説明
はじめに
多くの新しい高度な産業アプリケーションが、高性能データ収集システム(DAS)と複数のセンサーとの間のインタフェースを必要としています。このインタフェースが、マルチチャネルで高精度の振幅と位相の情報を必要とするとき、これらの産業アプリケーションは、MAX11040Kなどの高ダイナミックレンジで同時サンプリングのマルチチャネルADCを利用することができます。このアプリケーションノートでは、MAX11040Kのシグマデルタアーキテクチャについて、また適正な回路図と部品を選択して最適なシステム性能を達成する方法について説明します。
高速なシグマデルタアーキテクチャの利点
図1に示す、高度な3相電力線監視/測定システムの例を考えてみましょう。このような産業アプリケーションでは、最大64kspsのサンプルレートで最大117dBの広いダイナミックレンジにわたって、正確な同時マルチチャネル測定を必要とします。システムの精度を最適にするには、センサーの信号(たとえば図1のCTとPTのトランス)を適切に「調整」することで、ADCの入力範囲に対応するようにし、DAS特性によって国際標準に準拠した測定を実現することができるようにする必要があります。
図1は、2つのMAX11040K ADCが3つの位相と、中性点の電圧および電流を同時に測定可能であることを示しています。ADCはシグマデルタアーキテクチャに基づいています。このアーキテクチャは、オーバーサンプリング/平均化のプロセスを使用して高分解能を実現します。各ADCチャネルは専用のスイッチトキャパシタのシグマデルタ変調器を使用して、各入力のアナログ-ディジタル変換を実施します。変調器は入力信号を低分解能のディジタルデータに変換します。このディジタルデータの平均値は、24.576MHzクロックにおいて3.072Mspsでディジタル化された信号情報ということになります。次にこのデータストリームは、高周波ノイズの除去処理のために内部ディジタルフィルタに渡されます。これらの操作の結果、高分解能の24ビット出力データストリームが得られます。
MAX11040Kは、4チャネル同時サンプリングADCでもあり、その出力データは、処理されて平均化された値ということになります。これらの値は逐次近似レジスタ(SAR) ADC¹、²の値のように「瞬間値」と見なすことはできません。
MAX11040Kは、以下に示す、SARベースのアーキテクチャでは実現不可能な多くの機能を設計者にもたらします。すなわち、1kspsにおいてSN比117dBの高いダイナミックレンジ、SARベースのADCよりも1桁優れた積分と微分の非直線性(INLおよびDNL)、および独自の調整可能サンプリング位相(サンプリングポイント)(分圧器、トランス、または入力端のフィルタなどの外付け回路に起因する位相のずれを内部で補償することができるようにする)です。
さらに、MAX11040Kは、オンチップのディジタルローパスフィルタを内蔵しており、各変調器からのデータストリームを処理してノイズのない高分解能の出力データを生成します。ローパスフィルタは、設定可能な出力データレートによって決定される複雑な周波数応答機能を備えています。入力抵抗器/コンデンサ(RC)のフィルタとMAX11040Kのディジタルローパスフィルタを組み合わせて使用することで、MAX11040Kへの入力信号経路に必要なアンチエイリアシングフィルタ設計の複雑性を緩和または完全に除去することができます。MAX11040Kの特性のいくつかを表1に示します。MAX11040Kのディジタルローパスフィルタや表に示す特性の詳細については、このデバイスのデータシートを参照してください。
Part | Channels | Input Range (VP_P) | Resolution (Bits) | Speed (KSPS, Max) | SINAD (1KSPS) (dB) | Input Impedance |
MAX11040K | 4 | ±2.2 | 24 | 64 | 117 | High, (130kΩ, approx) |
電力線アプリケーションにおけるADCの性能要件
このアプリケーションにおけるCT (電流)とPT (電圧)センサーのトランス出力は通常、±10Vまたは±5Vピークトゥピーク(VP-P)です。MAX11040Kの±2.2VP-P入力範囲は、これらCTとPTのトランスの標準出力を下回ります。ただし、MAX11040Kのより低い入力範囲でトランスの±5Vまたは±10Vの範囲に対応する、簡潔で費用効率に優れた手法があります。これを図2に示します。
チャネル1に接続された回路はシングルエンド設計になります。この構成では、トランスの片側がグランドに接続され、信号調整は1つの簡易抵抗分圧器とコンデンサによって実現されています。
コモンモードノイズ(ADCの両方の入力に対して同一のノイズ)が重大な問題となる場合には、チャネル4に接続された回路に示す差動設計を推奨します。この設計では、MAX11040Kの完全差動入力を利用することでノイズの影響が低減されています。
PTとCTの測定トランスは、比較的ローインピーダンスのセンサーです(実効インピーダンスRTRはおよそ10Ω~100Ωです)。以下の計算例と実験では、2つの前提があります。トランスは実効出力抵抗インピーダンスRTR = 50Ωの電圧源であるということ、および図3に示すように、デモ目的のためにトランスは、50Ωの出力インピーダンスを備えた低歪みの関数発生器に置き換えることができるということです。MAX11040Kの入力インピーダンスは、クロックレートとADC入力コンデンサの値によって決まります。適切なバイパスコンデンサC3を用いて、またXINクロック周波数 = 24.576MHzにて、入力インピーダンスRINは130kΩ ±15%に等しくなります。許容限度は内部入力コンデンサの変動によって決まります。
R1とR2の抵抗分圧器ネットワークは入力信号±10Vまたは±5Vから、±2.2Vに等しいADCのフルスケールレンジ(FSR)にスケーリングする必要があります。この回路が正しく機能するためには、抵抗器R1およびR2と、コンデンサC1、C2、およびC3について最適な値を選択して、±10Vまたは±5Vの入力値に対応する必要があります。CTとPTのトランス出力に多大な負荷が加わらないよう、抵抗器R1とR2のインピーダンスは十分に大きくする必要があります。ADCの入力インピーダンス(R2 << RIN)によってR2そのものに「負荷」が加わらないよう、R2の値を十分に低くすることも必要です。
シングルエンド設計の場合、図2のチャネル1におけるMAX11040Kの入力電圧VIN(f)は、式1を使用して計算することができます。
ここで、
- VTRは、CTとPTのトランスの出力電圧です。
- RTRは、トランスの実効インピーダンスです。
- R1、R2は、抵抗分圧器ネットワークです。
- RINは、MAX11040Kの入力インピーダンスです。
- R2||RINは、R2とRINの並列インピーダンスです。
- C3は入力バイパスコンデンサです。
- fは、入力信号周波数です。
- VIN(f)は、MAX11040Kの入力電圧です。
差動設計についても、極めてよく似た手法を利用可能です。
高精度な抵抗比と適正なバイパス特性を維持するため、抵抗器は許容誤差が1%未満で低温度係数の金属皮膜タイプでなければなりません。またコンデンサは精密セラミックコンデンサまたはフィルムコンデンサでなければなりません。Panasonic®、Rohm®、Vishay®、Kemet®、およびAVX®製品のように、信頼のおける製造元から部品を購入することが望まれます。
MAX11040EVKITは、完全機能の8チャネルDASを提供します。EVキットは、図2で提案されている概略ソリューションの検証など、設計エンジニアが実際の開発を促進するのに役立ちます。
関数発生器からの±5Vの信号はMAX11040Kのチャネル2に接続され、一方、関数発生器からの±10Vの信号はMAX11040Kの入力、チャネル1に接続されます。抵抗分圧器ネットワークR1/R2およびR3/R4はそれぞれ入力信号±5Vまたは±10VからADCのおおよそのフルスケールレンジ(FSR = ±2.2VP-P)にスケーリングされます。
表2に示す、抵抗分圧器の値R1とR2、およびバイパスコンデンサC1とC2は、式1を使用して選択され、最適に近い入力ダイナミックレンジ(約±2.10VP-P)を達成しています。このダイナミックレンジは、高相対精度の範囲内でありMAX11040Kについては、約0.05%以下です。この精度仕様の詳細については、MAX11040Kのデータシートを参照してください。
VTR ±VP-P | RTR (Ω) | R1 (Ω) | R2 (Ω) | RIN (Ω) | C3 (µF) | f (Hz) | VIN ±VP-P | VADC (VRMS) | Calibration Factor-KCAL | Calibration Factor Error (%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Calculations for nominal VTR and standard components (nominal) values | ||||||||||
10 | 50 | 3320 | 909 | 130000 | 0.1 | 50 | 2.11268 | 1.4939 | 3.73301 | 0.07 |
-80 | 68.32 | 67.92 | 67.52 | 67.12 | 66.72 | 66.31 | 65.91 | 65.51 | 65.1 | 64.7 |
5 | 50 | 2490 | 1820 | 130000 | 0.1/td> | 50 | 2.07026 | 1.46395 | 2.41516 | 0.99 |
Measured values for VTR, VIN, VINRMS with real components values and tolerances used in the experiment | ||||||||||
9.863 | 50 ± 10% | 3320 ± 1% | 909 ± 1% | 130000 ± 15% | 0.1 ± 10% | 50 | 2.09872 | 1.483899 | 4.699912 | 0 |
0 | 50 ± 10% | 2490 ± 1% | 1820 ± 1% | 130000 ± 15% | 0.1 ± 10% | 50 | 0 | 0.00048 | NA | NA |
表2の計算は、式1および図3に定義した精密測定を用いて行ったものです。表の上部は、公称入力電圧についての式1による理論計算、およびディスクリート部品についての公称選択標準値の両方を示しています。表2の下部は、実験で使用した実際の部品値と許容誤差、およびFSRキャリブレーションと以下のKCAL係数の計算に使用した測定値を示しています。
キャリブレーション係数KCALは、式2を使用して計算されます。
KCAL = VTRMAX/(VADCMAX - VADC0) (式2)
ここで、:
- VTRMAXは、信号±5Vまたは±10Vそれぞれを表す入力の最大値です。
- VADCMAXは、図3と同様のMAX11040EVKIT設定値とVTRMAXに設定された入力信号を用いて測定および処理されたADC値です。
- VADC0は、図3と同様のMAX11040EVKIT設定値とVIN = 0 (システムのゼロオフセット測定値)に設定された入力信号を用いて測定および処理されたADC値です。
- KCAL (この実験における値)は、特定チャネルについてのキャリブレーション係数であり、VADCを使用した入力信号VTRの計算に使用されます。
- KCALの誤差計算は、公称値に基づいた「理論上」のKCALが、実測値に基づいたKCALの計算値に対して約1%の誤差のみを生じることを示しています。
- これらの結果は、理論計算のみでは実際の測定には十分でないことを意味しています。したがって、広く普及しているEU IEC 62053規格で規定されたエネルギー測定機器に要求される0.2%の精度よりも良好な設計であることが必要な場合、測定チャネルごとにフルスケールキャリブレーション(FSR)が必要です。
- 表3は、½ FSR入力信号の測定値を検証した結果を示しています。データはHP3458A高精度マルチメータを使用して収集しました。また、ADCの測定と計算は式2のキャリブレーション係数KCALを用いて行いました。
Generator | Generator | MAX11040K | Calculation | VERR | Requirements |
Nominal Signal (1/2 FSR) | VTR_M - signal measured by HP3458A | VIN Measured by ADC | VTR_C = VIN × KCAL | (VTR_M - VTR_C) × (100/VTR_C) | IEC 62053 |
(VP-P) | (VRMS) | (VRMS) | (VRMS) | (%) | (%) |
Channel 1: ±5.000 | 3.4892 | 0.74259 | 3.490126 | -0.026544 | 0.2 |
Channel 2: ±2.500 | 1.7471 | 0.7307 | 1.747384 | -0.016265 | 0.2 |
表3で、VTR_Mは入力½ FSR信号の測定値を表し、VTR_Cは、MAX11040Kの測定値とKCALを使用して入力信号を処理および計算した値を表しています。
結果は、調整された回路の測定誤差VERRが0.03%未満であることを裏付けています。この誤差はEU規格IEC 62053で規定された0.2%の精度要件を十分に満たしています。
より詳細な分析を行うには、測定結果をUSBポート経由でPCに転送し、付属の強力(かつ無料の) Excel分析パッケージを使用することができます。
結論
MAX11040Kのような高性能、同時サンプリング、マルチチャネルのシグマデルタADCは、産業アプリケーション向けの新しいDASで特に有用です。これらの新しいADCは最大117dBの高ダイナミックレンジ、積分と微分の非直線性の向上、および最大64kspsのサンプルレートを実現します。信号調整回路を正しく選択することで、MAX11040Kは「高性能」パワーグリッド監視システム向けの高度な仕様の要件を満たす、または上回ることができます。3