Data waves
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次世代のスペースエンジニアを育成する

SPACE HAUC, UMass Lowell's student-designed-and-built nanosatellite, orbiting Earth.
マサチューセッツ大学ローウェル校の学生が設計と組み立てを行った小型衛星SPACE HAUCが地球を周回しているところ(想像図)

さまざまな市場や野心的プロジェクトを収益源とすることを目指すSpaceX、Blue Origin、Virgin Orbitなどを初めとする新たな企業の参入により、宇宙産業でのビジネス手法に大きな変化が生じてきています。この結果として商業分野が爆発的に拡大し、従来よりもはるかに容易に、また低コストで宇宙に到達できるようになりました。宇宙産業はこの10年間に1兆ドル規模にまで成長すると予想されており1、低高度軌道にある何千個もの衛星により、環境対策、すべての人のための通信手段、および世界中の人々の暮らしを改善する新たな応用の可能性などが実現しようとしています。

しかしこれには2つの大きな課題が存在します。すなわち明日の宇宙産業からの拡大し続けるニーズに応えた、非常に多数のエンジニア、技師、研究者などはどこから調達できるのでしょうか?また今後の課題に取り組む、次の世代の人材を動機付けし、教育し、育成するにはどのような手段が最も適切でしょうか?

NASAのCubeSat打ち上げプログラム

米国会計検査院(GAO)の2020年度の報告書では、NASA、その請負業者、および商業宇宙分野のスタートアップ企業は「人材面での課題に直面し、それがプロジェクトをコスト効率良く、かつタイミングを逃さず成功させるうえで大きな障害となる」と危惧されています。この報告書には現在と将来のプロジェクトを支えるうえで、科学、技術、およびエンジニアリング分野の熟練した働き手が全米において不足していると述べられています。

A stack of three cubes of Cubesat
積み重なった3つのキューブ

このような傾向を食い止めるため、NASAは学部学生を宇宙関連プロジェクトに触れさせることを目的とした、他に例のない多層的なプログラムであるUndergraduate Student Instrument Project(USIP)を立ち上げました。このプロジェクトから認定を受けた教育機関の学生は衛星などの開発を実際に経験し、研究用衛星の設計、組み立て、および運用に関して貴重なスキルを取得することができます。

それほど遠くない以前には衛星の設計に関する標準的な手法は存在せず、あらゆる衛星の設計はまったくの最初から始められていました。しかし約20年前にモジュール化という新たな概念が生まれました。この構造に基づくCubeSatはレゴと同様に標準的なブロック、すなわちモジュールであるキューブによって構成されます。このキューブの組み合わせが小型衛星全体のアーキテクチャとなります。それぞれの衛星のミッションが必要とするものに合わせて、各キューブにはどのようなコンポーネントも組み込むことが可能です。

それぞれのキューブは1U(ユニット)を構成し、外寸は約3.9 × 3.9 × 4インチ(10cm × 10cm × 11cm)、容量は1リットルです。組み合わせるキューブの数は1Uから12U3までで、さまざまな機械的構造(または形状)に合わせて構成することができます。CubeSatの重量は最小のものでは通常は1.3kg(3ポンド)、最大のものは約24kg(53ポンド)であり、ナノサテライトと呼ばれる研究用衛星クラスに属します。

The Lowell Center for Space Science and Technology

マサチューセッツ大学のLowell Center for Space Science and Technologyでは、学部学生のチームがSPACE HAUC2と呼ばれる超小型、ロー・コストの衛星の設計、組み立て、およびテストを行い、これを1年にわたる地球周回ミッションに送り出しました。

この衛星にはNASAのCubeSatが3つ組み合わされ、デスクトップPCの約3分の1のサイズです。この小型衛星であるSPACE HAUCがいまや軌道上にあり、Xバンド通信用フェーズド・アレイ・アンテナを通じて太陽の貴重なデータと画像を送る準備を終えています。

ADIは優れた教育と上質な人材育成に注力するため、マサチューセッツ大学ローウェル校と提携し、先進技術、分野に関する専門ノウハウ、およびこの実際の現場での学習体験に必要なその他の支援を学生に提供しています。

「宇宙関連エンジニアの不足により宇宙産業の成長が遅れかねません。今後の課題に対応するため、高度なトレーニングを受けた意欲あふれる人材の継続的供給が必要とされています。」

スプリヤ・チャクラバルティ, Ph.D.

Lowell Center for Space Science and Technologyディレクター マサチューセッツ大学ローウェル校

マサチューセッツ大学ローウェル校の学部学生がSPACE HAUC衛星を開発

主任研究者であり、Lowell Center for Space Science and Technology(LoCSST)の物理学教授を務めるスプリヤ・チャクラバルティ博士の指導の下で、マサチューセッツ大学ローウェル校は2015年秋にSPACE HAUC CubeSatミッションの企画案をNASAに提出しました。

「どのようなことも提案可能でしたが、学生たちは最も困難なプロジェクトを自らに課しました。私たちが企画したのは衛星全体を設計し、宇宙で新たな技術のデモを行うことでした」とチャクラバルティ氏は述べています。

Original four members of UMass Lowell's team who helped write the SPACE HAUC proposal.
SPACE HAUCの企画書作成に携わった、マサチューセッツ大学ローウェル校の4名のオリジナルメンバーたち。

このCube Satelliteプロジェクトには、5年を超える期間を通じて100名を超える学部学生が参加しました。このミッションでは、学生により開発された、フェーズド・アレイ・アンテナを使用した、ビーム操作機能を持つ髙データレート(最大50Mbps)のXバンド通信システムのデモに注力しました。

「ここでは学生たちに未来に向けたトレーニングを施し、宇宙産業のための上質な人材を供給し続けられる仕組みを開発しています。このプロジェクトに本気で取り組んでいる10名から20名の学生に求職の不安はありません。これらの学生はまれな種類の活動に関わっているためです。『私はいま宇宙を飛んでいる衛星を作った』と言える学部学生が世の中に何人いるでしょうか?」とチャクラバルティは述べています。

アナログ・デバイセズがSPACE HAUC開発をガイド

NASAが設立したSPACE HAUCチームはまた、アナログ・デバイセズとマサチューセッツ大学ローウェル校工学部との長年にわたる関係を活用し、ADIのベテランからコンポーネント、ガイダンス、および専門ノウハウを得ました。このチームにはイーモン・ナッシュ(Eamon Nash、プロダクト・アプリケーション・エンジニア・ディレクタ)とボブ・ブロートン(Bob Broughton、電子設計エンジニア・ディレクタ)を含む、ADIの航空宇宙、防衛事業、RFプロダクト部門から大きな技術的ガイダンスが提供されました。

Space HAUCチームは、ナッシュとADIのフェーズド・アレイ部門の他のスタッフと週次で会合を持ちました。「このプロジェクトはアナログ・デバイセズからのエンジニアリング面での支援なしでは不可能でした。ADIのエンジニアは私たちの研究の教師役となり、私たちはADIとの密接な協力を通じてXバンド通信システムを設計しました」とチャクラバルティは述べています。

ナッシュはこれに、「彼らはまるで消火ホースから出てくる膨大な量の水をすべて飲み干そうとするかのように、不可能とも思える課題に取り組んでいました。彼らが望んでいた技術的レベルに達するためには生半可な取り組みではかないませんでした」と付け加えています。

ADIはまたソフトウェアと、送受信機、RFアンテナ、およびバッテリーからの電力を、SPACE HAUCに搭載されたさまざまなICにふさわしい電圧とノイズレベルに変換する電源管理装置を含め、超高度なハードウェアも提供しました。

「私たちはADIのチップセットを組み込み、ADIの監督の下で通信システムを設計しました。このシステムは当初は大きすぎ、高さは約6インチに達していました。ADIと共に改良作業を2度にわたって繰り返した後に高さ0.5インチにまで小型化できましたが、さらに小さくすることも可能だったと思っています」とチャクラバルティは述べています。

学生たちは目標を高く掲げた

ADIとその専門家との作業により、SPACE HAUCチームはビームを発射し、その方向を地上の受信器に向けて操作することのできる電子回路を開発しました。このビーム操作機能により衛星が真上になくてもリンクを構築できるため、リンク接続時間がより長くなるという利点が得られます。

&現在はADIでシステムエンジニアを務めるサンジーブ・メータ(Sanjeev Mehta)は、「私はローウェル校での最初の年にCubeSatプロジェクトに関わりました。卒業が近づくにつれ、RF通信システムへの関心がさらに高まりました。私はSPACE HAUCチームとアナログ・デバイセズと共にその設計に携わりました。回路基板の設計と組み立ては学生たちが行いました。最終的に打ち上げるまでには2度にわたって開発サイクルを繰り返す必要がありました」と述べています。

SPACE HAUCチームはより遅く、実装がより容易な、また一般的に広く使用されているSバンドでは満足しませんでした。チームはデータのスループットが10倍大きく、レイテンシが低く、通信に中断が発生せず、またクロスリンクとダウンリンク機能を備えた、より高度だが開発が難しいXバンド・フェーズド・アレイ通信システムを選びました。

「私たちは挑戦者です。Xバンド・フェーズド・アレイがこのサイズのCubeSatに使用されたことはかつてありませんでした」とチャクラバルティは述べています。

UMASS Lowell design of an X-band phased array antenna
マサチューセッツ大学ローウェル校が設計したXバンド・フェーズド・アレイ・アンテナ

ADIは無線通信用の4×4エレメント(16個のアンテナに相当)を含め、搭載されるフェーズド・アレイ・システムのための電子部品を提供しました。このシステムは最大61.44Mbpsでデータを送信することができ、ビーム操作エラーは5度以下です。ADIはまた電源と送受信機のための部品も供給しました。

SPACE HAUC hitched a ride aboard the SpaceX CRS-23 ISS resupply mission.
SPACE HAUCはSpaceX CRS-23によるISS再補給ミッションと共に打ち上げられました。(NASA提供画像)

打ち上げ

打ち上げに際しては、容量に余裕のあるより大きなミッションに小さなCubeSatを便乗させることにより、低コストで打ち上げを行うことのできる機会がNASAから提供されました。SPACE HAUC CubeSatの打ち上げは、国際宇宙ステーション(ISS)で過ごしている乗組員のための貨物と物資を満載した、SpaceX社のFalcon 9ロケットにより2021年8月29日に行われました。2021年10月11日に宇宙飛行士がロボットアームを操作し、このマサチューセッツ大学ローウェル校の超小型衛星であるSPACE HAUC CubeSatをISSから宇宙に放出しました。

「SPACE HAUCは学部学生に宇宙ミッションに関する実践的経験を提供し、極めて高度な実験をわずかな予算で行うという大きな成功を収めました。これは飛行機で飛んでいる最中にその飛行機の組み立てを行うようなプロジェクトでした。私たちによって新しいカリキュラムが作られましたが、それだけには留まらずマサチューセッツ大学ローウェル校には次の秋から宇宙工学の博士課程が設置される予定です」とチャクラバルティは述べています。

通信に関する問題

SPACE HAUCチームは現在、衛星との通信にバックアップ用の極超短波(UHF)を使用しながら、FCCからのXバンド周波数の認可を待っています。チームはキャンパスに設置された1.7 mのアップリンクアンテナ経由でUHFの送信と受信の両方を行おうとしていますが、しかし同じ回路をアップリンクとダウンリンクの両方に使用することによって若干の干渉が生じ、衛星との恒常的な接続を行うことができない状態です。

“「この衛星はマルコポーロゲーム(プールの中で声を掛け合いながら行う鬼ごっこ)のように、こちらから電波を送らない限り電波を送ってきません。この仕組みはレトロディレクティブ通信と呼ばれます。これまでの所、私たちは衛星とのやり取りを解読できていません。この問題の解決のため、使用している送信機と受信器をアップグレードする計画です。干渉の問題が解決されればFCCからの許認可が得られ、Xバンド・フェーズド・アレイ・システムを使ったはるかに高いデータレートでの通信が可能になると期待しています」とチャクラバルティは述べています。

このノイズを軽減するためSPACE HAUCチームは送信と受信機能を分離し、アップリンク用の1.7mのアンテナと、より小型のそれとは別の受信システムを使用することにより、干渉の原因を特定しようとしています。

チャクラバルティはアップリンクとダウンリンクの両方にXバンドのシステムを使用することが最終的な目標だと述べています。FCCからの認可が得られた後、チームは衛星からのXバンドダウンリンクによるデータを、マサチューセッツ大学ローウェル校から30マイルの距離にある、ヘイスタック天文台の地上受信局に設置された18mのパラボラアンテナに送信する計画です。

「研究では予想外のことが起こるものです。私たちが設計して組み立てたシステムは現在のところ最大限の性能を発揮していません。ではどうするか?何かを変えるのです」とチャクラバルティは述べています。

ADIとマサチューセッツ大学ローウェル校:教育パートナーとして

マサチューセッツ大学ローウェル校とADIは、明日のスペースエンジニアを教育し、トレーニングするため協力しています。

航空宇宙/防衛事業部門のバイスプレジデントであるブライアン・ゴールドスタイン(Bryan Goldstein)は、「宇宙航空および防衛産業のための才能あるプロフェッショナルを育成し、またマサチューセッツ大学ローウェル校でのカリキュラム開発を支援したいと考えています」と述べています。ゴールドスタインはまたローウェル校工学部の産業界顧問委員会メンバーでもあります。

宇宙産業の急速な成長に伴い、新たな技術の設計と構築に携わる優れたスキルを持つエンジニアが必要とされていることに応え、ADIとマサチューセッツ大学ローウェル校はさまざまな形で協力しています。たとえばADIの航空宇宙/防衛事業部とマサチューセッツ大学ローウェル校の間には、画期的かつ先進的な教育プログラムが設立され、すべての学費とその他の費用が供与される修士過程が提供されています。このMaster’s Fellowship Programでは、ADIの従業員が電子工学、機械工学、あるいはコンピュータサイエンスの分野での修士号を短期間で取得できます。参加者は週40時間の勤務を仕事と学習に振り分け、修士号取得までの費用はADIがすべて負担します。

マサチューセッツ大学ローウェル校Academic and Corporate Program Developmentの副責任者であるサンジャ・バラスブラマニアン(Sandhya Balasubramanian)は、「この新しいプログラムはアナログ・デバイセズと本学との長年にわたる協力をさらに拡大し、同社との強力な共同研究に加え、本学のCareer and Co-op Centerとの連携を通じてフルタイムの職、co-opベースの職務体験、およびインターンシップを学生に提供するものです」と述べています。

「アナログ・デバイセズからは極めて大きな支援を得ています。ADIからの本学への支援はさまざまな面で続いています。次世代の優れたエンジニアを育成することにより、私たちは科学にインパクトを与え、イノベーションを推進し、また人々の暮らしをさらに高めています」とチャクラバルティ教授は述べています。

出典

1 IBM

2 Science Program Around Communication Engineering with High Achieving Undergraduate Cadres (SPACE HAUC)

3 キューブには27Uのものも存在します。