減衰係数60のAD8479減衰アンプ
多くのアプリケーションでは、場合により数百ボルトにもなる大きなコモンモード電圧が存在する中で、差動測定が必要となります。このような電圧で高精度の測定を行うことは非常に難しく、コストもかかります。しかし、AD8479を使用すれば、この測定が容易になります。AD8479のデータシートに記載のとおり、非常に大きなコモンモード電圧は抵抗回路により1/60にまで減衰しますが、差動ゲインは1です。しかし、非常に大きな信号から使用頻度の高い電圧領域に至るまでの測定が可能で、尚かつこのような高い電圧にも耐え得る特性を備えた減衰アンプの利点を活かすことのできるアプリケーションは多数あります。AD8479の高精度抵抗を利用すれば、組み込みの減衰係数を利用して、このような測定を行うことが可能です。
AD8479は信号を1/60まで減衰させるので、差動ゲインを1にするためには、デバイス内のオペアンプはその差動信号を60倍に増幅させなければなりません。このゲインは、負のリファレンス(Ref–)ピンに接続される抵抗と、出力に接続される抵抗の比によって実現されます。ここでの目標は減衰だけを実現することなので、ゲインは、出力信号をRef–ピンへフィードバックすることによってバイパスできます。この構成ではユニティゲインは得られず、高精度の減衰アンプが実現されます。AD8479は固定ゲイン構成なので、アンプは適宜補償されることが予想され、そのため安定したユニティゲインを実現できない可能性があります。ここで、安定性を維持するための設計条件の1つが、アンプのゲインがロールオフするまで当初意図したゲインを確保することでした。AD8479のデータシートには帯域幅の代表値が310kHzと示されているので、この周波数の前に負のリファレンス・フィードバックをロールオフさせる必要があります。ローパス・フィルタを通じてAD8479の出力を接続し、フィルタ出力をバッファしてバッファ出力を負のリファレンス・ピンに戻すことにより、AD8479を非常に高い電圧用の高精度減衰アンプとして使用することができます。

図1 AD8479:ゲイン1/60のブロック図
高精度シグナル・チェーンでは、ノイズとオフセットを最小限に保つことが重要です。この条件を維持するには、低ノイズで低オフセットのバッファが望まれます。このため、電源範囲が広いことを加味して、ユニティゲイン・バッファ構成のADA4522オペアンプが選択されました。これにより、AD8479と同じ電源をADA4522に使用できるので、複雑化を避けることができます。ADA4522を使用する場合のトレードオフの1つが、回路全体の出力電圧範囲です。これは、ADA4522の入力電圧範囲の上限がV+より1.5V小さい値であることによります。AD8479とADA4522の電源範囲は広いので、このトレードオフは、必要に応じて電源電圧を上げることにより緩和することができます。また、AD8479の入力電圧範囲の限界は±600Vなので、リファレンス電圧を0Vとして±11.5V以上の電源電圧を使用する場合、ADA4522の入力電圧範囲によって回路全体の出力範囲が制限されることはありません。
ローパス・フィルタに関しては、単極RCフィルタを使用すれば希望どおりの結果が得られます。また、バッファの場合と同じ理由で、ノイズへの影響を減らすためにローパス・フィルタの抵抗を最小限に抑える必要があります。更に、抵抗値が小さすぎると、同じ–3dB周波数に対してより大きいフィルタ・コンデンサが必要となり、AD8479の容量性負荷能力を超えるおそれがあります。前述のようにゲインは1/60であり、安定動作のためには300kHzにおけるゲインを1にする必要があります。したがって、単極RCフィルタを使っていることからロールオフ周波数は5kHzになります。RCの値は、上記の基準を満たし、標準値でもある10nFおよび3.16kΩとしました。

図2 AD8479:ゲイン1/60の回路図
上述したとおり、ローパス・フィルタの–3dBは5kHzです。バッファはAD8479の内蔵オペアンプに負のフィードバックを送っているので、ローパス・フィルタがロールオフを開始すると、f >5kHzでAD8479の出力のゲインが増加します。ローパス・フィルタがロールオフを始めるとAD8479の出力は20dB/decadeで増大するので、その結果フィルタの出力がフラットになり、更にそれを受けてバッファの出力がフラットになります。システムの出力をバッファの出力で取ると、全体の帯域幅を制限するのはAD8479の帯域幅と出力範囲だけになります。この制限は、5kHzを超える周波数でAD8479出力へのゲインが増加することによるものなので、この回路では、5kHz以上の周波数における入力電圧範囲と周波数範囲が、トレードオフの関係になります。例えば、150kHzで30Vp-p入力の場合はAD8479の出力へのゲインが–6dBとなって、電圧は15Vp-pになり、AD8479のフルパワー帯域幅に近付きます。

図3 AD8479:ゲイン1/60の改良ブロック図
図4に示すオシロスコープの画面キャプチャは、AD8479の減衰アンプ構成の結果を示しています。入力信号は100Hz、1200Vp-pで、チャンネル1として表示されていますが、オシロスコープの損傷を避けるために1/100に減衰されています。チャンネル2はバッファ・アンプの出力で、期待どおりの結果が得られています。1200Vp-p入力に対し、減衰アンプは20Vp-pの値を示しています。

図4 AD8479:ゲイン1/60の入力信号と出力信号のオシロスコープ画面キャプチャ。
図5に示すオシロスコープの画面キャプチャは、30Vp-p、100kHzの入力信号によるものです。図4と同様に、減衰回路は100kHzで1/60の減衰を提供します。

図5 AD8479:100kHz、ゲイン1/60の入力信号と出力信号のオシロスコープ画面キャプチャ。
AD8479減衰回路のステップ応答を図6に示します。15Vp-pの方形波で入力を駆動すると、250mVp-pのステップ応答が得られます。この応答は数マイクロ秒でセトリングします。

図6 AD8479:ゲイン1/60のパルス応答。
AD8479の減衰アンプ構成は標準のAD8479のように差動信号を増幅しないので、ノイズは減少します。減衰アンプ構成での100Hzにおけるスペクトル・ノイズ密度は27nV/√Hz、ピークtoピーク・ノイズは0.1Hz~10Hzで580nVです。ここに示すように、これらのノイズ値はAD8479のデータシートに記載された値の約1/60なので、フィルタとバッファによるノイズへの影響は無視できる程度に止まります。これは、2段式アンプ回路の場合、2段目のノイズとオフセットは1段目のゲインによって分割されるからです。AD8479のRef–ピンからAD8479の出力へのゲインは–59なので、この値(マイナス1)が、バッファ・ノイズとオフセットの減衰係数です。

図7 AD8479:ゲイン1/60のピークtoピーク・ノイズ(nV):0.1Hz~10Hz
AD8479の2つの重要な仕様は、オフセット電圧と同相ノイズ除去比です。ここではAD8479のノイズ・ゲインがDCのときに約1なので、AD8479の内蔵オペアンプからのオフセットは、AD8479データシートの仕様に示すオフセットの1/60です。つまり、Bグレード・モデルの場合は±1mVになります。バッファのオフセットは、AD8479のRef–からその出力へのDCゲインであるため、実際は1/60になるので、AD8479自体のオフセットがオフセットを決定する主な要素となります。最終的なこの回路の最大オフセットは±17µVです。同様に、AD8479のオペアンプはDCノイズ・ゲイン60には含まれないので、AD8479のCMRR誤差のゲインが60になることもありません。CMRRは同相ゲインと差動ゲインの比であり、いずれの値も1/60に減少するので、最終的なCMRRもAD8479の減衰アンプ回路では同じになります。その値は、Bグレード・モデルの場合で90dBです。
ACモータの電圧と電流を測定するアプリケーションを考えます。ACラインの電圧は数百ボルトなので、電流と電圧を正確にモニタリングすることは容易ではありません。AD8479はこのような電圧でも使用可能なため、シャント抵抗を使ってモータを流れる電流を測定することができます。上述した回路を使ってモータにかかる電圧を直接測定できるため、最小限の労力で正確な電源モニタ・ソリューションを実現できます。

図8 AD8479:ゲイン1/60の高電圧インピーダンス測定
AD8479は固定ユニティゲイン・アンプですが、高精度の減衰アンプを実現することができます。減衰アンプは、負荷に関連電圧を伴う高電圧電流測定を補助する場合など、数多くのアプリケーションに使用できます。入力電圧範囲は減衰アンプの帯域幅によって制限されますが、ライン周波数の代表値は十分に入力電圧制限周波数の範囲内なので、回路性能はこの種の測定に最適なものとなっています。
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