ビデオ回路はAC結合とすべきか否か

ビデオ回路はAC結合とすべきか否か

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要約

このアーティクルでは、ビデオ出力についてAC結合とDC結合のいずれを選ぶべきかを、歴史的、技術的、および経済的な理由から説明します。DC結合と同等のシンプルな回路でAC結合の特性を得ることができる、マキシムのDirectDrive™ビデオ技術も紹介します。こうした情報を元に、今後のプロジェクトにおいてビデオ出力をどの形式にすべきか、より適切な判断を下すことができるようになります。

はじめに

アナログビデオ回路を設計するにあたり、出力をAC結合とするべきかどうかは技術やコストだけでなく企業の方針や業界標準に大きく左右されます。AC結合とすると出力と直列にコンデンサが入りますが(図1a)、DC結合にすると入りません(図1b)。出力パスにコンデンサを挿入するとコストは上昇し、スペースは必要になり、ビデオ信号に歪みが生じます。ビデオ出力回路の設計に慣れていないエンジニアは、この選択で悩むことでしょう。しかしこの選択は、歴史的、技術的、または経済的な理由などから、すでに決まってしまっている場合もあります。

Figure 1a. AC-coupled output connection.
図1a. AC結合出力の接続

Figure 1b. DC-coupled output connection.
図1b. DC結合出力の接続

AC結合出力 vs. DC結合出力

図1a¹にAC結合出力の入力波形と出力波形を示します。入力波形と比較して、出力波形が上下に「傾いて」いることがわかります。フィールドが持つこのような時間歪みは、「フィールドの傾き」と呼ばれます。図1b²のオシロスコープトレースはDC結合出力です。こちらにはフィールドの傾きがありません。ここでは、「Regulate」という名前のNTSCビデオ用テスト信号を使用しました。ビデオモニタで見たとき、このテスト信号の白い部分がどのように見えるかを示したのが図2aで、黒い部分がどのように見えるかを示したのが図2bです。ビデオテスト信号のRegulateでは、白と黒のいずれの場合も、スクリーンエッジに白で縁取りがされます。

Figure 2a. White screen of Regulate video test signal.
図2a. Regulateビデオテスト信号のホワイトスクリーン

Figure 2b. Black screen of Regulate video test signal.
図2b. Regulateビデオテスト信号のブラックスクリーン

AC結合の歴史

デメリットがあるにもかかわらずAC結合が使われるようになったのはなぜでしょうか?簡単に言えば、保護のためです。図3は、集積回路が普及する前であれば広く使われていたと思われるシンプルなビデオ出力回路の例です。この図のコンデンサは、出力コネクタがグランドや電源電圧にショートしたとき、NPNトランジスタが自己のダメージを受けないように保護します。

Figure 3. NPN emitter follower driving video output.
図3. ビデオ出力を駆動するNPNエミッタフォロワ

現在のビデオアンプICには堅牢な短絡保護回路が組み込まれており、ショートによって損傷することはありません。それでもなお、ビデオ機器を昔から作っているところを中心に、コンデンサを使用している企業があります。会社の方針に従うためコンデンサを入れるようにと言われる場合もあるかもしれません。

さらに、コンデンサの使用を半ば強制するような業界標準もあります。JEITA (日本電子情報技術産業協会)の仕様の中に、インアクティブなビデオ出力コネクタ(図3)に出てくる電圧を100mV未満にしなければならないという項目があります。NPNエミッタにDCバイアスとして4Vをかけていれば、コンデンサとブリーダ抵抗を入れない限り、出力コネクタも約4Vになります。このような回路でJEITA仕様を満足するには、グランドとの間にコンデンサとブリーダ抵抗を挿入するのがもっとも簡単です。

技術的な問題

AC結合に関する懸念として、挿入するコンデンサが、通常220µF以上と大型であることがあります。その理由は、コンデンサと150Ω負荷(出力側終端抵抗と入力側終端抵抗をトータルした電気抵抗)により生成されるポールを、フレームレートである25Hzや30Hzよりも大幅に低い周波数にすべきだからです。コンデンサを220µFとすると、5Hzにポールが生成し、ぎりぎりとなります。放送機器の多くは、出力コンデンサを2200µF程度としています。AC結合出力に220µFのコンデンサを用いたときに得られるハイパス応答は、図4のようになります。

Figure 4. Frequency response of AC-coupled video connection with 220µF capacitor.
図4. 220µFコンデンサを備えるAC結合ビデオ接続の周波数応答

ビデオ出力を持つ小型のポータブルデバイスの出現によって、スペースとコストなどの理由から、大型のAC結合コンデンサを使うことができなくなりました。SAG補償(図5)を用いると、AC結合としながらスペースとコストを削減することができます。標準的な回路では、1個の大容量コンデンサによって結合しますが、この場合2個の小型コンデンサが用いられます。SAG補償の技術的な分析はこのアプリケーションノートで網羅していませんが、直感的な説明は行えます。AC結合コンデンサを1個にすると、ポール周波数以下の信号が減衰してしまう上、コンデンサを小型にするほどポール周波数が高くなるという問題があります。SAG補償では、低周波の応答をブーストし、低周波信号の減衰を補償します(図5)。低周波では、コンデンサは開放と考えられ、低周波の利得は約6になります。高周波になるとコンデンサは実質上ショートとなり、高周波の利得は2になります。

Figure 5. Video driver with SAG compensation.
図5. SAG補償を備えたビデオドライバ

家電業界ではコスト削減の圧力が厳しいことに加え、小型デバイスではさらなる小型化の圧力も厳しいという状況があります。そのため、長年にわたってビデオ機器の設計を行ってきた実績を持つ企業でさえ、DC結合のビデオ出力(図1b)を選ぶ傾向にあります。DC結合出力にした場合に大きく変化する点は、負電源を省略するシステムが多く、信号に正のDCバイアスがかかる点です。アンプをリニアモードで動作させるためには、出力信号のバイアスをグランドと正電源電圧の間とする必要があります。

AC結合出力からDC結合出力への変更を検討する際には、互換性に気をつける必要があります。ほとんどの機器は両方に対応していますが、若干ながらAC結合出力に対応していない機器や、さらに少数ながらDC結合出力に対応していない機器もあります。図6aは、最近のテレビで使用されている入力段です。ビデオ信号はAC結合され、DC復元回路に入ります。つまり、入力ビデオ信号にDCバイアスがかかっても問題はなく、ビデオソースがAC結合であってもDC結合であっても使える入力回路となっています。しかし、図6bの入力段では、極性のあるコンデンサが使われています。この回路では、入力されるビデオ信号のDCバイアスが大きすぎると極性コンデンサが破壊されるおそれがあります。つまり、図6bの入力段は、DC結合のソースから信号を受けるには問題がある可能性があります。図6cは、PNPエミッタフォロワの入力段です。この回路では、大きな負の入力信号が入ると、PNPエミッタフォロワが飽和するおそれがあります。したがって、DC結合のビデオソースがPNPエミッタフォロワを飽和させることがあり得ます。特に、ソースのローカルなグランドの電位がレシーバのローカルなグランドよりも低いと、そのおそれが大きくなります。

Figure 6. a) Modern TV input stage, b) polarized capacitor c) PNP emitter follower in input stage.
図6. a) 最近のテレビの入力段、b) 極性コンデンサ、c) 入力段のPNPエミッタフォロワ

テレビの場合、標準的な入力段設計方法が確立していないという問題があります。過去の製品を見ても、最低限の入力段しかなく、AC結合かDC結合のソースで問題が生じるおそれがあるモデルが数多く存在します。受信側装置がこれほど多様では、すべてとの互換性を持たせることは不可能です。送信側装置のかなりの部分を占めるローエンドのビデオソースでは、コスト削減のため、DC結合出力となっています。

DirectDriveソリューション

AC結合のビデオ出力を組み込みたいと考えている設計エンジニア向けに、マキシムでは、大容量の出力結合コンデンサを不要にするDirectDrive技術を提供しています。ビデオ信号用にDirectDrive技術を初めて採用した製品がMAX9503です(図7参照)。

Figure 7. MAX9503 block diagram and representative input and output waveforms.
図7. MAX9503のブロックダイアグラムとその代表的な入力波形と出力波形

MAX9503は、標準画質のビデオ信号のフィルタリングと増幅を行います。MAX9503の入力は、ビデオ用ディジタル-アナログコンバータ(DAC)の出力に直接接続することができます。再生フィルタが内蔵されており、DACから出力されたビデオ信号のステップは平滑化され、スパイクは抑えられます。また、MAX9503はビデオ信号を低電圧側にレベルシフトし、ブランクレベルを出力のグランドとほぼ等しくすることができます。DirectDriveでは、内蔵のチャージポンプとリニアレギュレータによってクリーンな負電源を作り、グランド以下の同期パルスを駆動します。このチャージポンプからビデオ出力に混入するノイズは非常に少ないため、目視で画質の低下を感じることはありません。

図8は、Regulateビデオテスト信号をMAX9503に加えた結果です。出力波形のブランクレベルがほぼグランドに等しいこと、また、フィールド時間歪みがないことがわかります。図1aに示した一般的なAC結合の波形とは大きく異なります。MAX9503から出力されるRegulateテスト信号は、AC結合による出力電圧よりもレンジが明確に定められています。

Figure 8. Regulate video test signal applied to the MAX9503—input waveform is on top, output waveform is on the bottom.
図8. Regulateビデオテスト信号をMAX9503に加えた結果。上側が入力波形で、下側が出力波形です。

ビデオ出力をAC結合とする理由のひとつに、グランドや電源電圧へのショート時の保護があると説明しました。MAX9503は、通常3.3Vの電源電圧で使用します。ビデオ出力が外部ショートされたとき、ショート電流を制限するように、MAX9503のアプリケーション回路には、75Ωの終端抵抗が使用されています。それに加えて、MAX9503には出力短絡保護が内蔵されており、プロトタイプやアプリケーションでアンプ出力を直接ショートしてしまってもデバイスが破壊されないようにしてあります。つまり、MAX9503は、一般的な障害条件に対して堅牢なデバイスとなっています。

DirectDriveが持つ最大の利点は、2個の小型1µFコンデンサをチャージポンプ回路に取りつけるだけで、一般的なAC結合ビデオ出力における出力結合用の1個の大型コンデンサや、SAGネットワークにおける2個の中型の出力結合コンデンサを使わずにすむという点にあります。しかもフィールド時間歪みがなくなり、出力されるビデオ画質が向上します。

¹75Ωの入力終端抵抗とグランドに挿入された0.1µFのコンデンサは、ビデオ波形の高周波成分をフィルタリングし、ビデオテスト信号の黒い部分におけるエイリアスを除去します。表示しているオシロスコープの時間スケールは400msで、水平側の時間(~64µs)に対して非常に長くなっています。この0.1µFのコンデンサがなければ、エイリアスによって、入力されたビデオテスト信号の黒い部分が白い部分とほとんど区別できなくなってしまいます。出力信号の黒い部分が、白い部分と同じように埋まってしまいます。
²図1aと同じ理由で、75Ωの入力終端抵抗とグランドの間に0.1µFのコンデンサが挿入されています。この0.1µFのコンデンサがなければ、エイリアスにより、入力されたビデオテスト信号の黒い部分が白い部分と同じに見えてしまいます。