AN-2605: マルチ電源レール・システムにおける柔軟で多機能なPMBus 付きモノリシック降圧コンバータの利用

はじめに

マルチ電源レール・アプリケーションにパワー・マネージメント・バス(PMBus)機能を備えた降圧コンバータを統合すると、パワー・マネージメント技術において著しい改善が得られます。PMBus インターフェースの活用により、精緻な制御やリアルタイムのモニタリングを実現できます。このことは、クラウド・インフラストラクチャから統合回路テスタまで幅広いアプリケーションで重要です。このアプリケーション・ノートでは、PMBus を備えた降圧コンバータのマルチ・レール・システムへの実装に関する技術的な側面、メリット、実際的な例を解説し、包括的な設計ガイドラインを示します。 

PMBus を備えたコンバータのメリット

PMBus は、その柔軟性、効率、使いやすさから、この20 年間にわたり利用が広がっています。主要な電源メーカーやシステム設計者に採用され、動作中の電力の調整やモニタリングの改善に使用されています。PMBus プロトコル仕様は標準的なパワー・マネージメント・コマンドを提供しており、機能を向上させる特定のコマンドをメーカーが定義することもできます。このセクションでは、そのような機能を説明する例として、新発売のLT7171 を使用します。これは、20A、16V のPMBus 付きサイレント・スイッチャ降圧レギュレータです。

モニタリング動作


パワー・コンバータIC にPMBus を統合することによる最初のメリットは、IC 動作のモニタリングです。システム・アプリケーションがますます複雑さを増し、省エネルギーが重視されるようになっているため、システム・レベルのコントローラには、システムの健全性の分析や消費エネルギーの計算のために、温度や出力電圧、電流のモニタリングなどのテレメトリ機能が必要とされます。アナログ・パワーIC でも同様の機能を実装することはできますが、その信号をパワーIC 内でデジタルのPMBus コマンドに変換すればシステム・レベルの設計が大幅に簡易化されます。 

旧来のシステムでは、システムでパワー・コンバータのモニタリングが必要であれば、外付けの回路が必要です。例えば、アナログ・パワーIC の出力電流をモニタリングするには、一般には電流検出用シャント抵抗と差動アンプが必要になります。この方法ではソリューションのコストとサイズが増大するだけでなく、電力損失が増加し複雑になります。これに類似したIMON 信号を利用できるパワーIC も存在しますが、これにも追加部品や外付けのADCが必要です。更に、外付け回路を使用するので、電流モニタリングの精度が劣化する可能性があります。電流モード降圧コンバータなどのパワーIC では、電流の情報が内部で容易に得られます。ADC とPMBus コントローラを統合することにより、システム・レベル・コントローラはわずか2 本の通信線のみで出力電流をデジタルでモニタできます。新発売のLT7171 ファミリのような製品では、ほとんどのアプリケーションで、10A 未満の出力電流では±300mA、10A を超える出力電流では±3%の精度がサポートされています。 

標準的なPMBus コマンドに加えて、LT7171 ではアナログ・デバイセズが仕様規定した拡張テレメトリ・コマンドも提供されています。MFR_VOUT_PEAK、MFR_VIN_PEAK、MFR_IOUT_PEAKの各検出機能は、システムの健全性の分析に特に有用です。パワーIC 内部では、入力電圧、出力電圧、出力電流を継続的にモニタしていますが、他のタスクによる遅延のために、システム・コントローラによるPMBusの照会の間には間隔が空きます。その間隙で発生した異常は、見過ごされる可能性があります。この問題は、システム・コントローラが一定の頻度でPMBus コマンドを送信する場合には更に大きくなる場合があります。このような問題に対処するため、LT7171 では計測された最高電圧や最大電流が記録されます。システム・コントローラは、動作中いつでもその結果にアクセスして、システムが期待どおり動作していることを確認できます。このピーク・レコードはMFR_PEAK_CLEAR コマンドによってリセットできます。 

コンバータの設定


高度なPMBus 機能の1 つは、デジタル・コマンドを使用してパワーIC を設定するもので、出力電圧やPWM周波数、ターンオンとターンオフの遅延などを設定します。内部ロジック・コントローラの働きにより、設定用の部品の多くがオプションもしくは完全に不要になります。同時に、新しい機能を実現できるようになり、設計の自由度が拡大します。 

降圧コンバータの多くはトラッキングとソフトスタート用のピン(TRACK/SS)を備えていて、外部から他の電圧源で駆動してパワー・シーケンスを実行したり、コンデンサに接続してソフトスタート機能を実現したりできます。これは多くのアプリケーションに対しては機能しますが、アプリケーションによっては十分な設計上の考慮が必要になります。まず、トラッキング機能を使用するときには、出力電圧はTRACK/SS ピンのスルー・レートに追従します。システムで出力のターンオンをより速く、遅く、あるいは遅延付きにするには、外付けの回路が必要になります。次に、ソフトスタート機能を使用するときには、頻繁なオン/オフでは外付けのソフト・スタート・コンデンサが完全に放電されず、想定外の動作が生ずる可能性があります。このような問題の解決にも、外付けの放電回路が必要となります。最後に、TRACK/SS ピンではターンオン動作しか制御できません。デバイスの複雑度の増大に伴って、中でもデジタル・プロセッサやFPGA の複雑さにより、パワーダウン・シーケンスも重要性が高まり制約が強くなります。 

LT7171 は、その設計を簡略化できるPMBus 設定コマンドを備えています。TON_RISE コマンドを使用すると、ソフトスタートを詳細に制御できます。更に、出力の立下がりスルー・レートを設定するTOFF_FALL も存在します。TON_DELAY とTOFF_DELAY を使用すれば、電源シーケンスの様々な要求を満足できます。

図1. LT7171 のPMBus シーケンス機能
図1. LT7171 のPMBus シーケンス機能

これらのコマンドは、外付け回路なしでTRACK/SS ピンと同様の機能を果たし、従来は実現が困難だった、ターンオンとターンオフのスルー・レートを独立に制御するといった機能があります。LT7171 にはこの他にもPMBus 設定機能があります。全コマンドの一覧については、LT7171/LT7171-1 のPMBus/I2C リファレンス・マニュアルを参照してください。

ケース・スタディ:同一ハードウェアを使用したマルチ電源レール

システムがますます高度になるにつれ、多様なシステム・セグメントで様々な電圧の電源レールが必要とされています。代表的なFPGAを例に取ると、コア、トランシーバ、高速I/O などに0.8V~5V の範囲の電圧が必要で、各電源レールで別々の部品の組み合わせが必要になることが多く、複雑さ、コスト、スペースが増加します。同様に重要なのは、柔軟性に欠けるということです。様々なアプリケーション・シナリオによりシステム要件が少しでも変化すると、通常はコンバータのハードウェアの再設計が必要になります。しかし、コンバータをデジタルで設定できれば、同一のハードウェア設計を使用して多様な電圧の電源レールで同等の性能を実現することが可能になります。 

例として、LT7171 を使用して1 つの12V 入力から2 つの電圧レールを作ることを考えます。レールのうち1 つのVOUT を1.5V、もう1 つのVOUT を0.8V とします。各レールの最大出力電流は最大で20A です。こうした要件は、FPGA、ASIC または同様のアプリケーションで一般的に見られるものです。出力電圧、スイッチング周波数、補償用の値などほとんどの設定はLT7171 の内部NVM に保存されているため、部品の選択が重要であるのは出力インダクタと出力コンデンサのみです。 

適切なインダクタと出力コンデンサを決定するため、妥当な動作周波数の範囲と望ましいインダクタ電流リップルを検討します。次式を用いて、インダクタ電流リップルを計算します。

数式 1

出力電圧リップルと過渡応答が同程度になることが望ましいので、インダクタ電流リップルが全設定で同様であれば、出力コンデンサの選択やその他の調整が容易になります。このため、スイッチング周波数は出力電圧にほぼ比例するように調整する必要があります。一般的なインダクタ電流リップルは、最大出力電流レベルの10%~40%であるのが通常です。スイッチング周波数と電流リップルの厳密な値は、効率、ソリューション・サイズ、インダクタの入手可能性によって決定します。この例では、スイッチング周波数は800kHz(0.8V出力時)~1.5MHz(1.5V 出力時)の範囲で、インダクタにはXGL6060-221MEC(220nH)を選択します。インダクタ電流リップルのピークto ピーク値は、20A の最大出力電流の30%である6A になります。

図2. LT7171 回路図
図2. LT7171 回路図

次の手順では適切な出力コンデンサを選択します。出力コンデンサにより、出力電圧リップだけでなく負荷過渡応答の性能も決まります。補償ネットワークは後でそれぞれの出力電圧設定に対して調整する必要があるため、この段階では出力電圧リップルのみを考慮します。 

出力電圧リップルは、スイッチング周波数、実出力容量、コンデンサのESR、その他の寄生要因による影響を受けます。周波数が低い設定であれば、直感的にも出力電圧リップルが高くなります。しかし、このシナリオでは、周波数が低い設定であれば出力電圧も低く、出力コンデンサのディレーティングが低減します。その他の寄生要因、例えば出力コンデンサのESL は、スイッチング周波数との比例関係はありません。このため、最も制約が強いレールから出力コンデンサの調整を開始し、その後全ての設定を確認することが重要です。出力コンデンサに流れる寄生電流を最小限に抑えるために、容量の要件を満たす最小のパッケージのコンデンサを選択することを推奨します。図3 は、800kHz のスイッチング周波数で0.8V の場合と、1.5MHz のスイッチング周波数で1.5V の場合で、同等の4mVPK-PK になっているLT7171 の出力電圧リップルを示しています。

図3. LT7171 のVOUT(AC 結合)リップルの比較
図3. LT7171 のVOUT(AC 結合)リップルの比較

最後に、ループの安定性と適度な過渡応答が得られるように補償ネットワークを調整します。補償の調整をする前に、基本的な制御ロジックを理解しておく必要があります。図4 は、電流モード・オンタイム制御の降圧コンバータの簡略化ブロック図を図示したものです。

図4. LT7171 の制御ループのブロック図
図4. LT7171 の制御ループのブロック図

LT7171 のような製品では、エラー・アンプのゲインのトランスコンダクタンス・ファクタである内部CTH とRTH を設定可能である上に、4 つの出力電流制限設定や3 つの出力電圧範囲も用意されています。電流制限や出力電圧範囲を変更すると、電流検出ゲインKI とフィードバック・ゲインにそれぞれ影響します。出力電圧を1.5V にする場合、出力電圧範囲は中間の出力電圧範囲(0.8V < VOUT < 2.75V)にすることが必要で、gm の補償のために高いアンプ・ゲインのトランスコンダクタンス・ファクタを選択することが重要です。電流検出制限とVOUT 範囲の選択の詳細については、LT7171 のデータシートを参照してください。 

補償を最高レベルに設定することが最高の性能につながるとは限りません。実際にはループの不安定や低効率を招くこともよくあります。データシートに記載のデフォルトの補償値から開始して、アプリケーションの要件に応じて調整することをお勧めします。図5 にボード線図を示します。図6 と図7 は、それぞれ0.8V レールと1.5V レールの過渡応答を図示しています。どちらのレールも、60º 以上の位相余裕を保って約150kHz のバンド幅を実現しています。トランジェント状態でのアンダーシュートとオーバーシュートも、FPGA の要件である公称電圧±3%(代表値)を満たしています。

図5. LT7171 のボーデ線図
図5. LT7171 のボーデ線図
図6. LT7171 の0.8V VOUT、800kHz fSW での過渡応答
図6. LT7171 の0.8V VOUT、800kHz fSW での過渡応答
図7. LT7171 の1.5V VOUT、1.5MHz fSW での過渡応答
図7. LT7171 の1.5V VOUT、1.5MHz fSW での過渡応答

制御理論に馴染みがない技術者にとって、補償ネットワークの値の選択はやっかいな作業です。幸いなことに、LT7171 などほとんどの電流モード製品では、LTpowerCAD で精密にモデル化されています。システム・エンジニアは、LTpowerCAD 設計ツールを使用すると、各補償値がループの安定性や過渡応答にどのように影響するかを視覚化できます。アプリケーション・ノート149(AN-149):スイッチモード電源のモデリングとループ補償設計にも、ループ補償の設計に関して更に詳細なガイドを示しています。

図6 と図7 から分かるように、LT7171 では、異なる出力電圧レベルに同一のハードウェアを使用して、同様の出力リップルと過渡応答を実現できます。しかし、効率と電力損失の重要性はここまでに議論されていません。基本的に高出力電圧の設定では、全体的な出力電力が高いため、電力損失が大きくても高効率が得られます。様々な電圧への変換で同等の効率と電力損失を期待するのは、合理的ではありません。現実的には、高出力電圧のレールでは一般に高効率が求められる一方で、絶対出力電圧リップルやロード・トランジェント時のオーバーシュートとアンダーシュートについての制約は弱くなります。このため、高電圧のレールでは、低電力損失を求めた設計トレードオフとして、この例で示した1.5MHz よりも比較的低いスイッチング周波数が許容される可能性があります。こうした設計上のトレードオフを考慮した上で、スイッチング周波数やインダクタのサイズを選択することが必要です。

まとめ

結論として、PMBus 機能付きの降圧コンバータをマルチ電源レール・システムに統合することにより、柔軟性と制御性に関して大きなメリットが得られます。こうしたコンバータが備えているリアルタイムのモニタリング能力は、性能を最適化しシステムの信頼性を確保する上で重要です。リモートでパラメータの設定や調整が可能であるため、変動する負荷条件への対応力が向上し、ダウンタイムやメンテナンス・コストが低減します。総合的には、PMBus 機能付きの降圧コンバータは、近年のパワー・マネージメントにおける課題に対する有効なソリューションとなり、更に効率的で障害耐性が高い電子システムへの道を拓くものです。