ADALM2000による実習:ポリフェーズ・フィルタ

目的

今回は、直交信号の生成手段として用いられるポリフェーズ・フィルタ(polyphase filter)について検討します。具体的には、差動型の同調アンプを拡張することで、実際にポリフェーズ・フィルタ(ポリフェーズ・アンプ)を構成します。その回路を使用し、入力信号を基にして4つの直交位相成分(90°刻み)を生成してみます。

背景

今日のデジタル通信システムの多くは、振幅変調と位相変調の両方の技術を活用しています。このことから、最新型のワイヤレス・トランシーバーでは、そのアーキテクチャにおいて直交周波数変換が一般的に使用されています。

ADL5380」など、多くの直交復調器にはポリフェーズ・フィルタが実装されています。図1は、1次のポリフェーズ・フィルタを簡略化して示したものです。この単純な回路は、RC回路を相補的に組み合わせることで構成されています。この回路には、図中にLO I(0° )とLO Q(90° )として示した2つの出力が存在します。入力から一方の出力へのパスでは、ローパス伝達関数により、コーナー周波数において位相が-45°シフトします。もう一方の出力へのパスでは、ハイパス伝達関数によってコーナー周波数における位相が45°シフトします。したがって、これら2つの出力の間では最終的な位相差が90°になります。2つのパスで使用しているRとCの値が一致している場合、2つのパスのコーナー周波数は等しくなります。この回路において重要なことは、一方の出力が、あらゆる周波数に対して90°の位相差で他方の出力を追従することです。2つの出力信号の相対的な振幅は、2つのRCパスのコーナー周波数(-3dB)においてのみ等しくなります。

図1. 1次のポリフェーズ・フィルタ
図1. 1次のポリフェーズ・フィルタ

サイドバンド除去に対応するヘテロダイン・レシーバーでは、直交局部発振(LO)信号を生成する機能ブロックが重要になります。同相信号と、位相が90°シフトした直交信号の位相の正確さは直交精度という指標で評価されます。この直交精度により、レシーバーの感度を決定する重要な仕様であるイメージ除去比(IRR:Image Reject Ratio)が決まります。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • コンデンサ:1nF(2個。102と記載されているもの)
  • 抵抗:1kΩ(2個)

説明

まずは図1の単純なポリフェーズ・フィルタを構成してみます。図2に示したのが、実習に使用する回路です。

図2. 実習で使用するポリフェーズ・フィルタ
図2. 実習で使用するポリフェーズ・フィルタ

ハードウェアのセットアップ

図2の青色の四角形は、ADALM2000の任意波形ジェネレータ(AWG)とオシロスコープのチャンネルを接続する個所を表しています。この回路をソルダーレス・ブレッドボード上に実装してください(図3)。

図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード

セットアップが完了したら、ソフトウェア・ツール「Scopy」のネットワーク・アナライザ機能を起動します。そして、10kHzから30MHzまでの範囲で周波数掃引を実施するための設定を行ってください。振幅は2V、オフセットは0Vに設定しましょう。次に、オシロスコープのチャンネルに対応するドロップダウン・メニューにおいて、「Use Channel 1 as reference」のボックスにチェックを入れてください。その上で、一方の出力パスに対するもう一方の出力パスの位相を測定してください。測定結果は図4のようになるはずです。

図4. ネットワーク・アナライザ機能で取得した測定結果
図4. ネットワーク・アナライザ機能で取得した測定結果

手順

使用しているRとCの値に基づき、あらかじめRCフィルタのコーナー周波数の値(予想値)を計算しておいてください。その上で、周波数掃引を一度実行し、実測データを取得します。得られたデータは、後でMATLAB®やExcelで使用できるように、.csvファイルとして保存しておきましょう。

差動型のポリフェーズ・アンプ

次に、NPNトランジスタを使用して構成した差動型の同調アンプについて考えます。ここでは、差動出力の負荷として2次のLCフィルタ(ローパス・フィルタとハイパス・フィルタ)を追加します。それにより、入力された正弦波信号に対し、90°ずつ位相がずれた4種(0°、90°、180°、270°)の信号を生成することができます。

図5. 差動型のポリフェーズ・アンプ
図5. 差動型のポリフェーズ・アンプ

準備するもの

  • ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • マッチングのとれたNPNトランジスタ・ペア(Q1、Q2):「SSM2212」(1個)
  • NPNトランジスタ(Q3、Q4):「2N3904」(2個)
  • インダクタ:100μH(2個)、それ以外の様々な値のインダクタ
  • コンデンサ:1nF(2個。102と記載されているもの)、0.1μF(2個。104と記載されているもの)
  • 抵抗:10Ω(2個)、150Ω(2個)、470Ω(2個)、1kΩ(3個)、10kΩ(1個)
  • 必要に応じてその他の抵抗とコンデンサ

説明

図5に示したのが実習に使用する回路です。Q1、Q2のNPNトランジスタとしては、マッチング・ペア・トランジスタのSSM2212を使用します。Q3、Q4のNPNトランジスタとしては2N3904を使用します。インダクタL1、L2の値は100μH、コンデンサC1、C2の値は1nFとします。抵抗R1、R2については値の等しいものを使用します。ここでは470Ωの抵抗を使用することにしましょう。同様に、R3、R4としてはどちらも150Ωの抵抗を使用してください。

ハードウェアのセットアップ

図5の青色の四角形は、ADALM2000のAWG、オシロスコープのチャンネル、電源を接続する個所を表しています。電源を投入する際には、適切に配線されていることを再確認してください。この回路をソルダーレス・ブレッドボード上に実装します(図6)。

図6. 図5の回路を実装したブレッドボード
図6. 図5の回路を実装したブレッドボード

5Vと-5Vの電源は、Scopyの電源制御ウィンドウを使って投入/遮断します。また、Scopyのネットワーク・アナライザ機能を起動し、100Hzから30MHzの範囲で周波数掃引を実施するための設定を行ってください。振幅は1V、オフセットは0Vとしましょう。

手順

まず、使用しているLとCの値に基づき、LCフィルタのコーナー周波数(予想値)を計算しておきます。

続いて、回路の電源を投入します。オシロスコープの入力チャンネル2を、ACカップリング・コンデンサ(図5のC4)を介してR1、R2、R3、R4の片端(4つの出力)に順次接続してください。周波数掃引を一度実行し、得られた波形をスナップショットとして保存します。その上で、各出力の相対的なゲインと位相応答を比較してください。周波数掃引によって得られたデータは、後でMATLABやExcelによって詳細に分析できるように、.csvファイルとしてエクスポートしておきましょう。

ソフトウェア計測器であるオシロスコープ機能とファンクション・ジェネレータ機能(時間領域)を使用し、AWGの周波数を共振周波数に設定してください。振幅はピークtoピークで1Vとします。オシロスコープのチャンネル1でトリガし、4つの出力の相対的な振幅と位相を観察します。また、チャンネル2の各波形をリファレンス・チャンネルとして保存し、各出力の振幅と位相を比較してください。図7~図10のような結果が得られるはずです。

図7. 位相シフトが0°の信号波形
図7. 位相シフトが0°の信号波形
図8. 位相シフトが90°の信号波形
図8. 位相シフトが90°の信号波形
図9. 位相シフトが180°の信号波形
図9. 位相シフトが180°の信号波形
図10. 位相シフトが270°の信号波形
図10. 位相シフトが270°の信号波形

問題

ポリフェーズ・フィルタを使用するアプリケーションの実例をいくつか挙げ、その概要を説明してください。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。アカデミック・プログラムや、Circuits from the Lab®向けの組み込みソフトウェア、QAプロセス・マネジメントなどに携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務しています。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。