電圧監視ICを使いこなす ——電源のノイズやグリッチの影響を回避するには?

概要

電圧監視IC(Voltage Supervisor)は、マイクロコントローラなどの電源を監視して、障害の発生を検出するために用いられます。何らかの問題が検出されたら、マイクロコントローラをリセット・モードに移行させることで、システムのエラーや誤動作を防止することが可能になります。結果として、マイクロコントローラをベースとするシステムの信頼性を高めることができます。しかし、一般的な電源には、ノイズ、電圧トランジェント、グリッチといった不完全性が存在します。それが原因で、本来は不必要なリセット処理が行われ、システムの動作に悪影響が及ぶ可能性があります。では、電圧監視ICを使用する際には、そうした事象にどのように対処し、システムの性能と信頼性を向上させればよいのでしょうか。本稿では、これについて詳しく解説します。

はじめに

アプリケーションの中には、データの演算や処理にFPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)、マイクロプロセッサ、DSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)、マイクロコントローラといった高性能のICを必要とするものがあります。そうしたアプリケーションは、安全で信頼性の高いICの動作を拠り所としています。各種のICは、特定の電源電圧の範囲内でしか適切に動作しません。つまり、各ICに適用する電源の要件は厳しくなります1。電圧監視ICは、システムの信頼性を高める上で有用なソリューションです。その種のICを利用すれば、低電圧や過電圧など、電源に予期せぬ障害が発生した場合に、システムを即座にリセット・モードに移行させることができます。しかし、電源電圧の監視には常に厄介な問題が伴います。電源電圧には、電源回路自体から発生するノイズや、電圧トランジェント、グリッチなどの成分が含まれるからです。それらは、誤ったリセット動作を引き起こす原因になり得ます。

電圧監視ICは、電源の望ましくないノイズ、電圧トランジェント、グリッチに対処するために様々なパラメータを使用します。本稿では、それらのパラメータについて詳しく説明します。また、システムの信頼性を向上させるために電源を監視する際、それらのパラメータによって電圧監視ICの機能の信頼性がどのように向上するのかを明らかにします。

電源のノイズ、電圧トランジェント、グリッチ

上述したように、電源には不完全性が存在します。電源回路では、使用する部品から発生するノイズ、他の電源回路からもたらされるノイズ、システムから発生するその他のノイズに起因するアーティファクトが必ず生じます。それらのノイズは、電源回路が生成するDC電圧に結合します。スイッチング方式の電源(SMPS:Switch-mode Power Supply)を使用してDC電圧を生成する場合、そのような問題はより顕著になる可能性があります。SMPSを使用する場合、その動作に伴い、スイッチング周波数にリップルが生成されます。また、スイッチング動作(パワーMOSFETが高速にオン/オフする)によって電圧が遷移する際には、周波数の高いスイッチング・トランジェントも発生します。図1に示したのは、電圧監視IC「MAX705」を使用する例です。この例では、同ICによって、マイクロコントローラに電圧を供給するスイッチング・レギュレータの出力を監視します。それにより、電源回路に障害が発生していないかどうかを確認するということです。

図1. 電圧監視ICの使用例。MAX705によって、マイクロコントローラに給電を行うスイッチング・レギュレータの出力を監視します。
図1. 電圧監視ICの使用例。MAX705によって、マイクロコントローラに給電を行うスイッチング・レギュレータの出力を監視します。

電源回路では、定常状態の動作に伴って発生するノイズのアーティファクトだけでなく、より顕著な電圧トランジェントが生じることがあります。通常、電源回路の起動中には、フィードバック・ループの応答に関連するオーバーシュートが出力電圧に現れます。その後、出力が安定した状態に達するまでは電圧のリンギングが継続して生じます。このリンギングは、フィードバック・ループの補償値が最適化されていない場合には悪化する可能性があります。トランジェントが生じている期間または負荷が変化している期間には、電圧のオーバーシュートとアンダーシュートも観測されます。現実のアプリケーションでは、複雑な処理を実行するために、負荷に対してより多くの電流を供給しなければならないことがあります。このことは、電圧のアンダーシュートにつながります。一方、負荷が瞬時に軽くなる(高速のランプ・レートで軽くなる)と、電圧のオーバーシュートが発生します。更に、外的な要因によって、電源電圧には短時間にわたるグリッチが発生する可能性もあります。図2は、様々な状況に応じて電源電圧に生じる変動について説明したものです。ご覧のように、様々な電圧トランジェントやグリッチが発生する可能性があります。

図2. 電源電圧に現れる変動。電圧トランジェントやグリッチは様々な状況で観測される可能性があります。
図2. 電源電圧に現れる変動。電圧トランジェントやグリッチは様々な状況で観測される可能性があります。

システム内では、電源電圧とは関係のない電圧トランジェントが発生することがあります。これは、機械的なスイッチ、導電性カードのようなユーザ・インターフェースの影響によって生じるものです。例えば、スイッチをオン/オフすると、入力ピン(例えばマニュアル・リセット・ピン)に電圧トランジェントやノイズが加わることがあります。電源のノイズ、電圧トランジェント、グリッチが過大である場合、その値が、電圧監視ICで低電圧/過電圧を判定するための閾値を超える可能性があります。このことについて十分に考慮することなく設計された回路では、誤ってリセット機能がトリガされてしまうかもしれません。その結果、発振のような振る舞いや不安定な状態が生じてしまう可能性があります。そのような事象は、システムの信頼性の面で望ましいものではありません。

電圧監視ICは、どのようにしてノイズやトランジェントの問題に対処し、システムに害をもたらすリセット動作を防ぐのでしょうか。その鍵を握るのは、いくつかのパラメータです。それらのパラメータは、電源や監視電圧に関連するトランジェントをマスクするために使用されます。具体的には、リセット・タイムアウト期間(Reset Timeout Period)、リセット・スレッショルド・ヒステリシス(Reset Threshold Hysteresis)、持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブ(Reset Threshold Overdrive vs. Duration)といったパラメータが用いられます。一方、マニュアル・リセット・ピンの押しボタン・スイッチのような機械的な接点に関連するトランジェントについては、マニュアル・リセット・セットアップ時間(Manual Reset Setup Period)とデバウンス時間(Debounce Time)によってマスクすることができます。これらのパラメータを使用することで、トランジェントやグリッチの影響を回避して電圧監視ICの機能の堅牢性を高めることができます。その結果、システム全体の望ましくない応答を避けることが可能になります。

リセット・タイムアウト期間

電源の起動時や電源電圧が低電圧の状態から上昇して閾値を超える際には、リセット信号がデアサートされる前に確保(追加)される時間があります。これをリセット・タイムアウト期間tRPと呼びます2。図3に示したのはその一例です。この例は、監視の対象となる電圧(電源電圧VCC)が低電圧の状態や起動時の状態から閾値に達した後、アクティブ・ローのリセットがハイになる(デアサートされる)までに確保される遅延時間を表しています。この追加の時間により、監視対象の電圧が安定するまでの余裕が生まれます。それにより、システムをイネーブルにする(またはリセット・モードを解除する)前に、オーバーシュートやリンギングをマスクすることができます。リセット・タイムアウト期間は、システムが誤ってリセットされる状況を回避するために使用されます。それにより、発振や誤動作を防止できるので、システムの信頼性が高まります。

図3. リセット・タイムアウト期間(tRP)。この時間は、電源電圧が安定するまでシステムをリセット・モードに維持するために使用されます。
図3. リセット・タイムアウト期間(tRP)。この時間は、電源電圧が安定するまでシステムをリセット・モードに維持するために使用されます。

リセット・スレッショルド・ヒステリシス

リセット・スレッショルド・ヒステリシスVTH+は、主に2つのメリットをもたらします。1つは、リセットがデアサートされる前に、監視対象の電圧が十分なマージンを確保して閾値のレベルを確実に超えるようにすることができるというものです。もう1つは、リセットをデアサートする前に電源が安定するまでの余裕を得ることができるというものです。ノイズが重畳した信号を処理する際には、リセット出力によって複数の遷移が生じる傾向があります。これは、電源がバウンスして閾値領域を再度横切ることに起因します(図4)3。産業分野などで運用されるアプリケーションでは、ノイズの多い信号や電圧の変動が常に発生する可能性があります。ヒステリシスがない場合、リセット出力は、電源が安定するまで絶えずアサートとデアサートを繰り返すことになります。これは、システムが発振する原因にもなり得ます。図4では、青色で網掛けした部分がリセット・スレッショルド・ヒステリシスの効果を表しています。これにより、システムをリセット状態に保持することができ、発振をはじめとするシステムの望ましくない動作を防ぐことができます。つまり、電圧監視ICによってシステムが誤ってリセットされることがないよう保護することが可能になります。

図4. リセット・スレッショルド・ヒステリシスがない場合とある場合のリセット出力。ヒステリシスの効果を理解しやすくするために、リセット・タイムアウト期間は示していません。
図4. リセット・スレッショルド・ヒステリシスがない場合とある場合のリセット出力。ヒステリシスの効果を理解しやすくするために、リセット・タイムアウト期間は示していません。

持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブ

どのようなシステムにおいても、短時間または長時間にわたり、外的要因によってグリッチが生じる可能性があります。ただ、電圧がどれだけ低下するかは様々です。持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブは、グリッチまたはオーバードライブの大きさと持続時間に関連するパラメータです。図5に示すように、振幅が大きく持続時間の短いグリッチは、リセット信号をアサート(トリガ)しません。一方、振幅が小さく持続時間の長いオーバードライブはリセット信号をトリガします。

図5. グリッチの振幅と持続時間。振幅が大きく持続時間の短いグリッチは、リセット信号をトリガしません。一方、振幅が小さく持続時間の長いグリッチはリセットをトリガします。
図5. グリッチの振幅と持続時間。振幅が大きく持続時間の短いグリッチは、リセット信号をトリガしません。一方、振幅が小さく持続時間の長いグリッチはリセットをトリガします。

監視の対象となる電源の電圧トランジェントは、その持続期間によっては無視することができます。それにより、短時間のグリッチなどに起因する不必要なリセットが生じないようシステムを保護することが可能になります。グリッチが生じると、システムのリセットが誤ってトリガされ、望ましくない動作が引き起こされる可能性があります。多くの場合、電圧監視ICのデータシートを見ると、持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブは図6のような標準的な動作特性のプロットとして示されています。この曲線よりも上の値になるとリセット出力がトリガされます。一方、この曲線の下側の値を無視することで、システムが誤ってリセットされないようにします。

図6. 持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブの特性。リセット信号のアサートは、オーバードライブの大きさと持続時間に依存します。
図6. 持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブの特性。リセット信号のアサートは、オーバードライブの大きさと持続時間に依存します。

マニュアル・リセット・セットアップ時間とデバウンス時間

電圧監視ICは、リセット・タイムアウト期間、リセット・スレッショルド・ヒステリシス、持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブによって、監視の対象とする電圧(通常はシステムが備えるマイクロコントローラの電源)に関連する電圧トランジェントとグリッチに対処します。一方、スイッチなどの機械的な接点によって生じるグリッチについては、マニュアル・リセット・セットアップ時間tMRとデバウンス時間tDBによって対処を図ります。これらのパラメータによって、電圧トランジェントとグリッチによって生じる影響を軽減するということです。

マニュアル・リセット・セットアップ時間というのは、リセット出力をトリガする前に、マニュアル・リセットの状態を保持し、それが完了するまでに必要となる時間のことです。電圧監視ICの中には、この時間を長く設定し、システムに対する保護を強化するように設計されているものがあります。その種の製品は、システムをリセットするためにボタンを数秒間押し続ける必要がある民生機器で一般的に使用されています。この方法を使えば、偶発的な(意図しない)リセットが働くことを回避できます。そのため、保護機能が強化され、信頼性が高まります。マニュアル・リセット・セットアップ時間が存在することで、図7(a)に示すように、スイッチが押された際に生じる短時間のトランジェントとグリッチはすべて無視されます。つまり、システムはグリッチの影響を受けなくなります。

デバウンス時間にも同じ概念が適用されています。マニュアル・リセット・セットアップ時間と同様に、デバウンス時間も、スイッチが押されたり離されたりする際に生じる周波数の高い周期的な電圧トランジェントを無視するために使われます。図7(b)に示すように、そうした周波数の高いトランジェントは無視され、リセットがトリガされることはありません。それに対し、デバウンス時間を超える信号は、スイッチまたは押しボタンからの有効な入力信号であると見なされます。

図7. マニュアル・リセット・セットアップ時間とデバウンス時間。マニュアル・リセット・セットアップ時間を長く確保する監視IC「MAX6444」の例です。(a)に示すように、リセット信号をアサートするまでにマニュアル・リセット・セットアップ時間tMRが完了していなければなりません。(b)に示すように、デバウンス時間tDBを超える入力は有効な信号だと見なされます。
図7. マニュアル・リセット・セットアップ時間とデバウンス時間。マニュアル・リセット・セットアップ時間を長く確保する監視IC「MAX6444」の例です。(a)に示すように、リセット信号をアサートするまでにマニュアル・リセット・セットアップ時間tMRが完了していなければなりません。(b)に示すように、デバウンス時間tDBを超える入力は有効な信号だと見なされます。

まとめ

電圧監視ICを利用すれば、電圧トランジェントやグリッチが生じている間に、システムがブラウンアウトの状態に陥ったり誤動作したりすることを防ぐことができます。電圧監視ICは、電圧トランジェントやグリッチが生じている間、プロセッサをリセット・モードに移行させます。本稿では、リセット・タイムアウト期間、リセット・スレッショルド・ヒステリシス、持続時間対リセット・スレッショルド・オーバードライブ、マニュアル・リセット・セットアップ時間、デバウンス時間の各パラメータについて説明しました。これらは、電源電圧を監視する際、グリッチやトランジェントに対する耐性を持たせるために使用されます。それにより、電圧監視ICの機能の信頼性を高めることができます。結果として、システム全体に安定性と信頼性がもたらされます。

参考資料

1The Why, What, How, and When of Using Microprocessor Supervisors(マイクロプロセッサ用の監視ICは、いつ、何を、なぜ、どのように使用するのか?)」Maxim Integrated、2018年4月

2 Greg Sutterlin「マルチ電圧システムにおける監視回路」Analog Devices、2003年11月

3 Pinkesh Sachdev「ヒステリシスを追加して、滑らかな低電圧/過電圧ロックアウトを実現する」Analog Dialogue、Vol. 55、No. 1、2021年3月

著者

Noel Tenorio

Noel Tenorio

Noel Tenorioは、アナログ・デバイセズ(フィリピン)のプロダクト・アプリケーション・マネージャです。複数の市場を対象とし、電源監視用の高性能IC製品を担当しています。入社は2016年8月。その前は、スイッチング電源の研究開発に携わる企業に設計エンジニアとして6年間所属していました。バタンガス州立大学で電子/通信工学の学士号を取得。マプア工科大学ではパワー・エレクトロニクスを専攻し、電気工学の大学院学位と電子工学の理学修士号を取得しました。監視IC製品を担当する前は、熱電冷却器で使用するコントローラ製品のアプリケーション・サポートを担当していました。