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半導体業界から見たインダストリ4.0
現在、インダストリ4.0と呼ばれるパラダイム・シフトが進行しています。その概念は、ドイツで誕生しました(ドイツ語ではIndustrie 4.0)。世界的に見れば、IoT/IIoT(Internet of Things /Industrial IoT)、スマート・ファクトリ、CPS/CPPS(Cyber Physical (Production) System)といった言葉も、ほぼ同義語として使われています。インダストリ4.0は、産業分野のバリュー・チェーンや製品のデジタル化とネットワーク接続を目指すグローバルなトレンドです。
インダストリ4.0に高い関心を寄せているのは、ビジネス界だけではありません。特にドイツにおいてはそうです。ドイツでは、製造業の競争力を更に高められるといった経済的な効果に対する期待から、政界もインダストリ4.0の実現を後押ししようとしています。その流れの中で官僚らが推進しているのは、主に産業用オートメーションとプラント・エンジニアリングに関してサプライヤからの観点とユーザ企業からの観点を組み合わせたデュアル戦略です。それらの戦略を推進する上では、メーカーが自社の製造プロセスに最新の技術を適用し、製品の形でそれらの技術がもたらすメリットを市場に提供することが重要になります。
主導的な立場にあるサプライヤであれば、IT/ICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)と従来のハイテク手法を統合することにより、製造部門の拡大や技術の進化にほぼ対応できます。ただ、そのような発展を具現化するためには、市場のダイナミクスと複雑さの増大に起因する前提条件を満たさなければなりません。製造企業の観点から言えば、インテリジェントな技術や製品を新規の市場に向けて設計すると共に、その後もそれらの市場を維持していくことが重要です。また、企業がサプライヤとメーカーのニーズに応えるためには、それぞれの観点に作用をもたらす戦略を策定する必要があります。半導体業界の企業は、そうしたデュアル戦略の構築に長けていると言えるでしょう。
アナログ・デバイセズのような半導体メーカーは、そうした複雑なコンセプトの具現化に挑み、自社の製造ラインを、完全に自動化されたスマート・ファクトリへと変化(transform:転換)させています。また、製造業界の他の企業に革新的な技術を提供し、それらの企業が製造施設をスマート・ファクトリに転換する作業を支援しています。このような転換が試みられるようになった結果、ドイツにおいては中小企業に対してより重要な役割が与えられることになりました。ドイツの産業分野では、中小企業が大多数(98%以上)を占めるからです。以下では、具体的にどのような種類の支援が提供されているのか、半導体メーカーはどのような課題に直面しているのか、そしてインダストリ4.0はどのような機会(チャンス)をもたらすのかといったことについて解説します。
企業には、1つの見極めを行うことが求められます。それは、製造施設をスマート・ファクトリに転換することが無駄な努力に終わるのか、それともコストの削減を伴う実質的な生産性の向上につながるのかということです。
インダストリ4.0に関する重要な疑問に答えるために、数多くの市場調査会社が数多くの調査を行っています。そして、それらすべてが同じ結論に至っています。すなわち、インダストリ4.0は中小企業に対して付加価値をもたらします。そして、中小企業が確固たる成功を手にするためには、インダストリ4.0に関連する機会を的確に捉えなければならないということです。半導体メーカーは、それらの調査結果を基に、新しい技術、新しい製品、新しいビジネス・モデルという3つのカテゴリについて検討を進める必要があるでしょう。いずれのカテゴリについても、センサー・ノードから、クラウドを経て、下流のサービスに至るまで、製造施設と製品のバリュー・チェーン全体を網羅して考察を行わなければなりません。
スマート・ファクトリへの転換には、インテリジェントで低消費電力の製品が必須です。また、(プラグ&プレイのような)シンプルな方法で既存の製造設備に統合できる完全自律型のシステムも必要になります。そうしたシステムは、様々な半導体デバイスやセンサーに、アナログ信号処理ICやデジタル信号処理ICを組み合わせることで構成されます。それらのデバイスがバリュー・チェーンの始点になります。より詳しく言えば、実世界からデータを収集するために使用されるセンサーが最初の要素になります。取得した信号は、デジタル領域のデータに変換し、デジタル領域で処理しなければなりません(図1)。
新たな要件
バリュー・チェーンの進化に伴って、市場における要件にも変化が生じます。その結果、半導体メーカーは、自社と自社の製品をスマート・ファクトリの実状に適応させなければならなくなります。技術の領域では、インテリジェントで低消費電力の製品や、安全性とセキュリティを確保するためにシステムに統合可能な機能、エナジー・ハーベスティングといった事柄がトレンドになっています。それらに対応するデバイスと、システム全体の構成を図2に示しました。この例では、アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサー「ADXL356」を使用しています。
ADXL356は、低コストで低ノイズの3軸加速度センサーです。測定範囲は最大±40g(FSR)で、オフセット・ドリフトが非常に小さく、消費電力が少ないことを特徴とします。気密封止パッケージを採用しているので、過酷な環境においても、高い精度で傾斜を計測したり、高い分解能で振動を計測したりすることが可能です。また、構造ヘルス・モニタリング(SHM:Structural Health Monitoring)や姿勢方位基準装置(AHRS:Attitude Heading Reference System)など、過度な力が突然印加されるアプリケーションにも適しています。微小な電流の計測や、バッテリ駆動のワイヤレス・センサー・ネットワークにおける高性能/長時間の計測といったアプリケーションに最適です。ADXL356はシステムの基盤となるデバイスですが、システムはより高度な機能によって拡張されることになります。つまり、システムには、A/Dコンバータ、マイクロコントローラ、様々なアナログ/デジタル回路、絶縁インターフェース、ワイヤレス・インターフェースなどによって構成される統合型の信号処理機能が実装されます。また、それらのインターフェースは、イーサネットや6LoWPAN、アナログ・デバイセズが開発したADRadioNetなどの通信規格をサポートします。ADRadioNetは、ワイヤレスで自己回復型のマルチホップ通信プロトコル、高いスケーラビリティ、メモリ消費量の少なさを特徴とします。加えて、AES-128/256などの暗号化手法に対応しており、サイバー攻撃に対するセキュリティが高められています。なお、スマート・ファクトリでは、機能安全も重要な要素です。機能安全は、上述したようなシステムの開発プロセスにおいても重要な役割を担います。
将来、半導体メーカーは、センサーや旧来の半導体デバイスの範疇で製品ラインを拡大するだけでは不十分になります。グローバル企業として市場で認知され、インダストリ4.0の可能性を最大限に活かすことに貢献するためには、通信技術や低消費電力のマイクロプロセッサ技術によって、既存の製品ラインを拡張しなければなりません。アナログ・デバイセズは、このことを念頭に置き、自社の製品ポートフォリオの中でそうしたソリューションを拡充すると共に既に提供を行っています。例えば、通信に関しては、HART®に対応するモデムを採用した複数のソリューションを提供しています。それらのソリューションを採用すれば、既存のインフラを活かしつつ、その新たな省電力技術の力によって、従来の雑然とした通信ネットワークをかなりシンプルな形に改善することができます。
市場調査の結果から、中小企業は新製品を迅速かつ効果的に自社のシステムに統合するために、メーカーやサプライヤから手厚いサポートを得たいと考えていることも明らかになっています。実際、そのようなサポートを受けられれば、追加で生じる労力を軽減し、自社の中核的な事業に継続的に集中することが可能になります。特に、サポートの形態としては、サプライヤと企業の間の提携や協力体制が重要になると考えられます。
インダストリ4.0を導入すれば多くのメリットが得られます。しかし、多くの企業はスマート・ファクトリへの投資を開始していません。それはなぜなのでしょうか。
躊躇する理由
企業が投資をためらうのは、コストをかけてスマート・ファクトリを導入した結果、どのようなメリットが得られるのかが十分に認知されていないからです。例えば、スマート・ファクトリの導入について投資利益率を計算するのは、金銭的な評価基準が存在しないため現時点ではかなり困難です。半導体メーカーとしては、顧客の意識を高めるよう努力を重ね、スマート・ファクトリがもたらすメリットを示す教育的な資料を提供する必要があります。また、投資によって得られる価値も明示しなければなりません。
投資を行う必要があるのは、自社の施設をスマート・ファクトリに転換したいと考える中小企業だけではありません。半導体メーカーのようにインテリジェントなソリューションを提供する側も、自社の製品に対する投資と自社の様々な事業部門を再編するための投資を行う必要があるでしょう。新しい技術やビジネス・モデル、マーケティング活動、評価手法、販売管理などの開発/拡大に向けた投資も行わなければなりません。
製造部門の転換を図ろうとした場合、ITやデータに関するセキュリティなどの分野がより一層重要になります。それらは、インダストリ4.0の導入を図る時点に限って重要になる要件ではありません。インダストリ4.0がもたらすメリットを享受するためには、その後もデジタル・システムに、セキュリティに関連する機能を継続的に実装していく必要があります。
インダストリ4.0を導入するにあたっては、早い段階で基本的かつ戦略的な方針を定めなければなりません。また、それに関連する技術について経験的に習得することが重要になります。但し、そうした技術の能力が最大限に発揮されるのは5~10年後です。場合によっては、それ以上の期間を要する可能性もあります。つまり、インダストリ4.0の導入にあたっては忍耐が必要だということです。実際、インダストリ4.0の導入には長い時間がかかります。また、インダストリ4.0の導入が完了する期日を定めるのも容易ではありません。どうなれば導入が完了したことになるのか、明確な定義が存在するわけではないからです。インダストリ4.0については、産業革命という言葉ではなく、産業進化といった言葉で説明する方が適切なのかもしれません。
製造環境が変化すれば、新興企業や競合企業が参入し、市場に影響を及ぼすことになるでしょう。また、製造に関するイメージを大きく変えるようなアライアンスも登場するはずです。業界あるいは個々の企業の未来が工場の中で決まるというケースはより少なくなっていきます。今後は、ソフトウェア部門やサービス部門がより大きな役割を担うようになるでしょう。仮想世界と現実の世界の結合/融合によってのみ、潜在的かつ膨大な製造能力が確保されるようになるからです。
企業を取り巻く状況は大きく変化しつつあります。しかも、そのペースは明らかに加速しています。この流れに一旦乗り遅れてしまうと、追随するのが難しくなります。
「インダストリ4.0は一時的な流行だ」と捉えている企業はもはや存在しません。インダストリ4.0やスマート・ファクトリの導入に向けて、現在の市場が後戻りできない状態で歩みを進めているのは明らかです。標準規格やセキュリティの欠如、知識の不足といったことが原因で生じる疑問はかなり解消されつつあります。また、将来の製造環境に関する誤解や混乱も収まってきています。
インダストリ4.0はスマート・ファクトリに向けた変革です。この変革と、それに必要な技術は、半導体企業に対して大きな可能性をもたらします。言い換えれば、半導体企業には、大きな成功を得る機会が与えられているということです。