次世代の防衛用通信に向けて解決すべき課題

防衛用の通信(MILCOM:Military Communications)システムは、ベトナム戦争以来、戦地に赴いた兵士らのバックボーンとして利用されてきました。この種の通信システムがセキュリティ面を含めて高い性能を備えていることは、何十年も前から実証されています。しかし、次世代のMILCOMシステム向けプラットフォームでは、セルラ式携帯電話やWi-Fi機器などの民生向けプラットフォーム用に開発された、より新たな通信技術も活用する必要があります。MILCOMシステムは、トランシーバーのような携帯型の端末であることが多く、PTT(Push to Talk)ボタンを押すことによって、音声メッセージを送信できるようになっています。また、PTTボタンを押していない間は、別の端末からの音声メッセージを受信することが可能です。2つの端末の間で伝送される音声メッセージは、変調、暗号化、増幅されて、2人の兵士の間でワイヤレスでやり取りされます。旧来のMILCOMシステムと民生向けのセルラ式携帯電話や通信システムの間には、多数の相違点があります。表1は、そうした違いの一部をまとめたものです。

表1. MILCOMシステムと民生用通信システムの相違点
機能 従来のMILCOMシステム 最新の民生用通信システム
帯域幅 25kHz未満 20MHz未満
周波数範囲 500MHz未満 6GHz未満
周波数ホッピング 多様なアジリティ 周波数は固定
送信電力 5W未満 0.5W(標準値)
データのペイロード 音声のみ 音声、SMS、データ、位置情報
変調方式 FM、AM、MSK QAM、QPSK、DSS

次世代のMILCOM向けプラットフォームでは、防衛用通信システムと民生用通信システムのギャップを埋めつつ、重要な相違点のうちいくつかを維持しなければなりません。また、データやテキストを通信する機能を追加し、音声しか扱えないシステムからの脱却を図る必要があります。そうすれば、地図、画像、動画などのデータを戦場にいる兵士に送信できるようになります。問題は、帯域幅を広げると、主にSWaP(サイズ、重量、消費電力)に関する厳しい要件が無線プラットフォームに課せられることです。MILCOM向けプラットフォームに採用されてきた従来型の(RF)シグナル・チェーンでは、消費電力、サイズ、重量の増加に目をつぶらなければ、広い帯域幅やデジタル変調方式に対応できません。兵士にとっては、長時間にわたるミッションを遂行するために、バッテリからの最小限の電力で動作し、より小型で高機能な無線機器が理想です。したがって、SWaPの増加は許容できることではありません。結果として、次世代のMILCOM向けプラットフォームには、新たなRFシグナル・チェーンのアーキテクチャが必要になります。

小型の無線システムを実現するための革新的な進化としては、集積度の高いRFトランシーバーICが挙げられます。最新のトランシーバーICでは、いくつかの方法で無線システムを再分割することによって、サイズと消費電力の低減を図っています。例えば、従来はRFデバイスやアナログ・デバイスとして実現されていた部分をデジタル領域に移管するといった具合です。この手法では、RFフィルタがデジタル・フィルタに置き換えられます。デジタル技術で実装されたフィルタのブロックは、RF素子で実装するよりも効率的でプログラマブルなものになります。また、旧来のRFシグナル・チェーンでは、一般的にヘテロダイン・アーキテクチャが採用されていました。それには、周波数変換、フィルタリング、増幅、A/D変換といった複数の回路ブロック(デバイス)が必要でした。一方、集積度の高いトランシーバーICでは、ゼロIF(ZIF)アーキテクチャを採用できます。ZIFアーキテクチャでは、シグナル・チェーン内に必要なコンポーネントの数が大幅に削減されます。具体的には、従来は必須だったフィルタリング段と増幅段が不要になります。それにより、サイズと消費電力が大幅に低減されます。加えて、ZIFアーキテクチャでは、A/Dコンバータがより効率的に使用されるので、広帯域に対応するシステムにおいて全般的に消費電力を削減することが可能です。民生用通信システム向けのプラットフォームでは、10年ほど前からZIF対応のトランシーバーICを活用できる状態にありました。一方、MILCOM用にそうした製品が提供されるようになったのは、ここ数年のことです。MILCOMシステムに利用できる最新のトランシーバーICとしては、アナログ・デバイセズの「ADRV9009」が挙げられます(図1)。

図1. ADRV9009の機能ブロック図

図1. ADRV9009の機能ブロック図

ADRV9009は、MILCOMに適したいくつかの機能を備えるCMOSのトランシーバーICです。例えば、同ICはPTTに対応するアーキテクチャの一般的な動作方法であるTDD(時分割複信)をネイティブにサポートしています。そのため、2個の局部発振器(LO)をデバイスに内蔵する場合よりも、消費電力が削減されます。また、トランシーバーが内蔵するLOは、周波数の生成とキャリブレーションの両方に向けて、周波数ホッピングをネイティブにサポートしています。加えて、帯域幅は20MHz~200MHzの範囲でプログラム可能なので、広い帯域幅を使用する一連の動作モードに対応できます。更に、送受信共に、使用する変調方式(波形)に制約はないので、あらゆるRF信号からビット・データまでを処理できます。そのため、現在利用されている変調方式だけでなく、将来的に開発されるであろう変調方式に対応することも可能です。ADRV9009は、いくつかの補助機能も搭載しています。例えば、AGC(自動利得制御)機能は、レシーバーのダイナミック・レンジを最適化する上で不可欠です。ADRV9009が内蔵するAGCループのレンジは30dBです。温度センサー、制御用のコンバータ、汎用出力(GPO)も内蔵しているので、無線システムの小型化に貢献できます。

次世代MILCOMシステムの構築は、広範なエンジニアリング分野にわたるイノベーションが求められる難しい作業です。ただ、無線回路のバックボーンについては、大きな進化を遂げた集積度の高いトランシーバーが大いに役立ちます。周波数ホッピング、AGC、将来の変調方式向けのアップグレード機能などを維持しつつ、レシーバーとトランスミッタのシグナル・チェーンの大部分を統合するシングルチップのソリューションが実現されようとしています。このようなトランシーバーICを、無線システムの中核をなすブロックとして構築することが、次世代MILCOMシステムの実現に向けた鍵になるはずです。

Wyatt Taylor

Wyatt Taylor

Wyatt Taylor は、アナログ・デバイセズ(米ノースカロライナ州グリーンズボロ)のシニアRFシステム・エンジニアです。航空宇宙/防衛分野向けの無線アプリケーションの中でも、特にRFトランシーバIC、小型マイクロ波製品の設計、ソフトウェア無線に注力しています。入社する前は、メリーランド地域にあるThakes Communications社、Digital Receiver Technology社でRF設計に携わっていました。米バージニア州ブラックスバーグにあるバージニア工科大学で2005年に電子工学の学士号、2006年に修士号を取得しています。