AN-1559: AD7606 から AD7606B への移行
はじめに
AD7606Bは、A/D変換データ・アクイジション・システム(DAS)であるAD7606の性能向上型です。AD7606BはAD7606のピン互換デバイスであり、既存設計のハードウェアを変更する必要はありません。AD7606Bは以下のような機能向上を実現しています。
- 入力インピーダンス(RIN)の増大:5MΩ(代表値)、低温度ドリフト
- スループット・レートの向上:最大800kSPS
- 動作温度範囲の拡大:最大125ºC
- デジタル電源(VDRIVE)範囲の拡大:最小1.71V
- クランプ電圧の増大:最大±21V
このアプリケーション・ノートでは、AD7606とAD7606Bのハードウェア・モードの違いを説明します。
AD7606とAD7606Bの詳細については、それぞれのデータシートを参照してください。また、データシートは、このアプリケーション・ノートと併せてご覧ください。
ハードウェアの互換性
AD7606BはAD7606のピン互換の置き換えデバイスで、既存設計のハードウェアを変更する必要はありません。AD7606Bでは、ソフトウェア・モードの機能を有効化するために、一部のピンの機能が変更されています。ピン機能の違いを表1に示します。
Pin No. | AD7606 Mnemonic | AD7606B Mnemonic |
3 | OS 0 | OS01 |
4 | OS 1 | OS11 |
5 | OS 2 | OS21 |
6 | PAR/SER/BYTE SEL | PAR/SER SEL |
10 | CONVST B | WR2 |
27 | DB9 | DB9/DOUTC2 |
28 | DB10 | DB10/DOUTD2 |
29 | DB11 | DB11/SDI2 |
32 | DB14/HBEN | DB14 |
33 | DB15/BYTE SEL | DB15 |
1 OS0、OS1、およびOS2ピンをハイにすると、AD7606Bはソフトウェア・モードになります。この組み合わせをAD7606で使用することはできません。 2 ソフトウェア・モード使用時のみ有効です。 |
ピン10とピン9の違い
AD7606のピン10(CONVST B)はチャンネル5~チャンネル8の変換を開始するCONVST B入力で、ピン9(CONVST A)はチャンネル1~チャンネル4の変換を開始するCONVST A入力です。AD7606Bのピン9(CONVST)は、8個のチャンネルすべてのCONVST入力です。AD7606Bのピン10(WR)は、ソフトウェア・パラレル・モードにするレジスタ書込みを行うための書込み入力です。AD7606Bのソフトウェア・パラレル・モードを使わないときは、WRをハイ、ロー、またはCONVSTピンに接続します。
ピン6、ピン32、ピン33の違い
AD7606でシリアル・インターフェース、パラレル・インターフェース、またはパラレル・バイト・インターフェースを選択するには、ピン6(PAR/SER/BYTE SEL)を使用します。AD7606Bはパラレル・バイト・インターフェースをサポートしていません。したがって、AD7606Bのピン6(PAR/SER SEL)で選択できるのは、シリアル・インターフェースとパラレル・インターフェースのどちらかに限られます。更に、AD7606Bでパラレル・インターフェースを使用する場合、ピン33に使用できる機能はDB15だけ、ピン32に使用できる機能はDB14だけです。シリアル・インターフェースを使用する場合は、AD7606Bのピン32とピン33をAGNDに接続してください。
ピン27、ピン28、ピン29の違い
AD7606のピン27(DB9)、ピン28(DB10)、およびピン29(DB11)は、パラレル・データ出力ラインです。AD7606Bをハードウェア・モードで使用する場合、これらのピンはパラレル・データ出力ラインとしても使用できます。
また、AD7606Bをソフトウェア・モードで使用する場合は、4つの出力データ・ラインを使用するようにシリアル・インターフェースを設定することができます。したがって、AD7606Bのピン27とピン28で、2つの追加的なデータ出力DOUTCとDOUTDをイネーブルすることができます。
ソフトウェア・モードでは、AD7606Bのピン29は、メモリ・マップ内のレジスタへ書込みを行うためのシリアル・データ入力(SDI)になります。それぞれのデバイスと動作モードにおけるピン機能を表3に示します。
電源
AD7606Bのアナログ電源電圧範囲(AVCC)はAD7606と同じです(4.75V~5.25V)。これに対し、AD7606のロジック電源電圧範囲(VDRIVE)は2.3V~5.25Vですが、AD7606Bのロジック電源電圧範囲は1.71V~3.6Vです。
REGCAPピン(ピン36とピン39)はアナログ低ドロップアウト(LDO)レギュレータとデジタルLDOレギュレータからの出力で、AD7606の場合の電圧範囲は2.5V~2.7V、AD7606Bの場合は1.875V~1.93Vです。
Device | AVCC | VDRIVE |
AD7606 | 4.75 V to 5.25 V | 2.3 V to 5.25 V |
AD7606B | 4.75 V to 5.25 V | 1.71 V to 3.6 V |
データ・インターフェース | デバイス | モード | ピン27 | ピン28 | ピン29 |
パラレル | AD7606 | 該当せず | DB9 | DB10 | DB11 |
AD7606B | ハードウェアまたはソフトウェア | DB9 | DB10 | DB11 | |
シリアル | AD7606 | 該当せず | Unused1 | Unused1 | Unused1 |
AD7606B | ハードウェア | Unused1 | Unused1 | Unused1 | |
AD7606B | ソフトウェア | DOUTC2 | DOUTD2 | SDI | |
1 未使用ピンはAGNDに接続します。 2 メモリ・マップを通じ、4ラインを使用できるようにシリアル・データ出力を選択した場合。 |
リセット
AD7606にはシングル・リセット・モードがあり、RESETピンに短いパルス(最小パルス幅50ns)を加えることによって、デバイス全体をリセットできます。
表4に示すように、AD7606Bにはデュアル・リセット・モード(フル・リセットとパーシャル・リセット)があります。リセットしてから最初の変換を開始するまでには最小限の遅延があります。この遅延は、データシートにtDEVICE_SETUPと示されています。
AD7606Bでパーシャル・リセット(50ns ≤ tRESET < 2μs)を行った場合、その後のtDEVICE_SETUP(t7)はAD7606と同じ25nsです。
AD7606Bでフル・リセット(tRESET > 3 μs)を行った場合、その後のtDEVICE_SETUPは253μsです。既存設計のtRESETが3μsより長い場合は、ソフトウェアの後方互換性を維持するために長いほうのtDEVICE_SETUPを想定してください。
リファレンス・バッファ出力
AD7606Bのリファレンス・バッファ出力は4.4V(代表値)で、ピン44(REFCAPA)とピン45(REFCAPB)に出力されます。AD7606のリファレンス・バッファ出力は4.5Vで、同じくこれらのピンに出力されます。
tRESETのパルス幅 | AD7606 | AD7606B |
<50 ns | 影響なし | 影響なし |
50 ns ≤ tRESET < 2 μs | パワーオン・リセット、デバイス全体をリセット2 | ADCのステート・マシンとデータ・インターフェースをリセット1 |
≥3 μs | パワーオン・リセット、デバイス全体をリセット2 | パワーオン・リセット、デバイス全体をリセット2 |
1 次の変換を開始するまでに50nsの間隔を置く必要があります。 2 次の変換を開始するまでに253μsの間隔を置く必要があります。 |
性能向上
AD7606をそのままAD7606Bに置き換えると、より高い入力インピーダンスとスループット・レート、より広い温度範囲などによって、複数の利点が得られます。更に、ソフトウェア・モードを使用すれば、システム・レベルでより大きな利点を得ることができます。ソフトウェア・モードのセクションを参照してください。
アナログ入力インピーダンス
システム・ゲイン誤差
AD7606の入力インピーダンスは1MΩ(代表値)ですが、AD7606Bの入力インピーダンスは5MΩ(代表値)で、図2に示すように、AD7606Bは入力直列抵抗(RFILTER)によって生じるゲイン誤差の影響を受けにくくなっています。
RPD抵抗接続、センサー未接続の場合のバイポーラ・ゼロ・コード誤差
従来使われている方法ですが、プルダウン抵抗(RPD)をセンサーと並列に接続すれば(図3に示すカレント・トランス)、センサー未接続の状態を検出することができます。つまり、ADC出力コードが20LSB未満になる状態が、サンプル数(N)と同じ回数繰り返された場合は、センサーが未接続であると判定されます。
RPDの値は、この並列抵抗によって生じる誤差を最小限に抑えるために、センサーのソース・インピーダンスよりずっと大きくすることを推奨します。しかし、RPDを大きくすると、センサーの接続が外れたときに生成されるADC出力コードも大きくなります。この場合はセンサーの接続解除を検出できなくなるおそれがあるので、望ましいことではありません。AD7606BのRINはAD7606のそれより大きいので、センサーの接続が外れた場合のRPDに対するADC出力コードは小さくなります。例えば、RPD = 10kΩに対するADC出力コードは、AD7606では約58LSB(±10Vレンジ)、AD7606Bでは約11LSBです。
スループット・レート
AD7606Bは800kSPSでサンプリングが可能ですが、AD7606の最大スループット・レートは200kSPSです。
温度範囲
AD7606の動作温度範囲は−40ºC~+85ºCですが、AD7606Bの動作温度範囲は−40ºC~+125ºCに広がっています。データシートに記載されたすべての仕様値は、AD7606の場合もAD7606Bの場合も、特に指定のない限り全温度範囲に対する値です。
ソフトウェア・モード
AD7606B使用時に、従来のハードウェア・モードではなくソフトウェア・モードを有効にすると(ソフトウェア・モードを使用するAD7606Bへの移行のセクションを参照)、以下のような利点が得られます。
- ±2.5Vレンジ・オプションを含む、チャンネルごとに独立したレンジ選択
- システム・ゲイン、位相、オフセットのオンチップ補償
- センサーの接続異常検出
- オーバーサンプリング比(OSR)の追加:128と256
- 1、2、または4シリアル・データ出力設定(オプション)
- 診断機能
これらの機能は、AD7606Bのソフトウェア・モードでのみ使用可能です。ソフトウェア・モードは、レジスタ・マップへの書込みによって設定できます。
パラメータ | AD7606 | AD7606B | |
ハードウェア・モード | ソフトウェア・モード | ||
入力インピーダンス(代表値) | 1MΩ | 5MΩ | 5MΩ |
最大スループット・レート | 200kSPS | 800kSPS | 800kSPS |
温度範囲 | −40ºC~+85ºC | −40ºC~+125ºC | −40ºC~+125ºC |
VDRIVE範囲 | 2.3V~5.25V | 1.71V~3.6V | 1.71V~3.6V |
絶対最大入力電圧 | ±16.5 V | ±21 V | ±21 V |
アナログ入力範囲 | ±10Vまたは±5V1 | ±10Vまたは±5V1 | ±10V、±5V、または±2.5V2 |
システム・ゲイン、位相、オフセットのオンチップ補償 | 該当せず | 使用不可 | 使用可2 |
オーバーサンプリング比(OS) | OSなし~OSR = 64 | OSなし~OSR = 64 | OSなし~OSR = 256 |
センサー接続異常検出 | 該当せず | 使用不可 | 使用可2 |
シリアル・データ出力ライン | 2 | 2 | 選択可能:1、2、または4 |
診断機能 | 該当せず | 使用不可 | 使用可 |
1 チャンネルごとの値ではありません。 2 チャンネルごとの値です。 |
新世代のAD7606Bへの移行
AD7606からAD7606Bへの移行には複数の利点があります。AD7606で使用できる機能はAD7606Bでもすべて使用できます。この新世代製品(AD7606B)へ移行する場合、デジタル電源が3.3V未満で、なおかつパラレル・バイト・インターフェースを使用する限り、レイアウトや評価用のセットアップを変更する必要はありません。
ハードウェア・モードを使用するAD7606Bへの移行
パラレル・インターフェースを使用
パラレル・インターフェースを使用してハードウェア・モードのAD7606Bへ移行する場合は、以下が完了していることを確認してください。
- OS2、OS1、およびOS0ピンをハイに接続しないでください。これらのピンをハイに接続すると、AD7606Bはソフトウェア・モードになります(表6参照)。また、このOSxピンの組み合わせはAD7606では無効です。
- パラレル・インターフェースを選択するにはPAR/SER SELピンをAGNDに接続します。
- パワーアップ後は、最初の変換を開始するまでに253μs(tDEVICE_SETUP)の間隔を置く必要があります。その後のリセット開始方法の詳細については、リセットのセクションを参照してください。
シリアル・インターフェースを使用
シリアル・インターフェースを使用してハードウェア・モードのAD7606Bへ移行する場合は、以下が完了していることを確認してください。
- OS2、OS1、およびOS0を同時にハイに接続しないでください。これらのピンを同時にハイに接続すると、AD7606Bはソフトウェア・モードになります(表6参照)。また、このOSxピンの組み合わせはAD7606では無効です。
- シリアル・インターフェースを選択するにはPAR/SER SELピンをVDRIVEに接続します。
- 未使用のDBxピンはAGNDに接続してください。
- パワーアップ後は、最初の変換を開始するまでに253μs(tDEVICE_SETUP)の間隔を置く必要があります。その後のリセット開始方法の詳細については、リセットのセクションを参照してください。
OS x/OSxピンは、RESETの立下がりエッジでラッチされます。
OS 2 (OS2) to OS 0 (OS0) | AD7606 | AD7606B |
000 | No OS x | No OSx |
001 | 2 | 2 |
010 | 4 | 4 |
011 | 8 | 8 |
100 | 16 | 16 |
101 | 32 | 32 |
110 | 64 | 64 |
111 | Invalid | Enters software mode |
ソフトウェア・モードを使用するAD7606Bへの移行
AD7606Bへ移行して、ソフトウェア・モードでのみ使用できる高度な機能の利点を生かすには、以下が完了していることを確認してください。
- ソフトウェア・モードにするには、すべてのOS xピンをハイに接続します。オーバーサンプリング比は、これらのピンではなく対応レジスタを通じて設定します。
- シリアル・インターフェースを使ってAD7606Bのメモリ・マップにアクセスするには、ピン29(DB11/SDI)をSPIインターフェースのシリアル・データ入力として使用します。ピン29をAGNDに接続すると(AD7606での推奨接続)、メモリ・マップへの書込みも読出しもできなくなります。
- パラレル・インターフェースを使ってAD7606Bのメモリ・マップにアクセスするには、ピン10(WR)を使って書込みを行います。AD7606では、ピン10(CONVST B)はチャンネル5~チャンネル8の変換を開始するために使用します。AD7606のピン10をCONVST Aに接続すると、8個のチャンネルすべてが同時にサンプリングを行います。AD7606Bでは、メモリ・マップへのアクセスにWRピンを使用できるようにしておく必要があります。AD7606Bのピン10(WR)をピン9(CONVST)に接続すると、メモリ・マップの書込みや読出しができなくなります。
ソフトウェアの互換性
AD7606用に開発されたマイクロコントローラ・コードとそのプロトコルは、AD7606Bにも使用できます。デバイスをハードウェア・モードで使用してリセットのセクションに示すタイミング基準に従う限り、コードを変更する必要はまったくありません。ただし、ソフトウェア・モードで使用できる機能の利点を生かすには、コードを変更して、シリアル・インターフェースかパラレル・インターフェースのどちらかを使ってメモリ・マップへアクセスするための書込み機能を追加してください(詳細については、ハードウェア・モードを使用するAD7606Bへの移行のセクションとソフトウェア・モードを使用するAD7606Bへの移行のセクションを参照)。