非線形回路ハンドブック

第三章 非線形回路を理解する

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対数/逆対数乗算器

対数/逆対数乗算器は 2 つ以上の変数の対数を加算することによってそれらの積を表すものであり、計算尺の C 尺と D 尺の電気的等価回路です。

数式56

対数/逆対数乗算器は精度と温度安定性に優れており、より複雑なパルス変調乗算器に近い性能を示します。誤差がフルスケールの 0.25 % 未満で、ドリフトが 0.01 %/ °C の性能を容易に実現できます。基本的な対数/逆対数乗算器の動作は 1 象限に制限されますが(通常は第 1 象限)、で説明するように、4 つの象限で動作するようにオフセットすることが可能です(オフセット手法、あるいは前出の絶対値/符号絶対値手法は、あらゆる 1 象限乗算器に適用できます)。

 

回路説明

対数/逆対数乗算器回路は、シリコン接合トランジスタの対数特性に依存しているという点で、トランスコンダクタンス乗算器回路と密接に関係しています。

対数/逆対数乗算器の基本構成要素は、3-1 項に詳細を示すパターソン・ダイオード(「トランスダイオード」ログアンプ)です。この回路はトランジスタの対数特性を巧みに活用しており(特に低電流時)、アナログ乗算器などのより複雑な回路に簡単に組み込めます。

便宜上、図 19 に示す基本的なトランスダイオード・ログアンプの動作をここで再度見ておきます。

図 19: 基本的なトランスダイオード・ログアンプ
図 19: 基本的なトランスダイオード・ログアンプ

 

オペアンプA1 のオフセット電流とオフセット電圧がゼロだと仮定すると、Q1 のコレクタ電流は Vin/R となります。A1 の出力は Q1 のエミッタを駆動するので、Q1 のエミッタ・ベース電圧は次式で表されます。

数式57

α ≈ 1

IES = エミッタ飽和電流、~10-14A

αNIES = I0 とします。

したがって、A1 の出力は入力電圧の対数に比例し、(kT/q と I0 の両方を通して)温度によっても変化します。乗算器回路にログアンプを使用すると、温度依存性を無くすことができます。

2 入力対数/逆対数乗算器の回路図を図 20 に示します。2 つの入力 Vx と Vy が、2 つの独立したトランスダイオード・ログアンプ A1-Q1A と A2-Q2A を駆動します。

Q2A のベースはグラウンド電位で、Q1A のベースは Q2A のエミッタに接続されています。したがって、Q1A のエミッタの電圧は、以下のように Vx と Vy の対数の合計に比例します。

数式58,59,60,61,62

 

図 20: 対数/逆対数乗算器
図 20: 対数/逆対数乗算器

 

次のステップは、温度依存性を無くすような具合に V3 の逆対数を取ることです。V3 は、直列に接続されている Q1 と Q2 の「B」側にあるベース・エミッタ回路の両端に現われることに注意してください。

数式63

一定リファレンス入力 VREF を次のように仮定します。

数式64

(63)を VEBIB について解くと次のようになります。

数式65,66

VEB1B > 100 mV の範囲では、コレクタ電流はベース・エミッタ電圧に対して指数関係になります。

数式67

(66)と(67)を結合すると以下の式が得られます。

数式68,69

トランジスタ Q1 と Q2 が単一チップ上に形成されている場合、I0項は相殺されます。

数式70

出力アンプ A4 と帰還抵抗 R4 が IC1B を電圧に変換します。

数式71,72

したがって、図 20 の回路は、温度に影響されない(抵抗が追従できる程度に優れた値となり得る)スケール・ファクタで乗算と除算を行います。出力入力間の伝達関数も、トランジスタの電流ゲイン(β)には依存しません。

 

対数/逆対数乗算器の性能

実際の対数/逆対数乗算器の真の性能は、示されているように理想乗算器の性能にごく近いものになります。静的な精度誤差と温度ドリフトは非常に小さい値です。対数/逆対数乗算器の主な静的誤差源は以下の通りです。

  1. トランジスタの対数適合度誤差: フルスケール付近の X 入力または Y 入力に対する対数トランジスタ Q1A と Q2A の電流は、約 100 µA です。この電流レベルでは、エミッタのオーム抵抗の影響が見られるようになり、約 0.1 % の非線形性が生じます。フルスケール電流を 100 µA に制限すれば、非線形性が大きくなるのを防ぐことができます。 
  2. オペアンプ A1 ~ A4 の入力電流とオフセット電圧は、X、Y、およびリファレンス入力と信号出力に「オフセット」誤差を発生させます。これらのオフセットは約 5 mV 程度で、アンプ A1 ~ A4 のリファレンス(つまり「+」)入力をオフセットすることによって、簡単に 0.1 mV 未満にトリミングできます。
  3.  抵抗許容誤差: これはスケール・ファクタに誤差を発生させますが、「ゲイン」ポテンショメータによって調整できます。
  4. トランジスタ・ペア Q1A-B と Q2A-B は、1 ミリボルトのオフセットあたり 4 % のスケール・ファクタ誤差を発生させます。この誤差はゲイン・トリミングで除去されます。

対数/逆対数乗算器の温度に対する安定性は良好です。Rx、Ry、Rr、および R4 に 50 ppm の抵抗を使用した場合、スケール・ファクタのドリフトは、約 0.01 %/ °C です。入力および出力のオフセット・ドリフトはオペアンプによって決まり、VREF = 10V の場合、約 20 µV/ °C になります。VREF の値がこれより低い場合、入力オフセット・ドリフトは出力に 10/VREF を掛けた値になります。

他の対数回路同様、対数/逆対数乗算器の帯域幅は入力の大きさに比例します。この効果は、減少した電流ではループ・ゲインが減少し、それに応じてループの時定数が大きくなるためです。通常、乗算器の帯域幅は 10 V 入力に対し 100 KHz で、入力が 0.1 V になると帯域幅は 1 kHz に減少します。

入力と出力のオフセットとスケール・ファクタが調整されている場合、対数/逆対数乗算器の合計誤差は(10 V に対し)±10 mV 未満です。誤差は入力の減少とともに小さくなり、0 ~ +10 V の出力レンジで、代表値が出力の 0.1 % 未満で、これに固定の出力オフセットが加わります。

 

1 象限乗算器を 4 象限動作用にオフセット

すべての 1 象限乗算器は、入力と出力を適切にオフセットすることによって、4 象限で動作させることができます。乗算器自体は 1 象限デバイスのままで、通常のユニポーラ範囲内に中心を定めたバイアス点の周りで動作します。

オフセット方法は、オフセットが X および Y 入力に及ぼす影響を考えることによって求められます。

数式73,74

入力オフセットの効果は、出力オフセット XOSYOS と、2 つの線形フィードスルー項 XOSVy と VXYOS を発生させることです。XOS > |VX|max かつ YOS > |Vy|max だとすると Vx と Vy は正負いずれにもなることができますが、(74)の EO は正のままです。望ましくない項(K1VxVy 以外の項)を(74)から差し引くと、EO は正負いずれにもなることができ、望みの結果が得られます。

数式75

K0 = K1XOSYOS とすると、K2 = K1YOS、かつ K3 = K1XOS です。従って次式が得られます。

数式76

ここで、Vx と Vy の極性は任意です。

オフセットの設定と入力結合の方法を図 21 のブロック図に示します。このオフセット方法は、図 20 に示す対数/逆対数乗算器に使用できます。これは、乗算器の初期調整をかなり複雑なものとします。また、リファレンス電圧(VREF)を一定にする必要があります。そうしないと、「フィードスルー」とオフセットが相殺された状態が維持されません。さらに、4 象限対数/逆対数乗算器では、X および Y 入力が負の場合は(対数トランジスタ内の電流量が減少する)、正入力の場合より速度が遅くなり、ゼロを中心とする対称波形ではこの方法の効果が薄れます。

このような短所はありますが、オフセット乗算器は誤差をフルスケールの 0.1 % に調整でき、非線形性は 0.05 % 程度です。 

 

図 21: 1 象限乗算器を 4 象限動作用にオフセット。乗算器のスケール・ファクタの変更により、加算出力に出力オフセットとフィードスルー・シフトを生成。
図 21: 1 象限乗算器を 4 象限動作用にオフセット。乗算器のスケール・ファクタの変更により、加算出力に出力オフセットとフィードスルー・シフトを生成。

 

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目次: 基本動作、非線形デバイスの応用、非線形回路を理解する、設計者のための技術情報

この技術書は、Analog Devices社の"Non-Linear Circuit Handbook"を和訳したものです。
非線形アナログ回路の原理、性能、仕様、テスト、応用に関する情報が1冊にまとまっています。50年以上前に考案された半導体の非線形特性を利用した回路は、最新の信号処理用の集積回路の中に隠れて、数多く使われています。
非線形回路の詳細を理解することで、それらを応用した新しい集積素子実現のもとになることを願っています。

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