マイクロフォン感度の理解

感度はアナログ出力電圧値またはデジタル出力値の入力音圧に対する比を表し、マイクロフォンの重要な仕様です。入力が既知の場合、音圧領域の単位を電気領域の単位に対応させることにより、マイクロフォン出力信号の振幅を求めます。

この資料では、アナログ・マイクロフォンとデジタル・マイクロフォンとの間の感度仕様の相違、アプリケーションに対して最適感度を持つマイクロフォンの選択方法、プロセッサ内でのゲイン調整によりマイクロフォンの信号を増幅できる理由について説明します。

アナログ対デジタル

マイクロフォン感度は一般に、94 dB 音圧レベル(SPL)または1 パスカル(Pa)音圧の1kHz 正弦波を基準入力音圧として測定されます。この音圧を入力したマイクロフォンからのアナログまたはデジタル出力信号振幅が感度を表します。これはマイクロフォンの特性の1 つですが、性能のすべてを表すものではありません。

アナログ・マイクロフォンの感度は、簡単で理解し易いものです。一般に対数表示のdBV 単位(1 V を基準とするデシベル値)で規定され、与えられた音圧レベルに対して出力信号が何ボルトになるかを表します。アナログ・マイクロフォンの場合、線形的な単位mV/Pa で表した感度は、次のようにデシベル値で対数表現することができます。

Equation 1

ここで、OutputAREF は1000 mV/Pa(1 V/Pa)基準出力比。

この情報が既知の場合、適切なプリアンプ・ゲインの使用により、マイクロフォン信号レベルを回路またはシステムの所望入力レベルに容易に合わせることができます。図1 に、ゲインVIN/VMAXを持つADCのフルスケール入力電圧(VIN)に合わせてマイクロフォンのpeak 出力電圧(VMAX)を設定する方法を示します。例えば、0.25 V の最大出力電圧を持つADMP504はゲイン= 4(12 dB)を使って、 1.0 V のフルスケールpeak 入力電圧を持つADC に合わせることができます。

Figure 1
図1. ADC 入力レベルに対してマイクロフォン出力レベルを一致させる、
プリアンプを使用したアナログ・マイクロフォン入力シグナル・チェーン

単位dBFS(デジタル・フルスケールを基準とするデシベル値)で表したデジタル・マイクロフォンの感度は、簡単ではありません。この単位の違いが、アナログ・マイクロフォン感度の定義と比較した場合のデジタル・マイクロフォン感度の定義の分かり難さを表しています。電圧出力のアナログ・マイクロフォンの場合、出力信号の大きさに対する唯一の制限は、システムの電源電圧の実用的な限界だけです。大部分の設計に対して実用的でないかも知れませんが、基準レベル入力信号に対して10 V の出力信号で、20 dBV の感度をアナログ・マイクロフォンが持つことができない物理的理由はありません。この感度は、アンプ、コンバータ、その他の回路が所要信号レベルをサポートできるかぎり実現することができます。

デジタル・マイクロフォンの感度の柔軟性は高くありません。信号の設計パラメータである最大入力音圧に依存します。フルスケール・デジタル・ワードをマイクロフォンの最大入力音圧に対応させるかぎり(実際、これだけが意味ある相関です)、感度はこの最大音圧信号と94 dB SPL 基準との差に一致することになります。したがって、デジタル・マイクロフォンの最大音圧レベルが120 dB の場合、感度は–26 dBFS(94 dB – 120 dB)になります。与えられた入力音圧に対してデジタル出力信号を大きくするように調整する方法は、最大入力音圧を同じ量だけ小さくしないかぎり、存在しません。

デジタル・マイクロフォンの場合、感度は94 dB SPL 入力で発生するフルスケール出力のパーセント値として測定されます。デジタル・マイクロフォンの場合、変換式は、

Equation 2

ここで、OutputDREFはフルスケール・デジタル出力レベル。

この比較で紛らわしい最後の点は、peak レベルとrms レベルの使用に際して、デジタル・マイクロフォンとアナログ・マイクロフォンとの間で一貫性がないことです。dB SPLで表したマイクロフォンの入力音圧レベルは、マイクロフォンのタイプに関係なく常に rms 測定値を意味します。アナログ・オーディオ信号レベルを比較する際にrms 測定値が一般的に使用されているため、アナログ・マイクロフォン出力は1 V rms を基準としていますが、デジタル・マイクロフォンの感度と出力レベルは、peak レベルで表されます。これはpeak 値を表すフルスケール・デジタル・ワードを基準としているためです。一般に、高精度の信号レベルに依存する後段の信号処理を構成する際には、peak レベルを使用してデジタル・マイクロフォン出力を規定する、この表記法を念頭に置く必要があります。例えば、ダイナミックレンジ・プロセッサ(圧縮器、リミッタ、ノイズ・ゲート)では、一般にrms 信号レベルに基づいて閾値を設定するため、デジタル・マイクロフォン出力は、dBFS 値を小さくすることにより、peak からrms へスケール変換する必要があります。正弦波入力に対して、rms レベルはpeak レベルより3 dB(FS√2 の対数測定値)低くなります。rms とpeak との間のこの差は、さらに複雑な信号に対して異なることがあります。例えば、パルス密度変調(PDM)デジタル出力を持つMEMS マイクロフォンのADMP421の感度は–26 dBFSです。94 dB SPL の正弦波入力信号により、–26 dBFS peak 出力レベルすなわち–29 dBFS rms レベルが得られます。

デジタル・マイクロフォンとアナログ・マイクロフォンの出力は単位が異なるため、比較する場合に混乱しますが、音圧領域SPLでの測定単位は共通です。アナログ電圧出力、変調PDM 出力、I2S 出力などかありますが、最大入力音圧と信号対ノイズ比(SNRすなわち94 dB SPL 基準とノイズ・レベルとの差)は、直接比較することができます。出力フォーマットではなく音圧領域を使うことにより、これらの2 つの仕様は、異なるマイクロフォンを比較する便利な方法になっています。図2に、与えられた感度に対するアナログ・マイクロフォンとデジタル・マイクロフォンの入力音圧信号と出力レベルとの間の関係を示します。図2(a)に、–38 dBV 感度と65 dB SNR の仕様を持つADMP504アナログ・マイクロフォンを示します。左側の94 dB SPL 基準入力音圧に対して感度を変更すると、dBV 出力が上方にスライドした場合に感度が下がり、下方にスライドした場合に感度が上がります。

Figure 2
図2.(a)入力音圧レベルとアナログ・マイクロフォンの出力電圧レベルとの関係
(b)入力音圧レベルとデジタル・マイクロフォンのデジタル出力レベルとの関係

図2(b)に –26 dBFS 感度と65 dB SNR の仕様を持つADMP521デジタル・マイクロフォンを示します。このデジタル・マイクロフォンの入力レベルと出力レベルとの関係は、このマイクロフォンの感度が最大入力音圧とフルスケール・デジタル・ワードとの関係を破ることなく、調整できないことを示しています。SNR、ダイナミックレンジ、電源電圧除去比、THD などの仕様は、マイクロフォンの感度ではなく品質の方をよく表しています。

感度とゲイン設定値の選択

高感度マイクロフォンの方が、常に低感度マイクロフォンより優れているとはいえません。感度はマイクロフォンの特性について表しますが、必ずしも品質を表すものではありません。マイクロフォンのノイズ・レベル、クリッピング・ポイント、歪み、感度との間のバランスにより、特定のアプリケーションに対するマイクロフォンの適合性が決められます。高感度マイクロフォンではA/D コンバータの前のプリアンプ・ゲインは小さくて済みますが、低感度マイクロフォンよりクリッピング前のヘッドルームが小さくなります。

携帯電話のようなマイクロフォンが音源に近い近端アプリケーションでは、高感度マイクロフォンでは最大入力音圧(クリップ)に到達し易く、歪みが発生します。一方、電話会議や監視カメラのような、音源とマイクロフォンの間の距離が大きくなると音が減衰する遠端アプリケーションでは、高感度が必要になります。図3に、マイクロフォンと音源との間の距離の音圧レベルへの影響を示します。音圧信号レベルは、音源との距離が2倍になるごとに6 dB( =1/2)減衰します。

Figure 3
図3. 音源との距離が増加すると、マイクロフォンでの音圧レベルは減少

参考として、図4に静かな録音スタジオ(10 dB SPL 以下)から平均的な人が音を苦痛と感じる領域(130 dB SPL 以上)までの種々の音源の代表的な音圧レベルを示します。マイクロフォンは、この範囲のすべてまたは大部分をカバーするため、所要音圧レベル範囲に対して正しいマイクロフォンを選択することが、重要な設計判断になります。感度仕様を使用して、注目するダイナミックレンジでのマイクロフォンの出力信号レベルをオーディオ・シグナル・チェーンの共通信号レベルに合わせる必要があります。

Figure 4
図4. 種々の音源の音圧レベル1

アナログ・マイクロフォンは広い範囲の感度を持っています。ダイナミック・マイクロフォンによっては、最小–70 dBV もの感度を持つものがあります。コンデンサ・マイクロフォン・モジュールでは、プリアンプを内蔵しているものがあり、–18 dBV もの高い感度を持っていることがあります。アナログの大部分のエレクトレット・マイクロフォンとMEMS マイクロフォンは、–46 dBV ~–35 dBV (5.0 mV/Pa ~ 17.8 mV/Pa)の感度を持っています。このレベルは、ノイズ・フロア(ADMP504 とADMP521 のMEMSマイクロフォンでは最小29 dB SPLにもなります)と最大入力音圧(代表値は約120 dB SPL)との間のよい妥協点になります。すべてのアナログ・マイクロフォンの感度は、プリアンプ回路(トランスジューサ素子と一緒にパッケージに内蔵されていることがあります)内で調整することができます。

デジタル・マイクロフォンの感度は柔軟性が乏しいと思われていますが、マイクロフォン信号レベルをデジタル・プロセッサ内で容易にゲイン調整することができます。デジタル・ゲインでは、プロセッサが元のマイクロフォン信号のダイナミックレンジを表現する十分なビット数を持っているかぎり、信号のノイズ・レベルを低下させる心配はありません。アナログ設計では、各ゲイン・ステージでノイズが信号に加わります。従って、ノイズが混入することによりオーディオ信号の品質が低下しないように各ゲイン・ステージのノイズを抑えることはシステム設計者の責任です。一例として、最大音圧レベル= 120 dB (–26 dBFS 感度)、等価入力ノイズ= 33 dB SPL(61 dB SNR)のデジタル(I2S)出力マイクロフォンADMP441について調べます。このマイクロフォンのダイナミックレンジは、忠実に再現できる最大入力音圧とノイズ・フロアとの間の差で表されます(ADMP441 では120 dB –33 dB = 87 dB )。このダイナミックレンジは、15 ビット・データ・ワードで再生することができます。デジタル・ワードでデータを1 ビット・シフトすると、信号レベルが6 dB シフトします。したがって、98 dB のダイナミックレンジを持つ16ビットのオーディオ・プロセッサでも、元のダイナミックレンジを損なわないで11 dBのゲインまたは減衰を使用することができます。多くのプロセッサでは、デジタル・マイクロフォンの最大入力音圧をDSP の内部フルスケール・レベルに対応させます。この場合、ゲインを増やすとダイナミックレンジがその分だけ狭くなるので、システムのクリッピング・ポイントが低下します。例えば、ADMP441を使用する場合、フルスケールの上にヘッドルームがないプロセッサで4 dB のゲインを追加すると、システムは116 dB SPL信号でクリップするようになります。

図5 に、DSPに直接接続したI2S出力またはPDM出力を持つデジタル・マイクロフォンを示します。このシグナル・チェーンでは、マイクロフォンのpeak出力レベルが既にDSPのフルスケール入力ワードに一致しているため中間ゲイン・ステージが不要です。

Figure 5
図5. DSPに直接接続したデジタル・マイクロフォン入力シグナル・チェーン

結論

この資料では、マイクロフォン感度仕様の理解の仕方、システム・ゲイン・ステージの使用方法、感度はSNR に関係していますが、SNRのようにマイクロフォンの品質を示すものではないということを説明しました。設計をアナログまたはデジタルのMEMSマイクロフォンのいずれかで行う場合にも、この資料はアプリケーションに対して最適マイクロフォンを選択し、デバイスからフル性能を引き出すことに役立ちます。

EngineerZoneAnalog Dialogue Communityに掲載している“comment on microphone sensitivity”のブログ記事(英語)へのコメントもお待ちしております。


参考資料

1John Eargle, “The Microphone Book,” Elsevier/Focal Press, 2004.

著者

Jerad Lewis

Jerad Lewis

Jerad Lewisは、アナログ・デバイスのMEMS マイクロフォン・アプリケーションのエンジニアです。Penn State 大学からBSEE を取得した後2001 年に入社しました。それ以来Jerad は、SigmaDSP、コンバータ、MEMS マイクロフォンなどの種々のオーディオIC をサポートしてきました。現在、Penn State 大学から音響学でME 学位の取得を目指しています。