電力ラインのモニタにおいてシステムレベルの性能と堅牢性を向上

背景

多くのアプリケーションにおいて、電力ラインをモニタするということは、図1に示すように3本ある相線と中立線の電圧と電流を検出するために、カレント・トランスと抵抗分圧ネットワークを使用することを意味します。AD7606Bは、入力インピーダンスが大きいことからセンサーと直接インターフェースを取ることが可能です。また、必要なビルディング・ブロックをすべて備えているので、データ・アクイジション・システムの設計が容易になります。

図1 AD7606Bを使用した代表的な電力ラインモニタリング・アプリケーション

図1 AD7606Bを使用した代表的な電力ラインモニタリング・アプリケーション

AD7606Bは、5Vの単電源で動作するにも関わらず、±10Vまたは±5Vの真のバイポーラ・アナログ入力を使用するオンチップの個別シグナル・チェーンを8本内蔵しています。こうした特長により、ドライバ・オペアンプや外部バイポーラ電源を使用する必要がなくなります。 

これらの各チャンネルは、21Vアナログ入力クランプ保護機能、入力インピーダンスが5MΩの抵抗設定式ゲイン・アンプ、1次アンチエイリアシング・フィルタ、および16ビットSAR DACで構成されています。また、必要な機能を完備した電力ライン・データ・アクイジション・システムを容易に構成できるように、最大オーバーサンプリング比256のオプションのデジタル平均フィルタと、低ドリフトの2.5Vリファレンスが含まれています。

AD7606Bは、搭載されているアナログ・シグナル・チェーンに加えて、システムレベルの性能と堅牢性を向上するための豊富なキャリブレーション機能と診断機能を備えています。

センサーと直接インターフェース

AD7606とは異なり、AD7606Bでは入力インピーダンスが5MΩに上げられているため、様々なセンサーと直接インターフェースが可能な上、次の2つの明白な利点が提供されます。

  • 外付けの直列抵抗(フィルタリング・ネットワークや抵抗分圧ネットワーク等)によって生じるゲイン誤差が小さくなる。
  • センサーの接続を外した際に生じるオフセットが小さくなり、センサー接続解除検出機能の実装が容易になる。

外付け抵抗によるゲイン誤差


出荷時のトリミングでは、AD7606Bのゲインが正確に設定されるように、PGAのRFBとRINが厳密に管理されます(代表値5MΩ)。しかし、図1に示すようにフロント・エンドに外付け抵抗を配置すると、実際のゲインは、理想的にトリムされたRFB/RINの場合と異なる値になります。

RFILTERの値が大きいほどゲイン誤差も大きくなり、コントローラ側で補償が必要になります。しかし、RINの値が大きいほど、同じRFILTERによる影響は小さくなります。AD7606の入力インピーダンスが1MΩであるのに対し、AD7606Bのそれは5MΩです。これは、図2に示すように、キャリブレーションなしで同じ直列抵抗(RFILTER)を使用した場合、ゲイン誤差が約1/5に減ることを意味します。

図2 直列抵抗によって生じるゲイン誤差

図2 直列抵抗によって生じるゲイン誤差

しかし、AD7606Bをソフトウェア・モードで使用すれば、このシステム・ゲイン誤差をチップ上でチャンネルごとに自動的に補償できるので、コントローラ側でゲインのキャリブレーション計算を行う必要はまったくなくなります。

センサー接続異常の検出


これは従来使われていた方法ですが、プルダウン抵抗(RPD)をセンサーと並列に接続すれば(図1に示すカレント・トランス)、センサーの接続が外れたことを検出できます。これは、20LSB未満のADC出力コードがサンプル数(N)と同じ回数だけ繰り返されたかどうかをモニタすることによって行います。

RPDの値は、この並列抵抗によって生じる誤差を最小限に抑えるために、センサーのソース・インピーダンスより十分に大きくすることを推奨します。しかし、RPDを大きくすると、センサーの接続が外れたときに生成されるADC出力コードも大きくなります。これは望ましいことではありません。ADC出力コードが大きくなると、センサーの接続が外れたことを検出しなくなる可能性があります。AD7606BのRINはAD7606のそれより大きいので、図3に示すように、RPDが同じであればセンサーの接続が外れた場合のADC出力コードが小さくなり、誤認アラームのリスクが小さくなります。

図3 ADCのアナログ入力からセンサーの接続が外れた場合のオフセット誤差。

図3 ADCのアナログ入力からセンサーの接続が外れた場合のオフセット誤差。

AD7606Bのソフトウェア・モードには断線検出機能があるので、センサーの接続が外れたことをバックエンド・ソフトウェアによって検出する必要がなくなります。サンプル数Nを設定すると(図4の例ではN = 3)、アナログ入力のDC値が小さいとレポートされる状態が複数個のサンプルにわたって続く場合、アルゴリズムが自動的に実行され、アナログ入力信号の接続が外れている場合はフラグがアサートされます。

図4 センサーの接続異常検出

図4 センサーの接続異常検出

システムレベル性能

システム・オフセットのキャリブレーション


図1に示すような外付け抵抗のペアを使用する場合、それらの抵抗間に不整合があるとオフセットが生じます。このオフセットは、センサーをグラウンドに短絡した場合のADC出力コードとして測定できます。更に、このシステム・オフセットを補償するために、対応するチャンネル・オフセット・レジスタをプログラムすることによって、–128LSBから+127LSBまでのオフセットを変換結果に加えるか、変換結果から減ずることができます。

システム位相のキャリブレーション


CONVSTピンは、すべてのチャンネルで同時にプロセスをトリガする形で、変換の開始を管理します。しかし、カレント・トランス(CT)で電流を測定し、分圧器で電圧をスケール・ダウンするアプリケーションでは、電流チャンネルと電圧チャンネルの間に位相の不整合が生じます。これを補償するために、図5に示すように、AD7606Bでは、出力信号の相を再調整できるような形で、任意のチャンネルのサンプリング・タイミングを遅らせることができます。

図5 位相の再調整

図5 位相の再調整

システムの堅牢性

システムの信頼性向上のため、AD7606Bにはいくつかの診断機能が組み込まれています。具体的な機能を以下に挙げます。

  • チャンネルごとに過電圧/低電圧コンパレータを搭載。
  • 通信検証のため各チャンネルで固定データをクロック出力するインターフェース・チェック。
  • 無効なレジスタの書込み/読出しが試みられた場合のSPI無効読出し/書込みアラート。
  • 変換開始後にBUSYラインが通常の時間より長く続いた場合のBUSY STUCK HIGHアラート。
  • 内部LDOレギュレータ上でフル・リセット、パーシャル・リセット、パワーオン・リセットのいずれかのリセットが検出された場合のリセット検出アラート。
  • 正常な初期化や動作を確保するために、メモリ・マップ、ROM、およびあらゆるインターフェース通信内でCRCを実行可能。

まとめ

AD7606Bは、オンチップの全機能内蔵型データ・アクイジション・システムを市場に提供します。このデバイスにはアナログ・フロント・エンドのすべてのビルディング・ブロックが実装されており、先進的なあらゆる診断機能と、ゲイン、オフセット、および位相のキャリブレーション機能が搭載されています。こうした機能によりAD7606Bは、部品コストを削減してシステム設計の複雑さを緩和し、電力ラインのモニタリング・アプリケーションの設計を容易にします。