コンパクトな超音波画像処理装置における連続波ドップラー(CWD)設計の課題

要約

最近、高集積/低電力のバイポーラアンプと連続波ドップラー(CWD)用ミキサ/ビームフォーマチップが進化を遂げたことによって、次世代のコンパクトな超音波画像処理装置でハイエンドのCWD性能が実現可能になりました。

このアーティクルはマキシムの「エンジニアリングジャーナルvol. 66」(PDF、3.07MB)にも掲載されています。

「EEPW」の2009年2月号にも、同様のアプリケーションノートが中国語で掲載されています。

超音波システムで使用される医療診断のツールとして最も条件が厳しいものの1つに、連続波ドップラー(CWD)があります。スペースとコストの両方を削減できる設計としなければならないため、CWDレシーバは一般に最適とは言い難い感度となってしまいます。現在のCWDレシーバではなぜ高い性能が得られないのか、その理由を分析すれば、高集積/低電力のバイポーラアンプとCWDミキサ/ビームフォーマチップという近年の大きな進歩を活用することができます。これらの次世代回路を使えば、診断性能を犠牲にすることのないCWDソリューションが完成します。

CWDの基礎

一般的なCWDの実装はフェーズドアレイで、64から128の超音波トランスデューサエレメントがほぼ半分に分割され、トランスデューサ開口部の中心部に設置されています。この半分がCWD送信ビームのトランスミッタとして使用され、細く絞った音響ビームを放射します。残りの半分は受信ビームのレシーバとして使用されます。送信素子には、測定するドップラー周波数の方形波を印加します。通常、1.0MHzから7.5MHzです。送信ビームは、送信素子に印加する信号の位相を適切に制御することで細く絞ります。同様に、受信したCWD信号も各受信素子の信号の位相と加算によって絞り込みます。

こうして得られた「ビーム化された」CWD受信信号は、位置が動かない組織が反射した強い信号(クラッタと呼ばれる)と流れている血液による弱いドップラー信号で構成されています。フェーズドアレイの受信チャネルには、200mVP-Pものクラッタ信号が入ります。入力に対するレシーバのノイズフロアは1nV/√Hz程度と低いものです。つまり、最適なレシーバ性能を得るためには、約157dBc/HzものSN比をチャネルごとに実現する必要があります。

一般的な64チャネルのCWDレシーバを考えると、このSN比要件が極端に厳しいことがわかります。各受信チャネルから入るノイズには一貫性がないため、64チャネル分を集めてビーム化された信号のノイズフロアは各チャネルのノイズフロアに対して約18dB大きなものとなります。これに対してCWD信号はチャネル間で一貫性があり、ビーム化されたCWD信号は各チャネルの出力に対して約36dB大きくなります。これが「加算ゲイン」と呼ばれる効果で、この結果、ビーム化された信号のSN比は個別チャネルよりも約18dB高くなり、175dBc/Hzにも達します。事態をさらに難しくしているのが、測定した低速ドップラー信号がクラッタ信号から1kHz程度しか離れていないことです。この類いの超音波装置を効果的とするのがとても難しいことがわかります。

ディレイライン方式によるCWDビーム化

既存のコンパクト超音波システムは、基本的にアナログディレイラインレシーバという形でCWDを実装しています(図1)。この形式では、超音波受信素子からの入力信号に対し、LNAによってバッファと約20dBの増幅を行います。このLNA出力を電流に変換し、クロスポイントスイッチとアナログディレイラインの組み合わせによって入力RF周波数でビーム化します。

図1. ディレイライン方式によるCWDレシーバの概略図

図1. ディレイライン方式によるCWDレシーバの概略図

このアーキテクチャは集積化しやすい電圧-電流コンバータ、アナログスイッチ、数個のパッシブのディレイライン、それにI/Qミキサペア1つで構成されるため、コンパクトなシステムでは比較的簡単に実装することができます。電流信号を適切なディレイラインのタップで加算して電信するためにクロスポイントスイッチをプログラミングすることによって、レシーバごとに必要となる遅延量を設定します。

ビーム化されたRF CWD信号は、ベースバンドの音声周波数信号IとQにミキシングされ、バンドパスフィルタを通してから、高分解能のオーディオADCでディジタル変換し、ディジタルスペクトル処理へと回します。このレシーバ構成ではRFからベースバンドへのミキシングがSN比のボトルネックとなることが多く、そこがまたCWD性能を下げるポイントとなります。64チャネルというこの例では、ビーム化された信号のI/Q RFミキサには、1kHzオフセットで約175dBc/Hzのダイナミックレンジが必要になります。

これほどの性能を持つミキサは市販もされていなければ、設計するのも困難です。さらに、局部発振器の駆動信号も超低ジッタである必要があります。このようなレベルの性能を持つロジックファミリは、残念ながら存在しません。このため、ディレイライン型CWDビームフォーマはコンパクトな超音波システムの最低限の要件を満足することはできても、これらの問題による性能の限界は時として非常に重要になります。

ミキサ方式によるCWDビーム化

図2に概略図で示すようにCWDミキサ/ビームフォーマを採用すると、高性能なCWDシステムとすることができます。この方式では、チャネルごとにI/Qミキサを用意し、RFではなくベースバンドでビーム化の加算を行います。各I/QミキサのLOの位相は、n = 8~16フェーズまで設定可能です。LOの位相を変えると、受信信号の位相が変化し、ビーム化することができます。

図2. 低電力バイポーラLNAとCWDミキサ/ビームフォーマによりシンプルで高性能なCWDレシーバを構成することができます。

図2. 低電力バイポーラLNAとCWDミキサ/ビームフォーマによりシンプルで高性能なCWDレシーバを構成することができます。

チャネルごとにミキサが用意されているため、各ミキサのSN比は1kHzオフセットで157dBc/Hz程度まで妥協することができます。これでもかなり厳しいSN比ですが、バイポーラミキサと標準的なロジックファミリで実現可能です。ミキサ出力が電流であり、あとはオーディオベースバンド周波数で受動的に加算するだけであるため、ビーム化されたCWDのSN比は十分に必要なレベルをクリアすることができます。

ミキサ方式によるCWDビーム化のソリューション

このようにミキサ方式によるCWDビームフォーマは優れたアーキテクチャではあるものの、これまでは集積度の問題から大半の超音波システムへの採用は難しい状態にありました。最近は状況が大きく変化しました。高いCWD性能と画像処理性能が必要であり、かつ、消費電力はあまり気にする必要のないアプリケーションには、プログラマブルCWDミキサ/ビームフォーマチャネルを持つ集積化されたバイポーラの8回路VGAがあります。MAX2038というVGAを使えば、図3に示すようなレシーバラインアップが完成します。

図3. MAX2038とMAX2034を使用したシンプルなシングルチャネル超音波レシーバ。MAX2038には8チャネルのVGAとCWD I/Qミキサ/ビームフォーマ、MAX2034には4チャネルのLNAが集積化されています。

図3. MAX2038とMAX2034を使用したシンプルなシングルチャネル超音波レシーバ。MAX2038には8チャネルのVGAとCWD I/Qミキサ/ビームフォーマ、MAX2034には4チャネルのLNAが集積化されています。

スペースと消費電力を重視するアプリケーションには、図4に示すMAX2078のような高集積で低消費電力のソリューションがあります。このチップは、LNAからVGA、アンチエイリアスフィルタ、およびプログラマブルCWDミキサ/ビームフォーマチャネルまで、8チャネルのレシーバすべてが1つのバイポーラICに集積化されたソリューションです。現在ではディレイライン型CWDアーキテクチャが持つ以前の性能限界もなく、優れたCWD性能を実現するさまざまな超音波システムの開発が可能になりました。

図4. MAX2078はCWDビームフォーマを持つ超低電力8チャネル超音波レシーバで、8つの高性能/低電力の超音波受信チャネルが集積化されています。なお、チャネルごとにLNA、VGA、アンチエイリアスフィルタ、完全プログラマブルなI/Qミキサ/ビームフォーマも内蔵されています。

図4. MAX2078はCWDビームフォーマを持つ超低電力8チャネル超音波レシーバで、8つの高性能/低電力の超音波受信チャネルが集積化されています。なお、チャネルごとにLNA、VGA、アンチエイリアスフィルタ、完全プログラマブルなI/Qミキサ/ビームフォーマも内蔵されています。

なお、CWDレシーバの実装では、LNAアンプのSN比が問題となるケースがあることにも注意が必要です。超音波システムの多くは、サイズと消費電力を削減するためにCMOS LNAを採用しています。このアプリケーションには確かに一理ある選択なのですが、CWD性能を制限することがあります。特に、0.35µm以下の設計ルールで製造されたCMOSアンプを使用した場合、CWD性能の制限が顕著に表れます。このように小さなプロセスノードで製造された回路は一般に1/fノイズが大きく、この1/fノイズがLNA利得に対する低周波変調の原因となるからです。これは非常に困った問題となります。

このようなLNAを大きなRF CWDクラッタ信号が通過すると、低周波変調がかかったノイズスカートが発生し、SN比が劣化してCWD感度の低下をもたらします。このようなアプリケーションでは、4チャネルのMAX2034など、低電力バイポーラLNAのほうが一般的にはむしろ適しています。