ADALM2000による実習:パルス発振器

目的

今回のテーマはパルス発振器(Pulsed Oscillator)です。ここで言うパルス発振器とは、発振信号を出力する期間を、入力した矩形波によって制御可能な回路のことです。つまり、入力したパルスによってゲーティングが実現され、限られた期間だけ短いサイクルのバースト信号が出力されます。そのような回路を実際に構築し、動作を確認してみましょう。

背景

前回までに紹介した発振器は、所定の周波数の正弦波を出力し続けます。つまり、信号を出力する期間が定まっているわけではありません。それに対し、レーダーなどで使われる電子回路では、一定の期間だけ発振器の機能をオンにした後、再び信号が必要になるまでオフの状態を維持する必要があります。そのような機能を実現するのが、本稿で紹介するパルス発振器(またはリンギング発振器)です。この種の発振器も、前回までに紹介した回路と同様に正弦波信号を出力します。ただ、オンとオフの状態の切り替え/維持が可能であり、特定の期間だけ信号を出力するように制御することができます。図1に示すのがパルス発振器の回路例です。ご覧のように、トランジスタQ1のエミッタにインダクタL1とコンデンサC1から成る共振タンク回路が接続されています。この回路において、VGATEに正のパルス信号が入力されると、Q1が完全に導通してL1に電流が流れます。この状態では発振は生じません。一方、負のパルス信号(これをゲートと呼びます)が入力されると、Q1がオフになります。それによって、タンク回路の発振(またはリンギング)が生じます。この発振は、ゲートの終了またはリンギングの消滅(停止)のうち、どちらかが生じるまで継続します。

図1. パルス発振器の回路
図1. パルス発振器の回路

この回路の動作を理解するために、タンク回路のQ値が十分に高く、減衰は生じないと仮定しましょう。入力されるゲートが負になったときには(T0からT1の期間とT2からT3の期間)、発振回路としての出力が得られます。一方、残りの期間(T1からT2の期間)はトランジスタが完全に導通するので出力は得られません。つまり、入力されるゲートの幅は、出力信号が得られる期間を制御する役割を果たします。例えば、ゲートの幅を広くとると、発振(リンギング)出力が得られる期間が長くなります。

タンク回路の共振周波数は以下の式で得られます。

数式 1.

パルス発振器としては、用途に応じて様々な回路構成のものを使用できます。図1に示した回路は、エミッタ負荷型のパルス発振器と呼ぶことができます。タンク回路をコレクタに接続すれば、コレクタ負荷型のパルス発振器を構成可能です。エミッタ負荷型とコレクタ負荷型の発振器の違いは出力信号に現れます。NPNトランジスタを使用してエミッタ負荷型のパルス発振器を構成した場合、最初のサイクルは負の電圧から始まります。一方、コレクタ負荷型のパルス発振器の最初のサイクルは正の電圧から始まります。なお、PNPトランジスタを使用した場合、エミッタ負荷型でもコレクタ負荷型でも、最初のサイクルはNPNトランジスタを使用する場合と逆相になります。

ここまで、フィードバックについて言及されていないことに気付いた方もいるでしょう。一般に、発振を維持するためには回路に正帰還を設けることが必須です。それに対し、本稿で紹介しているパルス発振器には正帰還が存在しません。この回路が信号を出力する期間はごく短いので、このような構成を採用しています。しかし、入力するゲート(トランジスタをオフにする)の幅を少し広くとると、フィードバック機構が存在しないことから、ゲートの周期の終わりが近づくにつれて正弦波の振幅が低下(減衰)していきます。つまり、長時間の発振が必要な用途でこの回路を使用する場合、フィードバック機構を追加しなければなりません。その回路は、フィードバック機構によって必要な時間だけ発振期間が維持される点を除けば、図1の例と同じ原理で動作することになります。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • 小信号NPNトランジスタ:「2N3904」(1個)
  • 抵抗:470kΩ(1個)
  • インダクタ:100μH(1個)
  • コンデンサ:100pF(1個)、0.1μF(1個

説明

図2に示すパルス発振器の回路をソルダーレス・ブレッドボード上に実装します。図中の青色のボックスは、ADALM2000の任意波形ジェネレータ(AWG)、オシロスコープのチャンネル、電源を接続する個所を表しています。電源を投入する前に、必ず配線の再確認を行ってください。

図2. 実習に使用するパルス発振器の回路
図2. 実習に使用するパルス発振器の回路

ハードウェアの設定

ピークtoピークの振幅が1.4V、オフセットがゼロの矩形波が生成されるようにAWG1を設定します。周波数は50kHz、デューティ・サイクルは50%(矩形波のハイの期間が周期の50%)に設定してください。オシロスコープの両入力の表示については、いずれも500mV/div、2マイクロ秒/divに設定します。また、チャンネル1の立下がりエッジでトリガをかけるように設定を行ってください。実装済みのブレッドボードは図3に示すようなものになります。

図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード

手順

電源電圧(5V)を投入し、AWGを起動します。その状態で出力信号の波形を観察してください。AWG1の矩形波の立下がりエッジから始まり、立ち上がりエッジで終わる数サイクルの正弦波(バースト信号)が表示されるはずです(図4)。

図4. パルス発振器の信号波形。ソフトウェア・ツール「Scopy」で取得しました。
図4. パルス発振器の信号波形。ソフトウェア・ツール「Scopy」で取得しました。

出力される正弦波は、グラウンド(0V)を中心として正負に振れていることに注目してください。正弦波を確認できたら、その周波数を測定しましょう。また、正弦波(バースト信号)の最初と最後のサイクルにおけるピークtoピークの振幅も測定します。バーストが開始してから終了するまでの間に、振幅がどのくらい減衰するのかを確認してください。

問題1

パルス発振器とはどのようなものなのか、簡単に説明してください。

問題2

パルス発振器は一般的にはどのような用途で使用されますか。いくつか例を挙げてください。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。