要約
民生用の電子機器では、MEMS(Micro Electro Mechanical System)ベースのデバイスの採用が進んでいます。この技術の成長は、モバイル市場における需要の高まりによって後押しされています。ゲーム機やスマートフォン、タブレット端末といった民生/モバイル機器の市場では、激しい競争が繰り広げられています。そうした市場に向けて差別化された製品を設計する上では、MEMSベースのセンサーが重要な要素になります。また、各種のスマート・デバイスでは、ユーザーに対して新たなインタフェースを提供するためにMEMSベースのデバイスを利用しています。本稿では、加速度センサーやジャイロ・スコープ(ジャイロ・センサー)といったMEMSベースのデバイスについて説明します。特に、その動作原理や検出(センシング)メカニズム、アプリケーションなどについて詳しく解説します。
なお、2014年3月のEDNに、本稿と同様の記事が掲載されています。
はじめに
MEMSベースのデバイスは、μmレベルの微細な構造の中に機械的なコンポーネントと電気的なコンポーネントを集積したものです。その種の製品は、半導体技術や微細加工技術を組み合わせることで製造されています。マイクロ・マシン加工を利用することによって、1つのシリコン基板上に電子回路、センサー、機械素子が集積されている点を特徴とします。多くのMEMSベースのデバイスには、機械素子、検出メカニズム、ASIC/マイクロコントローラなどが主要な要素として実装されています。本稿では、MEMSベースの加速度センサーやジャイロ・スコープ(ジャイロ・センサー)について説明します。特に、それらの動作原理や検出メカニズム、様々なアプリケーションについて詳しく解説することにします。本稿を読めば、MEMSベースのデバイスが私たちの日々の生活に対してどれだけ大きな影響を与えているのかを感じとっていただけるでしょう。
MEMSベースの慣性センサー
MEMSデバイスは、多くのアプリケーションで使用されています。例えば、システムを制御するための入力として、1つ以上の軸に沿った直線加速度や、1つ以上の軸の周囲の角運動を利用したい場合、MEMSベースの慣性センサーが有力な選択肢になります(図1)。
一般に、MEMS加速度センサーは、位置を測定するためのインタフェース回路によって重りの変位を測定します。得られた測定結果は、デジタル処理を行えるようにするために、A/Dコンバータ(ADC)によってデジタル信号(電気信号)に変換されます。一方、ジャイロ・スコープは、コリオリの加速度によって共振している重りの変位とフレームの変位の両方を測定します。
加速度センサーの基本的な動作
ニュートンの運動の第2法則によれば、物体の加速度a(単位:m/s2)は、同じ方向で物体に作用している合力F(単位:N)に比例し、質量a(単位:g)に反比例します。つまり、以下の式が成り立ちます。
a〔m/s2〕 = F〔N〕/m〔g〕 (式1)
加速度は、加速度センサーの検出メカニズムによって捕捉される力を生み出します。この点に注目することが重要です。つまり、加速度センサーは実際には加速度ではなく力を測定します。加速度センサーの1つの軸に加わった力を基に、間接的に加速度を測定するということです。
また、MEMS加速度センサーは、ホール、キャビティ、バネ、チャンネルを含むエレクトロメカニカル・デバイスです。微細加工技術を活用することにより、多層ウェハ・プロセスによって製造されます。固定電極に対する重りの変位を検出することにより、加速度の測定を実現します。
加速度センサーの検出メカニズム
加速度センサーでは、検出手法として静電容量方式がよく用いられます。つまり、可動性の重りの容量の変化と加速度を関連づけます(図2)。この検出方式は、精度が高く、安定性に優れ、消費電力が少ないという特徴を備えています。また、この方式を利用するための構造はシンプルなものであり、製造段階において比較的容易に実現できます。更に、ノイズの影響を受けにくく、温度による変化も小さく抑えられます。静電容量方式の加速度センサーでは、帯域幅はわずか数百Hzになります。これは、同センサーの物理的な形状(バネ)と、デバイス内部でダンパとして働く空気の影響によるものです。静電容量については、以下の式が成り立ちます。
C = (ε0×εr×A)/D 〔F〕 (式2)
ここで、各変数の意味は以下のとおりです。
ε0 :真空の誘電率
εr :絶縁体の誘電率
A :電極が重なった部分の面積
D :電極の間隔
静電容量は、シングルサイドまたは差動ペアとして構成できます。図3に、差動ペアとして構成した加速度センサーの例を示しました。これは、1つの可動性の重り(1つの平面)をベースとして構成されています。その重りは、リファレンスとなる固定された2つのシリコン基板の間の機械的なバネと共に配置されます。この基板は電極(別の平面)として機能します。ここで、物体の動き(Motion x)が発生すると、固定された電極(d1とd2)との関係から静電容量(C1とC2)に変化が生じます。C2とC1の差を計算することで、重りの変位と方向を把握することができます。
可動性の重りの変位(単位:μm)は、加速度によって生じます。そして、式(2)からわかるように、静電容量にはわずかな変化が生じます。その変化を適切に検出することが重要です。この目標を達成するためには、すべてが並列に接続された複数の重りや固定電極を使用する必要があります。そのような構成により、静電容量の変化を増大させることができます。また、検出精度が向上します。結果として、静電容量方式による検出は利用可能な技術となります。
ここまでの内容をまとめておきます。まず、力は重りの変位を引き起こし、静電容量の変化を生じさせます。また、複数の電極を並列に配置することで、より大きな静電容量を実現でき、検出が容易になります。図4において、V1とV2はコンデンサの両端に対する電気的な接続に相当します。この構成により、重りの電圧を中点とする分圧器が実現されています。
重りのアナログ電圧には、電荷の増幅、シグナル・コンディショニング、復調、ローパス・フィルタの処理が適用されます。それらに続いて、デルタ・シグマ型のADCによる処理が行われます。つまり、デジタル領域のデータへの変換が行われます。ADCから出力されるシリアルのビット・ストリームは、パラレルのデータ・ストリームに変換するためのFIFO(First In, First Out)バッファに送られます。得られたパラレルのデータ・ストリームは、更に処理を施すためにホストに送信されます。その送信処理の前に、I2CやSPI(Serial Peripheral Interface)のようなシリアル・プロトコルを用いた変換が実行されることもあります(図5)。
デルタ・シグマADCは、信号帯域幅が狭く、分解能が高いことから、加速度センサーのアプリケーションに適しています。また、ビット数によって定義される出力値は、単位がgの値に非常に容易に変換することができます。ここで、gは海水面における地球の重力に相当する加速度の単位です。
例えば、10ビットのADCを使ってX軸の値を読み取ったとします。その場合、1023(210 - 1 = 1023)までの値が使用できることになります。そして、X軸の読み取り値は600であったとします。ここで、リファレンスが3.3Vであるとすると、gで規定されるX軸の電圧は以下の式(3)で求められます。
X - [電圧] = (600 × 3.3)/1023 = 1.94V (式3)
それぞれの加速度センサーに対しては、0gに対応する電圧であるゼロg電圧が定義されています。そこで、まずはゼロg電圧(ここでは、データシートに1.65Vと定義されていると仮定します)からの電圧の変化を計算します(以下参照)。
1.94V - 1.65V = 0.29V (式4)
次に、最終的な変換を行うために、加速度センサーの感度(データシートに0.475V/gと定義されていると仮定します)で0.29Vを割ります(以下参照)。
0.29V/0.475V/g = 0.6g (式5)
このような簡単な計算により、ADCの出力から加速度の値を得ることができます。
2軸に対応する加速度センサー
実際に製造される加速度センサーは、図6のような構造のものになります(図3の構造と比較してみてください)。加速度センサーの各コンポーネントは、機械的モデルに明確に関連づけることができます。
図7では、取り付け角度が90°異なるように加速度センサーを配備しています。それにより、高度なアプリケーションで必要とされる2軸の加速度センサーを実現することができます。
2軸の加速度センサーは2つの方法で構成できます。1つは、単軸の加速度センサーを2つ使用し、それらを互いに垂直に配置する方法です。もう1つは、静電容量方式のセンサーを備える単一の重りを使用し、両軸に沿った動きを測定できるよう構成する方法です。
加速度センサーの選択方法
アプリケーションで使用する加速度センサーを選択する際には、いくつかの主要な特性について考慮することが重要です。具体的には、以下に示すような特性に注目する必要があります。
- 帯域幅(Hz):加速度センサーの帯域幅は、同センサーが反応する振動周波数の範囲を表します。または、信頼できる読み取り値が得られる頻度を表すとも言えます。例えば、人間は10Hz~12Hzの範囲を大きく超える身体の動きを生み出すことはできません。そのため、傾きや人間の動きを検出したい場合には、40Hz~60Hzの帯域幅を備える製品が適しています。
- 感度(mV/gまたはLSB/g):感度は、検出/測定が可能な最小信号を表します。または入力に機械的な変化が生じた際、その変化に対して生じる電気信号(出力信号)の変化量と表現することもできます。感度は、単一の周波数だけに対応します。
- 電圧ノイズ密度(μg/√Hz):電圧ノイズは、帯域幅の逆平方根で変化します。加速度センサーでは、変化の読み取り速度が高いほど、得られる精度は低くなります。出力信号が小さく、gが小さいという条件下において、ノイズは加速度センサーの性能に大きな影響を及ぼします。
- ゼロg電圧:加速度が0gのときに出力される電圧の範囲を表します。
- 周波数応答(Hz):ここで言う周波数応答とは、許容帯域(±5%など)によって規定される周波数範囲のことです。この範囲内において、センサーは動きを検出し、正確な結果を出力することができます。ユーザーは、規定された帯域の許容値に基づき、規定された周波数範囲内の周波数におけるデバイスの感度とリファレンス感度のずれを算出することになります。
- ダイナミックレンジ(g):加速度センサーが検出/測定可能な最小振幅から、出力信号が歪む(またはクリップする)直前の最大振幅までの範囲を表します。
加速度センサーとジャイロ・スコープ
実際にアプリケーションを構築する際には、加速度センサーとジャイロ・スコープの違いについて理解しておく必要があります。加速度センサーは、1つ以上の軸に沿った直線加速度(mV/g)を測定します。一方、ジャイロ・スコープが測定するのは角速度(mV/deg/s)です。加速度センサーを使用する場合、回転を与えても距離d1とd2の値は変化しません(図8)。つまり、加速度センサーの出力は、角速度が変化してもそれに反応して変化することはありません。
センサーを個別に構成した場合、共振する重りを含む内部フレームは、バネを使用することにより、共振動作に対して90°の角度で基板に接続することができます(図9)。そのようにすれば、内部フレームと基板の間に配置された電極を用いて静電容量方式の検出を行うことで、コリオリの加速度を測定することが可能になります。
加速度センサー/ジャイロ・スコープのアプリケーション
加速度センサーは、長年にわたり車載アプリケーションで使われてきました。その目的は、自動車の衝突を検出したり、エアバッグをタイミング良く作動させたりすることです。また、加速度センサーはモバイル機器でもよく使用されています。例えば、スマートフォンなどにおけるポートレート(縦)とランドスケープ(横)のモードの自動切り替えは、加速度センサーを利用することで実現されています。加えて、次に再生する曲を切り替えるためのタップ操作(ジェスチャ)を実現するためにも使用されます。更には、ポケットの中にある機器を衣服の上からタッピングする機能や、ブレ防止キャプチャ、光学的手ブレ補正といった機能を提供するために使用されることもあります。以下、いくつかのアプリケーションの実現方法を紹介します。
屋内ナビゲーション
加速度は速度の変化率です。つまり、以下の式が成り立ちます。
α = δv/δ t = δ2 x/δt2 (式6)
加速度センサーから出力される加速度の値を使用し、単積分または二重積分を行えば、それぞれ速度と距離の情報を得ることができます。ジャイロ・スコープによって得られる測定値も併用すれば、既知の出発点に対する対象物の位置と方向を追跡する機能を実現することも可能です。そのようにして得られた情報を利用すれば、屋内ナビゲーションのアプリケーションを実現できます。つまり、外部リファレンスやGPS信号が存在しない場合でもナビゲーションを行えるようになるということです(図10)。
光学式手ブレ補正
人間の手は非常に低い周波数(10Hz~20Hz)で振動します。小型/軽量のスマートフォンやカメラで写真を撮影する際には、その振動によって画像がブレてしまいます。ブレの原因になるジッタが生じるからです。光学ズームのような機能を使用する場合、ブレはさらに大きくなり、より大きな問題として顕在化することになります。
800×600ピクセルのSVGA(Super Video Graphics Array)カメラを45°の視野角で使用するケースについて考えます。使用するセンサーでは、水平方向に0.08°のドリフトが生じると仮定しましょう。そのドリフトによって、45/800 = 0.056°という計算に基づき、1.42ピクセルに相当するブレが生じることになります。カメラの画素数が増えるにつれ、ブレが及ぶ画素が増えて画像の歪みが大きくなります。
ジャイロ・スコープとソフトウェアを組み合わせれば、光学式手ブレ補正の機能を実現できます(図11)。その場合、機械式のジャイロ・スコープで測定した結果をマイクロコントローラとリニア・モータに送信し、イメージ・センサーを制御します。ジャイロ・スコープで取得したデータを補正用のソフトウェアで処理することにより、画像のブレを補償するということです。
ジェスチャによる制御
MEMS加速度センサーを使用すれば、ジェスチャをベースとする制御機能を実現できます。具体的なアプリケーションの例としては、ワイヤレス・マウスによるジェスチャ制御、車椅子の方向制御などが挙げられます。また、任天堂のゲーム・コンソール「Wii®」の機能はジャイロ・スコープを利用することによって実現されています。加えて、ジェスチャを使用してテレビのカーソルや仮想ノブを制御するスマート・デバイスも、MEMS加速度センサーを活用したアプリケーションの一例です。あるいは、ハンドヘルド型のワイヤレス・センサー機器において、ジェスチャ・コマンドを使って外部のデバイスを制御するといった活用例も存在します。
まとめ
MEMS加速度センサーやジャイロ・スコープは、長年にわたり、船舶、宇宙、産業用ロボット、自動車などの分野の多様なアプリケーションで使用されてきました。現在、それらのセンサーはスマートフォンでも活用されるようになっています。例えば、動きやジェスチャにより、そうしたスマート・デバイスを制御する機能を提供するといった具合です。そうした機能を開発するためには、まずMEMSデバイスの動作原理や加速度センサー/ジャイロ・スコープの特性を理解することが重要です。それにより、量産が可能な効率的かつ低コストの製品を設計することが可能になります。MEMSデバイスを利用すれば、動き、人間の動作、ジェスチャを利用した様々な機能を実現できます。つまり、私たちの生活を大きく変革する新たなアプリケーションを創造することが可能になります。