Customer Case Study
IoTにも適用可能な超低価格の振動ピックアップ
IMV株式会社
1957年の設立以来、振動を中心とした環境試験、計測、解析の分野で事業を展開する技術
https://www.imv.co.jp/
顧客課題: | IoTアプリケーションでも利用できる低価格/高周波対応の振動ピックアップの実現 |
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導入製品: | 高周波に対応する低ノイズのMEMS加速度センサー「ADXL1002」 |
導入効果: |
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キーワード: | 振動ピックアップ,MEMS加速度センサー,振動周波数,低価格,IoT,状態監視 |
装置の状態監視に最適な振動ピックアップ、高周波対応のMEMS加速度センサーにより従来比で約1/10の価格を実現
産業分野で使用される各種の装置や、建物、自動車などの健全性を維持するのは極めて重要なことです。そのための手段としては、異常な振動を検出するという方法が広く使われています。振動計測の分野で事業を展開するIMVは、従来、振動センサーとしてピエゾ素子を使用した「振動ピックアップ」を開発/販売してきました。しかし、IoTベースの状態監視での利用を考えた場合、ピエゾ素子をベースとする振動ピックアップには大きな問題がありました。それは、価格が高すぎるというものです。大量のセンサーを使用する状態監視の用途に対応するためには、はるかに低価格な製品を供給しなければなりません。そのような振動ピックアップを実現するには、どうすればよいのか――。この課題の解決に大きく貢献したのがアナログ・デバイセズです。IMVはアナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーを採用することにより、十分な性能を備えつつ、従来よりもはるかに低価格な振動ピックアップの開発に成功しました。
装置や建物、自動車の振動計測を担う振動ピックアップ
振動ピックアップは、振動を検出するために使用されるセンサーです。これを産業用装置や建物、自動車などに設置すれば、振動を検出し、それに対応する電気信号を出力として得ることができます。取得した出力信号を解析すれば、振動の周波数や振幅、パターンなどを把握することが可能になります(図1)。

振動計測の対象になるものは、大きく2つに分けることができます(図2)。1つは環境振動です。環境振動の中で最も代表的なものとしては、地震によって生じる振動が挙げられます。また、建物や乗物、人体などの振動も環境振動に含まれます。振動計測のもう1つの対象は機械振動です。つまり、発電所や工場の設備、動力源(モータやエンジン)などの振動が計測の対象になります。振動ピックアップは、こうした多くの種類の振動を対象として利用されます。

高額すぎるピエゾ素子
機械的な設備の健全性を診断することを目的として、状態監視システム(CMS:Condition Monitoring System)が広く使われるようになっています。その種のシステムでは、いくつかのパラメータの監視が行われます。なかでも、振動は監視が欠かせない重要な要素として扱われます。例えば、工場で使われている装置を監視していたところ、異常な振動が検出されたとします。その場合、問題のある部品を修理/交換したりすることにより、装置を健全な状態に戻すことができます。ただ、監視の対象物の種類により、測定すべき振動周波数は異なります。例えば、アンバランスやミスアライメントなどを検出したい場合、測定の対象となる振動周波数は最高で1kHz程度となります。一方、歯車の異常や装置の共振などを監視する場合には、周波数が1kHz~8kHz程度の振動を測定する必要があります。更に、軸受の異常などを検出したいケースでは、7kHz~数十kHzといった高い周波数の振動を測定しなければなりません。
IMVは、多様な周波数の振動を測定可能な振動ピックアップを製品化してきました。代表的な製品としては、振動センサーとしてピエゾ(圧電)素子を採用したものが挙げられます。ピエゾ素子を使用すれば、振動を検出し、それに対応する微小な電気信号を取得することができます。しかも、周波数が10kHz程度までの振動を測定することが可能です。
ピエゾ素子を採用した振動ピックアップを使えば、優れた測定性能を得ることができます。しかし、その種の製品には大きな課題がありました。それは、ピエゾ素子は非常に高価であるというものです。実際、ピエゾ素子を採用した振動ピックアップの場合、ハイエンドの製品では価格が20万円近くに達します。もちろん、自動車や航空宇宙機器などの研究時に利用するといった場合であれば、そのような価格でも受け入れてもらえます。しかし、そうした価格帯の製品を採用できる用途は限られます。つまり、ピエゾ素子をベースとする振動ピックアップでは、市場を拡大させることが難しいということです。
振動センサーとして使用できる別のデバイスとしては、MEMS加速度センサーが挙げられます。しかし、従来のMEMS加速度センサーでは、測定できる振動周波数が最高でも1kHz程度に限られていました。ピエゾ素子と比較して低価格ではあるものの、測定の対象となる周波数の面で振動ピックアップの要件に対応できる製品は存在しなかったのです。
「アナログ・デバイセズのADXL1001/ADXL1002は、振動計測に用いるMEMS加速度センサーとしては完璧な製品です。しかもピエゾ素子と比べて非常に安価です。ここまでノイズ性能が高く、広範な周波数に対応できるMEMS加速度センサーは、他には存在しません。」川平 孝雄
MES事業本部 | IMV株式会社
高い周波数に対応可能なMEMS加速度センサー、アナログ・デバイセズが開発に成功
上述した課題を解決可能なものとしてIMVが注目したのが、アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーです。IMVのMES事業本部 計測事業部 開発課/企画開発係で係長/技術研究員を務める川平孝雄氏は、その経緯を次のように説明します。
「当社とアナログ・デバイセズは、以前から協調関係にありました。2013年7月に米アナログ・デバイセズの製品担当者と打ち合わせを実施した際、振動ピックアップという用途から見た場合、MEMS加速度センサーにはどのような課題があるのか説明しました。2016年11月に製品担当者が再来日した際には、当社が指摘した課題を解決した高周波対応のMEMS加速度センサーとして『ADXL100Xシリーズ』を紹介されました。2017年5月に『ADXL1001/ADXL1002』が発表されたことを受け、振動ピックアップで使用するセンサーの候補としてそれらの検討を進めることにしました(図3)」。


では、ADXL1001/ADXL1002の検討結果は、どのようなものだったのでしょうか。川平氏は「MEMS加速度センサーとしては完璧だ」との感想を抱いたといいます。「ADXL1001/ADXL1002の周波数応答範囲はDC~11kHzまでに拡張されていました。これであれば、ピエゾ素子とほぼ同等の振動周波数をカバーできます。しかも、ノイズ性能も非常に良好だったので、振動ピックアップに最適な製品だと判断しました」と同氏は説明します。
ADXL1001/ADXL1002の仕様について検討した結果、IMVは振動ピックアップ用の製品としてADXL1002を採用することにしました。加速度の測定範囲とノイズ密度の面で、ADXL1002の方が、IMVが求めている仕様により合致していたからです。ADXL1002の加速度の測定範囲(フルスケール・レンジ)は±50gで、ノイズ密度は25μg/√Hzです(gは重力加速度)。一方、ADXL1001は、加速度の測定範囲が±100gで、ノイズ密度は30μg/√Hzでした。
ただ、MEMS加速度センサーを提供しているメーカーはアナログ・デバイセズだけではありません。では、なぜアナログ・デバイセズの製品が選ばれたのでしょうか。この点について、川平氏は次のように説明します。
「ここまでノイズ性能が高く、広範な周波数に対応できるMEMS加速度センサーを市場に投入しているのは、アナログ・デバイセズだけです。しかもピエゾ素子と比べると、価格はかなり安い。これだけのMEMS加速度センサーは、他には存在しません。アナログ・デバイセズの担当者からは、同社が有するアナログ回路設計技術と、30年以上にわたって取り組んできたMEMSの設計/製造技術を組み合わせることにより、ここまでの製品を実現できたとの説明を受けました」。
センサーの実力を引き出すシステム技術
初期検討を終えたIMVは、ADXL1002を採用した振動ピックアップの開発をスタートさせました。2018年10月には、アナログ・デバイセズからADXL1002の評価用ボードが提供されました。その評価用ボードは、ADXL1002だけでなく、同製品を動作させるために必要な電子部品をプリント基板上に実装したものでした。IMVは、振動ピックアップの筐体に同ボードを収め、周波数特性の確認を行いました(図4)。理想的な状態では、印加した振動と測定した振動の振幅の比は1になります。つまり、目標とする周波数までプロットがフラットな状態になるということです。ところが、周波数特性を確認した結果、システムに1つの問題が生じていることがわかりました。図5に示したとおり、5kHzの近辺に「雑振動」が確認されたのです。雑振動とは、振動現象におけるノイズのことです。雑振動が生じているということは、何らかの原因により、システムのどこかで余計な振動が発生しているということになります。




「ADXL1002の特性は完璧です。そのため、別の部分に存在するはずの問題についての解析を実施しました。その結果、プリント基板で共振が発生していることが判明しました。そこで、当社の振動測定技術と振動の抑制技術を組み合わせて、雑振動を完全に抑え込むことにしました。それにより、8kHzの範囲までがほぼフラットな状態の周波数特性を得ることができました(図6)」(川平氏)。


このような取り組みを経て、IMVはADXL1002を採用した振動ピックアップ「VP-8021A」を完成させました。アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーと、その性能を引き出すIMVのシステム技術により、目標となるスペックを達成できたのです。なお、VP-8021Aの外形寸法は、ピエゾ素子を採用した製品よりも一回り小さい直径17mm×長さ30mmに抑えられています(図7)。

IoTへの展開を可能にする、従来比で約1/10の低価格
振動ピックアップにおいて、ピエゾ素子ではなく、MEMS加速度センサーを使用する最大のメリットは価格にあります。では、実際にはどの程度の効果が見込めるのでしょうか。これについて川平氏は、「ピエゾ素子を使用した製品と比較すると、VP-8021Aの価格は1/10程度に抑えられる見込みです」と述べています。
では、振動ピックアップの低価格化を実現することで、どのような未来を描くことができるのでしょうか。その答えは、「IoTの市場を開拓できる」(川平氏)というものです。
「IoTの分野では、温度と湿度を計測するシステムがかなり普及しています。温度センサーも湿度センサーも小型かつ低価格だからです。しかも、多くの測定データを取得でき、それらをAIに入力することで、より高度な解析を実施できます。一方、振動用の計測システムについては、これまでIoTの市場への本格参入は果たせていませんでした。測定精度が高い製品は高価で、安価な製品は測定精度が低かったからです。結果として、従来は、工場内の一部の重要な装置だけに、測定精度は優れているものの非常に高価な振動ピックアップを適用するということしか実現できていませんでした。これでは取得できる情報量が少なすぎます。AIを利用しても、おそらく効果的な解析を実施することはできないでしょう」(川平氏)。
VP-8021Aは、これまでにないレベルの低価格化を実現した製品です。しかも、高い測定性能も得られます(図8)。従来品と比べて小型化も図られているので、温度センサーや湿度センサーと同じように様々な装置/場所に配備することが可能です。この種の製品が普及すれば、より大量のデータを取得できるようになります。結果として、AIを利用した効果的な解析が行えるようになるはずです。
性能 | |
共振周波数 | 18kHz < |
振動周波数範囲 | 10Hz ~ 8kHz( ±1dB ) 8kHz~10kHz ( ±3dB ) ※本仕様は開発中のため、予告なく変更される可能性があります。 |
感度 | 3.85mV/(m/s^2) |
加速度範囲 | > 5000m/s^2 |
使用温度範囲 | - 30~120℃ |
サイズ | Φ17mm × 30mm |
入出力 | IEPE ( ICP ) |
IMVは、今後もアナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーを採用し、更に高い周波数に対応可能な振動ピックアップを開発することを目指しています。「次なる目標は、10kHzの範囲までフラットな周波数特性が得られる製品を実現することです2。この目標を達成できれば、さらなる用途の拡大が期待できます」(川平氏)。
1、2 この記事は2019年7月に作成されたものです。2022年9月の時点で、VP-8021Aは振動周波数範囲として10Hz~10kHz(±4dB)という値を達成しています。詳細については、同製品の仕様書(https://www.imv.co.jp/products/vibrograph/pickup/mems/file/VP8021A_spec.pdf)、製品ページ(https://www.imv.co.jp/cp/vp8021a/)などをご覧ください。