炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの物質をベースにした新しい電力スイッチ・テクノロジーは、シリコン(Si)ベースの MOSFET および IGBT テクノロジーをベースとした従来のシステムよりも大幅に優れた性能を発揮します。スイッチング周波数が高いので、部品を小型化したり、コスト、サイズ、重量を軽減することができます。これらの特長は自動車やエネルギーなどの市場で重要な利点となります。新しい電力スイッチは、ゲート・ドライバのような制御側のコンポーネントにも変化をもたらします。この資料では、GaN や SiC スイッチと IGBT/MOSFET の主な違いと、ゲート・ドライバがこれらの違いをどのようにサポートするかについて説明します。
長年にわたり、電源供給システムの電力スイッチ・テクノロジーの選択は非常に簡単でした。低電圧レベル(600 V 以下)ではMOSFET しか選択肢がなく、高電圧レベルは IGBT の領域でした。窒化ガリウムや炭化ケイ素の形式を利用した電力スイッチ・テクノロジーの出現により、このような現状は脅威にさらされています。
これらの新しいスイッチング・テクノロジーは、性能に関していくつかの多大なメリットをもたらします。スイッチング周波数が高いので、システムは小型軽量化されました。これは自動車市場や太陽光パネルなどのエネルギー・アプリケーションで使用されている PV インバータなどの対象市場を考慮した場合に重要です。スイッチング速度を 20 kHz ~ 100 kHz に引き上げることで、トランスの大幅な軽量化、電気自動車用の軽量モーターの採用、レンジの拡大、太陽光アプリケーションで使用されるインバーターを小型化し、家庭向けアプリケーションへの採用を促進できます。また、従来より高い動作温度(特に GaN デバイス)が許容され、ターンオン・ドライブの要件が低いので、設計が簡単になります。
MOSFET/IGBT の場合と同様、新しいテクノロジーはそれぞれ、(少なくとも当初は)異なるアプリケーションのニーズに対応すると思われます。最近まで GaN 製品は一般的に 200 V レンジで使用されていましたが、近年は急速に拡大し、600 V レンジの製品がいくつか登場しました。この製品は、1000 V レンジに近い SiC の主要なレンジにまだ達していませんが、GaN デバイスが MOSFETの代わりとなり、SiC は IGBT デバイスの代替品となることを示唆しています。SJ MOSFET が 900 V の高電圧アプリケーションに対応するようになったのと同様に、一部の GaN 技術の発展により、600 V レベル以上のアプリケーションに対応可能な GaN デバイスが登場し始めていることは不思議ではありません。
ただし、GaN と SiC 電力スイッチのメリットは設計者にとって魅力的なものですが、相応の対価が伴います。ここではコストが最も重要な問題になります。デバイスのコストは MOSFET/IGBT 同等製品の数倍になります。IGBT と MOSFET の生産工程は成熟し、十分に確立された工程で、コストが非常に最適化され、新しいライバルとの価格競争に関して優位性を保っています。現在、SiC および GaN デバイスのコストは従来のライバル製品の数倍ですが、従来製品と比較すると価格競争力は継続的に強化されています。多くの専門家や市場レポートは、これらの新しいデバイスが広く採用されるには、この価格差を大幅に縮小する必要があると指摘しています。価格差が小さくなった後も、大幅な変化を期待すべきではありません。今後もしばらくは従来のスイッチ・テクノロジーが市場の大半を維持すると予測されています。
コストや財務的な考慮事項以外に、技術的な考慮事項も関係します。速いスイッチング速度と高い動作温度は GaN/SiC スイッチの優位点ですが、電力変換シグナル・チェーンの構成に必要とされる周囲の IC にとって、これらの特性は問題となります。絶縁型システムの代表的なシグナル・チェーンを図 1 に示します。速いスイッチング速度は、変換と検出を制御し、帰還ループを実行するプロセッサに影響を及ぼします。これ以降のセクションでは、電力スイッチへ制御信号を送信するゲート・ドライバに発生する変化について取り上げます。
GaN/SiC 用のゲート・ドライバ
ゲート・ドライバは、システムを制御するプロセスが生成したロジック・レベルの制御信号を受け取り、電力スイッチのゲートを駆動するのに必要な駆動信号を送信します。絶縁型のシステムでは、ゲート・ドライバは絶縁も実現し、システムの通電側にある高電圧信号を、ユーザーと、安全側にある敏感な低電圧回路の両方から分離します。GaN/SiC テクノロジーの高いスイッチング周波数に伴うメリットを十分に活用するために、ゲート・ドライバは制御信号の周波数を高める必要があります。現行の IGBT ベースのシステムは、数 10 kHz のレンジでスイッチングを実行します。これに対し、新しい要件では数 100 kHz、または 1 ~ 2 MHz のスイッチング周波数が求められる可能性があります。この特性が原因で、ゲート・ドライバから電力スイッチへの信号経路でインダクタンスを排除しようとする場合に、システム設計者が問題に直面します。パターン・インダクタンスを回避するためにパターンの長さを最小限に抑えることは重要で、ゲート・ドライバを電力スイッチの近くに配置する必要があります。GaN のサプライヤが推奨するほとんどのレイアウト・ガイドラインでは、低インピーダンス・パターンやプレーンの重要性が強調されています。また、これらのテクノロジーを採用するユーザーは、パッケージングおよびボンディング・ワイヤによって発生する問題に対し、電力スイッチおよび IC プロバイダが対処することを期待しています。
SiC/GaN スイッチが実現する高い動作温度範囲もシステム設計者にとって魅力的です。これにより、熱の問題を発生させることなく、性能を追求できます。もっとも、電力スイッチは高い温度で動作できますが、周囲にあるシリコン・ベースの部品に対しては従来と同じ温度制限値が適用されます。ドライバをスイッチの隣に配置する必要があるので、新しいスイッチの高い動作温度のメリットを活用しようとした場合、シリコン・ベースの部品の温度制限値を超えないようにする必要があります。
また、高いスイッチング周波数は、コモンモード過渡に対する信頼性という、システム設計者にとって最大の問題を引き起こします。絶縁型ゲート・ドライバで見受けられる、絶縁バリアをまたいで結合される高いスルー・レート信号は、データ伝送を破壊し、望ましくない信号が出力の一部として発生する結果になる可能性があります。従来の IGBT ベースのシステムでは、耐圧レベルが20 kV/ µ s ~ 30 kV/ µ s のゲート・ドライバはコモンモードに対して十分な耐性レベルを発揮することがわかっています。ただし、GaN デバイスは通常これらの上限を超えるスルー・レートを示し、信頼性の高いシステム設計のゲート・ドライバでは、100 kV/ µ s以上のコモンモード過渡耐性レベルをサポートすることが求められます。アナログ・デバイセズの iCoupler® テクノロジーを搭載した ADuM4135 などの最新製品は、これに対応できるように最大100 kV/ µ s のコモンモード過渡耐性を実現しています。ただし、CMTI 性能を向上させると遅延が長くなる可能性があります。遅延が長くなると、ハイサイドとローサイドそれぞれのスイッチングの間でデッド・タイムが増加し、性能が低下します。この特性は、絶縁型ゲート・ドライバに特にあてはまります。このようなドライバは、絶縁バリアをまたいで信号を転送することが原因で、元々遅延が大きいからです。ただし、ADuM4135 では 50 ns の伝搬遅延と同時に 100 kV/ µ s の CMTI を達成することに成功しています。
新しい電力スイッチ・テクノロジーを駆動するゲート・ドライバにとって、特性がいずれも不利な材料というわけではありません。代表的な IGBT のゲート電荷は数百 nC の範囲にあるので、ゲート・ドライバは 2 A ~ 6 A の範囲の出力駆動能力を実現するのが一般的です。これに対し、現在、市販されている GaN スイッチは、ゲート電荷の代表値が 5 nC ~ 7 nC の範囲にあり、この点で 10 倍以上の改善が見られます。このため、ゲート・ドライバの駆動要件は大幅に低くなっています。ゲート・ドライバの駆動要件が低減された結果、小型で高速なゲート・ドライバを使用できるようになり、外部バッファが電流出力を増幅する必要が低くなり、結果としてスペースとコストを節約できます。
結論
電力変換アプリケーションにおける新しいソリューションとしての GaN と SiC デバイスは、以前から期待されていたソリューションであり、ついに実現されました。このテクノロジーは魅力的なメリットをもたらしますが、相応の対価が伴います。新しいスイッチ・テクノロジーで最高の性能を発揮できるように絶縁型ゲート・ドライバの要件が変更されるので、システム設計者にとって新たな問題が発生します。メリットは多大で、これらの問題に対処する解決策もすでに存在しています。また、実用的な GaN およびSiC ベースのソリューションも容易に利用できます。