さらなる普遍性に向けた技術の融合
OPC UAを利用すれば、アドレス空間によってあらゆる状況に対応可能なアプリケーション・インターフェースを形成することができます。一方、IEEE 802.1 TSN(Time Sensitive Networking)は、標準のイーサネット規格を拡張してリアルタイム機能を追加しつつ、ギガビット・レベルのデータ転送速度を実現しようというものです。これら2つの技術を、Pub/Sub(Publish‐Subscribe)モデルによって統合しようというのは、理に適った考え方だと言えます。しかし、インダストリ4.0のトレンドに沿った産業用の通信技術としては、他の選択肢も考えられます。本稿では、アナログ・デバイセズのDeterministic Ethernet技術グループに所属するシステム・アプリケーション・エンジニア、Volker Gollerのインタビューを基に、これらの技術に関連する情報を紹介します。
Q:OPC UAとTSNを併用するシステムのタスク/機能のうち、OPC UAとTSNはそれぞれ何を分担すると考えられますか。
A: OPC UAの役割を明らかにするために、OPC Foundationのバイスプレジデントを務めるStefan Hoppe氏の言葉を紹介します。それは「OPC UAはプロトコルではなく、情報モデルである」というものです。もちろん、OPC UAにはクライアントとサーバを接続するためのプロトコルも存在します。ただ、OPCUAの強みはアドレス空間にあります。それこそが、OPC UAが普遍的なアプリケーション・インターフェースたりうる所以です。OPC UAは柔軟性の高さを1つの特徴とします。このことから、既存のユーザ・インターフェース(産業用イーサネット・プロトコルのプロファイル)をOPC UAにマッピングすることが可能になります。現在、産業用イーサネット・プロトコルのほとんどのプロファイルについては、既にOPC UAのアドレス空間で表現されているか、あるいはそれに向けた作業が進められている状況にあります。OPC UAでは、I/O、ドライブ、安全性などのプロファイルについてはまだ規定されていません。ただ、今後はその状況も変化していくでしょう。インダストリ4.0の枠組みにおいて、OPC UAは、非常に有望な共通インターフェースになると考えられています。
一方のTSNは、標準のイーサネット規格であるIEEE 802.1の拡張版です。イーサネットの確定性とリアルタイム性を高めることを目的としたものであり、あらゆる意味で新たな可能性を秘めた規格だと言えます。今後、TSNに対応するハードウェアが多くのメーカーから提供される予定です。その意味で、TSNはリアルタイム通信を普遍的なものにするための手段だと見なすこともできます。TSNを採用することにより、ほぼすべてのプロトコルにリアルタイム機能を追加することが可能になります。
このような背景の下、TSNを利用してOPC UA向けにリアルタイム対応のトランスポート・プロトコルを規定することを目的とし、Pub/Subモデルの確立を目指すワーキング・グループが創設されました。OPC UAをリアルタイム処理に対応させ、産業用イーサネット・プロトコルを代替する技術の候補にしようというのがその狙いです。従来のPLC(Programmable Logic Controller)よりも上位のレベルで、異なるメーカーのコントローラがOPC UA対応のシステムとリアルタイムにやり取りできるようになるわけですから、非常に有用です。TSNにより、OPC UAに対応するネットワークの帯域幅が保証されるので、従来以上の堅牢性が得られることにもなります。
ただし、Pub/SubモデルがOPC UAをリアルタイム対応にするための唯一の手段というわけではありません。既に広く普及済みのリアルタイム・プロトコルであるDDS(Data DistributionService)用に、OPC UAのモデルを開発しようという取り組みも行われています。これが実現すれば、DDS/TSNによって分散システムを運用し、OPC UAをアプリケーション・インターフェースとして使用することができます。
今後についてはまだ明確なことは言えませんが、引き続き注視が必要です。
Q:将来的にも、従来の産業用イーサネット・システムとフィールドバスが分担することになるタスク/機能としては、どのようなものがありますか。
A: 従来の産業用イーサネット・プロトコルが使われなくなるということではありません。将来的には、異なる形態、つまりはOPC UAのプロファイル、またはプロファイル・ファミリーとして存続するものもあれば、TSNベースになるものもあるでしょう。従来のフィールドバスは、イーサネットに取って代わられる見込みです。
Q:OPC UAとTSNを併用するシステムにおいて、従来の産業用イーサネット・システムが、OPC UA/TSN上で、プロファイルのレベルで果たすことのできるタスク/機能には、どのようなものがありますか。
A: 改めて明確にしておきますが、TSNを使用する場合には必ずOPC UAが併用されるということではありません。両者は全く独立した技術です。OPC UAは、コントローラのネットワーク(コントローラ間の接続)において重要な役割を果たします。その点に、Pub/SubモデルによるTSNとの統合のメリットがあります。フィールド・レベルでも有効かどうかについては、今後の実証が待たれます。ただ、OPC UAは大規模なスタックなので、何らかのメリットを提供してくれることは期待してよいでしょう。
Q:従来の産業用イーサネット・システムを使用しているユーザー(企業や組織)は、TSNの課題についてどのような反応を見せていますか。
A: TSNがもたらす可能性に対しては、すべてのユーザーが関心を示していると言えるでしょう。TSNは、特にインフラで使用するハードウェア・コンポーネントの選択肢を広げます。また、従来を上回る1Gbps以上というデータ転送速度を達成するための手段になる可能性もあります。最終的には、PROFINET®TSN、あるいはEtherNet/IP® over TSN and OPC UA Pub/Subとでも呼べるような技術が登場することになるでしょう。
Q:将来的には、TSNはサイクル・タイムが31.25マイクロ秒、あるいはそれ以下の値が保証されるようなリアルタイム性を備えるようになるのでしょうか。
A: データ転送速度が100Mbpsという条件下でサイクル・タイムを250マイクロ秒以下にするには、標準のイーサネットを大幅に改変した産業用イーサネット・プロトコルを確立する必要があります。ただ、IEEEは、非標準のものを導入するというアプローチに対しては積極的な姿勢を見せていません。例えば、EtherCAT®やSercosがベースとしているサメーション・フレーム・プロトコルなども存在しますが、そのような拡張がTSNの規格に組み込まれる可能性は低いでしょう。
質問に対する回答としては、少なくとも標準のTCP/IPアプリケーションとの真の並列動作が機能するならば、TSNのリアルタイム性は、100Mbpsで250マイクロ秒というIEEEが定めた上限値にいずれ達するでしょう。それよりも短いサイクル・タイムについては、1Gbpsというデータ転送速度を達成することで可能性が見えてきます。
Q:TSNによって、安全性の問題はどのように解決されますか。あるいは解決される予定ですか。
A: 一般に、安全性はブラック・チャンネルの原理を使用して実現されます。現実の通信プロトコルでは、その上層部分によって定義されます。ただ、通信チャンネルの信頼性は安全性を左右する要素の1つです。TSNによって、システムの信頼性が現状よりも低くなることはありません。
Q:OPC UAのプロトコルは、タイム・スロットやトンネリングなど、従来の産業用イーサネット・システムによっても転送可能です。なぜわざわざTSNを使用しなければならないのでしょうか。
A: TSNは、標準のイーサネットに確定的なリアルタイム性を加えるためのものです。現実のシステムでは、複数の異なるプロトコルが単一のケーブル上で共存することになります。TSNは、リアルタイム型のTCP/IPとベストエフォート型のTCP/IPが単一のケーブル上で堅牢に並列動作することを可能にします。
Q:従来の産業用イーサネットと比べた場合、TSNにはどのようなメリットがありますか。
A: TSNは、新しい産業用イーサネット・プロトコルではありません。標準のイーサネット規格を拡張してリアルタイム機能を追加するというものです。既に述べたように、そのメリットとしては、ハードウェアの可用性を拡大できる、インフラを統合できる、速度に非依存の定義が行えるといったことが挙げられます。
Q:コストにはどのような影響がありますか。
A: スケーラブルで標準化されたハードウェアやインフラは、コストの削減やノウハウの統合につながります。
Q:1Gbps以上のデータ転送速度の実現を求める声は、どの程度重視されますか。
A: 1Gbps以上というのは、今日のネットワークにおいては当然のごとく求められるようになる値です。ただ、いずれは100Mbpsに取って代わるのかといえば、完全にそうなるというわけではありません。しかし、1Gbpsという値が実現されれば、新たなアプリケーションの可能性が広がります。また、大量のデータを使用するアプリケーションで今日発生している性能上のボトルネックを解消することができます。
TSNは、新たな産業用イーサネット・プロトコルではありません。標準のイーサネットにリアルタイム機能を追加することで拡張された標準規格です。
インタビュアーは、ドイツ Markt&TechnikのAndreas Knoll氏が務めました。
ドイツ語で行われたオリジナルのインタビューについては、こちらをご覧ください。