新しい10BASE-T1L規格 – 何が変わったのでしょうか

概要

日常生活の多くの側面で、様々なデバイス間でのデータ通信が不可欠です。デジタル化とインダストリ4.0を原動力とした各種デバイスの普及とデータ量の劇的な増加により、通信を取り巻く環境は変化を強いられています。例えば、プロセス・オートメーションなどの分野では、工場全体の接続をサポートする統合的なネットワークが求められています。運用および制御技術(OT)領域の装置からデータを抽出して処理し、更に高度な処理を行うために、そのデータを全社的なレベルのコンピュータ・システム(IT)に供給する必要があります。従来使われていた4mA~20mAのフィールドバス・アプリケーションはデータ通信の限界に直面しており、イーサネットが新たな通信規格として浮上しています。その主要なものが、新しいイーサネット規格である10BASE-T1Lという2線式イーサネット・ソリューションです。これは、最大ライン長1000m、伝送速度10Mbpsで、PROFINET、EtherNet/IP、OPC UA、Modbus-TCPなどの伝送プロトコルをサポートしています。この規格を使用すれば、既存の2線式ケーブル配線を引き続き使用できるので、投資を保護することができます。

本稿では10BASE-T1Lの基本を説明すると共に、この規格に対応した製品を示します。これらの製品は、様々なアプリケーションに適したコネクタの選択にも関係します。10BASE-T1Lでは、接続された様々なデバイスへのデータ・ラインによる給電も重要な役割を果たします。

はじめに

データ通信の果たす役割は、工業分野だけでなくプロセス・オートメーションにおいてもますます重要になりつつあります。従来使われていた4mA~20mAのフィールドバス・アプリケーションは、急激に膨張するデータ量によって限界に達しつつあり、イーサネットが通信規格として具体化されるようになっています。標準的なイーサネットである4線式ソリューションは、10BASE-T1Lと呼ばれる2線式ソリューションへと発展しました。これは、1対のツイスト・ケーブル、つまりシングル・ペア・イーサネット(SPE)で構成されます。物理層より上では、10BASE-T1Lは100Mbpsまたは1000Mbpsの既存産業用イーサネット技術と互換です。したがって、これは補完的な規格です。

10BASE-T1Lは特にプロセス・オートメーション分野で標準化されつつあり、この分野に劇的な変化をもたらす可能性を秘めています。まさにこの分野では、現在までのところ、センサーとアクチュエータは、4mA~20mAのアナログ・インターフェース(フィールドバス)を介して接続されているのが普通です。プロセス・オートメーションにおいては、機械工学分野やプラント・オートメーション分野と異なり、通常これらのセンサーとアクチュエータは制御システムから離れた位置にあり、リモートI/Oシステムを構成しています。その距離は200mから1000m以上あるのが一般的です。

しかし、10BASE-T1Lとは正確にはどのような技術であり、どのような利点をもたらすのでしょうか。そして、なぜ新しい技術と言われるのでしょうか。

以下では、これらの疑問に答えていきます。

10BASE-T1Lとはどのような技術なのでしょうか

その大まかな意味は10BASE-T1Lという名前に現れており、そこにはIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)の略語が使われています。

媒体タイプの「10」という数字は、伝送速度が10Mbpsであることを表しています。「BASE」はベースバンド信号を表しており、これは媒体上で伝送できるのがイーサネット信号だけであることを意味しています。また、「T」は「ツイスト・ペア」を表し、数字の「1」は伝送範囲が1kmであることを表します。この規格では、その後に「Long range」(長距離)を表す「L」という文字が続いており、これは1km以上のセグメント長が可能であることを意味しています。

更にこの他にも、10BASE-2(最大セグメント長185mの細い同軸ケーブル)、10BASE-5(最大セグメント長500mの太い同軸ケーブル)、10BASE-F(光ファイバ・ケーブル)、あるいは10BASE-36(複数のベースバンド・チャンネルを持つ最大セグメント長3600mの広帯域同軸ケーブル)などのネットワーク技術があります。

10BASE-T1LはOSIモデルのどの層に分類できるのでしょうか

10BASE-T1Lは、既存の2線インフラストラクチャを使って10Mbpsの伝送速度と最大1000mのライン長を実現できる可能性を提供します。物理的なイーサネット技術は、開放型システム間相互接続(Open Systems Interconnection: OSI)モデルの第1層(ビット伝送層または物理層)だけで定義されます。このビット伝送層よりも上で、10BASE-T1Lは、PROFINETやModbusなどの一般的なイーサネット・プロトコルと、BACnet、KNX、LONなど、管理システムの構築に広く使われているその他のバス・システムをサポートします。表1にその概要を示します。

表1. OSIモデルの概要とそのプロトコルおよびバス・システム
OSIモデル層 BACnet Modbus KNX LON
ホスト層
7 | アプリケーション BACnetアプリケーション層 Modbus KNX LON
6 | プレゼンテーション
5 | セッション
4 | トランスポート
UDP(BACnet/IP)、TCP(BACnet/SC) TCP TCP
メディア層 3 | ネットワーク BACnetネットワーク層 IP、ARP、RARP IP
2 | データ・リンク ISO 8802(IEEE 802.3)
1 | 物理 シールドあり/シールドなしのシングル・ツイスト・ペア(IEEE 802.3cg)

10BASE-T1Lは、第1層で特別なイーサネットPHYの助けを借りて実装されています。MACとPHY間でのイーサネット・フレームの伝送は、MII(Media-Independent Interface)、RMII(Reduced MII)、またはRGMII(Reduced Gigabit MII)を介して行われます。

MACはイーサネット規格IEEE 802.3に定義されており、データ・リンク層(第2層)に実装されます。PHYは物理的インターフェースを形成し、伝送媒体とデジタルシステム間におけるデータのコーディングとデコーディングを受け持ちます。

10BASE-T1Lはどのようなデバイスと装置に使用でき、既存インフラストラクチャをどの程度利用できるのでしょうか

10BASE-T1Lは、ほとんどとはいかないまでも、多くのプロセス・オートメーション・アプリケーションの4mA~20mA標準信号と置き換えることができるように設計されています。しかしこれは、4mA~20mA電流ループを介して接続された従来のフィールド計装機器を、10BASE-T1L対応のフィールド計装機器に置き換える必要があるという意味ではありません。これらの従来型デバイスはソフトウェアで設定可能なI/O(SWIO)モジュールを介して接続でき、リモートI/Oが、10Mbpsイーサネット・アップリンクを使ってPLCへ接続するための収集ポイントとしての役割を果たします。

ソフトウェア設定I/Oモジュールは設定変更可能なモジュール・チャンネルを備えているので、リモートで迅速かつ容易に機能させることができ、大がかりな再配線の必要がありません。これらのチャンネルは、電流と電圧もしくはデジタルとアナログの両方について、入力または出力として設定することができます。

場合によっては、10BASE-T1Lを介してデバイス用の電力とデータの両方を供給するよう求められることがありますが、これは規格の一部として定められています。4mA~20mA電流ループを介して接続された従来型フィールド計装機器と、新しい10BASE-T1L対応のフィールド計測機器が混在している例を図1に示します。 

図1. 従来型計装機器と10BASE-T1L対応計装機器の両方が混在するサンプル・アーキテクチャ

図1. 従来型計装機器と10BASE-T1L対応計装機器の両方が混在するサンプル・アーキテクチャ

10BASE-T1Lは2つの振幅モードをサポートしています。すなわち、最大1000mのケーブル長に使用する2.4Vと、200mまでの短距離に使用する1Vです。1.0Vピークtoピーク振幅モードの場合、防爆環境(危険区域)でこの技術を使用することができ、それらの場所に適用される厳格な最大消費電力条件も満たします。

ある業界コンソーシアムは、プロセス・オートメーションのための本質安全動作を定めた拡張物理層(Advanced Physical Layer: APL)の仕様を規定しました。これは、10BASE-T1L規格に基づくものです。

Ethernet-APLは同様に、食品および飲料、医薬品、石油およびガス産業用の設備に関わる爆発性雰囲気の区域を含め、フィールドとクラウドの接続を使用したシームレス・プロセス・オートメーション用設備への移行も可能にします。更に、APLでは1本のツイスト・ペア線を使用する電力供給のクラスも定められています。

10BASE-T1Lでは、具体的な伝送媒体(ケーブル)が定められていません。仕様規定されているのは、ケーブルのリターン損失と挿入損失だけです。フィールドバスのタイプAケーブルは選択対象の1つです。これにより、既存のPROFIBUSやファウンデーション・フィールドバスのケーブルを再利用することができます。10BASE-T1Lは、整合の取れた導体ペアであれば、最大1000mのケーブル長まで問題なく機能します。ただし、ノイズの多い産業環境では、タイプAケーブルのようなシールド・ケーブルが必要になります。このケーブルには、コネクタ、ネジ端子、またはパンチダウン・ブロックを使用します。一部の10BASE-T1Lスイッチ・チップには、ケーブルの信号品質をチェックする診断機能が組み込まれています。したがって、10BASE-T1Lは非常に信頼性の高い通信技術であり、種類の異なるワイヤが混在していたとしても問題が生じることはありません。

10BASE-T1Lにはどのような利点があるのでしょうか

HART®やフィールドバスデバイスが使用する従来の4mA~20mAループでは、データ帯域幅が数kbpsに限られていました。10BASE-T1Lでは10Mbpsの速度を実現することができます。したがって、プロセス値だけでなく、設定やパラメーター設定に関する情報などのデバイス・パラメーターを追加して伝送することも可能になります。将来的には、一層複雑化しつつある各種センサーのアップデートや、センサー接続ラインの断線といった故障診断とネットワーク診断も、データ・ラインを介してより早く実行できるようになると見込まれています。10BASE-T1Lではゲートウェイやコンバータも不要になるので、設定もより容易です。ゲートウェイをなくすことによって従来設備のコストと複雑さが大幅に軽減される上に、これらの設備によって形成されていたデータ・アイランドも解消されます。

加えて、データ・ライン経由でより大きな電力を伝送することができます。例えば、本質安全防爆区域(危険区域)では500mW、それ以外の区域では最大60Wまでの電力伝送が可能です。

PROFINET、EtherNet/IP、HART-IP、OPC UA、ま た はModbus-TCPなどのイーサネット規格や、MQTTなどのIoTプロトコルは、フィールド機器とクラウドの容易かつ強力な接続を実現します。

10BASE-T1Lはスイッチ・モジュールにも使用できるのでしょうか

標準イーサネットの場合同様、10BASE-T1Lには、様々なネットワーク・セグメントとデバイスの結合を可能にするブリッジがあります。接続されたデバイスに電力を供給するために、各種のネットワーク・トポロジを実現して使用することが可能です。プロセス・オートメーションでは、多くの場合、スイッチはコントローラ、HMI、およびクラウドに接続されます。スイッチを使用すれば、リング・トポロジ形態で媒体を冗長化して、可用性を向上させることができます。

プロセス・オートメーションでは、デバイス、センサー、アクチュエータへの接続を「スパー」(spur = 支線)、スイッチ間の接続やコントロール・システムへの接続を「トランク」(trunk = 幹線)と呼ぶこともあります。

更に、絶えず増大するデバイスの集積密度からも様々な可能性が生まれます。例えば、10BASE-T1Lスイッチを組み込んだセンサー1個を他の複数のセンサーに直接接続して、それらのセンサーに電力を供給することができます。図2に、複数スイッチの代表的な相互接続例を示します。

図2 スイッチの相互接続例

図2 スイッチの相互接続例

10BASE-T1L対応デバイスとの通信は、ホスト・プロセッサを介して行われます。これには通常、組み込みのMAC機能、パッシブ・メディア・コンバータ、または10BASE-T1Lポートを備えたスイッチが必要です。

表2. プロセス・オートメーションにおける各種通信技術の概要
HARTによる4mA~20mA フィールドバス 10BASE-T1L
データ帯域幅 1.2kbps 31.25kbps 10 Mbps
より高レベルのイーサネット・ネットワークへの接続 複雑なゲートウェイ 複雑なゲートウェイ ゲートウェイなしのシームレスな接続
計装機器への供給電力 <40mW 制限 本質安全防爆:500mW、本質安全防爆以外: 最大60W(ケーブルに依存)
ノウハウ/経験 ノウハウ/経験は縮小 ノウハウ/経験は縮小 大学卒業生はイーサネットに習熟

2線式ワイヤを介してデバイスの電源を実装することもできるのでしょうか

10BASE-T1L規格は、センサーやアクチュエータからのデータの通信を行うだけでなく、信号線を介してそれらのセンサーやアクチュエータに電力を供給することもできます。具体的には、本質安全防爆区域以外であれば、10BASE-T1Lは最大60Wの電力を供給できます。防爆(本質安全)区域では電力が500mWに制限されます。この場合は、これらの区域に適用される最大電力量の厳しい条件を満たすために、信号振幅も標準アプリケーションの2.4Vから1Vに制限されます。更にその結果として、本質安全防爆区域内では伝送距離も制限されます。

タイプ18 AWGケーブルを使用した場合について、様々なライン長および区域について伝送可能な電力レベルの概要を表3に示します。

表3. 様々なケーブル長での電力伝送レベルの概要(タイプ18 AWG)
55 V 24 V
1000m 7.7W 1.23W
400m 20W 3.2W
150m 52W 8.3W

まとめ

10BASE-T1Lは高い信頼性を備えたプロセス・オートメーション用の通信規格であり、既存のインフラストラクチャを利用できる可能性が高いことを含めて、従来の4mA~20mAアプリケーションよりも優れた利点を数多く備えています。

Thomas Brand

Thomas Brand

Thomas Brandは、2015年10月に修士課程の一環としてアナログ・デバイセズのミュンヘン支社でキャリアをスタートさせました。2016年5月から2017年1月まで、アナログ・デバイセズにおいて、フィールド・アプリケーション・エンジニアを目指す人のための研修プログラムに参加。2017年2月にフィールド・アプリケーション・エンジニアとなり、主に産業分野の大口顧客を担当してきました。産業用イーサネットを専門としており、中欧における関連事業のサポートにも携わっています。ドイツのモースバッハにあるUniversity of Cooperative Education(UCE)で電気工学を専攻。その後、ドイツのコンスタンツ応用科学大学 大学院で国際営業を学び、修士号を取得しました。

Thomas Tzscheetzsch

Thomas Tzscheetzsch

Thomas Tzscheetzsch は、2010 年にシニア・フィールド・アプリケーション・エンジニアとしてアナログ・デバイセズに入社しました。2010 ~ 2012 年にドイツ中部地区の顧客を担当した後、より小規模な顧客層を対象とするキー・アカウント・チームに所属していました。2017 年の組織再編後は、FAE マネージャとして CE諸国の IHC クラスタにおいて FAE チームを統括しています。

1992 ~ 1998 年には、エレクトロニクスを専門とする技術者として、ある機械メーカーの部門長を務めていました。ゲッティンゲン応用科学大学で電気工学について学んだ後、マックス・プランク研究所のハードウェア設計技術者としてソーラー・システムの研究に従事しました。2004~ 2010 年には、流通分野の FAE としてアナログ・デバイセズの製品を扱っていました。