AN-1067: 位相ノイズとジッタの電力スペクトル密度:理論、データ解析、実験結果
はじめに
A/Dコンバータ、D/Aコンバータに使用するサンプリング・クロックのジッタは達成可能な最大S/N比を制限します。( リファレンス・セクションのIntegrated Analogto-Digital and Digital-to-Analog Converters by van de Plasscheを参照)このアプリケーション・ノートでは位相ノイズとジッタについて明らかにします。位相ノイズとジッタの電力スペクトル密度について議論を展開し、時間領域と周波数領域の測定技術について述べ、実験装置の制限を説明し、これら技術に対する補正係数を提供します。紹介した理論は現実の世界の問題に対して行われた実験結果によって裏づけられます。
概要
電子機器で使用されるクロックを発生する技術はたくさんあります。回路はR-C帰還回路、タイマー、発振器、クリスタル、クリスタル発振器を含みます。回路条件によっては、比較的高い位相ノイズ(ジッタ)でも、比較的安価なクロック源を使用できる可能性があります。しかし最近のデバイスはより優れたクロック性能(つまりより高価な)のクロック源を必要とします。類似した要求がコンバータでサンプリングされる信号(特に現在の高性能コンバータのテストに信号源として使用される周波数シンセサイザ)のスペクトル純度に対してもあります。この後のセクションで位相ノイズとジッタの定義を示します。次に位相ノイズとジッタをそれらの周波数領域表現に関連づける数学的な導出を行います。位相ノイズ/ジッタの周波数領域での表現(又は電力スペクトル密度)は位相ノイズ/ジッタを直接表します。導き出される理論はA/DコンバータとD/Aコンバータに結びつけられます。各種の信号を測定するためにスペクトル・アナライザとオシロスコープを使用します。最後に理論はA/Dコンバータ(ADC)AD9235に施した実験の結果と結びつけられます。
定義
位相ノイズとジッタにはいろいろの解釈があります。このアプリケーション・ノートでは、位相ノイズとジッタを次のように規定します。
サイン波を考えます、
sin(ωt + A) (1)
ここで:
ω = 2πf.
fは所望の周波数.
Aは一定の位相オフセット。
位相ノイズ
位相ノイズを任意の関数Φ(t) と定義すると、式1は下記の式のように表せます。
関数Φ(t) はωtに関係しない周波数成分、例えば熱ノイズ、ショットノイズ、1/fノイズ(フリッカーノイズ)、で構成される可能性があります。しかしほとんどの場合は、それはガウス・ノイズとしてモデル化されます。(リファレンス・セクションのFrequency Synthesizers Theory and Design Third Edition by Manassewitschを参照)
同様に、サンプル・クロックは次式のような固定した時間間隔τで繰り返す立ち上がり、立下りのある周期的な矩形波と考えられます。
ジッタ
ジッタは固定した間隔τに追加される時間変化Δ(t) として定義され次式で表せます。
同様にして、Δ(t)は一般的にガウス・ノイズとして特性化されます。
5 kHz以上でアクティブ・デバイスが高周波で制限されるまでの周波数におけるノイズ解析は単純です。5 kHz以下のノイズはショットノイズや熱ノイズより大きくなります。このノイズは周波数に逆比例し、1/fノイズとして知られています。図5は発振器の一般的なノイズ・スペクトルを示しています。(リファレンス・セクションのManassewitsch を参照)
電力スペクトル密度
時間領域信号はフーリエ変換を通して周波数領域に直接的な関係があります。(レファレンス・セクションのDiscrete-Time Signal Processing by Oppenheimを参照)リファレンスフーリエ変換は信号の振幅と位相のスペクトルと見なす事が出来ます。信号の電力も周波数領域で表示する事ができます。電力スペクトル密度又は電力スペクトルは次の式によって与えられます。
ここでY(ω) はy(t)のフーリエ変換です。
”定義”のセクションで前に述べたように、Φ(t)は任意の望ましくない信号と考えられます。この解析を簡略化するために、Φ(t)を単一周波数に設定します。次式を考えます。
そこで式2は次のようになります。
結果は、位相変調された信号y(t)となり、最大位相偏差は周波数 fm( ωm = 2πfm)でθd(ラジアン)です。又オフセットはゼロ(A=0)です。
ヤコビ・アンガーの展開式(リファレンス・セクションのConcise Encyclopedia of Mathematics by Weissteinを参照)を次に示します。
又は
オイラーの等式を使用し書き直すと下記の式が得られます。
そして
ここでJn(Z)係数は第一種ベッセル関数です。
三角関数の等式を用いて、式7, 式8, 式10, 式11を書きなおすと下記の式が得られます。
式12からy(t)はキャリア周波数fcで1次ベッセル成分があり、キャリア周波数から変調周波数fmの倍数オフセットした周波数でベッセル重み付け信号が存在する事がわかります。
fc = 32,768 Hzでfm = 1024 Hz、位相偏差が500mrad(mradはミリラジアン)の場合の関数y(t) の電力スペクトル密度Syy(ω)を図6に示します。
図6は下記の式のグラフです。
Syy(ω) = Y(ω) × Y’(ω)
ここでY(ω) はy(t)のフーリエ変換です。
Syy(ω) は周波数fでの電力の大きさを表します。単一周波数 fmのみにより変調された信号y(t)の電力スペクトル密度はfc と fm でベッセル関数の二乗の大きさの周波数成分があります。
高次数のベッセル係数ほど非常に早く減衰します。対数電力目盛であれば広いダイナミック・レンジを表示できるので、大きなキャリア成分と同じグラフ上でより高次の成分を表すことができます。Syy(ω)の対数は次の式になります。
そして図7に示します。
ここで他の項も明確に見えるようになりました。位相偏差が増すと、キャリア周波数の大きさが減少し、変調項の大きさが増します。位相偏差が500 mradの場合、キャリア電力は約 12%減少します。
位相偏差が小さい場合、θd << 1 rad, J0(θd) ≈ 1, J1(θd) ≈θd/2, で J2(θd) … Jn(θd) ≈ 0(リファレンス・セクションのManassewitschを参照)
位相偏差がゼロに近づくと、キャリア電力は100%に近づきます。さらに、位相偏差が小さいと変調項の中に分散されたキャリア周波数電力の割合がより小さくなります。結局この事によりΦ(t)の電力をより正確に近似した変調項の合計になります。
ベッセル関数は次の関係があります:
位相偏差が小さい時の特徴を利用すると、Φ(t)(シングルトーン・サイン波変調)の二乗平均平方根 (rms) 電力はおおよそ次式で表せます。
又は
位相偏差も又rms振幅に換算して表示できます。
例 1
位相偏差θdが100mradの場合
Prms ≈ 1 − J0(0.1)2
Prms ≈ 1 – 0.9950094
Prms ≈ 1 – 0.0049906
Arms ≈ 0.0706444
この結果をサイン波信号の電力と比べます。
e(t) = Asin(ωt)
Pe = A2/2
A = 0.1とすると、rms電力がPe=0.0005で、Arms = A/√2= 0.0707107となり、小さな位相偏差の場合、変調項の合計はrms 電力を良く近似した値になる事が確認できます。
この議論はもっと複雑な変調信号にも展開できます。もっと複雑な変調関数は(互いにスペクトルに影響を及ぼす)たくさんの周波数項の重ね合わせとして取り扱えます。電力スペクトル密度は追加の項を持つので、それを合計して変調信号のrms電力を表します。振幅が小さい場合(θd <<1 rad)、任意の関数Φ(t)のrms 電力は次式で与えられます。
式18は位相変調した信号のrms電力はすべての成分の合計から基本波(又はキャリア周波数)の電力を減算した値に等しくなる事を述べています。
サイン波信号 y(t)の場合、位相変調は対称の電力スペクトル密度を生むので、rms電力も又次式で与えられます。
これはシングル・サイドバンド測定技術と呼ばれていて通常ルート・ヘルツあたりの値です。(レファランス・セクションのManassewitschを参照)
rms変調はいくつかの方法で表せます。
式20は位相偏差を度で表示します。
位相ノイズを時間ジッタと関連づけるために、次の式を使用します。
ここで τ= 1/fc は位相偏差を時間で表します。
例2-位相ノイズ
ノイズの多いサイン波を理想クロックでサンプリングする場合を考えます。
y(t) = sin(ωct + N(t))
ここで:
ωc = 2π26,2144.
N(t)は標準偏差σ = 10 mradのガウス・ノイズです。
形成した信号を1秒あたり4百万のサンプル数で15msの間サンプリングし、65,000のサンプルを得ます。電力スペクトル密度の対数を0 dBで正規化して、図8に示します。
基本波は約260 kHzで、全スペクトルに渡ってノイズがあります。
式 18の離散形式を使って
基本波での電力は含まずに、0からナイキスト周波数までの全周波数での電力の大きさを合計します。その結果のノイズ電力は
Prms = 1.0017 × 10−4
rms振幅はArms ≈ 0.010008 radです。
不一致分0.008 mradは10 mradのrmsノイズ振幅より数ケタ小さく、非常に良好な近似が得られ事がわかります。
位相偏差がΦ(t0)=0の場合入力信号の振幅は時間t0でA0です。位相偏差がΦ(t0) = ΔΦmradでノイズの多い入力信号の場合、時間t0で振幅がAΦになります。同様に、時間変位 t1 = t0 + Δt,でサンプリングされる入力信号は振幅Aτになります。
図 9は同じ振幅, AΔを生じる時間偏差Δtと位相偏差,ΔΦが存在する事を示しています。事実上ジッタΔt, rms時間偏差に等しいrms振幅の位相偏差ΔΦは同様の結果になります。
例3:ジッタ
例 2では、位相ノイズN(t)の信号の電力スペクトル密度はガウス分布になり、標準偏差σ = 10 mradです。今度はガウス・ノイズη(t)のあるジッタの多いクロックでサンプリングした信号を考えます。式21は位相ノイズ10 mradと同じ効果を生じるrmsジッタを決めるために使用する事ができます。結果の出力は
y(t) = sin(ωc(t + η(t)))
ここでキャリア周波数は再び260 kHzで、η(t)は標準偏差6.0713 nsのガウス・ノイズです。
形成された信号を1秒あたり4M のサンプル数で15msの間サンプリングして、65kのサンプルを得ます。電力スペクトル密度の対数を0 dBに正規化します。
式22を使用し、基本波の電力は含まずに、0からナイキスト周波数までの全周波数での電力の大きさを合計します。その結果のノイズ電力は
Prms = 1.0031 × 10−4
そしてrms振幅は
Arms = 0.010016 rad
結果を式21に挿入し下の式を得ます。
Atrms = 4.86455 × 10−8s or Atrms ≈ 49 ns
その結果は例2で得られた結果と一致します。
クロックや入力信号を変調している広帯域ノイズは分散されたノイズの電力スペクトルになります。又入力信号やクロックを変調するノイズはキャリア周波数中心に対称のノイズになります。電力スペクトル密度は特定の周波数成分あるいは周波数範囲に関連した位相ノイズやジッタを決めるために使用する事ができます。大きな対称項は信号そして/又はクロックを変調している特定の周波数を強調していると考えられます。特定の周波数に関連したrms電力は電力スペクトル密度から直接引き出す事ができます。周波数の範囲については、下記の式が使用できます。
又はシングル・サイドバンドについては、
コンバータへの応用
現在の高速コンバータは12 ビット以上の分解能で100MSPS以上のサンプリング・レートがあります。(SFDR)スプリアスフリー・ダイナミック・レンジが100 dBc以上あれば、70 dBc以上のS/N比(SNR)は、常時達成されます。D/Aコンバータ(DAC)の性能はサンプリング・クロックのジッタに直接影響されます。ノイズの多いクロックを使ってサンプリングしているDACを使って生成された波形は位相ノイズをもった信号になる可能性があります。ADCはサンプリング・クロックと入力信号の両方のノイズに影響されます。例 3ージッタのセクションで導かれた結果はコンバータに適用されます。
結果をADC に結びつけ、図11 に示す回路を検討します。
ADCは瞬時 t(周期τがある)に入力信号Asin(ωt)をサンプリングし、Nビットの量子化された出力を生じます。
入力信号のノイズとサンプリング・クロックのノイズは独立していると仮定すると、総合ノイズは2乗和平方根で与えられます。もしノイズの大きさがかなり大きいと、コンバータの最大性能に影響を及ぼします。
量子化ノイズはビット数に直接比例します。出力データ・サンプルがADC範囲内にもつ最大誤差は最下位ビット分解能QN を 2で割算した値(QN/2)です。(リファレンス・セクションのvan de Plassche, Oppenheim, and Delta-Sigma Data Converters Theory Design and Simulation by Norsworthy, Schreier, and Temesを参照)誤差はサンプリングされる信号によって定まります。ランダムに変化している信号の場合は、量子化誤差は無相関で、±QN/2.以内の任意の大きさになります。誤差が統計的にサンプリングされる信号に対して独立していれば、達成可能な最大SNRは次式で示すことができます。
12ビットコンバータの場合、理論的な最大SNRは約74 dBcです。74 dBcの総合量子化ノイズ電力は次の値に相当します。
Pqn ≈ 10−7.4
Pqn ≈ 39.8107 × 10−9
テスト装置は被テスト・コンバータより10 dB優れている事が望まれます。12ビットコンバータをテストする場合、要求されるテスト装置のノイズ電力は84 dBcです。
Pqn ≈ 10−8.4
Pqn ≈ 3.98107 × 10−9
式 17を用いてこのノイズ電力をrms位相偏差に関連づける事ができます。
Arms ≈ 0.0631 mrad
入力信号10 MHz の場合、これは下記のジッタに相当します。
Atrms ≈ τ × √Prms/2
Atrms ≈ 100 × 10−9 (√3.98107 × 10−9)/2π
Atrms ≈ 1.004 × 10−12 sec
表1はコンバータの量子化ノイズによるSNRリミット値と相当する位相ノイズrms振幅を一覧にしています。
ビット数 | 理論的なSNRリミット (dB) | 対応する位相ノイズ (mrad) | テスト装置 | |
10 dB (mrad) | 6 dB (mrad) | |||
8 | 49.96 | 3.177 | 1.005 | 1.592 |
10 | 62 | 0.794 | 0.251 | 0.398 |
12 | 74.04 | 0.199 | 0.063 | 0.1 |
14 | 86.08 | 0.0497 | 0.16 | 0.025 |
16 | 98.12 | 0.0124 | 0.004 | 0.006 |
表1には又テスト装置の位相ノイズrms振幅も、コンバータより 10 dB 、 6 dB 優れた値で示してあります。場合によってはコンバータより6 dB優れたテスト装置でも許容されます(特に10 dBを得るのが困難な場合)。
式 21を使用する事により等価のジッタ振幅が簡単に得られます。
コンバータのSNR性能は一般的に電力スペクトル密度を使用して決定されます。サンプリング周波数とデータ・サンプル数が直接周波数分解能を決定します。32 MHzでサンプリングするコンバータに対して4k FFTは周波数8kHzまで落として分解できる十分なデータを蓄積します。すなわち電力スペクトル密度は8 kHz 間隔で情報を表示します。各8KHzビンはその間隔以内の周波数の電力とその間隔に折り返される周波数の電力の合計になります。キャリアから1 kHzに存在する成分の大きさはこれらの条件下では決定されません。周波数分解能はより大きなFFTにする事により改善されます。1/f ノイズのような低周波位相ノイズも分解可能で、32 MHzでサンプリングするコンバータの場合、1M FFT にする事により32 Hz まで分解可能です。
例 1
20 psのクロック・ジッタによって1秒間あたり32Mサンプル数でサンプリングする12ビットADCに対して、入力信号は 2 kHz, 1 mrad位相ノイズ成分と 0.5 mradのガウス位相ノイズを含む4MHzとします。この設定を使用して4kサンプルを取得すると、図12に示した電力スペクトル密度が得られます。
式22 を使用するとノイズ電力を6.628−7 W と計算します。しかし理論値は(ジッタ,位相ノイズ、量子化ノイズのRSSとなる)5.677−7W のはずです。
拡大図(図13参照)は基本波周辺でスカート状に広がっている事を示しています。周波数分解能は8 kHzで、2kHz変調項は基本波と周辺のビンと結びついています。
65kFFTを使うと、周波数は500 Hzまで分解可能です。2つの新しい対称項が見られますが、これは位相変調を意味します。これらの項が積分したノイズ電力に加算されると、ノイズ電力を5.696−7 Wと計算します。
テスト装置
位相ノイズとジッタはオシロスコープを使用して時間偏差として観察したり、スペクトラム・アナライザを使用して周波数スペクトルとして観察する事ができます。
オシロスコープ
オシロスコープは2種類に分けることができます: リアルタイムとサンプリング(リファレンス・セクションのXYZs of Oscilloscopes by Tektronixを参照)
リアルタイム・オシロスコープは単一トリガー・イベントでサンプル・ストリームをとらえます。サイクル間偏差は固定されたしきい値でのデータから取り出されます。この方法はオシロスコープの時間間隔測定精度とその内部ジッタによって制限されます。テクトロニクス TDS7404は精度±8.5 ps、標準ノイズ・フロア1.5 ps rmsと規定されています。テクトロニクス TDS694Cは精度±15 psです。精度の向上はオシロスコープの垂直分解能と、信号処理に長いレコード長を含むことにより、統計的手段で達成できます。テクトロニクスは後者の技術を使って1.5 psジッタ測定精度を謳っています。(リファレンス・セクションのAnalyzing Clock Jitter Using Excel and Understanding and Performing Precise Jitter Analysis by Tektronixを参照)
サンプリング・オシロスコープは各トリガーでの入力データを累積します。時間偏差を得るのに、入力信号は繰り返しサンプリングされ、水平断面で点分布を取得します。水平目盛と垂直目盛は測定される時間偏差の大きさにより調整されます。この時間偏差測定方法は主にトリガ・ジッタの大きさによって制限されます。サンプリング・オシロスコープの方が時間間隔精度についてははるかに優れております。そしてさらに重要な事ですが、サンプリング間隔は10 fs程度と低くなっております。テクトロニクス11801Cの時間間隔精度は1 ps + 0.0004% × (position) でトリガ・ジッタは標準1.1 ps rmsです。TDS8000Bテクトロニクス・サンプリング・オシロスコープのトリガ・ジッタは800 fsと規定されています。(リファレンス・セクションの中のAutomatic Measurement Algorithms and Methods for the 8000 Series Sampling Oscilloscopes by Tektronixを参照)
スペクトラム・アナライザ
スペクトラム・アナライザは信号をその周波数成分で表示します。スペクトルは設定された分解能帯域幅(RBW)以内の一連の測定値を表示します。スペクトラム・アナライザは信号の電圧そして/あるいは電力をリニア又は対数表示で表します。信号の電力の観察はフーリエ解析で得られた電力スペクトル密度のグラフに類似しています。
電子機器の中のランダムノイズはガウス分布です。それ故、スペクトラム・アナライザのRBW(分解能帯域幅)以内のサンプルは確率分布を持っています;しかし、サンプルは単純な大きさで表示されます。スペクトラム・アナライザは実際には同相(I) と直交 (Q)成分で測定します(リファレンス・セクションのSpectrum Analyzer Measurements and Noise by Hewlett Packard を参照)。I/Q成分から信号の大きさと位相が得られます。バンドパスを通過したノイズはIとQの両方の成分が独立したガウス分布になります。
大きさはエンベロープ検出器で得られ、次の式で与えられます。
ノイズの大きさは図15 の中心周辺に同心円を形成します。各円の中の数がノイズの大きさの分布になります。ノイズ・エンベロープの分布関数は実際レイリー分布です。(リファレンス・セクションのProbability, Random Variables, and Stochastic Processes by Papoulisを参照)
確率密度関数が判れば、次の式を使って電圧エンベロープの平均を決定する事ができます。
平均電力は次の式で与えられます。
電力を計算するのに、平均エンベロープ電圧を二乗し、Rで割算しても式29と同じ結果にはなりません。結果は1.05 ビット小さくなります。
スペクトラム・アナライザをその対数表示モードで使用する時はさらに考慮しなければならない事があります。対数表示モードでは入力信号は対数アンプを通過します。従ってこの値が対数変換された確率密度関数の結果になります。その上、スペクトラム・アナライザは対数の平均を表示します。結局対数処理によりノイズに対する応答は2.51 dB低い結果になります。
証明
下記はノイズの2.51 dB低い値になることの証明です。
左右両側の導関数をとります。
ライプニッツ則を使うと(リファレンス・セクションのWeissteinを参照)
又はパポリスにより(リファレンス・セクションを参照)
下記の式を得ます。
結果は入力エンベロープの対数電力の確率分布です。
次に平均対数電力は次式で与えられます。
ライプニッツ則(とパポリス)から
初めの積分は1になります。なぜならこれは単にライプニッツ確率密度の積分だからです。ここで2番目の積分の中で次のように設定します。
それを代入すると下記の式を得ます。
始めの項は平均電力の対数です;2項目は負のオイラー・マスケローニ定数です(リファレンス・セクションのWeissteinを参照)。オイラー・マスケローニ定数は7,000,000 デジットまで計算されていてΥで表されます。Υ は約 0.5772に等しいので、最後の項は−2.5067になります。
最新のスペクトラム・アナライザは必要な補正係数を与えるノイズ測定を特徴としています。
正確な結果が得られるように(必要に応じて加える必要のある)既知の補正係数に与えると共に、スペクトラム・アナライザは正しく設定されなければなりません。入力信号が小さい場合は、リファレンス・レベルを低くする事により正確に測定できます。しかしリファレンス・レベルを低くすると入力IF段のゲインが増大します。最初のIF段が過負荷にならないように注意する必要です。IF入力回路が過負荷になると歪み積を生ずる可能性があります。(リファレンス・セクションのFundamentals of Spectrum Analysis by Rauscherを参照)さらに、分解能帯域(RBW)とビデオ帯域(VBW)それぞれを高める事により、より微細な周波数と振幅の分解能測定が行えます。しかし分解能を高めると掃引時間が長くなります。幸いにも、希望の測定値を取り、適切な補正係数を与えるソフトウエアが供給可能です。
実験結果
Rohde & Schwarz SML-01 で発生した変調信号をTektronix CSA8000B and a Rohde & Schwarz FSIQ7を使用して測定しました。一つ目のSML-01と同じ周波数に設定された2つ目の無変調のSML-01はCSA8000Bをトリガーするのに使用します。大きなシングル・トーン変調による位相ノイズ、大きなガウス・ノイズ変調、小さなノイズ変調を解析します。いずれの場合も使用された信号発生器はRohde & Schwarz SML-01です。
代わりのオシロスコープ接続は、トリガーとサンプリング入力の両方に印加するために、広帯域抵抗性スプリッタを使用する事です。この方法は(人為的に低ノイズ測定結果を生ずる可能性のある)低周波数ノイズを除去します。
信号1
立ち上がりエッジ断面での水平ヒストグラムをとり、2.218 ns以内の標準偏差と 6.6 nsのピークtoピーク偏差を表示します。
スペクトラム・アナライザは明らかに単一周波数の位相変調によるスペクトルを示しています。キャリア周波数の右にある最初の項はベッセル係数 J1(θd)です。J1(θd) ≈ θd/2なので、変調は200 mradと近似する事ができます。
信号2
立ち上がりエッジ断面での水平ヒストグラムは、1.005 ns以内の標準偏差と 7.92 nsのピークtoピーク偏差を表示します。オシロスコープのトリガー入力精度はスルーレートが低くなると低下します。
図23はキャリアから1 MHzまでの広帯域ノイズに対するスペクトラムを示します。シングル・サイドバンド位相ノイズ測定を使い(式19参照)、計算された位相ノイズは0.0676 ラジアンのrms振幅になり、これは約1.075 nsの時間ジッタに相当します。
信号3
この場合、偏差は非常に小さくオシロスコープのトリガ・ジッタ以下です。結果は標準偏差837.3 fs でピークtoピーク偏差5.56 psを示しています。
スペクトラム・アナライザは中心が1 GHzで、スパンが2 MHz.に設定されています。周波数範囲を変える事によりダイナミック・レンジは広くする事はできますが、大きなキャリア信号はスパンから外れます。
キャリア信号から5KHzの点から始まる範囲で図27は広帯域位相ノイズがキャリアから1 MHzまである事を示しています。レファランス・レベルが低過ぎると、図27.図27 に現れている歪みを生じます。正確な結果を得るには、測定をより狭い間隔で行う必要があります。キャリアの10 kHz以内での測定は入力IF段が過負荷にならないリファレンス・レベルでなければなりません。
シングル・サイドバンドの測定を使うと(式19参照)、位相ノイズは1.6 mradと測定されます。これは 255 fsに相当し、オシロスコープのトリガ・ジッタ分解能よりはるかに小さいです。
高速コンバータ
位相ノイズとジッタをAD9235回路に導入しました。得られた結果をスペクトラム・アナライザで確認し、導き出した理論と相関をとりました。AD9235はサンプル・クロック65MでSNR約70 dBcを特徴とする高速A/Dコンバータです。実験はCTS5340テスターで行われました。入力トーンとクロックの両方ともRohde & Schwarz SMGUで生成しました。入力周波数は2.4 MHz に設定しました。又クロック入力を 259.995 MHzに設定し、分周してサンプリング・レート fs ≈ 65 MSPSを生成しました。有効なサンプリング・レートfes ≈ fs/15を生成するため、サンプリング・レートをデシメーションしました。
回路は通常70 dBc程度のSNRになります。ビン1827に折り返される基本波を含む4kFFTを使用した標準的な電力スペクトル密度を図29に示します。
信号Φ(t) = 0.01 sin2π10,000tで基本波を変調しました。得られた結果の電力スペクトル密度を図30に示します。
図30は基本波周辺で変調を意味する対称のピークを示します。FFT のビン幅は約 1057 Hz です。ビンを数えると、主なピークは基本波から9番目と10番目のビンに見つかりますが、これは9.5 kHz と 10.5 kHzの間の変調を意味します。変調項は10 kHzの直接の倍数や非ウインドのFFTではないサンプリング・レートにより拡散されます。小さい信号の変調(変調ピークが 50 dBc以上あるので安全な仮定です)の場合、最初の変調ベッセル項 J1(θd) は約θd/2です。変調項周辺の8つのもっとも高いピークの電力を合計して下記の値を得ます。
PJ1 ≈ 2.0324 × 10−5
θd/2 = √PJ1≈ 0.0045
θd = 0.009
たとえ変調項がスペクトル全体に広がっていても、ほとんどの変調エネルギ-はfc ± fm周辺中心になります。8つの項を合計すれば実際の値の10%以内の近似値になります。
位相ノイズを加えた基本波の電力スペクトル密度を図31に示します。
CTS5340テスターはフィルタ処理した信号を回路基板に送ります。2.4 MHzフィルタの等価ノイズ帯域幅は約300kHzです。帯域制限されたノイズが基本波周辺にはっきりと見られますが、それは2.4 MHz入力トーン上の位相変調されたノイズです。位相ノイズによりSNRは58 dBcとなります。
入力信号のシングル・サイドバンド測定は位相ノイズ1.5 mradを示します。
Prms = A2
Prms = 2.25 × 10−6 = −56.478 dB
従って信号源位相ノイズは回路のテスト結果に一致します。
サンプリング・クロックに加えられたジッタの結果を図33に示します。
この場合電力スペクトル密度のノイズ・フロアは少し上昇しSNRが64 dBcになりました。クロック源は259.995MHzに設定された Rohde & Schwarz SML-01 です。SML-01クロック源のシングル・サイドバンド測定を図34に示します。
クロック源は66.9 mrad の位相ノイズがあります。
Atrms = 0.0669/(2π259.995 × 106)
≈ 40.953 ps
サンプリング・クロックの位相ノイズは約41 psのクロック時間ジッタに相当します。ジッタは2.4 MHz入力信号上の位相ノイズ(ラジアン)に関連させる事ができます。
Atrms = (40.953 × 10−12) × (2π2.4 × 106)
≈ 0.618 mrad
41 psのクロック・ジッタは2.4 MHz基本波上の位相ノイズ0.618 mradに相当します。
Prms = A2rms
Prms = 3.814 × 10−7 = −64.187 dB
サンプリング・クロック上のノイズは回路のテスト結果に一致します。
結論
このアプリケーション・ノートに示した理論により位相ノイズとジッタ間の直接的な関係とそれらの周波数領域の表示が得られます。周波数領域で位相ノイズとジッタの解析を行うとノイズ信号の成分が強調されます。さらに、周波数領域での測定により、より高い周波数で高い分解能が得られます。
参考資料
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