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閉じるスマートウォッチは若者の自殺防止の一助となるか?
【注意】この記事には自殺傾向とうつ病に関する議論が含まれています。 |
10代の若者たちの間で、自殺傾向が新たなパンデミックのように広がっています。
米国心理学会(American Psychological Association)は自殺傾向(Suicidality)について、「自殺の危険性。通常は、自殺念慮(Suicidal Ideation)や自殺意図(Suicidal Intent)によって示される。特に、綿密に練られた自殺の計画の存在によって明らかになるもの」と定義しています。ただ、自殺傾向については、その願望、計画、そぶり、未遂を含むものと定義することも可能でしょう。
定義がどのようなものかによらず、10代の若者たちには明白かつ現実的な危険が及んでいます。実際、この世代の自殺傾向は明らかに高まっています。その原因としては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックとそれに伴うロックダウンによる孤立が挙げられるでしょう。また、有害なソーシャル・メディアの遍在も原因の1つだと言えます。もちろん、家族の問題やその他の社会的な問題が原因だったケースも存在するはずです。どのようなことが原因だったのかにかかわらず、いまメンタルヘルス・テクノロジーを用いたソリューションが求められていることに間違いはありません。
そうしたソリューションが、オレゴン健康科学大学(以下、OHSU)医学部の研究者とアナログ・デバイセズのデジタル・ヘルスケア技術者の協力によって実現されつつあります。
共同研究の中で、OHSUとアナログ・デバイセズから成るチームは、エビデンスに基づくあるソリューションの開発を目指しています。そのソリューションでは、VSM(Vital Signs Monitoring)を活用するウェアラブルなスマートウォッチによって、10代の若者の間で高まるメンタルヘルスの危機に対処できるようにします。最終的には、この腕時計型のデバイスにより、人々がうつ病や自殺傾向に苦しんでいることを早期に検知するシステムが実現されることが期待されています。
OHSUは、教育、研究/学問、臨床、コミュニティ・サービスにおける卓越性を追求しています。同校のバイオメディカル・イノベーション・プログラム(BIP:Biomedical Innovation Program)は、人々の健康を改善するためのヘルスケア技術の提供を加速することに貢献します。BIPは、OCTRI(Oregon Clinical and Translational Research Institute)、OHSU Technology Transfer、OHSU Collaborations & Entrepreneurshipの連携によって提供されています。このプログラムでは、革新的な技術を商用化し、臨床に適用できるようにすることを目指しています。それに向けて、基礎研究から臨床現場への橋渡しにつながる有望なプロジェクトを対象とし、育成、評価、資金提供を行っています。
OHSUで救急医学科の准教授を務めるDavid Sheridan氏(M.D.)は、「米国ではかつてないほど多くの思春期の若者たちが、自殺傾向が原因で救急外来を受診しています」と指摘しています。
このことから、同氏は迅速な行動が必要だと考え、自殺傾向に対応する生理学的な兆候を特定するための研究を重ねていくことを決めました。その上で、アナログ・デバイセズと提携し、問題を即座に感知することが可能なスマートウォッチ・ベースの技術の開発を目指すことにしたのです。
命を守るために、OHSUとアナログ・デバイセズが連携
うつ病への対処や自殺の回避を支援するのは、喫緊の課題でした。また、それは満たされていないニーズでもありました。OHSUとアナログ・デバイセズの共同研究は、このような課題の解決を支援するためのものです。この産学連携は、絶好のタイミングで実現されたと言えます。
米国では、メンタルヘルスの患者を受け入れる病床の数が非常に逼迫しており、思春期の若者たちへの病床提供も極めて限られています4。大半の救急科には、新たな緊急事態に対応可能な病床を自ら用意する余裕がありません。そのため、医療制度にも大きな負担がかかる形になっています。
米国では、うつ病や自殺傾向で救急外来を受診したことのある思春期の若者のうち約半数が、その後もそうした健康危機に直面して複数回受診することになると言います。このことも、OHSUとアナログ・デバイセズが、新たな発想に基づいて即座に利用可能なリモート・ヘルスケア向けソリューションの開発に取り組む理由になりました。両者は、「ADI Study Watch」を利用することで、そうした患者の状態をリアルタイムでモニタリングできるようにしようと考えました。
「OHSUとの共同研究は非常に重要なものです。この研究では、メンタルヘルスに関する新たな知見を得るため、当社の革新的なセンサー技術とデータ・キャプチャのソリューションが活用されています。将来的には、医療従事者に対して新たなツールを提供し、リスクを抱える患者をより適切に管理できるようにしたいと考えています。」Adrian Fox
デジタル・ヘルスケア・システム担当マネージング・ディレクタ | アナログ・デバイセズ
救護のためのサインを発信するADI Study Watch
消費者向けのスマートウォッチは、世界中で一般的に使用されています。大きな文字盤を備えるその種の製品には、歩数、心拍数、体温といった値を測定するためのアルゴリズムが実装されています。それに対し、ADI Study Watchはより深いレベルで心拍を検出し、臨床レベルのデータを提供します。また、心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)の値もリアルタイムで算出することが可能です。このスマートウォッチでは、標準的な心電図(ECG:Electrocardiogram)の取得方法とは異なり、光の反射率を利用して心拍数を測定します。そのため、ECG用の電極を備えるパッチを胸部に貼り付ける必要はありません。
患者は着用に同意した上でADI Study Watchを身に付けます。そして、患者のデータは匿名化された上で臨床医や研究者と共有されます。同スマートウォッチは、正確な測定値を得るためだけでなく、研究者が高度な分析方法を開発する上で役立つあらゆる種類の未処理データも提供します。つまり、すぐに使用できる消費者向けのスマートウォッチとは異なる特徴を備えています。
また、心拍の信号品質インデックス(アナログ・デバイセズのスタッフ機械学習エンジニアであるDavid Xueが開発)により、研究者が重要なデータを得るために迅速かつ効率的にフィルタリングを実施できるようになっています。
このメンタルヘルス・テクノロジー・イニシアチブのチームは、OHSU医学部の精神医学教授で研究担当副学長も務めるBonnie Nagel氏(Ph.D.)からの協力も得ています。それにより、急性自殺傾向のある思春期の若者たちの情報を登録し、その兆候についてより深く理解して、メンタルヘルスを改善する方法を把握できるようにすることを目指しています。
OHSUとアナログ・デバイセズのコラボレーションでは、客観的なデータと臨床研究を優先すべき重要な事柄として位置づけています。このコラボレーションによって開発されたスマートウォッチを拡張できれば、エビデンスに基づいて自殺傾向を監視することを可能にする業界初のウェアラブル技術が実現されるはずです。
「これはパラダイム・シフトです。自殺願望のある患者に対し、私たちのところに来るよう求めるのではありません。いわば、私たちが彼らのところに赴くのです。」David Sheridan氏
救急医学科 准教授(M.D.) | OHSU
良くないことが起きているのを見極める難しさ
親や保護者にとって、子供の心の状態を見極めるのは容易なことではありません。その不安定な様子が、思春期に特有の不安が原因で生じているのか、うつ病や自殺傾向といったより深刻な理由によるものなのかを判断するのは難しいということです。Mott Children’s Hospitalは、ミシガン州アナーバーにある小児救急病院です。同院が実施した全国調査によれば、「子供を持つ親の40%は、息子や娘の気分のムラと思春期のうつ病を区別できずに苦労している」ということがわかっています5。
この問題で一層難しい部分は、心の不安定さを抱える10代の若者の多くが、予防策を講じるのが困難になるまで自身の自殺傾向の症状が悪化していることに気づかないことです。中には、そうした症状への対処を望んでいないケースも存在します。
この事実を知ったSheridan氏に、ある考えが浮かびました。その考えとは、「危機的な状況に陥る前に、自殺傾向の生理的な兆候が強まっていることを、若者とその家族に警告できる方法があったらどうなるだろうか。それがあれば、若者と家族は問題に対処できるようになり、救急外来に向かう正当な理由があるか否かも判断できるようになるのではないか」というものでした。
Sheridan氏は、「親や保護者たちが、子供の精神状態を把握できていなかったと言いながら、無力感に苛まれている様子を何度も目にしてきました」と語ります。その上で同氏は、「私たちが考案した技術があれば、親、保護者、患者は人生を取り戻せる可能性があります。私たちがスマートウォッチを選んだ理由の1つは、それがかなり身近なものであるからです。親や保護者をスマートウォッチにリンクしておけば、通知を受け取り、子供の状態に問題がないかを確認することもできます」と説明しています。
点と点をつなぐ:神経系 - 心拍変動 - うつ病 - 自殺傾向
HRVとは、心拍と心拍の間の時間が変動する現象を指します。HRVは、自分を落ち着かせる能力(副交感神経系)と、必要に応じてアドレナリンを増やす能力(交感神経系)を調節する神経システムと直接的に関連しています。
全体論的視点から考えると、HRVや神経系の反応といった特定の生理学的なデータ・ポイントを考慮に入れることにより、技術者や医療提供者は、科学的な分析を行ったり、潜在的な因果関係を特定したりするための基盤を作り上げることができます。
Sheridan氏も最近の研究の中で、10代の若者の自殺傾向とHRVの間には相関があることを発見しました6。「この研究は、潜在的な生理学的指標についての洞察をもたらします。それを利用すれば、思春期の若者たちを早い段階で救えるようになるはずです」と同氏は語ります。
HRVの特徴
- 心拍の周期は一定ではなく、心拍間の時間はわずかに変動します
- その変動量は ±数分の1秒という非常に小さな値になります
- その変動は、特殊なデバイスを使用しなければ検出できません
- HRVは 健康な人でも生じる可能性がありますが、心臓病、不安、うつ病といった健康上の問題の兆候として現れることもあります。
副交感神経系
- 身体が過労の状態にならないよう抑制し、穏やかで落ち着いた状態に戻します。
- 特にリラックスしているときには、心拍数と血圧を低下させます。
交感神経系
- 潜在的な危険に対し、身体が闘争的または逃走的な反応を起こせるように準備します。
- 緊急時には 心拍数と血圧の上昇を管理します。
希望の兆しを届けるための連携
OHSUとアナログ・デバイセズのコラボレーションの最終的かつ長期的な目標は、自殺傾向の兆候の増大と迅速な予防措置の必要性を、本人とその家族に対して警告するモニタリング・システムを開発することです。
現在行われている研究では、生理学的な信号を測定して高度な機械学習による分析を適用することで、それらの信号を臨床的な関連情報へと変えることを目指しています。
メンタルヘルス面の問題を抱え、危険な状態にある10代の若者たちを救うための戦いは、まだ始まったばかりです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患う退役軍人や、産後うつに悩まされる母親など、メンタルヘルス面のケアを必要とする高リスク群は他にもいます。この研究が完了すれば、ADI Study Watchはそうした人たちも救うことを目的に、より幅広く用いられるようになるかもしれません。
臨床グレードのデータを提供するスマートウォッチなどのウェアラブル機器を活用して、患者が自らのうつ病や自殺の兆候を把握できるようになる未来が見えてきています。
このプロジェクトは、米国国立精神衛生研究所(NIMH:National Institute of Mental Health) K12:オレゴン州救急医療トレーニング・プログラム助成金 # 5K12HL133115、OHSUファウンデーション、OCTRIのBIPからの資金提供を受けています。 BIPは、OCTRI、OHSU Technology Transfer、OHSU Collaborations & Entrepreneurshipの共同プログラムです。OCTRIは、米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)の国立トランスレーショナル・サイエンス推進センター(NCATS)からの支援(UL1TR002369)を受けています。 |
参考資料
1 米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)「Leading causes of death by age group United States, 2021(年齢層別の主な死亡原因、米国 2021年)」
2 米国国立衛生研究所(NIH)「State Suicide Rates Among Adolescents and Young Adults Aged 10-24: United States, 2000-2018(10~24歳の思春期/若年成人世代の州別自殺率、米国 2000~2018年)」
3米国疾病予防管理センター(CDC)「Suicidal Ideation and Behaviors Among High School Students - Youth Risk Behavior Survey, United States, 2019(高校生の自殺念慮と自殺行動 - 青少年のリスク行動調査、米国 2019年)」
4 米国国立精神衛生研究所(NIMH)「Youth emergency department visits for mental health increased during pandemic, 2023(パンデミック下にメンタルヘルスの問題で救急外来を受診する若者が増加、2023年)」
5 Newport Academy「Is it teenage angst or depression?, 2022(それは10代特有の不安なのか、うつ病なのか? 2022年)」
6 米国国立衛生研究所(NIH)「Heart Rate Variability and Its Ability to Detect Worsening Suicidality in Adolescents: A Pilot Trial of Wearable Technology, 2021(心拍変動を利用して思春期世代の自殺傾向の悪化を検出する能力、ウェアラブル技術のパイロット試験 2021年)」