ADAS・インフォテインメントの課題を解決する車載向け高速ビデオ伝送技術「GMSL」

ADAS・インフォテインメントの課題を解決する車載向け高速ビデオ伝送技術「GMSL」

著者の連絡先情報

Generic_Author_image

江口 慶亮

自動車業界ではADAS(先進運転支援システム)やインフォテインメント機能の開発が進んでいますが、大容量データ通信が必要なビデオ伝送システムの設計では、コスト増加をはじめとしてさまざまな課題が生じています。本稿では、このような車載向け高速ビデオ伝送における解決策のひとつとして、ギガビット・マルチメディア・シリアル・リンク(GMSL) SerDes ICを紹介します。

 

ADAS・インフォテインメントのトレンド

まず、ADASやインフォテインメントにおいてどのような機能向上が期待されるのか、実現のために必要とされる設計内容はなにかについて解説します。

 

ADAS


ADASでは、さまざまな運転支援機能の追加が期待されています。例えばアメリカで実施されたアンケートによると、死角検知や駐車支援、降雨検知といった機能が求められています。ただ、これらの機能を実現するためには、カメラの解像度を今まで以上に高めなければなりません。

例えば死角検知や駐車支援であれば3メガピクセル、降雨検知では8メガピクセルの解像度が必要になると想定され、画像伝送用ICの伝送速度もこれらの解像度に対応しなければならなくなっています。

また、自動運転車の自動運転レベルも向上していますが、レベルが上がるほどADASとしてのカメラのリンク数や処理用のユニット数は増えることになります。

図1.自動運転レベルとカメラやユニットの配置
図1.自動運転レベルとカメラやユニットの配置

図1は、自動運転レベルごとのカメラやユニットの配置を示すもので、ベージュ色の四角がカメラの位置を表しています。この図から、自動運転レベル2なら6個、レベル3で12個、レベル3以上では18個以上のカメラが必要と分かります。

 

インフォテインメント


インフォテインメントにおいては、車載ディスプレイの大型化がトレンドとなっています。

図2.インフォテイメントのトレンド
図2.インフォテイメントのトレンド

図2のように、2020年時点で2000×2000の解像度を持つディスプレイの搭載が始まっていますが、2021年には解像度は2000×3000に向上しており、かなりの速度で大型化が進んでいます。さらに、2025年には2000×7000といったように、ダッシュボード(インパネ)の左右いっぱいに広がるディスプレイが登場すると予測されています。

ディスプレイサイズが大型化するのに伴い、画像を生成するユニットからディスプレイまでの通信も高速化する必要が生じます。具体的には、解像度2000×2000では6Gbpsや12Gbpsの伝送速度で対応できますが、2000×3000になると20Gbps、2000×7000だと24Gbps以上の伝送速度が必要となります。

 

4つの課題

このように、運転支援、インフォテインメント機能は高性能化・高機能化しながら増えていくことが予測されています。一方で、製品化に当たっては、設計上さまざまな課題が生じます。その中から4つの課題を紹介します。

 

開発期間・コストの増加


ADASでは、運転支援機能や自動運転レベルの向上に伴ってカメラ、処理ユニットの数が増えるため、通信に使うケーブルの本数も増加します。すると、車体設計が複雑になり、開発時間が長期化し、ケーブルのコストも増えるという問題が生じます。

そのため、いかにケーブルを減らして設計を簡略化するかといった工夫や、ケーブル自体のコストを減らす努力が必要となってきます。

 

広帯域幅の確保


画像伝送の広帯域化も大きな課題です。カメラ画像の高解像度化やADASにおける処理の精度を上げるためには、カメラの解像度向上が欠かせません。

現状は1.3メガピクセルのカメラが主流ですが、3メガピクセル、6メガピクセルと解像度が高くなると、現状の帯域幅では通信速度が足りなくなります。そのため、従来よりも広帯域幅での通信が必須となります。

 

相互通信の複雑化


3つ目の課題は相互通信の複雑化です。カメラ画像の通信自体は、撮影した画像データをトランスミッターで送信し、レシーバーで受信してプロセッサで処理するといったシンプルな構成で行います。

しかし、最近のカメラにはイメージセンサだけでなくさまざまな機能が付いているため、それらとの通信も行わなければなりません。また、ADASではカメラが正常に動いているか監視することも重要ですから、単純にカメラ信号を受信するだけでなく、複雑な相互通信が必要となるのです。

 

データの完全性確保が必要


ADAS用の通信では、データの完全性確保も必須です。目視するための映像ならばともかく、画像データが安全性に直結する場合は、画像データの欠落が起きないよう設計しなければなりません。

そのため、デジタルデータの欠落を監視する機能や、データが正しく送られていることを担保するデータの完全性を確保することが求められます。

 

GMSLの構成

このように、ADASやインフォテインメントの機能向上により、画像データ通信にはさまざまな課題が発生しますが、アナログ・デバイセズの「GMSL」であれば、これらの課題を解決できます。

GMSLの構成について図3を使って説明します。

図3.GMSL SerDesリンク・アーキテクチャ
図3.GMSL SerDesリンク・アーキテクチャ

こちらはカメラの映像信号ユニットの機能ブロック図です。GMSLには高速SerDes技術が使われており、シリアライザ(送信器)とデシリアライザ(受信器)を組み合わせた構成です。

カメラの映像データがどのように通信されるか見ていきます。まず、イメージセンサから出力されたビデオデータは、シリアライザが受け取ってデジタル信号に変換し、ケーブルに出力します。伝送されたデジタル信号を受信側ユニットのデシリアライザが受信してビデオデータを復元、最後にプロセッサがデータを受け取って映像に変換し、ディスプレイに表示します。この通信では数Gbpsの非常に高速なデータ伝送を行います。

一方、図3の紫の円で囲まれた部分はGPIO、SPI、I2C/UARTといった、相互通信が必要な通信です。こちらは先ほどとは逆方向の伝送となるため、デシリアライザからシリアライザに通信することになります。信号の伝送速度は順方向通信と比べて非常に低速なので、順方向通信と同じケーブルを使い、フィルタ回路で分離することで通信を行っています。

 

GMSL採用によるメリット

それでは、GMSLを採用すると、具体的にどのようなメリットを得られるか紹介します。

 

配線の自由度が向上

GMSLでは、差動通信用ケーブルと同軸ケーブルのどちらを使っても15mまでの伝送が可能です。他のICよりケーブルを長くできるため、配線の自由度が向上するほか、ケーブル長が短くても良い場合であれば、ケーブルの品質を下げることでコストを抑えられるメリットがあります。

一般的に、数Gbpsの信号を伝送する場合、信号は大きく減衰し、ケーブル品質が低いほどその減衰幅は顕著になります。しかしGMSLでは減衰が大きくても高速通信に耐えられるよう設計されていることから、低品質ケーブルであっても利用可能です。

具体的には第二世代のGMSL2は一般的な車載対応同軸ケーブルで6Gbps通信を15m達成可能です。

また、現状で差動通信用ケーブルを採用している場合は、同軸ケーブルに変更することでコストを大きく低減できます。

 

ピン共通化による世代間の互換性確保


各世代の製品は全てピン互換(ピンコンパチブル)設計となっているのも特長です。GMSLは第一世代から第三世代までリリースしており、世代を経るごとに通信速度は大きく向上しています。アップデートに伴い、内部ではさまざまな処理の変更をしておりますが、ピン互換を保っているため使い勝手は変わりません。

そのため、利用する側としては設計を変更することなく、新世代のGMSLに交換することで簡単に伝送速度を向上させられる強みがあります。

 

双方向通信が可能


GMSLならケーブル1本で相互通信が可能です。オーディオ、各種制御信号、ギガビットイーサネットなど幅広いデータをパケットに入れ込むことができるので、各種センサなどの制御やカメラ動作の監視などを簡単に行えます。

 

広帯域幅の通信に対応

GMSLは、広帯域幅通信にも対応しています。第一世代は3Gbps、第二世代は6Gbps、第三世代は12Gbpsまでの通信速度を実現します。4Kディスプレイや、8メガピクセルのイメージセンサなど高性能な製品にも対応しているため、今後のADASやインフォテインメントの進化にも十分に対応できます。

 

データの完全性やシステムの安全性を担保


データの完全性やシステムの安全性を、GMSLなら高いレベルで担保できます。データの完全性については、伝送信号のアイパターンを常時モニタリングすることで、信号品質を自己診断しています。アイパターンが一定以上劣化したらエラーを出力します。ビット欠けなどのエラーも検出でき、さらにアルゴリズムによるエラーの訂正も可能です。

また、シリアライザ、デシリアライザ自体に異常が発生した場合でも、ICが自ら故障を検知してアラートを出す機能を備えています。IC単体でASIL-B機能安全(ASIL:自動車用安全水準)に対応するほどの故障検出率を実現しているため、GMSLを使用する場合は、GMSLのアラートを用いて設計することで、システム側は高い要求のセーフティゴールを達成できます。

 

EMC耐性


EMC耐性についても、車載OEMメーカーの厳しい基準を達成可能であり、実績もあります。
アナログ・デバイセズではEMC耐性についても豊富なノウハウを持っているため、IC設計、プリント基板設計を適切に行えば十分なEMC耐性を得られます。

 

競合他社との違い

ここまでGMSLの特長を紹介しましたが、同様の機能を有したビデオ伝送ICは他社からもリリースされています。ただ、アナログ・デバイセズは競合他社と比べ、最も高速に通信できるビデオ伝送ICを最も早くマーケットにリリースしているという優位性があります。

GMSLと競合他社によるリリース状況を、図4を基に解説します。

図4. GMSLと競合他社によるビデオ伝送ICのリリース状況
図4. GMSLと競合他社によるビデオ伝送ICのリリース状況

図4のうち、緑色の点と、明るい水色の点がGMSLです。赤が競合他社であるA社、濃い青がB社の製品です。グラフの横軸は年代、縦軸はデータ伝送速度となっており、左上にある点ほどいち早く高性能なICをリリースしていることになります。

このグラフを見て分かるように、データ伝送速度6GbpsのGMSLを2018年に市場にいち早くリリースしました。翌2019年には第3世代GMSLも他社に先駆けてリリース済で、12Gbpsを達成しました。

現在では12Gbsをさらに上回る高速な第4世代GMSLの開発を進めており、アナログ・デバイセズは今後も他社より早く、最も高速なビデオ伝送ICのGMSLをリリースする見込みです。

 

GMSL採用状況

最後に、GMSLの具体的な採用状況について解説します。まず、GMSLは北米、ヨーロッパ、アジア、そして日本と、各地域の数多くのOEMメーカーで、以下のような用途に採用されています。

  • センターインフォメーションディスプレイ(CID)
  • リアシートエンタテイメント(RSE)
  • フォワードカメラ(FCA)
  • サラウンドビューモニタ(SVM)
  • ドライバーモニタリングシステム(DSM)
  • RADAR/レーダーセンサ ・LiDAR
  • ECU-ECU間通信

中でも、サラウンドビューモニタやセンターインフォメーションディスプレイでは、ほとんどのOEMメーカーにGMSLを採用いただいています。

 

おわりに

今回は、ADAS、インフォテインメントが持つ4つの課題を解決できるGMSL SerDesICの特長を紹介しました。GMSLは高速画像データ通信を実現しており、ADASやインフォテインメントの進化による画像信号の高速化に対応できるICです。

複雑な相互通信やデータの完全性確保に対応しつつ、高い伝送可能距離とEMC耐性を備えており、開発工数やコスト削減に貢献します。競合他社と比べても開発スピードが早く、世界中の車載メーカーに採用されている実績もあり、車載ビデオデータ通信においてはスタンダードなICだと言えるでしょう。

※本稿は2023年6月時点の情報に基づいています。