ソフトウェア無線ソリューションRadioVerse™

SDRのトータルソリューション

アナログ・デバイセズではRadioVerse(レディオ・ヴァース)としてソフトウェア定義無線(SDR)ソリューションを提供しています(図1)。なおRadioVerseは特定の製品シリーズを表すブランドではなく、

(1) 高性能・広帯域のSDRトランシーバ製品

(2) リファレンスデザイン、設計支援ツール、各種技術資料

(3) ソリューション提案、技術パートナー、アライアンスパートナー

で構成されるトータルソリューションです。

高性能な無線システムの開発に適するだけではなく、仕向け地ごとに、あるいは、無線規格ごとにRF回路を変更しなければならない、RF部品(フィルタやトランジスタ)がEOLを迎えるごとに後継品を探したり基板を作り直さなければならない、無線システムの開発期間が長期化している、ベテランエンジニアの引退などで高周波回路設計のノウハウが継承できていない、といったさまざまな課題を解決するソリューションであると考えています。

任意の周波数における任意の信号に対してソフトウェアの設定変更のみで送受信を実現するSDRのコンセプトは1984年に登場しました。旧Raytheon社(現Raytheon Technologies社)が軍用に開発したマルチバンド受信機「E-System」のドキュメントに "software radio" という言葉が登場したのが最初と言われています。

SDRには、RF回路の共通化(横展開)が図りやすい、運用中でも仕様を変更できる、複数プロトコルへの対応が容易、といったメリットがありますが、その実現には高性能な半導体が不可欠であり、本格的な実用化は2010年前半まで待つ必要がありました。

SDRはその後急速に普及が進み、現在の4Gおよび5Gの基地局のほとんどはSDRで実装されています。

図1. アナログ・デバイセズが提供するSDRソリューションRadioVerse
図1. アナログ・デバイセズが提供するSDRソリューションRadioVerse

 

第2世代のSDR LSIを提供中

アナログ・デバイセズでは2010年からSDRトランシーバを提供してきました。アプリケーションを限定しない汎用トランシーバと、基地局用のワイドバンド対応トランシーバを展開しています(図2)。

図2. アナログ・デバイセズのRadioVerseトランシーバ製品
図2. アナログ・デバイセズのRadioVerseトランシーバ製品

AD9361/AD9363/AD9364は第一世代のトランシーバです。ダイナミックレンジは現在のレベルから比べるとまだ狭く(100dB/Hz)、RF性能も限定されていました。

RadioVerseとして第二世代のトランシーバが、汎用アプリケーション向けのADRV9002と、広帯域アプリケーション向けのADRV9026です。どちらもダイナミックレンジが150dB/Hzと広く、RF性能にも優れています。

とくにADRV9026は、トランスミッタ・シンセシス帯域450MHz、レシーバ帯域200MHzを実現。RFフロントエンドだけでなく、デジタルプリディストーション(DPD)や高速周波数ホッピング(FFH)、デジタルアップ/ダウンコンバータなどが集積されています。

なお、SDRには、中間周波数(IF)を用いるスーパーヘテロダイン方式と、無線周波数をベースバンド周波数に直接変換するダイレクトコンバージョン方式のふたつがありますが、RadioVerseトランシーバは広帯域化に適したダイレクトコンバージョン方式を採用しています。

RadioVerseトランシーバを使って無線システムを構成する場合、ベースバンドの信号処理のために外付けのFPGAまたはDSPが必要です。冒頭で述べたようにRadioVerseはリファレンスデザインなども含めたトータルソリューションであり、RadioVerseトランシーバとのインターフェース回路のHDLリファレンスデザインや、RadioVerseトランシーバの制御シーケンスが実装された組み込みマイコン向けSDK(APIライブラリ)についてもアナログ・デバイセズから提供されます。

 

評価ボードや開発ソフトを提供

RadioVerseで提供される開発ツールのひとつがADIsimRFです。各シグナルチェーンのRF特性を入力すると、シグナルチェーン全体のRF特性を算出してくれます。複雑かつ間違えやすい非平衡歪み(NSD)や感度点も求められるほか、レベルダイヤグラムの可視化機能や各種定数の変換機能を備えています。

ただし、ADIsimRFはあくまで静的特性の計算ツールですので、エラー訂正や空間伝搬などを含めたエンド・ツー・エンドでの特性を求めるには、MATLAB/Simulinkにてシミュレーションを実行する必要があります。なお、RadioVerseトランシーバ用のMATLAB/Simulinkのモデルは、Analog Devices, Inc. Transceiver ToolboxとしてGitHubにて提供されています。

また、AD9361トランシーバ内部のプログラマブルFIRフィルタを設計するツールとしてMATLAB Filter Design Wizard for AD9361が提供されています。

このほかに、評価ボードがアナログ・デバイセズから提供されているほか、アライアンスパートナーから基地局用やインダストリアルIoT用のリファレンスデザインが提供されています。

 

ADIsimRFで送受信特性を概略見積もり

次に、具体的な設計の概要を説明します。特定小電力無線として920MHzをキャリア周波数とし、信号帯域幅125kHz、データレート50kbps、変調方式GFSK、送信電力20mW(13dBm)の無線機を開発してみることにします。物理層としてはIEEE 802.15.4gに準ずるものとし、トランシーバICにはRadioVerseのADRV9002を使用します。

受信側の構成を図3に示します。バンド選択用のバンドパス・フィルタ(BPF)、ローノイズ・アンプ(LNA)、LNA出力から高調波を除去するBPF、そしてADRV9002を配置しています。なお、LNAはこの周波数帯としては一般的な特性を仮定しています。

この受信系の仕様を前述のADIsimRFと手計算を求めると、図3左下の表のような仕様が得られます。Input Sensitivity(感度点)とは、所望のビットエラー率(BER)に対して受信可能な最低の信号レベルを表す仕様です。ブロッキングとは、感度点+3dBの信号に対して、所定のオフセット周波数の位置に妨害波を挿入したときに、BERを維持できる妨害波の強度を示しています。なお、ブロッキングにおいてはADRV9002内部のVCOの位相雑音の影響が支配的となるため、手計算にて算出しました。

得られた特性を特定小電力専用に作られたアナログ・デバイセズのトランシーバADF7030-1と比較してみると、とくにブロッキング特性において、この受信系のほうが10dBから20dBほど優れていることが分かりました。コスト的な評価は別にして、工場内などノイズの多い環境でも安定した通信が得られる可能性があります。

図3. 特定小電力無線を想定したSDRシステムの受信系の特性検討
図3. 特定小電力無線を想定したSDRシステムの受信系の特性検討

送信系は図4のように、ADRV9002の後段にローパス・フィルタ(LPF)とパワーアンプを接続しています。

概略特性はADIsimRFを使って求められますが、送信系で重要となる隣接チャネル電力比(ACPR)のほとんどは局発(LO)の位相ノイズに由来するため、MATLABを用いてシミュレーションを行いました。結果は-66dBcとなり、ADF7030-1に比べて10dBほど良好な値が得られました。

以上、概要のみとなりますが、ADIsimRF(と一部にMATLAB)を用いることで、シグナルチェーンをひとつひとつ細かく検討しなくても、無線システムのおおまかな特性を見積もることが可能であることを説明しました。

設計工数の短縮はSDRのメリットのひとつとして挙げられ、RadioVerseならそのメリットをフルに享受できると言えるでしょう。

図4. 特定小電力無線を想定したSDRシステムの送信系の特性検討
図4. 特定小電力無線を想定したSDRシステムの送信系の特性検討

 

LOの位相ノイズやPAの直線性に注意

実際の設計ではいくつかのポイントに注意が必要です。まず、受信系のブロッキング特性についてです。RadioVerseのトランシーバはダイナミックレンジが広く、ADRV9002では150dB/Hz程度となっています。このような受信系では、希望波に対して高いレベルの妨害波を入力しても、A/Dコンバータが飽和することはありません。その代わり内蔵VCOの位相雑音によって性能が律速されます。より高い性能を求める場合は、位相雑音がきわめて低いLOを外部に接続する必要があります。

次に、三次高調波歪み(IP3)と相互変調歪み(IMD)について補足します。RadioVerseのトランシーバのようにIP3性能に優れる受信系の場合で、かつ、帯域が1MHz未満程度の狭帯域アプリケーションの場合、ブロッキング特性と同じようにLOの位相ノイズが無視できなくなりますので注意してください。

隣接チャンネル電力比(ACPR)は、一般にパワーアンプのIP3によって劣化します。そのためACPRを改善するには、直線性に優れるパワーアンプを選択するか線形領域でパワーアンプを動作させる必要がありますが、後者の場合はパワーアンプの電力効率が低下します。

この課題を補う手法のひとつがデジタル・プリ・ディストーション(DPD)です。パワーアンプの伝達関数と逆の伝達関数をデジタルフィルタ上に実装しておき、パワーアンプの非線形の影響を相殺する手法です。

RadioVerseのトランシーバの一部はDPDを内蔵していますので、部品選定の際の参考にしてください。

 

SDR開発にまつわる課題をトータルに解決

RadioVerseソリューションは、公衆網の基地局、業務用無線機、レーダー、IoTやサーベイランスなどのデータ通信、測定器などに活用されています。

また、いくつかのアライアンスパートナーから、リファレンスデザインや設計支援サービスが提供されています。たとえば、マリモ電子工業(株)は、アナログ・デバイセズがSDRに取り組んだ初期からさまざまな開発を行っています。FPGAによる信号処理やSimulinkを用いた設計なども得意としています。

中国の深圳を拠点とするDivimath社は、AD9361と組み合わせる動画処理ASICを開発しており、電波環境が劣悪な条件でも超低遅延での映像送信を実現しています。国内では(株)マクニカ アルティマカンパニーが扱っています。

このようにアライアンスパートナーを含めたトータルなソリューションとして提供されるのがRadioVerseの特長です。RF回路設計に関するさまざまな課題を解決するSDRは、今後さらなる普及が見込まれています。

SDRシステムの開発にアナログ・デバイセズのRadioVerseをご活用ください。

図5. RF回路の設計にまつわるさまざまな課題を解決するRadioVerse
図5. RF回路の設計にまつわるさまざまな課題を解決するRadioVerse

参考資料

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峰野 太喜