概要
多くの電子回路では、より高い電力密度を達成することが求められます。そうした回路が、周囲温度が非常に高い過酷な環境で使用されるケースも少なくありません。結果として、モノリシック型のパワーICについては熱性能の向上が非常に重要な課題になります。本稿では、まずパワーICのアプリケーションにおける放熱の概念について詳しく説明します。その上で、全体的な熱性能に影響を及ぼす様々な要因について定量的な解析を行います。
はじめに
モノリシック型のパワーICのデータシートを見ると、通常は電流に関する2つの制限値が規定されています。1つは連続電流の最大値、もう1つは過渡電流のピーク値です。許容可能な過渡電流のピーク値は、そのパワーICが内蔵するパワーMOSFETによって制限されます。一方、連続電流の最大値については熱性能の影響が及びます。データシートに記載されている連続電流の制限値は、室温において標準的なデモ用ボードを使用して標準的な電圧変換を行うという条件の下で算出されます。特定の動作環境においてパワーICが必要な電流を確実に処理できるようにするには、効果的な熱設計を行うことが不可欠です。
本稿では、2回にわたり熱設計について詳しく説明します。そのPart 1となる今回は、ICにおける放熱の概念について解説します。また、熱についてチップのレベルで考慮すべき事柄を明らかにします。Part 2では、パワーICのアプリケーションにおいて熱性能に影響を及ぼすシステム・レベル(チップ・オン・ボード)の要因について解説します。本稿の目標は、パワーICの効果的な熱設計を実現するために必要な事柄について簡潔にまとめることです。
放熱の概念、主要なパラメータ
まずは表1をご覧ください。これは定常状態における電気的パラメータと熱的パラメータの類似性についてまとめたものです。
| 電気領域 | 熱領域 |
| 電圧V〔V〕 | 温度T〔Kまたは℃〕 |
| 電流I〔A〕 | 消費電力P〔W〕 |
| 抵抗R〔Ω〕 | 熱抵抗θ〔K/Wまたは℃/W〕 |
| ΔVAB = VA – VB = I × RAB | ΔTAB = TA – TB = P × θAB |
電気領域において、定常状態では電流は電位の高い方から低い方へと流れます。また、電流はより抵抗値の低い経路に流れる傾向があります。同様に、熱領域では、熱エネルギーは温度の高いところから低いところへ向かって放散します。また、熱抵抗の値がより小さい経路を通ってより多くのエネルギーが放散します。
通常、パワーICのアプリケーションにおいてジャンクション(ダイ)は熱源であると見なされます。そのため、表1の右下に示した熱の式は、以下のように書き直すことができます。
ここで、各変数/定数の意味は以下のとおりです。
- TJ:ICのジャンクション温度
- TA:周囲温度
- PLOSS:ICの電力損失
- θJA:ジャンクションから周囲への熱抵抗
式(1)から、ICの電力損失または熱抵抗を低減すれば、ΔTJAを低減できることがわかります。つまり、熱性能を高められるということです。
放熱のモード
放熱は、以下に示す3つのモードで行われます。
- 熱伝導:直接的な接触による放熱
- 熱対流:運動している周囲の流体によって行われる放熱
- 熱放射:電磁波の形での放熱
通常、ICにおける熱伝導とは、パッケージ内で生じる放熱とプリント回路基板の銅箔を通じた放熱のことを指します(図1)。一方、熱対流はICまたはプリント回路基板の表面と周囲の空気の間で生じます。それらに対し、熱放射は媒体を必要としないことから、あらゆる場所で発生します。
各モードにおける熱抵抗は、以下に示す各式で表されます。まず、熱伝導については以下の式が成り立ちます。
ここで、Lは材料の長さまたは熱伝導距離(単位はm)、kは材料の熱伝導率(単位はW/(m×K))、Aは材料の断面積(単位はm2)です。
熱対流については以下の式が成り立ちます。
ここで、hは熱伝達係数(単位はW/(K×m2) )、Acoolは冷却面積(単位はm2)です。
熱放射については以下の式が成り立ちます。
ここで、εは材料の熱放射率、σはステファン・ボルツマン定数、Asurfは表面積(単位はm2)、Tsurfは表面温度(単位はK)、Taは周囲温度(単位はK)です。
式(4)から、放射モードにおける熱抵抗については温度依存性が高いことが明らかです。また、温度が上昇するにつれてθradiは低下します。そのため、現実的にはθradiの低減を目標にするべきではありません。したがって、以下では伝導モードと対流モードにおける熱抵抗に注目することにします。
簡略化した熱モデル
システム・レベル(チップ・オン・ボード)の熱性能を評価するために、簡略化した熱モデルを導入することにします。そのモデルは図2のようなものになります。
このモデルでは、θJAを以下の4つのパラメータに分解しています。
- θJT(θJCtop):ICのジャンクションからケース上面への熱抵抗
- θJB:ICのジャンクションからボードへの熱抵抗
- θTA:ICのケース上面から周囲への熱抵抗
- θBA:ボードから周囲への熱抵抗
これらのパラメータの関係は次式で表すことができます。
θとψの違い
IC製品によっては、データシートに熱パラメータとしてθとψの両方の値が記載されていることがあります。ここで、θは実際の熱抵抗であり、ψは熱特性値を表しています。例えば、θJTとψJTについては、以下のように表せます。
式(6)では、熱エネルギーがICのケースの上面のみを通じて放散されると仮定しています。それに対し、式(7)では可能性のあるすべての経路で放熱が生じると仮定しています。このことから、自然冷却に頼る現実のアプリケーションの場合、ジャンクション温度の計算にはθJTではなくψJTを使用する方が精度が高くなります(以下参照)。
なお、ψJTは熱抵抗ではなく、物理的な意味はありません。式(8)は、システムの観点からTJとTcasetopの数値的な関係を表しているだけです。また、熱モデルを構築する際にψJTを使用することはできません。θJBとψJBについても同様の区別が必要です。
ICを構成する材料の影響
パワーICの内部では、主に式(2)に示した熱伝導によって放熱が行われます。表2は、ICのパッケージ内で使用される材料の熱伝導率についてまとめたものです2。これは、様々なパッケージの熱放散経路を評価する際に利用できます。但し、各値は温度の影響を受けることに注意しなければなりません。
| 材料 | 代表的な用途 | 代表的な用途熱伝導率〔W/m×K〕 |
| 銅(25℃~125℃) | リード・フレーム、銅ピラー | 401~393 |
| 金 | ワイヤ・ボンド | 314 |
| シリコン(25℃~125℃) | ダイ | 148~100 |
| SnPb | ハンダ | 50 |
| 銀ペースト | ダイ・ボンディング | 2.09 |
| エポキシ・モールド樹脂 | パッケージのモールド | 0.72 |
露出サーマル・パッドを備えるボンディング・ワイヤ・パッケージ
図3に示したのは、アナログ・デバイセズのMSEパッケージの標準的な構造です。ご覧のように、ボンディング・ワイヤと底面の露出パッドが使用されています。ここで、表2に示したデータと共に様々な放熱経路を評価するためのものとして、表3を導入することにします。熱抵抗の値が最も小さいのは「ダイ‐ダイ・ボンディング‐露出パッド」の経路であることがわかります。
| 放熱経路 | 距離(L) | 断面積(A) | 熱伝導率(k) |
| ボンディング・ワイヤ | 長い | 小さい | 非常に高い |
| ダイ・ボンディング | 非常に短い | 大きい | 低い |
| 露出パッド | 短い | 大きい | 非常に大きい |
| モールド樹脂 | 長い | 大きい | 非常に低い |
WLCSPにおける放熱
図4にWLCSP(ウェーハ・レベル・チップ・スケール・パッケージ)の標準的な構造を示しました。表4は、これに対応する熱経路についてまとめたものです。これらから、WLCSPにおいて熱抵抗の値が最も小さいのは「ダイ‐RDL‐ハンダ・ボール」の経路であることがわかります。
| 放熱経路 | 距離(L) | 断面積(A) | 熱伝導率(k) |
| 銅製のRDL | 短い | 小さい | 非常に高い |
| ハンダ・ボール | 長い | 大きい | 高い |
| ダイのパッシベーション | 非常に短い | 大きい | 低い |
| 誘電体 | 非常に短い | 大きい | 非常に低い |
露出サーマル・パッドを備えるフリップチップ
図5は、アナログ・デバイセズのLQFNパッケージの標準的な構造を示したものです。フリップチップ型のパッケージ構造であり、露出サーマル・パッドを備えています。表5は、これに対応する熱経路についてまとめたものです。これらから、熱抵抗の値が最も小さいのは「ダイ‐銅ピラー‐ハンダ‐底面の露出パッド」の経路であることがわかります。
| 放熱経路 | 距離(L) | 断面積(A) | 熱伝導率(k) |
| 銅ピラー | 短い | 大きい | 非常に高い |
| ハンダ | 非常に短い | 大きい | 高い |
| 露出パッド | 短い | 大きい | 非常に高い |
| エポキシ・モールド | 非常に長い | 大きい | 非常に低い |
パッケージの特徴に基づくθとψの数値の違い
先述したように、熱抵抗θは特定の方向に熱が放散するという仮定の下で計算されます。それに対し、ψの値は自然冷却という条件の下で算出されます。パッケージにおいて、上面のエポキシ・モールド樹脂は比較的低い熱伝導率を示します。また、放熱の経路が長くなります。その結果、パッケージの上面から放散される熱エネルギーは最小限になり、TcasetopはTJに近い値になります。式(6)と式(7)から、ψJTはθJTより大幅に小さい値になります。一方、熱エネルギーの大部分はICのケース底面とプリント回路基板を通じて放散されます。そのため、ψJBは、通常θJBに近い値になります1。
露出ダイ・パッケージ
露出ダイ・パッケージでは、上面にエポキシ層を備える封止パッケージとは異なり、分厚いダイが使用されます。図6は、露出ダイを備えるLQFNの代表的な構造を示したものです。
このタイプのパッケージでは、上部の追加分のシリコンにより、熱源(ジャンクション)からケース上面への熱抵抗θJTが低減されます。そのため、パッケージ上面を通じた放熱性が高まります。しかし、自然冷却の条件下では、全体的な熱抵抗に影響する他のシステム・レベルの要因により、露出ダイ・パッケージの熱性能はそれほど向上しません。露出ダイ・パッケージの熱的優位性については、Part 2で詳しく説明します。
データシートに記載される熱パラメータ
通常、パワーIC製品のデータシートには複数の熱パラメータが記載されています(図7)。封止型のパッケージの特性上、θJCBOTはθJT(θJCTOP)よりも小さくなります。また、ψJTはθJT(θJCTOP)よりも大幅に小さくなります。自然冷却の条件下でθJTを用いてTJを計算すると、かなりの誤差が生じる可能性があります。加えて、θJCBOTはθJBとは異なることにも注意が必要です。θJBはジャンクションからケース底面への熱抵抗ではなく、ボードへの熱抵抗を表しているからです3。
この例を見ると、JEDECボードのθJAの値とデモ用ボードのθJAの値が記されています。JEDECボードは、熱パラメータの測定に関するJEDEC51-7規格に準拠して構成されます4。ただ、通常はJEDECボードのレイアウトは放熱に対して最適化されているわけではありません。そのため、デモ用ボードと比較してθJAが高くなります。一般に、JEDECボードのθJAはICパッケージ自体の熱性能を反映した値になります。それに対し、デモ用ボードのθJAは放熱の面で設計が最適化されたシステムの値を表します。
まとめ
パワーICのパッケージでは、主に熱伝導によって放熱が行われます。パッケージ内の材料の熱特性によっては、内部経路の一部で熱抵抗が低い値を示す場合があります。但し、実際の放熱経路は、組み立て、プリント回路基板の設計、空冷、ヒート・シンクの使用といったシステム・レベルの要因に左右されます。システム・レベルの放熱については、Part 2で詳しく説明します。
参考資料
1 「JESD51-12: Guidelines for Reporting and Using Electronic Package Thermal Information(JESD51-12:電子パッケージの熱情報の報告と使用に関するガイドライン)」JEDEC Solid State Technology Association、2005年5月
2 Thermal Analysis of Semiconductor Systems(半導体システムの熱解析)」NXP
3 「JESD51-8: Integrated Circuit Thermal Test Method Environment Conditions - Junction-to-Board(JESD51-8:ICの熱的試験方法における環境条件 - ジャンクションからボードまで)」JEDEC Solid State Technology Association。1999年10月
4 「JESD51-7: High Effective Thermal Conductivity Test Board for Leaded Surface Mount Packages(JESD51-7:リード付き表面実装パッケージ向けの効果的な熱伝導試験用ボード)」JEDEC Solid State Technology Association、1999年2月
