産業用モーター・ドライブの市場では、効率向上への需要と同時に、信頼性と堅牢性の向上に対する需要も高まる傾向にあります。パワー半導体デバイスのメーカーは、導通損失の限界を広げ、スイッチング時間を短縮することに常に取り組んでいます。絶縁型ゲート・バイポーラ・トランジスタ(IGBT)の導通損失を改善させる場合のトレードオフには、短絡電流レベルの増大、ダイ・サイズの小型化、熱容量の低下や許容短絡時間の短縮などが含まれます。このことから、ゲート・ドライバ回路と、その過電流検出および保護機能の重要性がわかります。本稿では、最新の産業用モーター・ドライブにおける良好で信頼性の高い短絡保護機能に関わる問題について検討し、3 相モーター制御アプリケーションの絶縁ゲート・ドライバに関する試験例について説明します。
産業環境における短絡
産業用モーター・ドライブは比較的過酷な環境で使われることが多く、このような環境では、高温、AC ラインの過渡現象、機械的過負荷、配線ミスといった不測の事態が生じる可能性があります。これらの事態によっては、かなりの過電流がモーター・ドライブの電源回路に流れ込む結果を招くおそれがあります。3 つの代表的な短絡現象を図 1 に示します。
これらについて以下に説明します。
- インバータのシュートスルー。これは、インバータ・レグの 1 つにある IBGT が誤って両方同時にオンになることによって発生しますが、このような状態は電磁干渉やコントローラの不具合が原因の可能性があります。また、レグ内の IGBT の 1 つが正常なスイッチングを維持している状態で、他方の IGBT が摩耗または故障することによって発生することもあります。
- 相間短絡。これは、劣化、過熱、または過電圧などの現象によって、モーター巻線間の絶縁が失われることで発生します。
- 相とアース間の短絡。これはモーターの巻線とモーター・ケーシング間の絶縁が失われることで発生しますが、この場合も、通常は劣化、過熱、または過電圧などの現象が原因となります。
一般に、モーター自体は非常に高い電流レベルでも比較的長時間にわたって吸収できますが(モーターのサイズとタイプに応じてミリ秒から数秒間)、産業用モーター・ドライブのインバータ段の多くに使われている IGBT の許容短絡時間は、マイクロ秒のオーダーです。
IGBT の耐短絡能力
IGBT の許容短絡時間は、そのトランスコンダクタンスまたはゲインと、IGBT ダイの熱容量に関係しています。ゲインが大きければ IGBT 内の短絡電流レベルも大きくなるので、ゲインの小さい IGBT では短絡レベルも小さいことは明らかです。しかし、ゲインが大きければオン状態での導通損失は小さいので、ここでトレードオフが求められます1。IGBT 技術の進歩は短絡電流レベルが大きくなる傾向を招いており、結果として許容短絡時間が短くなっています。さらに、技術の発達によってより小型のダイの使用が可能になっており2、モジュール・サイズが小さくなりますが、熱容量も小さくなり、このため許容時間がさらに短くなります。また、IGBT のコレクタ−エミッタ電圧も大きく関係しており、それに伴い産業用ドライブにおける DC バス電圧レベルも高くなる傾向にあるので、これも許容短絡時間を一層短くする結果となっています。従来、許容短絡時間は 10 µs 程度でしたが、近年では 5 µs に近づいており3、条件によってはわずか1 µs という場合もあります4。さらに、許容短絡時間はデバイスによって大きく異なるため、通常、IGBT 保護回路においては、仕様に規定された許容短絡時間にさらにマージンを組み込むことが推奨されます。
IGBT の過電流保護
過電流状態から IGBT を保護することは、資産保護と安全の両面から、システムの信頼性にとって非常に重要です。IGBT はフェイルセーフ部品とは見なされません。故障した場合は DC バスのコンデンサの破裂を招き、駆動回路全体が機能を喪失してしまいます5。通常、過電流保護は電流測定あるいは非飽和検出を行うことによって行われます。これらの手法を図 2 に示します。電流測定の場合は、シュートスルーやモーター巻線に関わる不具合に対応するために、インバータ・レグと相出力の両方にシャント抵抗などの測定装置が必要になります。許容短絡時間を超えないようにするために、コントローラやゲート・ドライバ内に高速に作動するトリップ回路を設けることによって、適切なタイミングで IGBT をシャットダウンする必要があります。この方法の主な欠点は、各インバータ・レグに 2 つの測定装置と、それに伴うシグナル・コンディショニング回路および絶縁回路を組み込む必要があることです。この要求は、正と負のDC バス・ラインにシャント抵抗を追加するだけで緩和することができます。しかし、多くのドライブのアーキテクチャには、電流制御ループの保護とモーター過電流保護を目的としたレグ・シャント抵抗か相シャント抵抗のどちらかが存在するので、そのシグナル・コンディショニングの応答時間が十分に短く、必要な許容短絡時間内に IGBT を保護できる場合は、これらを IGBT の過電流保護にも利用できる可能性があります。
非飽和検出では、IGBT 自体を電流測定部品として利用します。図に示すダイオードは、オン状態の間 IGBT のコレクタ−エミッタ電圧が検出回路によってモニタだけされるようにするもので、通常動作時のコレクタ−エミッタ電圧は非常に低い値になります(通常は 1 V ~ 4 V)。しかし、短絡が生じると、IGBT のコレクタ電流が、IGBT を駆動し飽和領域を脱して線形動作領域になるレベルまで増加します。これにより、コレクタ−エミッタ電圧が急激に増加します。電圧レベルが通常のレベルを超えると、短絡が存在することがわかります。通常、非飽和トリップの閾値レベルは 7 V ~ 9 V の範囲です。重要なのは、非飽和状態により、ゲート−エミッタ電圧が低過ぎることと、IBGT が飽和領域まで完全に駆動されていないことも示せるということです。非飽和検出回路を実装する際には、誤作動によるトリップの防止に留意する必要があります。誤作動は、IBGT がまだ完全な飽和状態にならない、IGBT オフから IGBT オンへの状態遷移時に特に発生しやすくなります。一般的には、誤検出を防止するために、ターンオン信号の開始から非飽和検出が有効になる時点までの間にブランキング時間を挿入します。通常は、検出メカニズムの時定数を短くしてノイズ・ピックアップによるトリップ誤作動をなくすために、電流源により充電されるコンデンサや RC フィルタも追加されます。これらのフィルタ部品の選択は、ノイズ耐性の向上と IGBT 許容短絡時間内での動作とのトレードオフになります。
IGBT の過電流検出後は、異常に高い電流レベルの下で IGBT をオフにするにあたって、もう 1 つの問題に直面します。通常の動作条件下では、スイッチング損失を最小限に抑えるために、ゲート・ドライバは、できるだけ速やかに IGBT をオフするように設計されています。これは、ドライバのインピーダンスとゲート駆動の抵抗を小さくすることによって実現されます。過電流状態でも同様のゲート・ターンオフ速度が適用される場合は、短時間で電流が大きく変化するので、コレクタ−エミッタの di/dtが非常に大きくなります。ワイヤ・ボンドと PCB パターンの浮遊インダクタンスによるコレクタ−エミッタ回路内の寄生インダクタンスによって、IGBT に加わる過渡的な過電圧レベルが非常に高くなる可能性があります(VLSTRAY = LSTRAY × di/dt であるため)。したがって、di/dt の値と、回路要素の破損を招くような過電圧レベルを小さく抑えるために、非飽和時に IGBT をシャットオフする際には、ターンオフ経路のインピーダンスをより高くすることが重要です。
システム内異常の結果として生じる短絡とは別に、一時的なインバータのシュートスルーは通常動作時でも発生する可能性があります。通常動作時に IGBT をオンにするには、導通損失が最小になる飽和領域まで IGBT を駆動する必要があります。通常これは、オン状態でのゲート−エミッタ電圧が 12 V より高いことを意味します。IGBT をオフにするには、ハイサイド IGBT がオンになったときに IGBT にかかる高い逆電圧をうまくブロックできるように、カットオフ動作領域まで IGBT を駆動する必要があります。原則として、これは IGBT ゲート−エミッタ電圧を 0 V まで下げることによって実現できますが、インバータ・レグのローサイドにあるトランジスタがオンになるときは、2 次的な影響を考慮する必要があります。ターンオン時にはスイッチ・ノード電圧が急激に変化しますが、これにより、ローサイド IGBTの寄生ミラー(Miller)ゲート−コレクタ容量(図 3 の CGC)に容量性の誘起電流が流れ込みます。この電流は、ローサイド・ゲート・ドライバ(図 3 の ZDRIVER)のターンオフ・インピーダンスを通って流れ、図に示すように、ローサイド IGBT のゲート−エミッタ端子の過渡電圧を増大させます。この電圧が IGBT のスレッショールド電圧 VTH を超えるとローサイド IGBT が短時間オンになり、これによってインバータ・レグが一時的にシュートスルー状態になることがあります。一般的には、これによって IGBTが破壊されることはありませんが、消費電力の増加と信頼性の低下を招く結果となります。
一般に、インバータ IGBT の誘導ターンオンに対処する方法は 2 つあります。バイポーラ電源を使用する方法と、ミラー・クランプを追加する方法です。ゲート・ドライバの絶縁側にバイポーラ電源を使用できれば、誘導電圧トランジェントに対する追加的なヘッドルームが得られます。例えば −7.5 V の負電源レールを使用する場合、誤作動によるターンオンを引き起こすには 8.5 Vを超える誘導電圧トランジェントが必要です。これは、誤動作によるターンオンを防ぐうえで十分な値です。これに対する相補的な方法は、ゲート・ドライバ回路のターンオフ・インピーダンスを、ターンオフ遷移終了後の一定時間だけ小さくすることです。これをミラー・クランプ(Miller clamp)回路と言います。この場合、容量性の電流はよりインピーダンスの低い回路に流れ込み、結果として電圧トランジェントが小さくなります。さらに、ターンオンとターンオフに非対称ゲート抵抗を利用することによって、スイッチング・レート制御の柔軟性を増すことができます。ゲート・ドライバのこれらの機能は、すべてシステム全体の信頼性と効率を向上させます。
試験例
この試験構成では、半波整流器を通した AC 電力網を電源とする3 相インバータを使用します。これにより、この場合の DC バス電圧は 320 V となりますが、システムは最大 800 V の DC バス電圧レベルでも使用できます。通常動作時は、オープン・ループ電圧/周波数制御の下で 0.5 HP のインダクション・モーターを駆動します。IGBT は 1200 V、30 A の IRG7PH46UDPBF です(International Rectifier 製)。コントローラには、アナログ・デバイセズの ADSPCM408F Cortex®-M4F ミックスド・シグナル・プロセッサを使用します。相電流の測定は絶縁型 ΣΔ 変調器 AD7403を使用して行い、絶縁型ゲート・ドライブは、非飽和検出、ミラー・クランプ、その他の IGBT 保護機能を内蔵した磁気絶縁型ゲート・ドライバ ADuM4135 を使用して実装します。短絡テストは、モーターの相間短絡、あるいはモーターの相線と DC バス負側の短絡を手動で切り替えて行います。この例では、接地短絡はテストしていません。
コントローラ・ボードと電源ボードを図 5 に示します。これらは、アナログ・デバイセズが提供する ADSP-CM408F EZ-kit®6 とEV-MCS-ISOINVEP-Z 絶縁型インバータ・プラットフォーム7です。
IGBT の過電流保護と短絡保護は、試験用ハードウェアを使用した一連の方法によって実装されています。これらの方法を以下に示します。
- DC バス電流検出(インバータのシュートスルー異常)
- モーターの相電流検出(モーターの巻線異常)
- ゲート・ドライバの非飽和検出(すべての異常)
DC バス電流は不連続でノイズ成分も比較的大きいので、DC バス電流検出回路には、誤動作によるトリップを防ぐために小さいフィルタを追加する必要があります。これには、時定数 3 µs の RC フィルタを使用します。過電流検出後から IBGT シャットダウンまでの残遅延は、オペアンプ、コンパレータ、シグナル・アイソレータを通じた遅延、ADSP-CM408F のトリップ応答時間、およびゲート・ドライバの伝搬遅延です。これらの合計は 0.4 µs で、異常発生からターンオフまでの合計遅延は 3.4 µsとなりますが、これは多くの IGBT の短絡時定数の範囲内です。AD7403 を ADSP-CM408F プロセッサの内蔵過負荷検出 SINC フィルタとともに使用するモーターの相電流検出についても、同様のタイミングが適用されます。これらは、約 3 µs の SINC フィルタ時定数で良好に動作します8。過負荷 SINC フィルタはプロセッサに内蔵されているので、この場合の残りのシステム遅延は PWM ユニットへのトリップ信号の内部ルーティングによるものと、ゲート・ドライバの伝搬遅延によるものだけです。いずれの場合も、これらの方法のいずれかを使って現実的な高速過電流保護を実現するうえでは、電流検出回路またはデジタル高速フィルタの応答時間とともに、ADuM4135 の非常に短い伝搬遅延がきわめて重要です。ハードウェア・トリップ信号、PWM 出力信号、および 1 つのインバータ・レグにおける上側 IGBT の実際のゲート−エミッタ波形の間の遅延を図 6 に示します。IGBTターンオフ開始までの合計遅延は、約 100 ns であることがわかります。
ゲート・ドライバ非飽和検出は、前述の過電流検出法よりもかなり高速で動作させることが可能で、短絡電流の上昇限度を制限するうえでも重要なので、システム全体の信頼性を、高速過電流保護機能で実現可能なレベル以上に向上させます。これを図 7 に示します。異常が発生すると、電流は急激に上昇し始めます。測定は、図に示すことだけを目的に帯域幅が限られた 20 Aの電流プローブを使って行われているので、実際の電流は図よりもはるかに大きくなります。非飽和電圧が 9 V のトリップ・レベルに達すると、ゲート・ドライバがシャットダウンを開始します。短絡時間は全部で 400 ns 未満であることは明らかです。電流のロングテール部分は、下側 IGBT の逆並列ダイオードの電流フリーホイール現象による誘導エネルギーの減衰です。
ターンオン時における非飽和電圧の最初の増加は、コレクタ−エミッタ電圧のトランジェント状態によって非飽和検出が誤作動を起こす可能性の一例です。このような誤作動は、非飽和フィルタの時定数を大きくしてブランキング時間を長くすることによって排除できます。
IGBT のコレクタ−エミッタ電圧を図 8 に示します。320 VDC のバス電圧を約 80 V 上回る初期オーバーシュートが見られますが、これは制御されたもので、非飽和検出時のターンオフにおけるインピーダンスが高いことによるものです。下側逆並列ダイオードと回路寄生での電流の循環によって、実際の電圧オーバーシュートの最大値はこれよりわずかに高い 420 V となります。
まとめ
IGBT の許容短絡時間が 1 µs のレベルまで低下していることから、過電流と短絡を検出してきわめて短時間のうちに IGBT をオフにすることが、これまで以上に重要になっています。産業用モーター・ドライブ回路の信頼性は、IBGT 保護回路と密接に関係しています。本稿ではこの問題への複数のアプローチについての概要を示し、アナログ・デバイセズの ADuM4135 のような堅牢な絶縁型ゲート・ドライバ IC の価値を明確にする試験結果を示しました。