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電力品質の監視に用いる次世代技術、産業用装置の健全性を高める
はじめに
米国電力研究所(EPRI:Electric Power Research Institute)は、最近1つの調査結果を公開しました。それによれば、米国の大規模な産業施設では、電源の変動や電圧の乱れ(disturbance)といった問題に起因して毎年1000億米ドル(約11兆円)を超える損失が発生しているといいます。一般家庭で照明がちらついているだけなら、苛立ちを覚える程度で済むでしょう。しかし、工場で電力に関する問題が発生すると、高価な装置が誤動作したり、導入したばかりの装置に故障が生じたりする可能性があります。電力品質に関する小さな事象は、従来の保護機構では検出することができません。結果として、そのまま放置されてしまうことがあります。その場合、時間が経過するにつれて装置が劣化してしまうかもしれません。また、電力品質の乱れを引き起こす原因は、同じネットワークに接続された負荷であることが少なくありません。そうすると、隣接する施設や建物にまでその乱れが伝播することになります。電力品質の課題に対処するには、入力を監視すると共に、負荷によって生成される乱れも監視する必要があります。そうすれば、装置を適切に保護すると共に、問題を改善するための適切な対策を見いだすことが可能になります。
利害関係者が技術を最大限に活用すれば、高価なインフラにクリーンな電力を供給できるようになります。結果として、インフラの耐用年数を延長するという大きなメリットが得られます。
ここでいう電力品質とは、消費者に供給される電力に生じる様々な変動のことを指します。変動の要因としては、配線の問題、接地の問題、スイッチング時のトランジェント、負荷の変動、高調波の発生などが挙げられます。電力品質の低下が検出されないまま放置されると、高価な装置が故障に至ることがあります。欧州の場合、電力系統の運用者によって供給される電力の品質は、国のグリッド・コードと欧州の規格(EN 50160)によって定められたパラメータの集合によって定義されます。供給電圧に乱れが生じると、デバイスに正弦波形を成していない電流が流れ、過熱、誤動作、早期の劣化といった多くの技術的な問題が生じる可能性があります。正弦波形を成していない電流は、変圧器やフィーダ・ケーブルなどのネットワーク・デバイスに熱ストレスや絶縁ストレスを与えます。電力品質の低さは、究極的には装置のダウンタイムに伴う経済的な損失、保守作業の増加、耐用年数の短縮につながります。本稿では、電力品質の低さが産業用装置に及ぼす影響について分析し、機器の健全性を最大限に高める方法について考察します。
電力品質の乱れが生じる原因
図1(a)は、EPRIが配電系統の電力品質について調査した結果です。米国全域の24の電力会社を対象としています。電力品質に関するインシデントの大多数(85%)は、電圧のディップ(下降)/スウェル(上昇)、高調波、配線、接地の問題に起因して生じています。一方、図1(b)は欧州で行われた電力品質に関する調査の結果です。EU-25(2004年時点のEU加盟国)において、電力品質の問題に起因する経済損失は、年間で1560億米ドル(約17兆円)以上に達すると見積もられています。産業環境では、大きな負荷が存在する状態でシステムを起動/停止することによって電圧の降下や上昇が生じます。その結果、ネットワークの電圧が標準的な動作条件の範囲から逸脱する可能性があります。多くの装置は、一定の動作条件の範囲内で動作することを前提として設計されています。そのため、電圧のディップやスウェルが長引くと、システム/プロセスの停止につながります(図2)。今日のビジネス環境に鑑みて、多くの企業は太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーを利用したローカルの発電に注目しています。実際、そのための設備の導入を検討したり、既に導入したりしています。多くの場合、分散型の発電設備には、電気設備としてスイッチング電源が必要になります。パワー・エレクトロニクスやスイッチング電源の利用が進むにつれ、産業装置における電力品質の問題については、より一般的な原因として高調波が浮上します。高調波が送電線に印加されることで電力品質が低下し、変圧器やケーブルなど、送電ネットワークに接続されるすべてのデバイスに影響が及ぶ可能性があります。多くの場合、施設の管理者は、大きな高調波(電流)の影響を、ネットワークのコンポーネントに対する過負荷として観測することになります。それらのコンポーネントにおけるトータルの損失が0.1%~0.5%増加すると、保護用のデバイスが作動する可能性があります。電力品質の低下につながるその他の要因としては、位相の差動ローディング、配線や接地方法の誤り、負荷の相互作用、EMI(Electro Magnetic Interference)/EMC(Electro Magnetic Compatibility)、大きなリアクティブ・ネットワークにおけるスイッチングなどが挙げられます。
電力品質の規格
電力品質に対処して管理するには、信頼性の高い監視方法やリポート方法を見いださなければなりません。準拠すべきものとしては、IEC 61000-4-30のクラスA/クラスS、IEC61000-4-7の高調波測定、IEC 61000-4-15のフリッカ関連の規格が存在します。多くの電力会社はこれらの電力品質規格を採用し、規則を定めて運用を行っています。そうした規則を満たさない顧客に対しては、電力会社がペナルティを科す場合もあります。各規格は、現実のアプリケーションの電力品質に対する共通理解を確立する役割を果たします。また、ユーザに対しては、事象に関連する問題を解決するための正確なデータが得られるという確信をもたらします。送電ネットワークでは、電圧の降下/上昇、フリッカ、公称定格値の変動、高調波に起因する歪みが生じます。それらすべてには、ネットワークの電気的な健全性に関する重要な情報が含まれています。電力に関連するパラメータの測定精度は、信頼性/再現性の高い結果を得るための重要な要素です。
電力品質の監視による送電網と機器の健全性の向上
電力品質の監視に使用されるデバイスは、システムの性能全体の評価、予防保全の支援、状態と傾向の監視、ネットワークの性能とプロセス設備に対する感度の評価を通して、エネルギー効率を改善するための情報を提供します。電力品質の監視システム(モニタ)に接続されるネットワークを送電システムに実装し、未処理の測定データを収集して相互に関連づけることにより、電力品質の乱れの原因を特定することができます。また、電力品質モニタを設備の設計に組み込むことで、より密な統合と制御を実現することも可能です。機器固有の電気的なシグネチャを取得すれば、全体的な健全性を把握することができます。データの分析と診断によって得られた結論は、電力品質の改善に向けた次世代の保護アルゴリズムや製品を設計する際に活用可能な信頼できる情報になります。
既に装置が工場に配備されている場合、電力品質のプロファイルを使用することで、問題に対する最良の緩和策を見いだすことができます。例を挙げると、インドのある産業施設について電力品質のプロファイリングを行ったところ、電圧と電流の波形に深刻な歪みが生じていることが明らかになりました。詳細な分析を経て、その工場にはハイブリッド型の力率補正システムが実装されました。その新たなシステムによって高調波歪みは50%改善され、力率は-0.5から0.9に向上しました。
最新の電力品質アナライザ
従来、高精度な電力品質アナライザを設計するには高度な技術的スキルが必要でした。多くの場合、ディスクリート部品を使用すると共に、電力品質を測定するための独自のアルゴリズムを開発しなければなりませんでした。それに対し、現在では電力品質アナライザ向けに、新たなアナログ・フロント・エンド(AFE:Analog Front End)が提供されるようになっています。そうしたAFEには、全体的なゲインのドリフトが小さい複数のA/Dコンバータ(ADC)と1つのDSPコアが集積されます。このような統合型のAFEは、ディスクリート部品を使用した設計とカスタムのアルゴリズムの開発に伴う複雑さを緩和し、コストの削減に貢献します。
また、その種のAFEは、電圧の降下量/上昇量、RMS値、位相シーケンス誤差、力率の値を算出して出力します。加えて、入力信号からライン周波数の高周波成分を取得して出力することも可能です。アナログ・デバイセズは、電力品質の監視用のAFEとして「ADE9000」という世界最高水準の製品を開発しました。これを採用すれば、複雑な計算のほとんどを実行してくれます。その結果、電力品質の監視システムの実装にかかる時間を短縮し、労力を軽減することが可能になります(図3、図4)。
ビッグ・データの分析で、エネルギー関連のインテリジェンスを高める
現在は、産業環境における個々のデバイスの接続性が高まり、IoTの導入が加速している状況にあります。それにつれて、分散型設備からの電力品質の情報が新たな形で収集/活用されるようになりました。例えば、履歴の傾向を分析すれば、生じつつある問題を早期に検出することができます。また、ネットワーク内で複数のノードからのリアルタイム・データを活用することにより、電源の乱れを検出して負荷を隔離することが可能になります。機器の診断や予防保全、問題の原因となっている負荷の隔離を行うためには、データの分析が非常に有効です。そうした分析によって、プロセスの中断回数を低減し、装置の耐用年数を延長してアップタイムを改善することが可能になります。
まとめ
世界のエネルギー需要は、年に約5%のペースで増加すると予想されています。また、送電網に接続されている装置の規模と複雑さは増大し、それに比例して電力品質の問題も増えていくと考えられます。現代の企業は、クリーンで信頼性が高く、常時利用可能な電気エネルギーにより強く依存するようになっています。電力品質を監視するための次世代技術を活用することにより、産業用装置の早期の故障や疲弊などが生じる確率を低減し、クリーンな電力がもたらすメリットを享受することが可能になります。