ADALM2000による実習:FM検波器

目的

今回は、まず周波数変調(FM:Frequency Modulation)とFM検波器(FM Detector)の基本原理について説明します。その上で、受信したFM信号から情報を検出するために用いられる様々な回路について検討します。

背景

効果的な通信を行うためには、1つの重要な要件を満たす必要があります。それは、送信者と受信者が、どのような通信チャンネルを使用するのかを明らかにしておくというものです。その上で、送信者はメッセージを符号化(Encode)し、受信者に送信します。受信者は、そのメッセージを受信したら復号化(Decode)の処理を行います。これと似たようなプロセスはFM通信でも行われます。FM通信においては、送信されたFM信号を受信したら、情報を取得するために復調(Demodulation)を実施する必要があります。

図1. FM信号の復調
図1. FM信号の復調

FM検波器は、搬送波信号(キャリア信号)からの周波数の変化を瞬時に出力電圧の変化に変換する回路です(図1)。FM復調器、周波数復調器あるいは周波数弁別器とも呼ばれます。FM検波器の伝達関数は非線形です。ただ、線形に動作する範囲の伝達関数は次のように表せます。

数式 1.

ここで、各変数の意味は以下のとおりです。

➤  VOUT :情報を表す出力電圧(単位はV)

➤  fINPUT :FM入力信号(単位はHz)

➤  Kd :伝達関数(単位はV/Hz)

FM検波器に入力されるのは、振幅が一定で周波数が変化する信号です。FM検波器の回路は、その瞬間的な周波数の変化を振幅の変化に変換します。つまり、出力における各電圧レベルは、入力における瞬時周波数の変化を表現していることになります。FM検波器の伝達関数の単位はV/Hzです(図2)。

振幅変調(AM:Amplitude Modulation)と同様に、FMにも変調指数が存在します。変調指数は、周波数偏移を変調周波数で割った値です。ここで、周波数偏移とは、変調信号によって生成される搬送波の周波数の変化量のことです。つまり、変調指数は次のように定義されます。

数式 2.

ここで各変数の意味は以下のとおりです。

➤  Δf:周波数偏移

➤  fm:変調周波数

➤ m:変調指数

AMと同様に、FMの変調指数mはピーク周波数偏移を表す指標です。つまり、ピーク周波数偏移を最大変調周波数の倍数として表します。

図2. FM信号のサンプル
図2. FM信号のサンプル

ここで、搬送波信号の周波数が1kHz、変調周波数が100Hz、変調指数が3であるケースを考えます。その場合、変調指数の定義からピーク周波数偏移は300Hzです。つまり、周波数は700Hz~1300Hzで変化することになります。また、変調周波数から周期が完了する速度を求めることもできます。

FM検波器には様々な種類のものがあります。例えば、以下に列挙するようなものが存在します。

  1. スロープ検波器
  2. フォスター・シーレ弁別器
  3. 無線検波器
  4. パルス平均化弁別器
  5. 直交検波器
  6. フェーズ・ロック・ループ(PLL)

以下では、FM検波器の基本的な機能について簡単に説明します。そのための例として、まずはスロープ検波器を取り上げることにします。

スロープ検波器

スロープ検波器は、最もシンプルな構成のFM検波器です。これは、シングルエンド・スロープ検波器としても知られています。スロープ検波器は、同調回路(tuned-circuit)をベースとする周波数復調器の一種です。この回路では、インダクタとコンデンサで構成した同調回路を使用してFM信号をAM信号に変換します。その上で、直列に接続されたダイオードとコンデンサ(ピーク検波器)を使用し、AM信号のエンベロープから情報を抽出します。スロープ検波器は、FM機能を備えていないものを含めて任意の無線システムで使用できます。スロープ検波器は、レシーバーの選択度に依存します。その回路の動作は、同調回路をベースとするあらゆる弁別器の基本になります。言い換えれば、スロープ検波器は、同調回路をベースとする標準的な周波数弁別器の基本的な要素で構成されます。つまり、同調回路とダイオードをベースとするピーク検波器で実現されるということです。図3、図4に、一般的なスロープ検波器の回路例を示しました。

図3. 基本的なスロープ検波器
図3. 基本的なスロープ検波器
図4. トランスを使用しないスロープ検波器
図4. トランスを使用しないスロープ検波器

ご覧のように、スロープ検波器の回路はシンプルです。但し、電圧の周波数特性が非常に非線形になるので、実際にはほとんど使用されません。図5に、スロープ検波器における電圧と周波数の関係を示しました。

図5. スロープ検波器における電圧と周波数の関係
図5. スロープ検波器における電圧と周波数の関係

スロープ検波器の派生回路として、バランスド・スロープ検波器というものがあります。これは、シングルエンド・スロープ検波器を2つ並列に接続したものです。各検波器には位相が180°ずれた信号が供給されます。

手順

図6の回路に対応するシミュレーション・ファイルを開きます。この回路の入力部にはFM信号を印加します。変調周波数は1kHz、搬送波信号は20kHz/5V、変調指数は5としましょう。コンデンサC1とインダクタL1で構成される同調回路は、FM/AM変換を実行します。また、ダイオードD1、抵抗R2、コンデンサC2で構成されるピーク検波器は、AM信号のエンベロープから情報を抽出します。シミュレーション・ファイルを実行すれば、各信号の波形を確認することができます。

図6. スロープ検波器のシミュレーション用回路
図6. スロープ検波器のシミュレーション用回路

具体的には、図7のような波形が得られるはずです。

図7. 図6の回路のシミュレーション結果
図7. 図6の回路のシミュレーション結果

他の種類のFM検波器

ここまで、スロープ検波器について詳しく解説してきました。それにより、FM検波器の動作を理解していただけたはずです。以下では、他の種類のFM検波器について解説していくことにします。

フォスター・シーレ弁別器と無線検波器

従来、フォスター・シーレ弁別器と無線検波器は、FM復調器として広く使われていました。一般的にディスクリート部品で構成されていた無線レシーバーに対応するものとして使用されていたのです。図8に示したのがフォスター・シーレ弁別器の回路図です。図9には無線検波器の回路図を示しました。一見すると、両者は似たような回路だと感じられるかもしれません。例えば、どちらもRFトランスと2つのダイオードを備えています。ただ、フォスター・シーレ弁別器には、無線検波器で使われている3つ目の巻線がありません。その一方で、無線検波器には存在しないRFチョークが使用されています。

図8. フォスター・シーレ弁別器
図8. フォスター・シーレ弁別器
図9. 無線検波器
図9. 無線検波器

どちらの検波器も、ディスクリート部品を使用することで簡単に構成できます。しかも、高い性能と直線性を達成可能です。フォスター・シーレ弁別器では、無線検波器と比べて、より大きく歪みの小さい出力が得られます。一方、無線検波器はフォスター・シーレ弁別器と比べて、振幅ノイズに対する耐性が高く、より広い帯域幅を実現できます。但し、これらのFM検波器には欠点があります。それは、コストが高くICに集積しにくいトランスが必要になるというものです。このことから、現在では限られた用途でしか使用されていません。


パルス平均化弁別器

パルス平均化弁別器は、ゼロ・クロス検出器、ワンショット・マルチバイブレータ、ローパス・フィルタを使用して構成します。それにより、元の変調信号を復元します。図10に、パルス平均化弁別器のブロック図を示しました。図11に示したのは、各点の信号波形です。

図10. パルス平均化弁別器のブロック図
図10. パルス平均化弁別器のブロック図

パルス平均化弁別器は非常に品質の高いRF検波器です。ただ、その用途は高価なテレメトリ・アプリケーションや産業用の制御アプリケーションに限定されていました。しかし、低コストのICが提供されるようになったことから、この構成のRF検波器も容易に実装できるようになりました。そのため、現在では多くのエレクトロニクス製品で使われています。

図11. 図10の回路の各点の信号波形。(a)はFM入力信号、(b)はゼロ・クロス検出器の出力、(c)はワンショット・マルチバイブレータの出力、(d)は弁別器の出力(元の変調信号)です。
図11. 図10の回路の各点の信号波形。(a)はFM入力信号、(b)はゼロ・クロス検出器の出力、(c)はワンショット・マルチバイブレータの出力、(d)は弁別器の出力(元の変調信号)です。

直交検波器

直交検波器は、恐らく最も広く使われているFM検波器です(図12)。位相シフト回路を使用し、変調されていない搬送波周波数に対して位相が90°シフトした信号を生成します。この直交検波器は、主にテレビ放送の復調に使われています。それだけでなく、一部のFMラジオ局でも使用されています。

図12. 直交検波器のブロック図
図12. 直交検波器のブロック図

PLL

フェーズ・ロック・ループ(PLL)は、周波数または位相の検出機能を利用するフィードバック制御回路です。通常は、位相検出器、ローパス・フィルタ、VCO(Voltage-controlled Oscillator)という3つの基本要素によって構成されます(図13)。その代表的な用途としては、周波数復調や周波数シンセサイザが挙げられます。それ以外にも、様々なフィルタや信号検出のアプリケーションで使用されています。

図13. PLLのブロック図
図13. PLLのブロック図

FM検波器としてのPLLの使用方法は(PLLの動作が関係しますが)、恐らく最もシンプルで最も容易に理解できるはずです。PLLを使用すれば、周波数を選択してフィルタリングを実施することができます。そのため、他の種類のFM検波器よりも高いS/N比が得られます。PLLの動作の詳細については、「ADALM2000による実習:PLLの基礎」をご覧ください。

問題

図6に示したスロープ検波器において、コンデンサC2の値を0.001μFに変更すると出力信号はどのようになるでしょう。0.1μFに変更するとどうなりますか。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。