オートメーション分野の基盤を標榜するTSN、その現状を把握する

現在、産業用の通信分野で業務に携わっている人には、1つの技術に向き合うことが求められています。その技術とは、IEEE802.1 TSN(Time Sensitive Networking)です。いつ、どのような形になるかは明確ではありませんが、この分野においてTSNは確実に必須の技術になります。ただ、現時点ではTSNによって産業用の通信にもたらされるメリットについて、常に正しく語られているわけではありません。

歴史

イーサネットは、1980年代の初頭にオフィスに導入されました。当時としてはセンセーショナルな10Mbpsという高いスループットが得られたことから、すぐに普及が進みました。しかし、イーサネットでは「party line」として知られる共有メディアを使用していたので、リアルタイム・アプリケーションにとって実用的なものとは言えませんでした。オフィスにおいても、利用率が高いときに発生するコリジョンによって、問題が発生していました。

次の段階の規格開発において、イーサネットにはスイッチ・ネットワークが導入されました。その結果、コリジョンの問題は生じなくなりました。また、サービス品質(QoS)の概念の下、イーサネットのデータグラムにプライオリティが導入されました。

産業用のアプリケーションでは、遅延時間についての保証が特に重要です。QoSが導入されても、オフィスで使用される標準的なイーサネットの場合、ネットワークの利用率が特に高い状態では、ある一定のレベルまでしか遅延時間を保証することができません。

これにはいくつかの理由があります。主な理由としては、市販のマルチポート・スイッチにはストア・アンド・フォワード方式が適用されており、帯域を確保することができないということが挙げられます。

図1. イーサネットのフレーム。TSNのデータ・フローの識別に関連するデータ・フィールドを緑色で示しました。

ストア・アンド・フォワード方式というのは、スイッチがデータグラムをすべて受け取ってから転送するというものです。この方式には、スイッチにおける処理という面では利点があります。ただ、潜在的に、遅延と信頼性に対しては以下のようなマイナスの影響を及ぼす可能性があります。

  • スイッチを通過する際、データグラムの長さに応じて一定量の遅延が生じます。スイッチがカスケード接続されている場合には、その影響が増大します。
  • スイッチには無限の格納容量があるわけではないため、ネットワークが過剰使用されている(トラフィックが非常に多い)場合には、データグラムを破棄できることになっています。これは、仮に高い優先度が与えられていても、データグラムは簡単に失われる可能性があるということを意味します。
  • データグラムが長大である場合、比較的長い時間、ポートがブロックされる可能性があります。

スイッチのカスケード接続は、当初から産業環境に課題をもたらしてきました。IT分野で使用されるスター型のトポロジの他にも、オートメーション分野ではライン型、リング型、ツリー型のトポロジがよく使われます。これらのトポロジを採用すれば、イーサネットを導入する際、配線に関する要件やコストの問題を大幅に軽減することができます。こうした理由から、産業分野では、カットスルー方式を採用した2ポートのスイッチがフィールド・デバイスに適用されています。カットスルー方式では、データグラムをすべて受け取る前に転送が行われます。

図2. 各種のトポロジ

優先度の高いデータグラムに対しては、常に十分な帯域(およびバッファ空間)を利用できることが保証されている必要があります。この要件には、標準的なイーサネットでは対応できません。

1つですべてに対応――これまでの産業用イーサネット

古典的なイーサネットは、帯域を確保できるだけの十分な能力を備えていませんでした。そこで、オートメーション分野の専門家らは、2000年にイーサネットの拡張版の開発を独自に開始しました。しかし、各専門科が採用したアプローチは、以下に示すようにそれぞれ大きく異なっていました。

  • イーサネットをフィールドバスの伝送メディアとして使用するプロトコル。この種のプロトコルでは、イーサネット上で、自らすべてを制御することが求められます。TCP/IPによる古典的な通信は、フィールドバス(EtherCAT®とPOWERLINK®)を介して、またはフィールドバス(Sercos)によって割り当てられたチャンネルを介して、ピギーバック方式でのみ実行できます。帯域の制御はフィールドバスによって厳しく管理されます。
  • イーサネットのタイム・スライス・プロシージャを使用して帯域の確保を保証するプロトコル。PROFINET IRTはこのカテゴリに属します。PROFINET IRTでは、ソフト・リアルタイムやバックグラウンド・トラフィックが使用するのと同じケーブルによって、厳密な確定性の下でリアルタイムにデータを伝送することができます。タイム・スライスのプランニングには伝送パス用の高精度のタイミング・モデルが必要になります。
  • イーサネット・ケーブルの共有をベースとするプロトコルであり、QoS制御を利用します。工場/プロセスのオートメーション・アプリケーションでよく使用されている手法です。PROFINET RTやEtherNet/IPが典型的な例になります。この種のプロトコルには、ソフト・リアルタイムの範囲に制限があります(サイクル・タイムは1ミリ秒以上)。

図3. タイミング・モデル。PHY、ケーブル、スイッチは、いずれもデータ伝送における遅延の原因になります。これらについては、タイム・スロットの手法(PROFINET IRTおよびTSN TAS)と共に考慮しなければなりません。

上述した規格には、特別なハードウェアによるサポートが必要になります。つまり、特別なASICが必要になると言うこともできます。PROFINET RTとEtherNet/IPも、カットスルー方式に対応する2ポートの組み込みスイッチを使用します。そのため、両プロトコルも例外ではありません。アナログ・デバイセズの「fido5000」のような柔軟性の高いハードウェアをベースとするマルチプロトコル対応のソリューションであれば、この問題を洗練された手法で解決することができます。

TSNの登場

TSNにより、過去の制限から解放されることになります。すなわち、IEEE 802.1(標準のイーサネット規格)の拡張版が開発され、それによって問題に対処できるようになるということです。現在では、OSI(Open Systems Interconnection)参照モデル(7層モデル)のレイヤ2として、従来のイーサネットとの上位互換性と厳密なリアルタイム機能を備える機能が標準化されています。TSNでは、ネットワーク内で分配されるクロックの同期を実現するために、IEEE 802.1ASによって相互運用が可能で統一された方式を定義しています。ベスト・エフォート型の通信も、常にTSNをベースとして実行されるので、厳格なリアルタイム性が求められるアプリケーションだけでなく、他のすべてのアプリケーション(ウェブ・サーバ、SSHなど)でもケーブルを共用することが可能です。その点でも、TSNはPROFINET IRTと似ていると言うことができます。実際、TSNはPROFINET IRTと同等の性能を提供します。

TSNが登場したことで、より拡張性のあるネットワーク構成に対するニーズが生じるようになりました。実際には、中央集約型または非集約型の構成(コンフィギュレーション)が可能です。現在、両方のタイプの構成について議論されており、実装も行われています。2つの構成メカニズムにおいて相互運用性を実現することが、将来の開発目標です。

すべては結構なことだが、TSNの実用面でのメリットとは何なのか?

この問いに対する最も一般的な答えは、市場の拡大によって安価なネットワーク・インターフェースが登場するというものになるでしょう。将来的には、TSNはビル・オートメーションや自動車の分野でも使われるようになるはずです。あらゆる産業用イーサネットのソリューションが1つに収束することから、組み込みTSNソリューションの市場は、現在の市場よりも大幅に拡大すると予想されます。

いることが、技術的な面から見たTSNの最大のメリットだと言えます。TSNでは、既存の産業用ネットワークとは異なり、伝送レートについて特定の値が定義されているわけではありません。10Mbps、100Mbps、1Gbps、5Gbpsといったいずれのレートでも同じように使用することができます。

また、各セグメントでは、現在使用されているデータ・レートの中からいずれかを選択することができます。そのため、トポロジをよりよく最適化することが可能です。1Gbps、100Mbps、10Mbpsといったデータ・レートを選択した場合も、TSNで標準化されたレイヤ2で対応できます。

ネットワーク・インフラを統一すれば、ネットワークの設定/保守の作業負荷が軽減されます。TSNは、工場、プロセス、ビルディングなどでオートメーション化を実現する用途だけでなく、エネルギー供給などの用途でも活用できます。

このことは、トレーニングの面にもメリットをもたらします。TSNは、既に多くの大学の研究課程で扱われています。もちろん、工学系の大学や専門学校も、既にTSNに関心を持っています。TSNは技術者や専門技術者、熟練の技術者にとっての基礎知識になると言っても過言ではないでしょう。様々なフィールドバスについて改めてトレーニングを実施する必要はなくなります。

既存のプロトコルは使われなくなるのか?

TSNに関連するほぼすべてのワーキング・グループで繰り返し議論されているテーマがあります。それは、TSNにはどのように移行するのか、またブラウンフィールド・アプリケーションのような既存の設備への対応をどのようにして保証するのかというものです。

図4. ブラウンフィールドの例。PROFINETとEtherCATを組み合わせたTSNセグメントのブロック図を示しました。

TSNへの移行については、あらゆる面でユーザが容易かつスムーズに対処できるようにすることに重点が置かれています。既存の産業用イーサネット・プロトコルが一夜のうちに消えることはありません。というよりも、PROFINET、EtherNet/IP、EtherCATのように広く使用されている産業用イーサネット・プロトコルは、今後10年間はネットワークで使用され、サポートや部品の交換についても期待できると考えて差し支えありません。

産業用イーサネット規格を定めているすべての団体は、既存の施設にTSNベースの新たなデバイスを導入する方法ついて記述したモデルを提供しています。既存の産業用ネットワークとのインターフェースについては、ゲートウェイを使用する方法(Sercos)、カプラを使用する方法(EtherCAT)、特別なハードウェアを必要としない方法(PROFINET RT)が存在します。PROFINETとEtherNet/IPについては、TSNの採用時にレイヤ2として利用できる完全なプロトコルが開発される予定です。

これによってTSNへの段階的な移行が可能になります。

TSNは、新しい設備だけでなく、アイランドやセグメントの形で既存の設備にも付加的に導入され、どこででも使われるようになります。

また、産業用イーサネットの分野には、TSNだけでなく他の新たな技術も登場することになります。新たなトランスポート・プロトコルであるPUB/SUBを備え、TSNと組み合わせることが可能なOPC UAは、既に従来のプロトコルの競合技術になると見なされています。フィールド・デバイスのメーカーは、従来の産業用イーサネット、TSNに加え、OPC UAのような新たな技術もサポートしなければなりません。

TSNとアナログ・デバイセズ

アナログ・デバイセズは、2016年に産業用イーサネット大手のInnovasicを買収すると発表しました。それによって、2ポートを備える産業用途向けスイッチであるfido5000シリーズが、アナログ・デバイセズの製品ラインに加わりました。fido5000シリーズは、あらゆる産業用イーサネット・プロトコルをサポートします。TSNにも既に対応しています。

fido5000 シリーズを利用することにより、TSN への移行を可能にすると同時に、既存のプロトコル( PROFINET IRT、EtherCAT、POWERLINK、EtherNet/IPなど)にも対応できるようにする製品も既に計画されています。fido5000シリーズはOPC UA PUB/SUBにも対応可能です。同製品シリーズにより、TSNは既存のシステムに対する適用を計画できる最新技術の1つになるでしょう。

fido5000シリーズでは、ここまでに述べた状況に対応するために継続的にラインアップの強化を図っています。Gbpsクラスのアプリケーションに対応する新製品が投入される予定ですが、10Mbps、100Mbpsに対応する製品についても引き続きユーザの要望に応じていきます。

fido5000シリーズが提供する柔軟性によって、確実かつ効率的にTSNへの移行を果たすことができます。

ビジネス・チャンスとしてのTSN

TSNにより、あらゆる産業用通信に共通の基盤を構築することができます。TSNが導入されると、OSI参照モデルのレイヤ1、2、3が産業分野で統一されることになります。それにより、全く新しいレベルの拡張性と性能を実現することが可能になります。

上位レイヤについてもTSNに基づいて標準化される可能性があります。例えば、OPC UA PUB/SUBが重要な役割を果たすことになるのかもしれません。いずれにせよ、fido5000シリーズを採用すれば、あらゆるシナリオに対する準備が整うことになります。

Volker Goller

Volker Goller

Volker E. Gollerはアナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。複雑なモーション・コントロールや、組み込みセンサーからTSNまでの技術を使用する産業用アプリケーションの分野に30年以上携わってきました。ソフトウェア開発者として、無線/有線の通信アプリケーション向けに様々な通信プロトコルやスタックを開発した実績を有しています。同時に、主要な業界団体にかかわることによって、新しい通信規格のフィールディングに積極的に携わってきました。