直交する視点

質問:

パーソナル移動プラットフォーム用の自動平衡誘導制御 システムに、MEMS慣性計測ユニット(IMU)を使おう と思っています。すべてのコア・センサー素子が同一の シリコン・チップ上に配置されていれば、民生用IMUで も各センサー間のアライメント誤差はないと考えてよい でしょうか。

RAQ: Issue 142

回答:

答えはノーです。一般に、アライメント誤差がないと考えるのは危険です。工業用IMUは、最適なパッケージングと補正が行われた信頼性の高いディスクリート・センサーを使用しているため、同一シリコン・チップ上に配置された民生用IMUよりもはるかに良好なアライメント精度を備えています。

民生用IMUと工業用IMUでは、軸アライメントの仕様が異なります。民生用IMUでは、通常、すべてのミスアライメント誤差が1つの交差軸感度仕様にまとめられています。最近発売されたADIS16490のような工業用IMUでは、2つの異なる仕様、つまり軸間ミスアライメント誤差と軸-パッケージ間ミスアライメント誤差を使って、より直接的にアライメント精度仕様が規定されています。軸-パッケージ間ミスアライメント誤差は、各軸のアライメントとIMUパッケージ内の機械的特性の関係がどれだけ良好に保たれているかを示します。軸間ミスアライメント誤差は、各加速度センサーおよびジャイロ・センサー軸の実際のアライメントと、理想的な直交関係との差がどれだけあるかを示します。これは、軸間ミスアライメント誤差が直交誤差と呼ばれる理由でもあります。

交差軸感度(Cross-Axis Sensitivity: CAS)と軸間ミスアライメント誤差(Axis-to-Axis MisAlignment Error:A2A_MAE)間の数学的関係は次のように表せます。

Equation 1

非直交性による影響は、各センサーのセンサー軸間に生じるか、センサーとエンクロージャ間のパッケージ・ミスアライメントから生じます。工業用IMUでは、これらの仕様は、すべて工場補正後の値としてデータシートに記載されています。ディスクリート・コンポーネントの交差軸感度仕様は、PCBに対する組立てのばらつきを考慮していません。

理想的としてはには、ジャイロ・センサーおよび加速度センサー内の複数の軸は、相互に直角になっていなければなりません。しかし、多軸のジャイロ・センサーや加速度センサーは1つのディスクリートMEMSコンポーネントとして設計できるので、各軸が互いに完全に90°になっている、と考えるのは犯しがちな誤りです。確かに、これらのデバイスのすべての慣性センサーは1つのシリコン・チップ上に組み込まれていますが、どうしても製造時のばらつきによる誤差が蓄積され、直交誤差が生じてしまいます。したがって、最終的な等価アライメント精度は、完全補正済みの工業用IMUと比較して、それほど高いものではありません。

一般に、民生用デバイスの交差軸感度は、1%~5%の範囲にあるものがほとんどです。この関係を使用すると、等価軸間ミスアライメント誤差は0.57°~2.87°の範囲となりますが、この誤差の大きさであればミリラジアン(0.057°)単位でも定義できます。工業用IMUは、一般にこれよりはるかに高い精度を備えています。この関係に基づいて工業用IMUの軸間ミスアライメント誤差0.018°を等価交差軸感度に換算すると、0.031%となります。

Equation 2

ADIS16489 は工業用IMUですが、すべての慣性センサーが1つのシリコン・チップ上に組み込まれているわけではありません。これは明らかに不利な点ですが、それでも、最良の民生用デバイスの約32倍という高い精度を備えています。

非直交性誤差の影響を理解するために、加速度センサーの1軸が正確に上方を指していて、デバイスは完全な水平状態にあるものと仮定します。z軸上にあるこの加速度センサーは、重力のすべての影響を正確に測定します。他の2軸も完全な直交位置にあるとすると、それらの軸では重力のベクトルは測定されません。しかし、非直交性誤差がある場合は、これら2つの水平軸でも重力ベクトルの一部が測定されます。例えば、デバイスの交差軸感度が1%の場合、重力に対するその等価応答は10mgとなります。これは0.6°の等価アライメント誤差に相当します。逆に、垂直軸が水平面に対して完全に直角でない場合、垂直軸上で測定される重力ベクトルは実際の値よりも小さくなります。

Figure 1
図1 . 3 軸が理想的な直交関係にある左のケースでは、
ベクトルの真の影響が反映されますが、非直交性誤差があると、
すべての軸の回転や力にずれが生じます。

直交性誤差は、加速度センサーの合計誤差の中でも特に安定した成分です。したがって、これらの誤差は1回の補正に基づいて修正することができます。加速度センサー軸ペアの直交性誤差を決定するには、加速度センサーが考え得るすべての90°方向の空間内を回転する時の、重力に対する各軸の静的応答を測定します。これは、高精度のジンバル・マウントか、既知の直交面を使って測定できます。

コンポーネントをPCB上に組み付けた後で、すべての動作条件にわたって直交誤差を効果的に補正するのは難しい課題です。慣性センサーの補正では、適切に管理されたモーション・プロファイルに従った環境下にデバイスを置いて、各センサーの応答を観測する必要があります。これらのタイプのモーション・プロファイルの多くは、高度に特化された機器と、それを長時間にわたり効果的に操作するための技術を必要とします。取り付けのため事前に補正されている工業用IMUと異なり、PCB上に取り付けられたそれぞれの民生用MEMSデバイスでは、他のセンサーや環境性能、温度などに対する補正が必要です。

3つのジャイロ・センサー軸と3つの加速度センサー軸で構成される工業用IMUの性能は、頑丈なモジュール内のミニPCBへディスクリート・コンポーネントを組み付けた後に行われる、製造工程内の補正ステップによって得られます。この1回の工場補正で、MEMSデバイス自体の非直交性だけではなく、組み立てに関係するスキューも確認して補正します。これによって、組立てのばらつき、交差軸誤差、および温度に関連する誤差が最小限に抑えられます。ADIS16489は工場で補正されているので、プラットフォーム安定化アプリケーション、ナビゲーション・アプリケーション、あるいはロボット工学アプリケーションなどでの軸アライメント誤差が最小限に抑えられます。ADIS16489は、デジタル3軸ジャイロ・センサーと3軸加速度センサーによって、わずか±0.018°の軸間ジャイロ・センサー・ミスアライメント誤差と、±0.035°の加速度センサー軸間誤差を実現しています。これらの高性能センサー・パラメータに加えて、ADIS16489には、内部回路を湿気から保護するためのパリレン・コーティングも施されています。

著者

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Ian Beavers

Ian Beaversは、アナログ・デバイセズ(ノースカロライナ州、ダーラム)の航空宇宙および防衛システム・チームのフィールド・アプリケーション・エンジニアおよびカスタマ・ラボ・マネージャです。1999年以来、アナログ・デバイセズで勤務しています。半導体業界で25年以上の経験を積んでいます。ノースカロライナ州立大学で電気工学の学士号を、ノースカロライナ大学グリーンズボロ校でM.B.A.の学位を取得しました。