概要
ワイヤレス・トランシーバーの多くは、バッテリからの給電を受けて動作します。そして、遠隔地に設置されたシステムとの間で通信を行うことにより、アプリケーションが実現されるケースが多いでしょう。そのような場合、トランシーバーが存在する場所まで人が赴き、メンテナンスを行う機会は非常に限られます。そのため、トランシーバーの長時間にわたる継続的な動作を実現できるように設計を行う必要があります。ただ、実際のアプリケーションでは、システムがハングアップしたり、非アクティブな状態が続いたりするケースは少なくありません。そうした場合、通常の動作状態に復帰させるためにはシステム・リセットの処置が必要になります。つまり、システムから電源を切り離して電源電圧を遮断した上で、再び接続して再起動するといった作業が必要になるでしょう。
本稿では、システムのパワー・サイクリングについて説明します。その実現手段として、監視回路から出力されるアクティブ・ローの信号を使用し、入力スイッチとして機能するハイサイドのMOSFETを駆動する方法を紹介します。
はじめに
電子システムの信頼性や堅牢性を高めるにはどうすればよいのでしょうか。1つの方法は、障害を検出して即座に対応を図るための保護機構を実装することです。そうした保護機構は安全装置として機能します。つまり、起こり得る損傷を軽減し、システムの機能を適切に確保するための役割を果たします。本稿では、パワー・サイクリングの話題を取り上げます。ここで言うパワー・サイクリングは、システムを保護し、適切な動作を確保するための役割を果たします。一般に、パワー・サイクリングは、非アクティブな状態が続いて応答が得られないシステムに適用されます。それにより、システムがアクティブな状態に復帰できるようにします。一般的なパワー・サイクリングでは、まずパワー・スイッチ(入力スイッチ)を使用して電源回路とその下流の電子システムの間のパスをオープンにするということが行われます。その後、パスを閉じて、システムを再起動します。一般的なシステムは、マイクロコントローラ・ユニット(MCU)が応答しなくなると、リセット・モードに移行します。ただ、非アクティブな状態が継続する場合にはパワー・サイクリングを実施することになるでしょう。
上記の方法において、電源のパスに配置するハイサイドの入力スイッチとしては、MOSFETが使用されることが多いはずです。パワー・サイクリング用の入力スイッチとしては、NチャンネルのMOSFET、PチャンネルのMOSFETのうちどちらでも使用することができます。但し、それぞれの駆動に関する要件には違いがあります。ごく簡単に言えば、NチャンネルのMOSFETをハイサイドのスイッチとして使用するのは少し面倒です。そのため、一般的にはPチャンネルのMOSFETが好まれます。
監視回路は、電源電圧の状態を監視したり、ウォッチドッグ・タイマを使用して各種のパルスが出力されていないことを検出したりするために使用されます。それにより、システムが非アクティブの状態にあることを簡単に検出することができます。特に、ウォッチドッグ・タイマを活用すれば、監視回路が包括的な保護ソリューションとなるよう機能を強化することが可能です。非アクティブな状態が検出されたら、ウォッチドッグ・タイマはリセット出力をアサートします。通常、その出力はアクティブ・ローの信号となります。その信号を使用することで、MCUをリセット・モードに移行したり、ノンマスカブル割り込みをトリガして是正措置を講じたりすることが可能になります。このアクティブ・ローの出力は、主にMCUをリセットするために使用されます。ただ、システムがあまりにも長い時間応答しない場合などには、パワー・サイクリングを実施することが望ましいはずです。パワー・サイクリングは、様々な方法で実現することができます。本稿では、そのなかでも代表的な方法を紹介します。それが、監視回路のアクティブ・ローの出力を利用し、入力スイッチとして使用するハイサイドのPチャンネルMOSFETを駆動するというものです。この方法を活用すれば、システムの信頼性を最適な形で確保することができます。
ハイサイドの入力スイッチとしてMOSFETを使用する
図1に示したアプリケーション回路例をご覧ください。これは、ハイサイドの入力スイッチを使用し、ブラウンアウトの状態に陥ったときに生じる問題から下流の電子システムを保護するためのものです。システムのハイサイド・スイッチとしては、MOSFETを使用するのが最適だと言えます。電圧と電流の適切な定格は、アプリケーションの条件に応じて簡単に見極めることができます。
先述したように、ハイサイドの入力スイッチとしては、NチャンネルのMOSFET、PチャンネルのMOSFETのうちどちらでも使用できます。NチャンネルのMOSFETは、ゲート電圧が低いときにオープンになり、電源電圧を遮断します。NチャンネルのMOSFETを完全に閉じて下流の電子システムと電源を接続するためには、電源電圧と比べて少なくともMOSFETの閾値電圧の分だけゲート電圧を高くする必要があります。そのため、NチャンネルのMOSFETをハイサイドの入力スイッチとして使用する場合、チャージ・ポンプなどの回路を追加しなければなりません。保護用のICの中には、コンパレータとNチャンネルのMOSFETを駆動するためのチャージ・ポンプを内蔵しているものがあります。つまり、簡素化されたソリューションが実現されているということです。一方、PチャンネルのMOSFETをハイサイドの入力スイッチとして使用する場合には極性が逆になります。そのため、チャージ・ポンプは必要ありません。この手法はシンプルなので、多くのアプリケーションで使われています。
監視回路の出力を基にして、入力スイッチを駆動する
PチャンネルのMOSFETを使用する場合、まずゲート、ソース、ドレインの各端子に対する適切なバイアスの条件を確立することが重要です。ゲート‐ソース間の電圧VGSは、MOSFETの導通状態を制御する上で重要な役割を果たします。PチャンネルのMOSFETの場合、ソース電圧より少なくともスレッショルド電圧の分だけゲート電圧を低くする必要があります。この負のバイアスにより、PチャンネルのMOSFETは確実にアクティブ領域に維持され、ソースからドレインに向けて電流が流れるようになります。ゲート‐ソース間の閾値電圧VGS(th)は、導電チャンネルを形成するために必要なゲート端子とソース端子の間の最小電圧を表します。PチャンネルのMOSFETの場合、VGS(th)は通常、負の値として規定されます。つまり、そのMOSFETを導通させるためにはゲート電圧をソースに対して十分に低くする必要があります。考慮すべきもう1つの重要な事柄は、ドレイン‐ソース間電圧VDSです。これは、ドレイン端子とソース端子の間の電圧です。デバイスの損傷を防ぐためには、MOSFETのVDSが規定の範囲内にある状態で動作させることが重要です。
監視回路(電圧モニタ)を使用する場合、ロジック・レベルの出力については2つの選択肢があります。アクティブ・ローの出力信号とアクティブ・ハイの出力信号の2つです。アクティブ・ローの場合、入力の条件が真になると出力がローにアサートされます。入力の条件が偽であれば、ハイにデアサート(アサート解除)されます。一方、アクティブ・ハイでは、入力の条件が真になると出力がハイにアサートされます。入力の条件が偽になればローにデアサートされます。監視回路の最も一般的な用途はMCUをリセットすることです。そのため、障害が発生した場合にMCUのリセット・ピンをローに引き下げるために、アクティブ・ローの出力が使用されるケースが多くなります。
アクティブ・ハイの出力を使用してPチャンネルのMOSFETを駆動するのは、特にオープン・ドレインのトポロジを採用している場合には容易になります。PチャンネルのMOSFETのゲートには、監視回路のアクティブ・ハイの出力を接続します。監視の対象となる電圧(以下、監視電圧)が規定の閾値を上回っていれば、OUTピンがゲートをローに引き下げ、PチャンネルのMOSFETがオンになります。それにより、負荷(電子システム)が電源に接続されます。一方、監視電圧が閾値を下回っている場合には、OUTピンの電圧がハイに引き上げられ、PチャンネルのMOSFETはオフになります。それにより、負荷が電源から切り離されます。
ここで図2の回路をご覧ください。この回路では、監視用ICとしてアクティブ・ハイ出力の「MAX16052」を使用しています。これは高い電圧に対応可能な製品であり、シーケンス機能も備えています。図2の回路では、同ICを過電圧保護のために使用しています。同ICのOUTピンは、PチャンネルのMOSFET(Q1)のゲートに直接接続されています。同MOSFETのソースは入力電圧VCCに接続されており、ドレインは負荷に接続されます。監視電圧とPチャンネルのMOSFETのゲートの間には、外付けのプルアップ抵抗が接続されています。そのため、OUTピンのオープン・ドレイン出力がハイ・インピーダンスの状態にある場合、ゲートの電圧はハイに保持されます。
監視電圧が、MAX16052で規定されている閾値(固定値)を下回っている場合、OUTピンはPチャンネルのMOSFETのゲートをローに引き下げます。それにより、同MOSFETがオンの状態(短絡の状態)になります。監視電圧が閾値を上回ると、OUTピンの電圧はハイに引き上げられ、PチャンネルのMOSFETがオフになります。それにより、負荷が電源から切り離されます。
アプリケーションによっては、監視の仕様がアクティブ・ローの出力で規定されていることがあります。つまり、監視の条件が満たされた場合には出力信号がローになるということです。その場合、アクティブ・ローの出力を基にして入力スイッチを制御する方法が必要になります。例えば、非アクティブな状態が32秒間続いたらMCUをリセットする必要があり、非アクティブな状態が128秒間続いたらシステムのパワー・サイクリングを実施しなければならないシステムがあったとします。その場合、ウォッチドッグ・タイマを使用し、WDI(ウォッチドッグ入力)ピンを介して非アクティブな状態を検出するとよいでしょう。WDO(ウォッチドッグ出力)は、一定の期間tWD(ウォッチドッグ・タイムアウト)にわたってパルスや遷移が検出されない場合にローになります。アナログ・デバイセズは、ウォッチドッグ・タイマを内蔵するnanoPowerの監視IC「MAX16155」を提供しています。この製品には、ウォッチドッグ・タイムアウトがそれぞれ32秒と128秒のバージョンが用意されています。上記のシステム仕様に合致する機能を実現するには、2つのウォッチドッグ・タイマが必要になります。1つはMCUをリセットするためのもので、もう1つはパワー・サイクリングのルーチンを開始するためのものです(図3)。主な課題は、それぞれのウォッチドッグ・タイマのローの出力を使用し、非アクティブな状態またはシステムが無応答の状態になった場合に、入力スイッチをオープンにしてパワー・サイクリングを実行する方法を定めることです。
NPN型のバイポーラ・トランジスタを駆動回路として使用する
図4は、PチャンネルのMOSFETを駆動する1つの方法を示したものです。同MOSFET(Q2)は、ハイサイドの入力スイッチとして使用しています。この例では、NPN型のバイポーラ・トランジスタ(BJT:Bipolar Junction Transistor)を使用して駆動を実現します。具体的には、ウォッチドッグ出力であるアクティブ・ローの信号を、PチャンネルのMOSFETの駆動に必要なハイのロジック信号に変換するインバータを構成しています。
システムがアクティブな状態である場合、MAX16155のウォッチドッグ出力(WDOピン)はアイドル状態(ノーマル・ハイ)になります。そして、同出力は電流制限用の抵抗回路を介して駆動用のトランジスタQ1のベースに接続されています。WDOピンのノーマル・ハイの出力は、NPN型BJTの制御入力として必要なベース‐エミッタ間電圧を供給します。それにより、ベース‐エミッタ接合において十分な電圧が確立され、同BJTが導通状態になります。
この回路では、抵抗分圧器がハイサイドのMOSFETのゲートとソースに接続されています。それにより、ゲート‐ソース間電圧VGSが制御されます。この電圧により、MOSFETがオンの状態で維持されるのか、オフの状態で維持されるのかが決まります。NPN型BJTがWDOピンによってアクティブな状態になると、同BJTに電流が流れます。それにより、抵抗分圧器の低電圧側がGNDレベルに引き下げられます。その結果、2つの抵抗を接続している点(R4とR5を接続しているノード)の電圧が変化します。この電圧がハイサイドのMOSFETのゲートに印加されます。すると、ゲートの電位がソースの電位よりも低くなり、同MOSFETがオンになります。その結果、システムの負荷(MCUなど)に電源が供給されます。図5に、システムがアクティブな状態にあり、MOSFET(Q2)を介して電源が接続されている場合の電流の流れを示しました。
MAX16155のウォッチドッグ・タイマについては、ウォッチドッグ・タイムアウトの期間が事前に定義されています。その期間内にMCUが応答しなくなるか、または入力パルスが供給されなくなると、ウォッチドッグ・タイムアウトのイベントが発生し、WDOがローにアサートされます。その結果、NPN型BJT(Q1)のベースがグラウンドのレベルに引き下げられて、同BJTはオフになります。Q1がオープンの状態になると、PチャンネルのMOSFET(Q2)のゲートとソースの電圧がほぼ等しくなります。そうすると、Q2はオフになります。
図5に示すように、NPN型BJTのコレクタは抵抗分圧器に接続されています。そして、その先にはPチャンネルのMOSFETがあります。NPN型BJTがオフの状態であれば、抵抗分圧器の接続点(R4とR5の接続点)、つまりMOSFETのゲートの電圧は、ソースの電圧とほぼ等しくなります。つまり、MOSFETのゲート‐ソース間電圧がゼロになります。MOSFETを導通状態に保持するために必要なVGSの閾値の条件を満たすことができなくなるということです。その結果、MOSFETはオフになり、MCUに対して3.3Vの電源電圧が供給されなくなります。このように、MCUなどの負荷に対する給電が効果的に停止されます。図6は、システムが非アクティブな状態にあり、パワー・サイクリングが実施される場合の電流の流れ(および等価回路)を示したものです。
WDOのパルス出力が終了してハイの電圧レベルに戻ったら、システムは通常の動作に復帰します。この段階において、MCUはWDIピンに対する通常のパルスの送信を再開し、ウォッチドッグ・タイムアウトのイベントがそれ以上続かないようにします。NPN型BJTはアクティブな状態に戻り、PチャンネルのMOSFETはオンの状態に維持され、MCUなどの負荷に対する給電が中断することなく実施されます。図7は、NPN型BJTを使用する回路においてパワー・サイクリングが実施された際の各種の信号波形を示したものです。CH1に示すように、WDIの信号に遷移は発生していません。これは、システムが非アクティブな状態にあるということを意味します。タイムアウト期間の後には、CH2のWDOの信号がローにアサートされています。この間にハイサイドの入力スイッチQ1がオープンになります。それにより、CH3で観測しているMCUの電源電圧の供給が止まり、システムの再起動が始まります。CH4では負荷に流れる出力電流を観測しています。給電が止まると電流はゼロになり、負荷が電源から切り離されていることがわかります。
ここでは、ハイサイドの入力スイッチを駆動するためにNPN型BJTを使用する方法を紹介しました。この方法の長所の1つとしては、BJTが安価であることが挙げられます。但し、NPN型BJTをバイアスするには、抵抗などの外付け部品を使用して適切に調整を行う必要があります。
NチャンネルのMOSFETを駆動回路として使用する
ハイサイドのPチャンネルMOSFETは、NチャンネルのMOSFETを使用した駆動回路によって制御することもできます。この手法を採用すれば、バイポーラ・トランジスタを使用することでは得られない、いくつかのメリットを享受することができます。まず、NチャンネルのMOSFETにはオン抵抗が小さいという特徴があります。そのため、それによる電圧降下を最小限に抑えることができます。このことは、電力損失の低減、エネルギー効率の向上につながります。
また、MOSFETのスイッチングは高速なので、応答時間が短縮されます。そのため、監視システムのリアルタイム性能が向上します。加えてMOSFETには、高い周波数で動作させた場合でも、スイッチング損失を抑えられるという特徴があります。このことから、スムーズで効率の良い動作を実現でき、バッテリ駆動のアプリケーションなどにおいてもエネルギーを節約できるというメリットが得られます。更に、バイポーラ・トランジスタを使用する場合と比べて、ゲート駆動に関する要件が緩和されます。それにより、必要な部品点数を削減することが可能になり、駆動回路が簡素化されます。
図8に示すように、NチャンネルのMOSFETのゲートはウォッチドッグ出力によって直接駆動することができます。適切な動作を得るためには、WDOのプルアップ電圧がNチャンネルMOSFETの閾値電圧VGS(th)の条件を満たすようにする必要があります。システムがアクティブな状態になると、WDOのハイの出力によってQ1がオンになります。それによってQ2がオンになり、システムに電力が供給されます。また、BJTを使用した例と同様に、システムが非アクティブな状態にある場合にはWDOピンからの出力レベルがローになります。それにより、Q1はオフになり、Q2もオープンの状態になります。その結果、システムへの給電が停止します。図9は、NチャンネルのMOSFETを駆動回路として使用した場合の各種の信号波形を示したものです。パワー・サイクリングが実施された際の信号の様子が見てとれます。
本稿では、ハイサイドの入力スイッチの駆動方法を紹介しました。それらの方法は、ワイヤレス・トランシーバーだけを対象としたものではありません。機能安全システムや本質安全システムなどのアプリケーションに対しても有用です。言い換えれば、過電圧や過電流などの障害が発生した際、システムを保護するためにパワー・サイクリングを必要とするあらゆるアプリケーションが対象になります。検出に用いる回路は、パワー・サイクリングを実行するためにどのような条件が必要になるのかを考慮して設計することになります。電圧に関する障害を検出する場合には電圧監視回路が必要ですし、過電流を防止するためには電流センサーとして機能する回路が必要になります。それら以外の回路が必要になるケースもあるでしょう。本稿では、パワー・サイクリングによって下流のシステムを保護するために、アクティブ・ローの出力を備える検出デバイス/監視デバイスを使用する方法を取り上げました。
まとめ
本稿では、パワー・サイクリングを実施するために、ハイサイドの入力スイッチを駆動する方法について説明しました。監視回路から出力されるアクティブ・ローの信号を使用してこの制御を実現する方法はいくつか考えられます。NPN型BJTを使用する方法は、入力スイッチとして用いるPチャンネルのMOSFETを駆動するための要件を満たせる低コストの選択肢です。一方、NチャンネルのMOSFETを使用する方法を採用すれば、部品点数を抑えて実装を簡素化することが容易になります。但し、全体としてのコストは高くなります。NチャンネルのMOSFETは、高い周波数で動作するスイッチとして使用する場合にも有用です。どちらも十分な実績がある手法であり、システムのパワー・サイクリングを実現するための設計にメリットをもたらします。