要約
ビル・コントローラの代表的な例としては、イーサネットをベースとするダイレクト・デジタル・コントローラ(DDC:Direct Digital Controller)が挙げられます。これをビル管理システム(BMS:Building Management System)で使用すれば、様々なメリットを得ることができます。本稿では、10BASE-T1Lのプロトコルを一般的なBMSのアーキテクチャに適用する方法を紹介します。10BASE-T1L(以下、T1L)は、様々なトポロジに対応可能なプロトコルであり、10Mbpsのデータ・レートを達成します。また、1本のツイストペア・ケーブルによる電力の伝送もサポートします。そのため、T1Lを採用すれば、ポイントtoポイント、リング、ラインの各ネットワーク構成において、DDCとエッジ・ノードのシームレスなイーサネット接続を実現することができます。そのようなシステムを構築すれば、従来のプロトコルが抱えていた制約を克服すると共に、リアルタイムの制御を行えるようになります。加えて、事実上、無限の数のエッジ・ノードをサポートすることが可能です。更に、既存のシングルツイストペア・ケーブルを再利用して最長1kmの長距離データ伝送を実現できます。つまり、既存のBMSに対する理想的なレトロフィット・ソリューションだと言えます。消費電力の多いゲートウェイも不要になり、エッジからクラウドまでのシームレスな接続性を実現できます。BMSに関する最新技術を活用することでビルのエネルギー効率を高めたい場合には、最適な選択肢になるでしょう。
T1Lに対応するDDC
現在、ビルの管理を担うシステムには、リアルタイムの制御と監視を実現することが求められています。そうしたシステムにおいて、DDCは必須の要素です。技術の進化に伴い、イーサネットによる接続機能を備えたDDCシステムは広く普及するはずです。それにより、ビルの効率が向上すると共に、安全性も更に高まることになるでしょう。アナログ・デバイセズは、DDCシステムにT1Lを適用するための理想的なソリューションを提供しています。そのソリューションは、T1Lの物理(PHY)層に対応する「ADIN1100」、PHYとMAC(Medium Access Control)の機能を統合した「ADIN1110」、2ポートのスイッチ「ADIN2111」などで構成されています。これらを採用すれば、プロセスに関連する各種の値、構成(コンフィギュレーション)に関する情報、ソフトウェアのアップデート版、診断情報などのデータの伝送が可能になります。その結果、ビルのシステムの管理と保守が容易になります。上述したように、T1Lは最長1kmのケーブルに対応可能です。また、システム内の任意の障害を迅速かつ効率的に解決できるようにするための診断機能も提供します。ModbusTCP/IPやBACnet IPなどのソフトウェア・スタックにT1Lを組み込めば、産業用オートメーション向けの包括的なソリューションを構築することが可能です。その結果、効率的かつ円滑なデータ収集、デバイスの制御、システムの監視を実現できるようになります。図1は、HVAC(暖房/換気/空調)コントローラとルーム・コントローラに、T1Lに対応する製品を組み込んだ例です。そのようにすれば、リング・トポロジやライン・トポロジを構成する複数のルーム・コントローラ(またはビル・コントローラ)の間で通信を実施できるようになります。
イーサネット接続を利用するビル・コントローラやアナログ・デバイセズの技術について包括的に理解したい方には、こちらのビデオをご覧になることをお勧めします。それにより、この分野の最新技術に関する貴重な情報や知見を得ることができます。
HVACシステムのVAVコントローラにおけるT1Lの活用例
VAV(Variable Air Volume:可変風量制御)コントローラは、現代的なオフィス・ビルで使用されている一般的なHVAC制御機器です。通常、オフィス・ビルには快適な温度を維持できるようにすることを目的とし、様々なゾーン/エリアに複数のシステムが設置されています。温度を一定に保ちつつ供給する空気の量を変えることにより、同じ換気システムを使用して、異なるゾーンを異なる温度に設定することができます。VAVコントローラは適切な換気を実現するために、DDCのプログラミングを使用して必要なダンパー調整量を算出します。ゾーン対応のプログラマブルで現代的なVAVコントローラは、アクチュエータを内蔵しています。それによりターミナル・ファンを操作し、空間に送られる調整済みの空気の流れを制御します。その結果、ゾーンの温度が維持されます。そうした温度調節機能だけでなく、シングルダクト、並列ファン・ボックス・ターミナル、直列ファン・ボックス・ターミナルに対する専用の制御機能も提供します。VAVコントローラは、ダンパー用のアクチュエータとプログラマブルな統合型DDCという2つの主要なブロックで構成されます。また、VAVのアプリケーションにおいて、空気の量を正しく調整し、空気の質を監視するためには様々な種類のセンサーが使用されます。VAVコントローラは、それらに対するインターフェースをサポートします。加えて、ゾーン対応のプログラマブルなVAVコントローラを使用すれば、次のようなことも実現できます。すなわち、ゾーンの温度の測定と表示、占有者の有無の検出、ダクトの温度の測定、排気温度の測定、ゾーンの湿度の測定、露点の判定、CO2のレベルの検出、AVボックスにおけるファンの速度の制御などです。T1Lに対応するコントローラは、空港などの大規模なビルに対して非常に有用です。具体的には、最適なエネルギー効率と屋内の空気の質を維持しつつ、保守コストと運用コストを削減することが可能になります。
大規模なビルで使われるアプリケーション
図2に示したのは、空港の特定のゾーンを対象としたシステムの構成例です。ここで例にとるVAVコントローラと制御アルゴリズムは、他の大規模なビルにも適用できるので、ぜひ参考にしてください。このゾーンには2つの部屋(ルーム1とルーム2)があります。VAVコントローラは、同じゾーンの配管に沿ってそれぞれ異なる場所に配置された5つのセンサーとアクチュエータを制御します。ルーム1向けには、2つのアクチュエータ(D1、D2)、温度センサー(S1)、気圧センサー(S2)を使用しています。ここで、S1とS2はターミナル近くの給気ダクト内に配置されています。D2を排気ダンパー、D1を外気ダンパーとして使用することにより、室内の空気流を制御します。同様に、ルーム2向けにもアクチュエータとセンサー(D3、D4、S3、S4)を用意しています。ただ、ルーム2は室内で生じる負荷がルーム1よりも高いので、空気の流れと質の制御を強化する必要があります。そこで、還気ダクト向けにCO2用のセンサー(S5)とアクチュエータ(D5)を追加しています。VAVのユニットは、アルゴリズムを実行する制御ループにより、センサーとアクチュエータの監視/制御を行います。すなわち、プログラムの設定に基づいて動作し、温度センサーと気圧センサーの測定値に基づいてダンパーの位置を調節します。例えば、ルーム1の温度が変化したら、VAVのユニットはダンパーD1、D2の開閉を開始し、給気ダクト内の気圧を変化させます。その変化は、S2によって検出されます。一方、気圧が高くなった場合、VAVのユニットはその変化を検知し、エア・ハンドリング・ユニット(AHU:Air Handling Unit)が備えるファンの速度を低下させます。
各センサーは配管のそれぞれ異なる位置に配置されており、ライン・トポロジで接続されています。また、各ダンパーは、ポイントtoポイント接続によってVAVのユニットに直接接続されています。既存のインフラには、ケーブル長、インピーダンス、厚さなどの面で厳しい制約があります。なかでも、最も重要な制約はシステムのDCループ抵抗です。しかし、T1Lに対応するDDCを採用すれば、そうした問題は解決されます。1本のツイストペア・ケーブルを使用することで、1kmも離れた位置にあるセンサーやアクチュエータをリアルタイムに制御することが可能になるのです。また、T1L対応の調整用デバイスであるアクチュエータは、リモートで構成することができます。それにより、最小のセット・ポイントに応じてダンパーの実行時間と位置を微調整することが可能になります。加えて、障害が発生した際、ダンパーの評価にも使用することができます。VAVコントローラは、空港のような大規模なビルの内部を快適な環境として維持するための強力なツールです。VAVのユニットは、様々な位置に配備されたセンサーやアクチュエータを制御します。それにより、空気の流れと質を調節し、一貫した温度と気圧を維持します。T1Lに対応するDDCのような高度な技術を活用すれば、貴重なエネルギーを節約して高い効率を得ながら、HVACシステムの制御と保守を効果的に行うことができます。
まとめ
ビル・コントローラにT1Lを適用すれば、複雑で消費電力の多いゲートウェイが不要になります。また、1本のツイストペア・ケーブルを使用することで、遠方にあるセンサーやアクチュエータをリアルタイムに制御できます。そのため、BMSの機能/性能が強化されます。加えて、ビル・コントローラは、より長い距離に対応しつつ、ネットワークの性能と要件に応じて、事実上、無限の数のエッジ・デバイスをサポートすることが可能になります。T1Lに対応するビル・コントローラでは、障害の検出とケーブルの診断の機能も利用できます。それらにより、ネットワークの障害を監視し、ケーブルの問題を明らかにすることも可能です。