AN-1552: 電気自動車警告音システム
はじめに
従来の燃焼エンジン車は、低速走行時でもエンジン音を発します。歩行者やその近くにいる人々は通常、車両が見えない場合、タイヤ音や他の放射ノイズを聴覚によって識別することにより、車両が接近しているか離れていくかを認識します。
電気自動車(EV)は、エンジン音を発しません。ハイブリッド電気自動車(HEV)やプラグイン・ハイブリッド電気自動車(PHEV)は、低速走行時や従来型の内燃エンジン(ICE)の始動前は、ほぼ無音で走行します。これらの車両が19mph 未満の速度で走行する場合、音はほとんど聞こえません。高速の場合は、タイヤの音が支配的になります。
国際管理機関は、PEV やHEVが電動モードで動作している際に、視覚障害者、歩行者、自転車に乗っている人がこれらの車両の接近を感知し、どの方向から接近しているかを判断できる最低レベルの音を定める法律を検討しています。
この法案の例は、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)のWebサイトに掲載されています。
電気自動車の警告音システム(EVWSS)は、歩行者にEV、HEV、PHEV の存在を警告するように設計された一連の音を生成します。運転手は警告音を発することができます(車のクラクションの音に似ていますが、それほど緊急的なものではありません)。ただし、低速時それらの警告音は、自動的に有効にならなくてはなりません。このような音としては、人工音をはじめ、現実のエンジン音や砂利の上を走行する音を模した音など様々なものがあります。
アナログ・デバイセズは、高度なアプリケーション向けに、EV用の車室内エンジン音と外部エンジン音の2 種類のソリューションを提供しています。ADSP-BF706 をベースにしたソリューションと、エントリーレベルのシステム向けにADAU1450 SigmaDSP®をベースにしたソリューションの2 つです。これらのソリューションは、サウンドを合成し、走行速度に応じて周波数、音量などのパラメータを調整することが可能で、オーディオ・パワーアンプにオーディオを送信することができます。特定の法律の条件に応じて、警告音は燃焼エンジン音や他の合成音を使用してシミュレーションすることができます。
BLACKfinベースのソリューション
ADSP-BF706 Blackfin+ Processor®は、オーディオ処理とCAN(Control Area Network)バスへのインターフェースのシングルチップ・ソリューションを提供します。アナログ・デバイセズはADSP-BF706で動作するCANソフトウェア・スタックを開発しました。これにより、最小限の労力で自動車グレードのデモを行うことができます(ベクトルCANスタックも使用可能)。更に、ハードウェアとソフトウェアを網羅するリファレンス設計を提供し、パラメータのライブ・チューニングのためにSigmaStudio™との互換性を持たせています。
図1は、ADSP-BF706内部の様々な処理ブロックを示しています。外部波形のオーディオ・ファイル(WAV)には、特徴的なエンジン音またはオーディオ・トーンが保存されます。外部シリアル・ペリフェラル・インターフェース(SPI)から最大25のWAVファイルに同時にアクセスできます。これらのファイルは、デジタル信号プロセッサ(DSP)内部で周波数シフトされミックスされてから、ダイナミック・ボリューム・コントロールが付与されます。
ADSP-BF706は、外部メモリへ高速でシンプルなアクセスが可能なメモリ・マップドSPIインターフェースを使用しているため、このアプリケーションでは外付けのDDR(Double Data Rate)メモリは不要です。SPIフラッシュ・メモリから最大25のWAVファイルに同時にアクセスできます。多数のWAVファイルにアクセスできるため、より現実的なエンジン音を生成するのに役立ちます。
ADSP-BF706は、米国NHTSAで勧告されている最大16倍のピッチ・シフトを実装することも可能で、車速が増加するにつれて出力音の周波数を上昇させます。ADSP-BF706は、CANバスからの車速入力が増加するのに伴い、音量を動的に制御することができます。
詳細なシステム・ブロック図を図2に示します。Power By Linear™ LT8602モノリシック同期整流式クワッド降圧レギュレータは、12Vの車載バッテリ電源から供給を受けて、システムに必要なすべての電圧レールを供給します。2MHzのスイッチング周波数により、ノイズに鋭敏な周波数帯域、例えばAM帯域を回避できます。LT8602の3V~42Vの入力電圧範囲は、コールド・クランクおよびスタート・ストップ・シナリオによって、最小3Vの入力電圧と40Vを超える負荷ダンプ・トランジェントを安定化する必要がある車載アプリケーションに最適です。
図3は別のシステム・ブロック図を示しており、数を減らしたペリフェラルやコネクタおよび1個の自動車専用コネクタで関連するすべての信号を伝送しています。この構成では、小型フォーム・ファクタのボードの設計が可能になります。
このシステム・ソリューションでは、ADSP-BF706がマイクロコントローラとオーディオ・プロセッサとして機能するため、システム部品表(BOM)のコストが削減されます。
詳細については、ソフトウェア・ダウンロード・パッケージに含まれているEVWSS v1デモ・マニュアルとEVWSS v2デモ・マニュアルを参照してください。このソフトウェア・パッケージ(EVWSS-BF_SRC-Rel2.0.0)は、アナログ・デバイセズのWebサイトのSoftware Request Formページから入手できます。ADSP-BF706の詳細については、ADSP-BF70x Blackfin+™ Processor Hardware ReferenceおよびADSP-BF7xx Blackfin+™ Processor Programming Referenceを参照してください。
ADSP-BF706 BLACKFIN+プロセッサの EVWSSソフトウェア・アーキテクチャ
EVWSSソフトウェア・アーキテクチャは、ADSP-BF706のハードウェア・アーキテクチャに基づいています。プロセッサがハードウェア・アーキテクチャに依存する理由は、メモリ・マップドSPIによるものです。ADSP-BF706は、メモリ・マップドSPIを使用してフラッシュ・メモリから直接読み取ることができます。この機能により、EVWSSライブラリの複雑さが軽減し、警告音の生成でのメモリ・アクセスが効率的になります。
ソフトウェア・コンポーネント
EVWSSソフトウェア・アーキテクチャは、図4に示すコンポーネントで構成されています。
ここでは、ソフトウェア・コンポーネントについて詳しく説明します。SPORTコールバック機能は、オーディオ・データ・サンプル・レートにマッピングされ、SPORTトランシーバーの割込みサービス・ルーチン(ISR)コンテキストで実行され、フラッシュ・ファイル(SPIメモリ・マップド)を読み取り、EVWSSライブラリを使用してオーディオを操作し、更に修正したオーディオをSPORTトランシーバー・インターフェースに送出します。EVWSSライブラリには、警告音を合成する様々な機能があります。また、EVWSSライブラリは、CANスタック(またはデバッグ用のユニバーサル非同期レシーバー/トランスミッタ(UART)インターフェース)からの車速入力を受け取ります。TDA7803ドライバは、外部パワー・アンプを制御して警告音を発生させます。EVWSSアプリケーション・フレームワークは、システム・ペリフェラル、CANスタック、およびTDA7803ドライバを設定します。
EVWSSライブラリの機能
以降で、EVWSSライブラリの機能について説明します。詳細については、ソフトウェア・ダウンロード・パッケージに含まれているElectronic Vehicle Warning Sound Systemリリース・ノートを参照してください。
ピッチ・コントロール
ピッチ・シフトとは、制御入力に基づいてオーディオ信号のスペクトルをシフトする概念のことです。EVWSSアプリケーションでは、車速入力に応じてWAVファイルのベース・ピッチがシフトします。
周波数変調と振幅変調
エンジン音は吸気、圧縮、動力(膨張)、排気などのエンジン・ストロークに依存します。これらのストロークによって、純粋なトーンの代わりに周波数変調されたトーンが生成されます。周波数シフトを実現するために、サンプル全体にわたってピッチ・シフト・パラメータを変化させます。
このアプリケーションには、2種類の変調(鋸歯と三角)が含まれています。鋸歯変調では、周波数が最低から最高へ上昇した後、ジャンプして最低に戻ります。三角変調では、周波数が最低から最高へ上昇した後、最低まで同様の傾斜で下降していきます。
多数のオーディオ・ミキシング
オーディオ・ミキシングでは、車速に関して様々なゲインを設定します。
WAVファイルの再生
必要なWAVファイルはフラッシュに存在しますが、動的条件に応じてWAVファイルの一部を再生または停止することができます。
SigmaDSPベースのソリューション
エントリーレベルのアプリケーションでは、ADSP-BF706プロセッサの代わりにADAU1450 SigmaDSPプロセッサを使用できます。評価の目的上、EVAL-ADAU1452評価用ボードを使用することができます。
図5は、SigmaDSPプロセッサ内の様々な処理ブロックを示しています。
ADAU1450では、SigmaStudioプログラミング環境を使用して、次のソフトウェア条件がサポートされています。
- マルチ・トーンの生成
- 最大 64 レンジのダイナミック・ボリューム・コントロール
- サウンド・ミキシング
- リミッタ
- 車速の増加につれて オーディオ・ピッチが上昇するピッチ・シフト
- SPI フラッシュ・メモリから最大 5 個 の WAV ファイルを同時再生
アナログ・デバイセズはSigmaStudioにエンジン音シミュレータ・モジュールを提供し、エンジン音のチューニングを簡素化し、必要とする外部の同時WAVファイルの数を減らしています。エンジン音シミュレータは、内部で最大32の高調波を生成することができます。これらの高調波の次数および振幅は、グラフィカル・ユーザ・インターフェース(GUI)を介してプログラムすることができます。エンジン音シミュレータ・モジュールはSigmaStudioで提供され、アナログ・デバイセズのWebサイトのSoftware Request Formページからリクエストできます。
SigmaStudioはCANソフトウェア・スタックをサポートできないことに注意してください。外部マイクロプロセッサが必要です。
SigmaStudio
SigmaStudioは、もともとSigmaDSPプロセッサのポートフォリオ用に設計されたグラフィカル・プログラミング環境です。このソフトウェアには、車載アプリケーション専用に開発されたアルゴリズムのライブラリが組み込まれています。GUIによってチューニング・プロセスが簡素化され、コードを記述する必要なしにその場で変更できるコントロールとフィルタ係数が提供されます。SigmaStudioは、アナログ・デバイセズのWebサイトのSigmaStudioページからダウンロードできます。
まとめ
アナログ・デバイセズは、エントリーレベル・システムと、車室内エンジン音と外部エンジン音をサポートする高度なエンジン音システムの包括的なソリューションを提供しています。このアプリケーション・ノートは、意思決定プロセスを容易にし、市場投入までの時間を短縮することを目的としています。アナログ・デバイセズは、ラピッド・プロトタイピングと製品開発に必要なソフトウェア・コンポーネントを含む、フル機能のシステム・ソリューションを提供しています。
I2C は、Philips Semiconductors 社(現在の NXP Semiconductors 社)が独自に開発した通信プロトコルです。