TNJ-007:OPアンプの電流性・電圧性ノイズの良し悪しと回路のカスケード接続

2014年01月06日
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 2014年1月6日 公開

はじめに

技術ノートTN-005JP「ロー・ノイズOPアンプの性能をSPICEで最適化してみる」では、NI Multisim活用の応用編として、ロー・ノイズOPアンプAD797を用いたノイズ解析を説明してきました。

実際問題として、設計する回路に対して適切なOPアンプを選定する必要があります。OPアンプごとで電流性・電圧性ノイズのレベルが異なりますので、どのような用途にどのようなOPアンプが良いかを適切に選定する必要があります。そしてアンプをカスケード(直列)に接続する際にどのようなところに注意を払えばよいかも注意する必要があります。

この技術ノートでは、そのあたりの話題を掘り下げてみたいと思います。

 

電圧性/電流性ノイズの低いOPアンプ Best 100

電圧性ノイズの低いOPアンプと、電流性ノイズの低いOPアンプを、IST(Interactive Selection Table)というアナログ・デバイセズのwebで用意しているツールを用いて、それぞれのベスト100を選択してみました。

別表1、別表2は入力換算「電圧」ノイズの小さいほうから選んだランキング表です。別表3、別表4は入力換算「電流」ノイズの小さいほうから選んだランキング表です。

これで判ることは、なかなか一つのOPアンプで両方チャンピオンにはなっていないということです。「適材適所」というところでしょうか(信号源抵抗により決定すべき、という意味です)。電圧、電流性ノイズ両方でがんばっているのは、AD743/745あたりですね。

なお、それぞれの表に「rtHz」とありますが、これは

rtHz = √Hz

√Hzという単位量あたりのノイズ量だという意味です。1Hzあたりの帯域で考えるということを意味しています。別表1~4にも、電圧性ノイズ、電流性ノイズとして「V,I Noise Density」…Density =「密度」という用語が使われていますが、これが1Hzあたりの帯域で考えるということです。

 

電流性ノイズは信号源抵抗に生じた電圧で考える

OPアンプの電圧性ノイズと電流性ノイズを実際の回路上でどのように取り扱うか、ですが、これは電流性ノイズを「電流性ノイズにより信号源抵抗に生じた電圧量に変換して」考えることで、電圧性ノイズと同じ土俵に載せて考えることができます。

たとえば信号源抵抗をRS[Ω]、OPアンプの電流性ノイズをIN[A/√Hz]、電圧性ノイズをVN[V/√Hz]とすれば、

RS × IN <> VN

を大小を比較することで信号源抵抗RSに対して、そのOPアンプの電流性ノイズの影響度が高いのか、電圧性ノイズの影響度が高いのかを計算することができます。これにより、信号源抵抗に適したOPアンプを選定することができるわけです。

一般論としては、信号源抵抗が低い場合は、電流性ノイズの影響度が低くなるので、電圧性ノイズが良好なOPアンプを選定し、信号源抵抗が高い場合は、電流性ノイズの影響度が高くなるので、電流性ノイズが良好なOPアンプを選定するというところです。

 

AD549の電流性ノイズは220aA/√Hzという超微小量!

別表3ではAD549の電流性ノイズとして「aA/√Hz」という単位が見えますが、これはナニでしょうか?TN-005JP で言及したAD797は、電流性ノイズ(入力換算)は約2pA/√Hzでした。この2pAというのは、

「1E-12 ピコ (pico) p; 一漠(ばく)」

になります。その1/1000(-60dB)は、

「1E-15 フェムト (femto) f; 一須臾(しゅゆ)」

さらにその1/1000(-60dB)は、

「1E-18 アト (atto) a; 一刹那(せつな)」

ということで、AD549の220aA/√Hzというのは、220μ[pA/√Hz] = 0.00022pA/√Hzという値なわけです。驚きの低さですね!。この電流性ノイズにより、1kΩに(電流が流れることで)発生する電圧性ノイズも、

0.00022pA/√Hz x 1kΩ = 0.22pV/√Hz

ですから、電圧性ノイズや抵抗のJohnson(熱)ノイズ(nV; 1E-9のオーダ)から比べれば「彼方」の小ささです。

 

Trivia(トリビア; くだらないこと)…「 1涅槃寂静A/√Hz」

ところで、1E-24は「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」と言うそうで、それこそ「ノイズ・レス」というところでしょう(1pAからも-240dBです…)。涅槃寂静がどれだけ「ノイズ・レス」かを少し計算してみました(笑)。

1〔涅槃寂静A/√Hz〕が1T(1E+12)Ωの抵抗に流れて発生するノイズ電圧は、

VN = 1E-12V/√Hz = 1 pV/√Hz

です。これが抵抗のJohnson(熱)ノイズで同等だとどうなるかですが、

「0.001Ωの抵抗が絶対温度18Kのときに生じるノイズ量」

ですね。うーむ、 さすが「涅槃寂静」のノイズ量…。

 

OPアンプ内部ノイズの現実の大きさと抵抗から生じるJohnson(熱)ノイズ

さて、話を戻しましょう。ロー・ノイズOPアンプAD797は、電圧性ノイズ(入力換算)は約0.9nV/√Hz、電流性ノイズ(入力換算)は約2pA/√Hzです。この大きさが抵抗から生じるJohnson(熱)ノイズと比較してどの程度なものかを示してみましょう。

この計算によりデータシートのスペックと実際のノイズ特性とが理解(比較)できるものと思います。

抵抗から生じる1HzあたりのJohnson(熱)ノイズ電圧は、

VN = √(4kTR)

になります。ここでkはボルツマン定数[1.3806488×10-23 m2 kg s-2 K-1]、Tは周囲の絶対温度[K]、Rは抵抗の大きさ[Ω]です。

たとえば終端インピーダンスとして良く用いられる50Ωを、先の式に入れてみると(周囲温度は27°= 300Kとしてみます)、

VN = √(4kTR) = 0.91nV/√Hz

になります…。面白いものです。この0.9nV/√HzというのはAD797の入力換算電圧性ノイズの大きさですね!現在のOPアンプでは電圧性ノイズは、この0.9nV/√Hzのオーダが一般的に最高レベルのものと言えるでしょう。

50Ωに対して、AD797の電流性ノイズ(約2pA/√Hz)の影響度を考えてみます。先の式のように、電流性ノイズは抵抗RSに生じる電圧降下として計算できますので、

RS×IN = 50Ω×2pA/√Hz = 0.1nV/√Hz

と計算することができます。信号源抵抗が50Ωであれば、AD797の電流性ノイズの影響は、電圧性ノイズと比べてもかなり低くなる、と言うことが分かります。

さらに1kΩの抵抗で考えてみましょう。先の式に1kΩを代入してみると、

VN = √(4kTR) = 4.07nV/√Hz

が求まります。4nVということで、AD797の入力換算電圧性ノイズの大きさよりもかなり大きくなっていることがわかります。

同じく1kΩに対しても、AD797の電流性ノイズ(約2pA/√Hz)の影響度を考えてみます。先の式から、

RS×IN = 1kΩ×2pA/√Hz = 2nV/√Hz

と計算することができ、AD797の電流性ノイズの影響が信号源抵抗が大きくなることで支配的になってくること、すでにAD797の電圧性ノイズの0.9nV/√Hzという大きさも越していることが分かります。

これまでの計算で、抵抗によるJohnson(熱)ノイズと、OPアンプの内部ノイズの相対的な比も、イメージできるようになったかと思います。

それと若干話が異なりますが、炭素皮膜抵抗はJohnsonノイズより大きいレベルの「過剰ノイズ」という雑音が出てきて、実際は計算したJohnsonノイズよりも大きくなります。そのためこのようなロー・ノイズの設計ではきちんと金属皮膜抵抗を用いてください(某社のオーディオ用の抵抗が最高とか聞いたことがあります)。

 

OPアンプの「等価ノイズ抵抗」RN

ここまででご理解いただけたように、信号源抵抗RSの大きさによって、OPアンプの電圧性ノイズVNの影響度と、電流性ノイズINの影響度のうち、どちらが大きくなるかが異なってきます。

ここでその指標として、OPアンプの「等価ノイズ抵抗」RNというものを、

RN = VN / IN

として定義することができます。もし信号源抵抗RS = RNであれば、

VN = RS × IN

となります。つまりここが、電圧性ノイズと電流性ノイズの影響度のうちどちらが大きくなるかの境界になることがわかります。

 

ロー・ノイズ設計での定石「前段と後段の設計」

ロー・ノイズ設計での定石のお話があります。「初段をロー・ノイズにすることがとても大事」というセオリーです。たとえばフォト・ダイオード・アンプを考えてみます。

フォト・ダイオードは等価内部インピーダンスが非常に高いものです。そのため(以降でもあらためて定性的に示しますが)、初段の電流・電圧変換回路部分は電流性ノイズの低いOPアンプを選択すべきことになります。

そのアンプを前段に、後段には電圧性ノイズの小さいものを選んでみる、というのも定石の話に繋がってきます。この「後段を電圧性ノイズの小さいのを」というのは、初段のOPアンプ出力が低インピーダンスですから、後段のOPアンプから見れば、電圧性ノイズが支配的になる、というお話なわけですね。

ここではその話をイメージで理解してみましょう。図1をご覧ください。

1) 昔々レコードに録音されたものを信号源としてカートリッジでピックアップして、それ以降を超高性能なアンプで聴いた場合と

2) 最新鋭の録音装置でCDに録音してそれをデジタル情報として再生し、それ以降を(同じ)超高性能なアンプで聴いた場合と

では、後段が同じ高性能であっても、1)の場合は初段の方がノイズが多いので意味がない

ということがわかります。アンプをカスケードにつなげて設計する場合は、このように「初段が大事なのです」

※ところで、昔のアナログ録音では、映画フィルム並みのテープを、超高速で回して、SN比やダイナミックレンジを稼いでいたりしたそうです。

 


図1. 前段と後段の設計をイメージで理解する

 

NFはシステムとしてのノイズ性能を示す指標

NFは、増幅器を挿入することによりシステムとしてどれだけノイズ性能が低下するかを示す数値です。

 


図2. システムのノイズ性能を表す指数「NF」

 

カスケード接続のアンプのNFは初段が重要

図3はカスケードに接続したアンプのNFを式で考えたものです。有名な「Friisの式」というものです。

ここでS/N比や増幅率は「電力」で考えます。というより、V2でノイズ・レベルの足し算、RSS(Root Sum Square)の関係で考えます(詳しい式は示しませんが、この式の成り立ちから、V2で考える必要があります)。

この式で判ることは、2段目以降は前段までのゲインで割られていますから、結局初段(フロントエンド)が支配的だということです。まあ、この式の詳細がどうの、というよりそのことさえ知っていれば十分でしょう。

ともあれフロントエンドをいかにロー・ノイズに設計するかが、とても大切ということですね。

 


図3. カスケード接続のNFを考える「Friisの式」

 

信号源抵抗の大きさとNF

これまでの信号源抵抗の話とNFの話を絡めて、少し示しておきたいと思います。

NFは、増幅器を挿入することによりシステムとしてどれだけノイズ性能が低下するかを示す数値です。

ところがここまでのことを考えると、同じ信号源電圧であっても、信号源抵抗RSが大きければ、Johnsonノイズがその大きさに比例して発生して、信号源のSN比自体が悪くなってしまうことになります。

つまり電圧性ノイズが「完全に支配的」なOPアンプ(電流性ノイズが非常に低く、高抵抗でも電圧性ノイズが支配的なもの)ですと、高い信号源抵抗RSによって生じるJohnsonノイズが大きくなってくるため、回路出力のSN比の低下に、OPアンプが与える影響度が低くなってくるということなんですね。

よく(FETなどで)横軸を信号源抵抗、縦軸をNFにしているグラフがあり、数kΩ以上とかでNFが良好になったりしていますが、これは結局信号源抵抗によるノイズが(抵抗値が大きくなると)支配的になってくる、ということの裏返しなわけですね。

 

NFにはふたつの言い方があるので注意

Noise FigureとNoise Factorというふたつの言い方があり、どちらも略して"NF"です。NFは大体log10()で計算し、dBで表します。こちらのことをNoise Figure, 元々の真値の方をNoise Factorというようです。

カスケード・アンプの計算は真値を使いますので、ご注意ください!

しかし、ホワイト・ノイズ(Johnsonノイズ)を後段で推定(信号と区別)して、引き算除去する回路なんぞが出来たら、ホントに凄いですね!(ため息)

 

 

※ PDFの末尾に、別表1~4を掲載しております。ダウンロードしてご覧ください。

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著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
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