要約
以下のアプリケーションノートはマキシムの新しいLOバッファ/スプリッタファミリMAX9987およびMAX9990の特長および機能についての説明です。特定パラメータとその重要性、セルラ基地局のようなシステムアプリケーションへの影響を網羅し、バッファ/スプリッタ回路を設定してアナログ、ディジタルの出力電力レベルを調整し、温度の変動を補償する実際的なアプリケーション回路を紹介します。
はじめに
競争の激しい今日の市場において、ベースステーションの設計者は、無線機の性能レベルを高度に維持しながら製造コストを低減するという大変な課題に直面しています。コスト削減の方法は、DM (Direct Material:直接材料)費用の低減だけでなく、部品数、設計時間、性能の極度なばらつき、および明らかなシステム故障を低減することも目標にしています。一方で、移動体通信事業者は、現在の既存ベースステーションの占有面積に、これまでの2~4倍のハードウェアを詰め込める、高密度のシステムを求めています。
この課題を解決するための明らかな方法の1つは、レシーバとトランスミッタの製品全体を通して回路の集積度を高めることです。LOバッファ/スプリッタのMAX9987/MAX9990ファミリは、この目的だけを念頭において特別に設計したものです。さらに、これらの部品により、優れたPOUTのバラツキ制御、アイソレーション、ノイズ性能など、受動ミキサ設計の最適化のために必要不可欠な全パラメータが提供され、LO駆動製品群の全体性能が向上しています。
標準的なLO駆動回路の概要を以下に示します。また、MAX9987/MAX9990ファミリの製品を、ほとんどのLO駆動アプリケーション用に最適化する方法も示します。
LO駆動設計に伴う課題
標準的なLO製品群はバッファアンプを必要とします。これは、受動ミキサを、出力電力の比較的低いVCOからアイソレートして、駆動するためです。ほとんどの受動ミキサが必要とする駆動レベルの範囲は+14dBm~+20dBmです。ただし、VCO信号を増幅するだけではミキサ性能の最適化には不十分です。いずれのLO製品群についても重要な要件は、温度、電圧、およびVCO駆動の変動にかかわらず、公称駆動レベルを維持することです。LO駆動の変動を考慮に入れないと、レシーバ感度およびIP3の性能劣化を引き起こす可能性があります。送信チェーンの場合、LO駆動の変動は、出力電力、IP3、および対応する隣接チャネル電力比(ACPR)に影響を与えます。
LO駆動回路内で生じる変動のほとんどは、VCOの出力特性と直接的に関係します。VCOの出力電力は通常、最大±3dBの間で変化します。この値は温度、周波数、およびVCOの部品間の違いによって異なります。表1に、これらの変動の各要因について詳細に示します。
表1. VCO出力電力の変動要因
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こう示すように、VCOの部品間の違いが、LO駆動回路における電力変動の最大の要因です。ただし、優れたLO駆動回路は、ある標準的な方法ですべての変動を解決しようとします。
従来の解決法
通常、現在の高電力ダイバーシティおよび単一ブランチのLO駆動回路では、ディスクリートな解決法が用いられます(図1を参照)。このような回路の大多数は、飽和側に激しく駆動されるアンプを少なくとも1つ使用しています。アンプを圧縮側に駆動させれば、PIN、温度、および供給電圧の変動にかかわらず、比較的安定した出力駆動レベルが得られます。
図1. MAX9987/MAX9988 LOバッファ/スプリッタを使用した標準的なアプリケーション回路
しかし、これらのディスクリートな解決法の欠点は、サイズが比較的かさばったものになるという点です。特に、設計者が集合型または分散型のWilkinson式スプリッタを電力分配器の代わりに使用している場合、この欠点が目立ちます。また、表2で示すように、部品数も重要となる可能性があります。
表2. MAX9987/MAX9988のサイズ、部品数、およびコストの比
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MAX9987/MAX9990の代替部品
図1に示すように、4つのディスクリートのアンプ、受動スプリッタとカプラ、および10数個のバイアス用部品をMAX9987/MAX9988に置き換えています。このように高集積であるため、設計者は、LO駆動回路全体のサイズを2.5分の1に縮小でき、また同時に部品数を41%も削減できます。表2は、この製品が、ディスクリートの同等品に比較していかに良好に機能するかについて詳細に示しています。
セルラ/GSM/DCS/PCSおよびUMTSベースステーションのアプリケーションには、ダイバーシティ送受信製品群用に高レベルのデュアルLO駆動が必要ですが、これらの部品はその用途に最適です。単一出力バージョンであるMAX9989/MAX9990は、単一ブランチシステム用としても同様に使用できます。各デバイスの心臓部はオンチップのバッファ回路です。この回路は、出力から入力へのアイソレーション40dBを備え、LO干渉を防ぎます。また、出力間のアイソレーションは30dBで、ブランチ間の干渉を低減します。別の利点として、MAX9987/MAX9990は回路基板上にPLLアンプ機能を備え、プリスケーラのフィードバックに便利なように+3dBmの出力を提供します。MAX9987/MAX9990ファミリの各製品は極めて小型でピンコンパチブル、5mm x 5mmの20ピンQFNパッケージで提供されます。
MAX9987/MAX9990の標準構成での使用
MAX9987~MAX9990シリーズのLOバッファ/スプリッタは、外部のキャリブレーションや制御をまったく使用せずに、温度-40℃~+85℃、PIN (±3dB)、VSUPPLY (5 ±0.25V)の条件で、±1dB未満の良好なLO駆動制御を得るために特別に設計されたものです。
図2は、MAX9987/MAX9990の標準アプリケーション回路のPOUTとPIN間の基本的な関係を表しています。図で示すように、デバイスは、±3dBという比較的大きなPIN振幅のもとで、±1dBの変動制御能力を備えています。設計者は、MAX9987/MAX9990の公称PINレベルを設定することが必要となります。この公称レベルを設定すれば、部品間の変動をはじめとするすべての変動制御をICによって直接処理できます。
図2. 標準アプリケーション回路を使用したMAX9987/MAX9990の出力電力特性(公称POUTは+17dBmに設定)
図2には、公称出力レベルが+17dBmと示されています。ただし、MAX9987/MAX9990には、設計者が外付けバイアス抵抗を4つ実装して、出力電力レベルを精密に設定できる機能もあることに留意してください。実際、これらの抵抗がチップの内部アンプに対するバイアスの程度を決定します。出力電力レベルの指定は、選択した抵抗の設定に応じて、+14dBm~+20dBmの間で調整可能です(図3を参照。MAX9987/90データシートにも詳細が記載されています)。
図3. MAX9987/MAX9990のバイアス機能を使用したPOUTレベル制御
MAX9987/MAX9990のバイアス機能を利用して、LO駆動回路の部品間変動を補償
大半のLO駆動アプリケーションでは、ミキサ性能を最適化する場合に、±1dBの変動制御でまったく問題はありません。ただし、特定のケースでは、設計者は、この変動をより低く制限したいと考えることもあるでしょう。
下記の方法は、このような用途を考慮に入れたものです。これは、MAX9987/MAX9990の能力を拡張し、精度が0.05dB以内の公称出力レベルを生成することによって実現します。この調整によって設計者は、入力駆動レベルの変動を引き起こす部品間の差をキャリブレートして排除することができます。標準的なLO駆動回路の場合、±2dBのVCOの部品間変動を完全に排除することができます。残りは、POUTのキャリブレーション値を中心とした、温度と電圧による±0.5dB未満の変動ですが、これは制御が非常に容易な変動です。
キャリブレーションは、MAX9987/MAX9990のプログラム可能なPOUT機能によって簡単に処理することができます。固定抵抗を使用する代わりに、参照ピンに印加する電圧によって、出力電力を直接制御することができます。この種の制御には、出力電力をいつでも変更可能なオプションが備わっており、キャリブレーションテスト中に動的な調整を実現するのに適しています。図4で提案する方法により、生産環境での出力電力レベルのテストと設定が可能です。この他に可能な実装方法については、この記事の最後で述べます。
図4. MAX9989/MAX9990のRF感度とDAC電力制御回路(単一出力バージョン)
実演を目的としているため、図4で示す設計目標では、MAX9989の出力電力レベルを17dBmに(高精度で)設定しています。参照ピンに加えたバイアスレベルに応じて、その他の出力電力レベルの設定も可能です。さらに、この方法は、MAX9987/MAX9990ファミリのいずれの製品に対しても使用することができます。
この回路実装のベンチテストのため、+7dBm (900MHz時)の一定したRF信号源を使用して、MAX9989を駆動しました。図5に、この特別な回路のRF出力対DAC電圧の測定伝達関数を示します。この回路を実験室で測定した結果、MAX9989の出力電力は0.05dBの精度でチューニングできるということがわかりました。この特別な回路では、公称レベル17dBm (負荷に供給)は、320mVのDAC電圧と一致することに注目しなければなりません。キャリブレーションポート上で使用するカプラは、MAX9989から7.4dBmの電力を外します。そのため、設計者はデバイスのバイアスを1ビット高く駆動し、0.3dBのカプラ損失を補償する必要があります。
図5. MAX9989のRF電力対制御電圧の測定
以下のリストは、図4で示した実装によって判明したいくつかの重要な結果です。
DAC の選択:10ビットのDACを使用して、電圧を0~1.25Vに設定した場合、制御分解能は、以下の通りになります。
制御が約0.02dB/mVであるため、分解能は実質的に0.02dBです(目標である0.05dBの制御に比べてまったく問題ない値です)。アプリケーションの目標に応じて、8ビットDACを使用して十分な分解能を与えることも可能です。測定を簡素化するため、図5に示すグラフはMAX1407 (チップ上のデータ収集システム)に内蔵されたDACを使用して作成しました。この他のスタンドアローンのDAC (たとえば2チャネル、3線式インタフェース、8ビットのMAX519など)もこの種の制御に適しています。
DAC用のリファレンス:図4で使用するMAX1407は、マキシムの社内テストで使用するための1.25Vの内部リファレンスを1つ備えています。他のDACを使用する場合は、MAX9989の1.5V内部リファレンス信号源を利用することができます(デバイスのピン5が利用可能)。
ローパスフィルタ:ローパスフィルタを使用することで、飽和アンプで生成される2次以上のいずれの高調波成分も除去できます。負荷RF電力を直接測定する場合は、ローパスフィルタも使用することが望まれます。このケースでは、1200MHzの同軸フィルタを使用しました。
その他の可能性
図4の回路をさらに拡張することが可能です。以下に4つの可能性を示します。
出力電力を17dBm以外のレベルに設定:設計者が、出力電力を+14dBm~+17dBmのレベルに高精度で設定したい場合があります。その場合は、ピン6 (BIASIN)を、図4に示す抵抗R2とR4に接続します。R2とR4の推奨値は、MAX9989データシートの表1に示します。
広範囲の出力変動:特定のレベルに高精度に設定するのでなく、MAX9987/MAX9990の電力レベルを広範囲にわたって調節したい場合もあるでしょう。上記の通り、デバイスの出力電力レベルは+14dBm~+20dBmの範囲で調整可能です。DAC制御を使用すれば、こうした出力電力レベルをユーザの制御によって実現することができます。制御範囲を広げるには、ピン7のバイアスだけではなく、ピン6と7の両方のバイアス電圧を上げる、または下げるようにしてください。また各ピンは異なるバイアスが必要になるため、この実装では、2つの別々のDACを使用することをお薦めします。ピン6と7に印加する最適な電圧についての詳細は、図3を参照してください。
温度制御:設計者が周囲温度の変化を把握できれば、POUTの変動量をさらに低減することができます。図6と7で示すように、MAX9989のバイアス制御に温度センサを接続することができます。正または負の温度傾斜を実現できれば、ユーザは電力/温度プロファイルを設定して、次のRF段の最高品質を引き出すことができます。
図6. ディジタル手法を使用した温度補償
図7. アナログ手法を使用した温度補償
リアルタイム閉制御ループ:さらに精度を向上するため、閉ループ制御システムの利用が可能です。図8は、アナログ集積回路を使用して可能な実装の1つを示しています。
図8. アナログ閉ループ制御
結論
以上の実装の有無にかかわらず、MAX9987/MAX9990は、優れたPOUT変動制御によって、高レベルのLO駆動を実現するための最適な製品です。ベースステーションの設計者は、これらのデバイスを使用することで、LO駆動回路の性能を飛躍的に向上させながらも、使用する部品数とボードの実装面積を現状の何分の1かですませることができます。この先進技術により、設計者は、今日の増え続けるベースステーションオペレータの要求に応えることができます。
同様のアーティクルが「Microwaves & RF」誌の2003年2月号に掲載されました。