AN-1187: AD7780 を使った重量計アプリケーションの放射イミュニティ性能
はじめに
AD7780 は、PGA を内蔵した、低ノイズ、低消費電力、24 ビットのシグマ・デルタ型コンバータです。AD7780は下位から中位の重量計システムに使用されます。重量計システムの放射イミュニティは、製品リリース・プロセスの一部としてテストされます。このアプリケーション・ノートでは、プリント回路ボード(PCB)を設計するときのボード・レイアウトおよび部品配置の影響を考慮しながら、AD7780 の最良の放射イミュニティ性能を実現する方法について説明します。放射イミュニティ試験はIEC 61000-4-3 規格に従って行われ、システム全体(ADC、PCB、およびロード・セル)がテストされます。
放射イミュニティ
放射イミュニティ試験はIEC 61000-4-3 規格の記述に従って行われます。電界強度は10 V/mで、RF 周波数は80 MHz から1 GHz まで掃引します。仕様によれば、デバイスは以下のように分類されます。
- クラスA:メーカー、依頼者、または購入者によって仕様規定されたリミット内の正常な性能。
- クラスB:妨害が止むと回復する一時的な機能喪失または性能低下。テスト対象装置は、オペレータの介入なしに、その状態から正常な性能に回復する。
- クラスC:一時的な機能喪失または性能低下。回復するにはオペレータの介入が必要。
- クラスD:ハードウェアまたはソフトウェアの破損、またはデータの喪失による、回復不可能な機能喪失または性能低下。
ADC コンバータは、周波数掃引の間、連続的に変換を行います。このアプリケーション・ノートを通して、誤差とは、RF 周波数が存在するときのADC 変換と、RF 周波数が存在しないときのADC 変換の最大偏差を指します。
重量計システムがクラスA であるためには、RF 干渉が存在するときの許容誤差e は次のとおりです。
ここで、n は重量計システムのカウント数です。
放射イミュニティ試験の解析
セットアップ
図1 は放射イミュニティ試験に使われる回路のブロック図です。AD7780 は以下のように設定されています。
出力データ・レート= 10 Hz
ゲイン = 128
AD7780 は3.3 V 電源で動作します。この電源はロード・セルを励起するのにも使用されます。ロード・セルは6 線式で、感度は2 mV/V です。AD7780 を使った重量計の設計の詳細に関しては、Lab®リファレンス回路(CN-0107)の回路を参照してください。
誤差
「放射イミュニティ」のセクションで説明されているように、許容誤差e は、次のとおりです。
ここで、n はカウント数です。誤差は±0.5 カウントに相当します。
このアプリケーション・ノートでは、カウントが3000で、ロード・セルが3.3 V で励起される、クラスA に分類される重量計を設計することを目標にしています。感度が2 mV/V で、励起電圧が3.3 V のとき、ロード・セルからの最大信号は6.6 mV です。多くの場合、ロード・セルのスパンの最も直線性の高い部分を使用するには、この範囲の2/3 だけを使います。そのため、ロード・セルからのフルスケール出力電圧は4.4 mV に減少します。
3000 カウントの精度の場合、1 カウントは以下のようになります。
1 カウント= 4.4 mV/3000 = 1.46 μV
+0.5 カウント= +1.46 μV /2 = +0.73 μV
RF 周波数が存在するときの誤差は+0.73 μV 未満でなければなりません。アプリケーションで使用されるロード・セルが受け入れる最大重量は2 kg なので、誤差は+2 kg/(2 × 3000) = +0.33 グラム未満でなければなりません。これにより、RF 干渉によってデジタル表示が影響を受けないことが保証されます。
プリント回路ボード
AD7780 の標準的評価用ボードは最適なA/D 変換性能を与えるように設計されています。ただし、それはEMCに対して最適化されてはいません。例えば、異なる電源オプションを可能にするため、AD7780 の標準的評価用ボードにはリンク(垂直ピン)が使われていて、ノイズ・テストの接続にリンクが存在します。これらのリンクはアンテナとして機能します。さらに、アナログ入力とデジタル入力のフィルタは位置と部品サイズに関して最適化されていません(0603 部品が使用されています)。ただし、このボードを出発点として調査が行われ、EMC による悪影響が明らかにされました。詳細に関しては「結果」のセクションを参照してください。接地、部品の位置、およびフィルタの追加について全て見直されました。ADC の性能が全ての段階で維持されました。
明らかになった主要点をまとめると以下のとおりです。
- リンク・オプション(垂直ピン)はボードに使用しないようにします。これらはアンテナとして機能します。したがって、リンク・オプションを半田リンク・オプションに置き換えます。
- プリント回路ボードは4 層にし、アナログ入力とリファレンス入力は内部層に埋め込みます。1 枚のグランド・プレーンを使います。ボードの部品面と底面をグランドで埋め尽くします。内部層もグランドで埋め尽くします。複数のビアを使って、ボード全体の電位差を最小にします。必要なビアの密度に関する規則はありません。AD7780 ボードでは、ADC と、アナログ入力およびリファレンス入力のフィルタの周囲に、ビアのリングが置かれました。一般に、ボードのどのアイランドにも複数のビアを配置します。トラックはアンテナとしても機能するので、部品面と底面のどのトラックもできるだけ短くします。
- アナログ入力とリファレンス入力にはフィルタを推奨します。アナログ入力とリファレンス入力に通常推奨されるR とC の値を図1 に示します。このフィルタはAD7780 のサンプリング周波数(64kHz)およびその倍数で減衰を生じます。AD7780 自体はこれらの周波数で減衰を生じません。コンデンサはAD7780 のアナログ入力とリファレンス入力にできるだけ近づけて配置し、部品からADC までのトラック長を最小にする必要があります。物理的に小さな部品を使用すると、部品をピンに近づけることができます。ピンから部品までのトラック長が揃うようにレイアウトします。
- これらのフィルタに加えて、図1 に示されているR とL の位置にフィルタを追加すると、イミュニティがさらに改善されます。このフィルタはロード・セルのコネクタのところに配置します。最良の結果を得るため、L (L2、L3、L4、L5)およびC(C38、C39、C40)の値の多様な組み合わせを評価しました。最終的に選択した部品が「部品表」のセクションに載せてあります。
- 電源は、0.1 μF のコンデンサに並列に10 μF のコンデンサを使ってデカップリングされています。この場合も、部品はAD7780 の電源ピンにできるだけ近づけます。ロード・セルの励起電圧としてアナログ電源が使われ、次にロード・セルがADC へのリファレンスとして使われます。したがって、電源のトラックも内部層に埋め込みます。
結果
調査に基いて、放射イミュニティに関して最適化されたプリント回路ボードを開発しました(図3 参照)。ボードのアートワークと回路図を、本アプリケーション・ノートの「評価用ボードの回路図とアートワーク」のセクションに示しています。このボードと「部品表」に掲載の部品を用いて測定された最大誤差は、e を上回りました。RF 周波数を80 MHz から1 GHz まで掃引したときのAD7780 による変換結果を図4 に示します。テストの間、一定の重量をロード・セルに置きます。
測定された誤差は1.79 μV です。これはe より高く、0.81 グラムに相当します。ただし、ADC はRF 干渉が存在する間は機能し続け、干渉が除去されると自動的に仕様範囲内に戻ります。したがって、重量計システムの放射イミュニティはクラスB になります。
比較のため、放射イミュニティをテストしたときのAD7780 の標準的評価用ボードで測定された変換値を図5 に示します。RF 干渉が存在するとき、ボードの誤差は955 グラムに相当する2101μV でした。
この比較により、放射イミュニティの最適性能を実現するには、レイアウト、部品の選択、および部品の配置が重要であることが明らかになります。
デバイスの放射イミュニティをさらに改善するには、AD7780 および補助部品を銅シールドで覆うことができます。これにより、システムの分類がクラスA に改善されます。
結論
放射イミュニティに関する重量計システムの性能を最適化する主要素は、ボード・レイアウトと部品の選択、ならびに配置です。このアプリケーション・ノートで論じられたレイアウト手法を用いると、重量計システムはIEC 61000-4-3 で規定されているクラスB になります。重量計システムはRF 干渉が存在すると機能し続けますが、システムの精度は規格外になります。RF 干渉が除去されると、重量計システムの精度は自動的に規格内に戻ります。銅シールドを使えば、放射イミュニティをクラスA に改善することができます。