば、臨床検査環境以外の場所でも生体インピーダンスの測定を実施することが可能です。つまり、あらゆる診断/治療環境向けの低コストのポータブル・ソリューションを実現できるようになったということです。

参考資料

1 Pasquale Arpaia、Umberto Cesaro、Nicola Moccaldi「Noninvasive Measurement of Transdermal Drug Deliveryby Impedance Spectroscopy(インピーダンス分光法による経皮薬物送達の非侵襲的測定)」Scientific Reports、Vol. 7、2017年

2 Dhruba Jyoti Bora、Rajdeep Dasgupta「Various Skin Impedance Models Based on Physiological Stratification(生理学的階層化に基づく様々な皮膚インピーダンスのモデル)」IET System Biology、 Vol. 14、No. 3、2020年

3 R.T. Tregea「r Physical Functions of Skin(皮膚の物理的機能)」Vol. 5、Academic Press、1966年

4 Yu Mike Chi、Tzyy-Ping Jung、Gert Cauwenberghs「Dry-Contact and Noncontact Biopotential Electrodes:Methodological Review(乾式接点と非接触の生体電位電極:方法論のレビュー)」IEEE Reviews in Biomedical Engineering、Vol. 3、No. 1、2010年