ADALM2000による実習:エンベロープ・ディテクタ

目的

今回は、エンベロープ・ディテクタ(包絡線検波回路)について検討します。エンベロープ(包絡線)というのは、信号波形の輪郭のようなものだと考えればよいでしょう。高い周波数でスイングする信号のピークをつないでいき、より周波数の低い1つの信号波形を生成するようなイメージです。エンベロープの検出は、通信分野のアプリケーションや信号処理のアプリケーションで広く使用されています。代表的な用途としては、振幅変調(AM:Amplitude Modulation)を施した信号の復調処理が挙げられます。今回は、アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」とソフトウェア・ツール「Scopy」を使用して、これらに関する実習を行います。

AMは、電子通信で使用される変調方式の1つです。最も一般的な例としては、無線搬送波(キャリア)を使用して情報を送信するケースが挙げられます。AMでは、送信される変調信号の振幅(信号の強度)が、搬送波に重畳される元の信号の波形に比例して変化します。元の信号(メッセージ信号)というのは、スピーカで再生される音や、テレビのピクセルの光強度に相当します。

一般に、AM信号は以下の式のように表すことができます。

数式 1.

ここで、各変数/定数/式の意味は以下のとおりです。

➤  m (t) = k cos (wmt) :メッセージ信号

➤  c (t) = A cos (wct) :搬送波

➤  k:変調指数(通常、0から1の間で変化)

➤  ωm :メッセージ信号の周波数

➤  A:搬送波の振幅

➤  ωc:搬送波の周波数

エンベロープ・ディテクタは、周波数の高い信号を入力とし、元の信号のエンベロープを出力する電子回路です(ωc≫ωm)。

この回路は、主に以下に示す2つの要素によって構成されます。

  • ダイオード/整流器:受信した信号に含まれる信号成分のうち1 つを、残りの信号成分よりも強調する役割を担います。
  • ローパス・フィルタ:検波/復調後の信号に含まれている高周波成分を除去するために使用します。通常、このローパス・フィルタは非常に単純なRC 回路として構成されます。場合によっては、整流器の後続の回路が備える周波数応答(フィルタとしての性質)を利用するだけで済むこともあります。

準備するもの

  • ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • 抵抗:1kΩ(2個)
  • コンデンサ:1μF(2個)
  • ダイオード:「1N914」(2個)

エンベロープ・ディテクタの例

まずは最もシンプルなエンベロープ・ディテクタを取り上げます。

背景

図1に示したのが、エンベロープ・ディテクタの基本的な構成例です。以下、この回路について検討していきます。

図1. 基本的なエンベロープ・ディテクタ
図1. 基本的なエンベロープ・ディテクタ

この回路で使用しているコンデンサC1は、信号の立ち上がりエッジで電荷を蓄積し始めます。信号が立下がると抵抗R1を介してゆっくりと電荷を放出します。入力信号を受け取るダイオードD1はそれを整流します。このD1は、アノードの電位がカソードの電位よりも高い場合だけ電流を流します。

ハードウェアのセットアップ

実際に、エンベロープ・ディテクタの回路を構築します。図1の回路をブレッドボード上に実装してください(図2)。

図2. 図1の回路を実装したブレッドボード
図2. 図1の回路を実装したブレッドボード

手順

ADALM2000の任意波形ジェネレータ(AWG)を、AM信号を生成する信号源として使用します。ここでは、各パラメータの値を以下のように設定します。

➤ k = 0.5

➤  ωc = 10kHz

➤  ωm = 100Hz

➤ A = 3

AM信号を生成するには、ScopyのMath機能を使用します。まずは、記録長を20ミリ秒、サンプル・レートを75MSPSに設定してください。その上で(1 + 0.5×cos(2×pi×100×t))×3×cos(2×pi×100×100×t)という関数を使用します。それにより、図3のようなAM信号が生成されます。

図3. AWGで生成したAM信号
図3. AWGで生成したAM信号

オシロスコープ機能については、出力信号がチャンネル1に表示されるように設定してください。

ここで、図1の回路からコンデンサ(C1)を取り外して出力信号を観察してみましょう。すると、図4のようなプロットが得られるはずです。

図4. コンデンサのない状態で観測したAM信号。正の半波が得られています。
図4. コンデンサのない状態で観測したAM信号。正の半波が得られています。

コンデンサを接続していない場合、AM信号の0Vを超える部分が維持された信号波形が得られます。つまり、その回路は正の半波整流器のように動作します。

続いて、コンデンサを回路に再度接続してください。その場合、図5のようなプロットが得られます。

図5. 図4の信号のエンベロープ
図5. 図4の信号のエンベロープ

これは、図4に示した正の半波のエンベロープです。この信号は、100Hzのメッセージ信号に、10kHzの搬送波に依存する変動がいくらか含まれたものであることがわかります。

周波数スペクトル

図3~図5に示した信号は、ADALM2000のスペクトル・アナライザ機能を使用することにより周波数領域で表示することもできます。図1の回路の出力には、10kHzの搬送波と100Hzのメッセージ信号の両方の成分が含まれています。そこで、まずはそれらを同時に確認してみましょう。そのためにはチャンネル1を有効にし、掃引範囲を10Hz~15kHzに設定します。その状態でシングル掃引を実行してください。続いて、「Markers」タブでマーカ1、マーカ2を有効にします。また、「Marker Table」も有効にしてください。「Prev Peak」と「Next Peak」を使用して各マーカを移動し、搬送波とメッセージ信号の位置に設定します。このようにして得られるプロットの例を図6に示しました。

図6. メッセージ信号と搬送波のスペクトル
図6. メッセージ信号と搬送波のスペクトル

続いて、掃引範囲を9kHz~11kHzに設定します。すると、図7のような結果が得られます。これを見ると、メインのピークが存在するのは10kHzであることがわかります。つまり、搬送波の周波数にピークが現れるということです。そして、搬送波の両側には変調サイドバンドが見てとれます。それらの周波数は、10kHz ±100Hzの9900Hzと10100Hzになります。

図7. 復調後の搬送波のスペクトル
図7. 復調後の搬送波のスペクトル

次に、掃引範囲を20Hz~180Hzに設定します。すると、図8のような結果が得られます。この場合、メインのピークは100Hzの位置に現れます。つまり、メッセージ信号の成分が観測されます。

図8. 復調後のメッセージ信号のスペクトル
図8. 復調後のメッセージ信号のスペクトル

ここでは、図1に示した基本的なエンベロープ・ディテクタを使用して出力信号の周波数解析を行っています。そのため、メッセージ信号と搬送波の両方が観測されます。AWGで生成した入力信号については、搬送波の振幅の方がメッセージ信号の振幅よりも大きくなるように設定しています。しかし、スペクトル・アナライザで取得した出力信号のプロットを見ると、メッセージ信号の振幅の方が搬送波の振幅よりも大きくなっています(「Marker」のテーブルを参照)。この点には注意してください。

エンベロープ・ディテクタの拡張

次に、図1のエンベロープ・ディテクタを拡張してみましょう。

背景

ここでは、図9に示す回路について考えます。

図9. 正負の電圧に対応するエンベロープ・ディテクタ
図9. 正負の電圧に対応するエンベロープ・ディテクタ

ご覧のように、図1の回路に似た回路を追加してあります。但し、ダイオードの向きが逆である点が異なります。この回路では、負の電圧がRC回路を通過するようになります。

ハードウェアのセットアップ

実際に、拡張版のエンベロープ・ディテクタを構築します。図9の回路をブレッドボード上に実装してください(図10)。

図10. 図9の回路を実装したブレッドボード
図10. 図9の回路を実装したブレッドボード

手順

先ほどの例と同様に、AWGをAM信号の信号源として使用します。ここでは、以下のようにパラメータの値を設定します。

➤  k = 0.5

➤  ωc = 10kHz

➤  ωm = 100Hz

➤  A = 3

AM信号を生成するにはScopyのMath機能を使用します。まず記録長は50ミリ秒に設定してください。その上で(1 + 0.5×cos(2×pi×100×t))×3×cos(2×pi×100×100×t)という関数を使用します。これにより、図11のような波形が得られます(5周期分を表示)。

図11. AWGで生成したAM信号
図11. AWGで生成したAM信号

オシロスコープ機能については、出力信号がチャンネル1に表示されるように設定します。

図9の回路のコンデンサC1、C2を取り外し、出力信号を観察してください。すると、図12のようなプロットが得られるはずです。

図12. コンデンサのない状態で観測したAM信号。正の半波と負の半波が得られています。
図12. コンデンサのない状態で観測したAM信号。正の半波と負の半波が得られています。

コンデンサを接続していない場合、この回路は正の半波整流器と負の半波整流器のように機能します。つまり、追加した回路が負の半波整流器として機能するということです。出力部を2つに分けているので、正の側、負の側が分離された状態で信号が得られます。

続いて、コンデンサを再接続し、信号波形を確認してください。すると、図13のようなプロットが得られるはずです。

図13. 図12の信号のエンベロープ。正の半波と負の半波に対応しています。
図13. 図12の信号のエンベロープ。正の半波と負の半波に対応しています。

それぞれ、正の半波のエンベロープ(図5と同様)と負の半波のエンベロープに相当します。

バイアス回路を備えるエンベロープ・ディテクタ

図1に示したエンベロープ・ディテクタは、ダイオードをベースとする単純なものでした。この回路に、ダイオードの順方向電圧よりも振幅(スイング)が小さい信号が入力されたとします。その場合、ダイオードは十分に、あるいは全く導通しません。ダイオードが完全にオンになっておらず、変調指数が高い(100%に近い)場合には、出力信号の負の部分に大きな歪みが生じます。この問題を回避するためには、ダイオードに小さなDCバイアスを適用します。そうすると、わずかなバイアス電流によって、回路の静止動作のポイントがダイオードのターン・オンのポイントに移動します。

準備するもの

  • ADALM1000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • 抵抗:1.5kΩ(1個、茶 - 緑- 赤)、10kΩ(1個、茶 - 黒 - 橙)、20kΩ(1個、赤 - 黒 - 橙)
  • コンデンサ:1.0μF(2個。C1、C2として使用)
  • NPNトランジスタ:「2N3904」(1個)
  • ダイオード:1N914(1個)

背景

上述した改善方法を適用するために、エンベロープ・ディテクタにバイアス回路を追加します。具体的には、図14に示す回路を構成します。

図14. バイアス回路を追加したエンベロープ・ディテクタ
図14. バイアス回路を追加したエンベロープ・ディテクタ

この回路において、AM信号の入力部は、エミッタ・フォロワとして機能するNPNトランジスタQ1のベースにAC結合されています。抵抗R1、R2から成る分圧器とダイオードD1は、AC結合入力のDCバイアス点を設定するよう機能します(直流再生)。AM信号が入力されていない状態では、Q1のエミッタに現れるDC静止動作のポイント(電圧)は、R1とR2の接合点の電圧からD1の降下電圧とQ1のVBEを引いた値になります。また、D1を介して流れるQ1のベース電流が、順方向のバイアス電流になります。ここで、AM信号が入力されると、正の半サイクルの間はD1がオフになります。その際、AM信号のピークによってフィルタ回路のコンデンサC2が充電されます。一方、AM信号の負の半サイクルにおいては、Q1がオフになります。そして、D1がより強く導通し、入力電流が供給されます。

ハードウェアのセットアップ

バイアス回路を追加したエンベロープ・ディテクタを実際に構築します。図14の回路をブレッドボード上に実装してください(図15)。

図15. 図14の回路を実装したブレッドボード
図15. 図14の回路を実装したブレッドボード

手順

ブレッドボードに実装した回路に5Vの電源を接続してください。

この回路の動作を確認する際には、図1の回路に関する実習と同様の手順で作業を行います。それにより、図1の回路と図14の回路を比較しましょう。ただ、図1の回路で使用した信号よりも、振幅が小さく、変調指数が高いAM信号を生成してください。

それにより、2つの回路の出力を比較します。図14の回路の入出力波形は図16のようになるはずです。

図16. 図14の回路の入出力波形
図16. 図14の回路の入出力波形

問題1

基本的なエンベロープ・ディテクタは、どのような部品によって構成されていましたか。それぞれの役割について説明してください。

問題2

エンベロープ・ディテクタで使用するフィルタの時定数(RC)は、その性能にどのような影響を及ぼしますか。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。