多機能、高分解能の完全な新バイポーラ型DAC ―― 使いやすい万能のソリューション

現在の市場は、システムの設計期間の短縮、システムの機能の強化、最終的なシステムのポータブル化を目指して動き続けています。そのような状況では、設計を複雑にすることなく、これらの課題を簡素化することが可能な新しい方法論が必要になります。本稿では、制御/計測関連の分野で関心が高まっている主要な課題に注目します。対象とするのは、データ・アクイジション(DAQ)システム、産業用オートメーション、PLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)、モーター制御の各アプリケーションです。こうした分野で使用される主要な技術に、バイポーラ型のD/Aコンバータ(DAC)があります。このアーキテクチャにおける最新の技術革新によって、従来よりも小さい面積で高機能化/高度化が図れるようになり、最終的なシステムにおいて各課題が解決されるようになりました。本稿では、各アプリケーションにおいて利用が可能な、ディスクリート構成で機能的に完成したソリューションについて述べていきます。また、現在では、従来の設計トポロジを置き換えるものとして、設計の再利用やシステムのモジュール化が進められています。本稿で紹介するソリューションは、そうした取り組みにおいて有用な高い柔軟性を提供するものです。

本稿で示す各図は、完全な回路図ではありません。しかし、多機能のDACとその他のコンポーネントにより、どのようにして各アプリケーションを実現できるのかを理解できるはずです。各図には、電源用の回路、バイパス・コンデンサ、その他の受動部品などは含まれていませんが、アプリケーションの一般的な実現方法を示すものとなっています。

DAQシステム

DAQシステムは、電圧、電流、圧力などの電気的/物理的な数値を測定するために使用されます。測定したデータの処理は、システムに搭載するマイクロコントローラ(MCU)やマイクロプロセッサ(MPU)によって行います。DAQシステムは、センサー、アンプ、データ・コンバータに加え、アクイジションの処理を制御するための組み込みソフトウェアを搭載したコントローラで構成されます。

プロセス制御のアプリケーションで使用するセンサーは、測定する信号の品質を維持できるだけの十分な感度を備えている必要があります。ただし、センサーの感度が十分であっても、ゲインやオフセットなど、シグナル・チェーンで生じる誤差によって信号品質が劣化してしまう可能性があります。高い性能が求められるアプリケーションでは、DAQシステムにおいてコンディショニング回路の自動校正( キャリブレーション) を行うためにDACを使用します。図1に圧力センサー・システムのブロック図を示しました。この図は、アナログ・デバイセズ(ADI)の「AD5761R」(ならびに同ICの製品ファミリー)のようなバイポーラ型DACを使うことにより、ゲイン/オフセットの自動校正をどのようにして実現するのかを表しています。

高精度のブリッジ型トランスデューサは、圧力センサーから励起信号を受け取って出力電圧を生成します。トランスデューサの信号は振幅が小さいので、通常は信号を増幅するために計装アンプを使用します。ここで問題になるのは、小振幅の信号は誤差の影響を受けやすいということです。通常、そうした誤差は、温度の変化や、回路基板の寄生成分による誤差、受動部品の許容誤差によるドリフトによって付加されます。

AD5761Rを使用すれば、ゲインとオフセットの校正をシステム内で実現できます。システムが通常の動作を行っている最中に、誤差が少しずつ動的に修正されます。高分解能で多くの機能を備えるバイポーラ型DACを使用することにより、必要な調整レベルと極性に応じた校正処理が大幅に簡素化されます。AD5761Rは、デイジーチェーン接続やリードバック動作を容易化するSDO(シリアル・データ出力)を備えた高速/4線のSPI(Serial Peripheral Interface)を介してプログラムすることができます。

Figure 1
図1 . 自動校正が可能な圧力センサー・システムのブロック図

産業用オートメーション

一言で産業用オートメーションといっても、アプリケーションの詳細は多岐にわたります。しかし、どのようなアプリケーションであっても、自動システムの機能と性能は、信号のアクイジション/制御を担うユニットに依存します。アクイジションについては、センサーの感度、コンディショニング回路の適応性、低レベルの信号から正しい情報を取得する速度が非常に重要です。制御については、多様なアクチュエータやドライバの要件に適応できるだけの柔軟性を備えていることが不可欠となります。

図2に、産業用オートメーション向けシステムの例を示しました。例えば、レーザー機器や重厚なモーターなどの産業用装置の場合、温度を計測するために冷接点補償付きの熱電対が使用されます。熱電対からの電圧は増幅/フィルタリングされた後、アナログ・フロントエンド(AFE)ICでA/D変換されます。それによって得られたデジタル・データは、解析を行うためにプロセッサに送信されます。プロセッサは処理済みのデータに基づいて、完全に絶縁された制御用のDACに信号を送信します。データを受け取ったDACは、工業用のファンを駆動したり、ペルチェ冷却装置などを作動させたり、水冷システムのバルブを開いたりといった制御を行うための信号を生成します。なお、ユーザは制御用のインターフェース機器を介して、オーバーライド用のコマンドを入力することもできます。

同様のシステムにより、圧力や振動を対象とした計測/制御も行えます。圧力センサー・システムは石油や化学物質のタンクなどの監視に、ジャイロスコープ・システムは高速に動作するマシン・ヘッドなどの振動の監視に使用されます。これらのアプリケーションでは、外部の環境から完全に絶縁された同一のAFEを共有します。

AD5761Rは、高電圧にも対応可能な高分解能のバイポーラ型DACです。低ドリフトのリファレンスを内蔵しており、アナログ信号の出力範囲はソフトウェアで選択可能です。このAD5761Rにより、複数のDACまたは多重化された1個のDACを置き換えることができます。AD5761Rはオーバーレンジ出力にも対応でき、精度を維持したままユニポーラ電圧もバイポーラ電圧も出力できます。このバイポーラ型DACは、ハードウェアを取り換えることなくソフトウェアによって制御ユニットを調整するといったアクチュエータのニーズにも対応可能です。

AD5761Rを含む製品ファミリーは、3mm×3mmのLFCSPまたは16ピンのTSSOPで提供しています。動作温度範囲は-55℃~125℃です。産業用途の制御に対応可能なこの新製品によって、基板面積を最小限に抑えつつ、コストを削減することが可能になります。

Figure 2
図2 . 産業用オートメーション・システムの例

PLC

PLCは、複雑な機械の制御、作動、監視を行うために使用されます。電源、CPU、複数のアナログI/OモジュールやデジタルI/Oモジュールなどから構成されます。広範な温度への対応、電気的ノイズに対する高い耐性、耐振性や耐衝撃性を備えたPLCは、様々な産業分野で使用されます。図3に、基本的なプロセス制御システムのブロック図を示しました。プロセス変数のステータスを表す入力信号は、入力モジュールを介して監視されます。得られた情報はMCUに転送されて解析が行われます。その解析結果を受けた出力モジュールは、システム内のデバイスを調整/制御するための信号を出力します。

Figure 3
図3 . プロセス制御システムのブロック図

図4は、産業用PLCシステムをより詳細に示したものです。この図の中心には、完全に絶縁された入力/出力モジュールとのインターフェースを備える組み込みコントローラ/プロセッサがあります。これが中核となるシステム・コントローラとして機能します。このシステムは、電源モジュールを除くと、アナログ入力モジュール、アナログ出力モジュール、デジタル入力モジュール、アナログ入力モジュールの4つのサブシステムに分かれます。システムでは複数種のセンサーを使用し、振幅と周波数が異なるアナログ信号を取得します。これらの信号は、解析を行えるようにするために、前処理を施したうえでデジタル・データに変換する必要があります。入力された小振幅の信号に対しては、正確な測定を行ったうえでA/Dコンバータ(ADC)でデジタル・データに変換できるように、PGA(プログラマブル・ゲイン・アンプ)によるコンディショニングを施します。フィールドからの予期せぬ過電圧からコントローラやプロセッサを保護するためには絶縁が必要になります。そのため、プロセッサと入力/出力モジュールの間には光アイソレータやアイソレータICを配置します。

Figure 4
図4 . PLCシステムの詳細なブロック図

入力モジュールと出力モジュールとでは、精度と分解能に関する要件がまったく異なります。プロセス制御用のデータ・アクイジションでは、入力モジュールには非常に高い精度を実現することが求められます。これに対し、出力モジュールでは、ハイエンドのアプリケーションで一般的な16ビットの分解能/精度で出力を調整できるようにします。PLCシステムの入力モジュールには、通常はΣ Δ方式のADCが使用されます。こうした市場に向けて、絶縁機能を備えたシングルチャンネル、マルチチャンネル(同時サンプリングが可能)の様々なADCが提供されています。

出力モジュールでは、高精度の電圧出力DACや電流出力DACを使用します。あるいはその両方を組み合わせて使用することもあります。PLCからアナログ信号を出力するために、様々な方法で電流レベルや電圧レベルが生成されます。AD5761Rのような高精度のバイポーラ型DACでは、技術革新の成果として機能が拡充され、高いレベルで集積が行われるようになりました。このような製品を採用すれば、PLCシステムの複雑さ、基板面積、コストの面で大きなメリットが得られます。

モーター制御

例えば、輸液ポンプ・システムなどのモーター制御ループでは、積分関数を実行するためにDACを使用します。輸液ポンプは、すべての年代の患者を対象として医療分野で広く使用されています。その役割は、水分や薬剤、栄養剤を断続的または連続的に患者の循環器に投与することです。

輸液ポンプを使用する場合、資格を有する人の手によって、治療に必要な特定のパラメータをプログラムすることになります。手作業で行うよりも信頼性が高まることが、そのメリットの1つです。この種の装置を自動モードで使えば、指定した間隔で微量の薬剤を正確に投与できるため、看護師や医師が患者への投薬量を手作業で管理する必要はなくなります。輸液ポンプ・システムは、物理的な投与メカニズムの信頼性と精度を高めるほか、滴定の安全性を確保するために、投薬量の限度に関する情報をリアルタイムで表示して過剰投与を防ぎます。医師や医療従事者は、輸液ポンプ・システムによって、このようなメリットを享受することができます。

Figure 5
図5 . 大容量の輸液ポンプ・システム

システムが動作している際、マイクロコントローラはDCモーターを監視して得られた速度と方向の情報を含む信号を受け取ります。この信号に対して解析が施され、(必要があれば)セットポイントに適合するよう調整が行われます。フィードフォワード・パスに配置されたDACはシステムを調整する役割を担い、フィードバック・パスに配置されたADCは調整による効果を監視します。DACによって設定されたセットポイント電圧はドライバ・ネットワークを介して増幅され、必要な駆動電流がDCモーターに供給されます。

化学分析機器、フロー・サイトメトリー装置、輸液ポンプ、透析装置、人工呼吸器、カテーテルなど、多くの医療用機器では様々なセンサーやアクチュエータが使用されます。こうしたセンサーやアクチュエータからの信号を検出/測定/制御するために、ADIは高性能のアナログ・ソリューションとミックスド・シグナル・ソリューションを提供しています。本稿で紹介したAD5761Rは、高分解能のバイポーラ型DACです。この製品では、精度を維持したまま、ソフトウェアによって8種の中から出力範囲を選択することができます。特にモーター制御アプリケーションに適しており、モーターに必要な様々な電圧振幅に対応することが可能です。

まとめ

DACは、複雑なアプリケーションだけでなく、多くの制御システムやシンプルな変換回路の性能と精度を決めるうえでも重要な役割を果たします。本稿で紹介したAD5761Rは、出力レンジをプログラムで選択可能な16ビット分解能のバイポーラ型DACです。同ICの製品ファミリーは、本稿で紹介したような複雑かつ高度なアプリケーションに適しています。このファミリーの製品は、出力電圧の設定範囲が広い(0V~5V、0V~10V、0V~16V、0V~20V、±3V、±5V、±10V、-2.5V~7.5V。5%のオーバーレンジにも対応)ことを特徴とします。このことから、DAQシステムや、産業用オートメーション、PLC、モーター制御に適したソリューションとなります。各製品は、ドリフトが2ppm/℃でバッファ付きの内部リファレンスや出力バッファを搭載しています。そのため、回路基板の設計が大幅に簡素化されるほか、基板面積を削減することが可能になります。さらに、消費電力とコストも最小限に抑えられます。

著者

Estibaliz-Sanz-Obaldia

Estibaliz Sanz Obaldia

Estibaliz Sanz Obaldiaは、スペインのデウスト大学で電子工学/オートメーション分野の学士号を取得しました。2010年にADIに入社し、アイルランド リメリックの高精度コンバータ部門でアプリケーション・エンジニアとして業務に携わっています。

Junifer-Frenila

Junifer Frenila

Junifer Frenilaは、2005年にフィリピンの西ビサヤ科学技術大学で電子通信技術の学士号を取得しました。2006年にADIに入社し、ADIフィリピンの高精度コンバータ部門で設計評価エンジニアとして業務に携わっています。現在は、フィリピンのマプア工科大学で博士課程に取り組んでいます。