アナログ・デバイセズの戦略
半導体業界を取り巻く環境の転換点は、「半導体技術のイノベーション」によって生み出されてきた。過去を振り返れば、この転換点は20年ごとに訪れている。転換点の前と後では、取り巻く環境はガラリと変わる。1960年ごろの転換点によってその後は「メインフレーム」の時代に、1980年ごろの転換点の後は「PC&インターネット」の時代に、2000年ごろの転換点の後は「モバイル&クラウド」の時代へと移り変わった1。それによって、人々の生活様式は大きく変わり、ビジネスや仕事の進め方も劇的に変化した。もちろん、各種アプリケーションで必要とされる半導体も変化を余儀なくされる。
最近では2020年ごろにも転換点があり、「セキュア、AIアシストのエッジ・デバイス」の時代に移り変わり、「エッジ・デバイス」が半導体業界における競争領域の一つとなっている。
インテリジェント・エッジに欠かせない4要素
そこでアナログ・デバイセズが着目したのが「インテリジェント・エッジ」だ2。インテリジェント・エッジとは、「物理世界とデジタル世界の交わる場所であり、リアルタイムに判断が実行される場所」と定義されるもの3。具体的には、スマートフォンや自動車などの完成機器のほか、スマートファクトリー、プラント、ビルディングオートメーションにおける設備監視/制御、エネルギー分野の送配電、スマートメーターなどの状態監視、ロボット、在宅医療機器、通信基地局、社会/環境インフラといったさまざまなデータを取得するセンサーモジュールなども含まれる。
こうしたインテリジェント・エッジを構成する上で欠かせない要素は3つある。それはセンサー、アナログ、デジタルである。ただしデジタルは、ソフトウェアがなければ機能しない。従って、ソフトウェアも加えた4つがインテリジェント・エッジを構成する主な要素と言える。
アナログ・デバイセズはこのインテリジェント・エッジの市場に向けて、ソフトウェアを含むデジタルに関する技術力や製品力、サポート力などを強化してきた。なおアナログ・デバイセズでは、インテリジェント・エッジの次のステージとして「フィジカル・インテリジェンス」を見据えている。これはAI(Artificial Intelligence)を活用することでエッジをさらに進化させて、現実世界と知能をより深く結び付けたものだ。しかし本記事では、フィジカル・インテリジェンスの土台となるインテリジェント・エッジに焦点を当ててその詳細を解説していく。
ソフトウェアを含むデジタル分野の強化へ
アナログ・デバイセズは半導体業界において広く知られているように、アナログICの主役を務める企業である。アナログIC市場では高いシェアを獲得している上に、技術力の面でもリーダー的な役割を果たしている。
一方で、ソフトウェアを含むデジタルの分野においても、これまで一定の成果を残してきた。決して、新参者ではない。DSP(Digital Signal Processor)では、「SHARC®」や「Blackfin®」などの製品を市場に投入しており、すでに映像/映像処理やオーディオ/音声処理、産業/車載機器での各種制御、通信/ネットワーク機器での各種制御で広く採用されている。「演算性能では、業界でもトップクラスの評価を得ており、マイクロコントローラ(マイコン)についても数多くの製品を市場に投入してきた。しかしDSPに比べると、デバイス単体の性能だけではお客様に提供する価値を十分に伝えきれない側面もあった。
そうした認識に立ち、アナログ・デバイセズでは近年ソフトウェアを含めたデジタル分野を強化している。まずは、社外からソフトウェアやデジタルICの経験が豊富な専門家を招聘し、「SDP(Software and Digital Platform)グループ」を設立。DSPなどの開発に従事していたエンジニアを社内で異動させたり、ソフトウェア・エンジニアの社外からの採用も重点的に行った。なお、SDPグループでシニアバイスプレジデントを務めるRob Oshana氏は、NXPセミコンダクターズでソフトウェアの研究開発を牽引するなど、ソフトウェア業界において30年を超える経験を持つ。また、米マキシム・インテグレーテッド・プロダクツとの統合で、マイコンを始めとするデジタル製品のポートフォリオもさらに拡充し、技術統合も着実に進んでいる。
これらの強化策は順調に実を結び始めている。最も大きな成果は、統合開発環境(IDE:Integrated Development Environment)「CodeFusion Studio™」の開発だろう。そのVer.1.0は2024年10月に発表。現在はVer.2.0にバージョンアップしている。さらにマイコンやアナログIC、センサーなどを組み合わせた評価ボード/開発キットのほか、それに搭載するドライバーやミドルウェアを数多く開発し、ユーザーに提供中である。
コア・コンピタンスのアナログ技術を生かす
アナログ・デバイセズが強みを発揮するインテリジェント・エッジ市場だが、ライバルとなる企業は少なくない。特にマイコンやプロセッサについては、いずれのライバル企業も製品ポートフォリオが豊富であり、ソフトウェアの統合開発環境も整備されている。
こうした状況で、アナログ・デバイセズはどのようにインテリジェント・エッジ市場、そしてその先のフィジカル・インテリジェンスを率いていくのか。そのポイントとなるのがコア・コンピタンス「アナログ技術」である。アナログ・デバイセズはアナログIC市場をけん引する半導体メーカーであり、極めて高いアナログ技術を誇る。このアナログ技術を最大限に生かすわけだ。マイコンやプロセッサは、さまざまな周辺機能(ペリフェラル)をチップに集積することや、複数のチップを組み合わせることが求められる。その中には、高度なアナログの技術力を必要とする機能もあるからだ。マイコンコアにはArm Cortex-MシリーズやRISC-Vなど業界標準のIPを採用することで、豊富なソフトウェア資産やエコシステムとの互換性を確保している。一方で、ADIが真に差別化を発揮するのは周辺機能(ペリフェラル)である。 高度なアナログ技術を生かした周辺機能の集積により、ライバル企業と一線を画すことが可能だ。
アナログ・デバイセズは、産業用途や車載用途、ヘルスケア用途、民生用途などに向けたインテリジェント・エッジにおいて豊富な実績とソリューションを有する。インテリジェント・エッジは前述の通り、マイコンやプロセッサに加えてセンサーやアナログICで構成されている。このためフィジカル空間のアナログ信号を単に検出してデジタル信号に変換するだけでなく、さまざまな高度な演算処理を施しながらデジタル信号に変換することができる。この処理結果をマスターとなるCPU(Central Processing Unit)に送信することで、インテリジェントなシステムを構築できるようになるわけだ。今回のシリーズ記事では、こうしたシステム構築に最適なアナログ・デバイセズのマイコンや、それに搭載するソフトウェアの統合開発環境、評価キット/評価ボード、インテリジェント・エッジに必要な周辺機能(アナログICなど)を取り上げて、詳しく紹介していく。
なお、アナログ・デバイセズは、マイコンや各製品を単体のデバイスとしてではなく、センサー、電源、通信、ソフトウェアまで含めたエッジ・システム全体の一部と位置づけている。つまり、アナログ・デバイセズが目指すのは、デバイス単体の性能向上に留まらず、開発期間の短縮や設計負荷の軽減など、開発現場が直面する課題を解決し、限られた人員でも持続可能なシステム全体の最適化である。
参考資料
1 ADI OVERVIEW: THE BEDROCK OF THE MODERN DIGITAL ECONOMY P.9
2 同資料P.12
3 同資料P.13

